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第88話:間話・魔女の館

 間話です。

 久しぶりにヒナの話です。


 ユピテル共和国首都から東方――アウローラ地方。


 近年特に発展してきたというこの都市は未だにその発展を続けている。


 特に小麦の生産高の伸びが凄まじく、すでに首都近辺のそれを大きく上回っている。

 土地柄として、アウローラ地方一帯は穀物類の育ちがいいのだ。


 そんなアウローラ地方の都市『アウローラ』からほどないところに、それなりの大きさを持つ森がある。

 少し背の低い木々が特徴の森だ。


 ―――《魔女の森》。


 そう呼ばれるその森の中心部には、いったいこの森の中にどのようにして建てたのかと思うほどの巨大な「(やかた)」が存在する。


 洋館というべきか、屋敷というべきか―――暗い紫色の塗装がされたその館は、こんな森の中だというのに人の出入りが激しい。


 ここは《魔女の館》。


 世界最高の魔法士と呼ばれる魔女――『摩天楼』ユリシーズの御座する場所である。


 魔女の館では、多くの人間が生活している。


 年齢も性別も様々であるが、通いの者も含めるとその数およそ300名。


 共通するのは、全員が魔法使いであることだ。

 言わずもがな、魔法の極致を極めようと、ユリシーズを訪ねてきた者たちである。


 とはいえ、全員がユリシーズの直弟子というわけではない。

 多くは、ユリシーズの直弟子のそのまた弟子であったり、さらにそのまた弟子であったりするのだ。

 ユリシーズはそんな300名の中でも、特に気に入ったり、才能のある者だけを直弟子とする。


 彼女の直弟子となるために、あるいは魔法を極めるために、魔女の館の門を叩こうとする者は多いときで日に百人にものぼると言われる。


 もちろん、魔女の館に来たからといってユリシーズに直接まみえるわけでもない。

 まずは、すでに魔女の館に滞在、ないし通うことを許された者達によって、才能や性格を判断され、認められた者だけが、ユリシーズに会うことができる。


 会えたからといっても気に入られなければ直弟子にはなれない。

 その場合は、推薦した人間の弟子とする事となっている。


 そして、そんな魔女の館に、新たな風――いや、嵐が舞い込む事となった。


 魔女の館の主にして、世界最高の魔法士と言われるユリシーズが、実に20年ぶりに自ら直弟子を連れてきたのだ。

 ユリシーズが連れてきたのは、まだ成人もしていないような1人の少女だった。


 ミディアムショートの少し癖のある赤毛に、メラメラと燃えるような紅の瞳と、挑戦的な猫目。

 年齢の割には可愛げのない無地のシャツに、短パンという服装だが、それでも、その少女が、どこか異彩を放っていたことは、少女をみた誰もがわかるだろう。


 彼女こそ、ヒナ・カレン・ミロティック。

 現在魔女の館に5人しかいないユリシーズの直弟子の1人である。


 そんな少女は、魔女の館でも同様に異彩――いや、異才を放つことになった。


 通常、魔女の館で新たに弟子となった者は、5年から10年かけて、完全版の「魔法書」の内容を覚え、身につけ、何ができて何ができないかを吟味するという「下積み」の期間が存在する。


 しかし、少女ヒナは、それをたったの1年で終わらせた。

 いくら、ユリシーズから直接指導を受けたとはいえ、異常な速度である。


 もちろん、それを面白く思わない者もいる。

 他の弟子たちからすれば、自分たちの方が魔法使いとしては先輩であるのだ。


 もう何十年もユリシーズの元で魔法の研鑽に努めているのに、ユリシーズには見向きもされないような者たちは特に、嵐のように快進撃を続けるヒナという存在を疎ましく思ったのだ。


 だが、そんな彼らも、もう1年経つ頃には、彼女に対する評価を変えずにはいられなかった。


 たしかにヒナは才能があった。

 魔力量も多く、様々な属性にも対応した。

 想像力も豊かだった。


 だが、それ以上に彼女は努力していた。

 ヒナはこの魔女の家の誰よりも才能があるはずなのに、誰よりも才能をおごらず、誰よりも長く、深く、多くの時間を自身の研鑽に努めていたのだ。

 彼女の鬼気迫るかのような迫力もあり、今となってはヒナに絡もうという者はほとんどいない。


 いったい何故こんな年端も行かぬ少女が、ここまで必死になって魔道を学ぼうというのか、わかるものはいない。



「いいなぁ、ヒナちゃんは才能が豊かで。あたしなんて水属性だけで手一杯だよ」


 ある時、レベッカという――ユリシーズの直弟子ではないが、歳の近いことから一緒に行動することの多かった少女がヒナに言った。


 そんなレベッカに、ヒナは


「私なんて全然よ。彼に比べれば・・・」


 どこか思い出すような遠い目でそう答えた。


「彼?」


「・・・ええ。今の私で、ようやく当時の彼の半分といったところかしら」


 現在のヒナは、実力、才能共に、ユリシーズの直弟子として相応しい、《魔女の館》で5番目以内には入る実力者である。

 そんな彼女ですら「半分」という「彼」というのは、いったい何者だろうか。


 レベッカはそう思い、詳しい話を聞いてみたところ、どうやらその「彼」というのが、ヒナのこれほどまでの異常な行動意欲の原点にあるようだ。


「その・・・恋人かなにか?」


「ふぇ!?  え、うん・・・まあ、その・・・そんな感じよ」


 顔を赤らめ照れる姿に、思わずレベッカは彼女も年頃の女の子であることを思い出した。


 普段のヒナは、どれほど難しい魔法の発動に成功しようと、すまし顔であり、あまり感情を表に出すこともない大人びた――どこか達観しているような少女であるのだ。


 そんなヒナも、その「彼」の事となると、ヒナも年齢に相応しく、可愛らしい反応を見せてくれるものである。



「・・・へえ、じゃあ遠距離恋愛なんだ」


 少し話を聞いたところ、ヒナが首都にいた頃、同年代に、彼女を超えるほどのバケモノのような少年かいたようだ。

 尊敬半分、対抗心半分で接していくうちに惚れてしまい、彼の隣で並んで歩けるようになるため、修行をしているらしい。

 なんとも乙女なエピソードである。


「でも、遠距離恋愛は不安にならない? 浮気とか」


 レベッカが聞くと、ヒナは一瞬顔を青くするが、


「・・・まぁ多分大丈夫よ。本人の性格もあるけど、お目付けもいるし」


「へえ?」


 お目付け役とはどういう意味だろうと思ったが、


「それに、彼ならあと1人や2人くらいなら同時に幸せにできるわ」


 という爆弾のような発言に思わずレベッカは目を丸くする。


「ヒ、ヒナちゃん、何言ってるの!?」


 得意げに断言したヒナの浮気容認スタイルには少し引いたレベッカだが、きっと、それほどまでに尊敬しているのだろう。


 しかし・・・《魔女の館》始まって以来の鬼才と呼ばれているヒナにそこまで言わせる少年というのは、いったい何者なのだろうか。




 しばらくしてから、ヒナの様子が少しおかしくなった。

 時折物思いにふけるような、そんな感じだ。

 普段なら朝早くから、地下の書庫の上級魔法書を読み漁るヒナであったが、最近は、あまり身が入っていないのだ。



「どうしたのヒナちゃん。最近なんか変だよね?」


 昼食のとき、レベッカは聞いてみた。

 なにか悩んでいるのかもしれないのだ。


 ヒナは昼食中も、どこか心ここにあらずという感じでぼーっとしていたが、レベッカが聞くと答えてくれた。


「いや、その・・・彼から手紙が届いたの」


 ・・・手紙。

 「彼」というのは、絶賛ヒナが遠距離恋愛中の首都の少年のことだろう。

 

 レベッカは思う。


 ――ひょっとして別れ話でも切り出されたのかもしれない。


 そして、失恋で落ち込んでいるのだ。

 彼の為に頑張ってきたヒナだからこそ、こうした無気力状態になっているのだ。


 だとしたらここは、慰めなければならない。

 失恋のショックは・・・新たな恋で埋めるのがいいだろう。

 

「――ま、まあ、元気出してよ! その・・・彼以外にも男の子なんていっぱいいるし――あ、そうだ、キンブリー君なんて、ヒナちゃんのこと気になるって言ってたよ! 結構かっこいいし、話しかけてみたら?」


 なるべく明るいトーンでそういったのだが、対するヒナは明らかに不機嫌そうな顔をした。


「は? あんな魔法に使われてるような男と、アルトリウスを一緒にしないでくれる?」


「え?」


 精一杯の慰めのつもりだったのだが、少し怒られてしまった。


 そして、初めて名前が出てきた。

 ヒナの想い人はアルトリウスという名前らしい。


 キンブリーというのは、ヒナやレベッカと同年代の少年で、土魔法の得意な優秀な人なのだが、ヒナからすると、そのアルトリウスと比べることなどは許せないことらしい。


 しかし・・・どうやら別れ話というのはレベッカの早計だったかもしれない。


「あの・・・別れ話をされたんじゃないの?」


「え? 違うわよ。ていうか・・・そういうこと。慰めようとしてくれていたわけね」


 ヒナが怪訝な顔を解いた。


 やはり別れ話というのはレベッカの早とちりだったようだ。


 ヒナは呆れながら手紙の内容を教えてくれた。


「手紙には・・・もしかしたら、私の実家と敵対する勢力になるかもしれないけど、気持ちは変わらないから、私が想い続けてくれる限り、添い遂げるつもりだって書いてあるわ」


「わーお」


 思わず驚愕の声が出た。

 大した惚気話だ。

 家に縛られずに愛し合う2人。

 すごくロマンチックな話だ。


「あーでも、それは悩むね。家と彼、どっちを取るかってことでしょ?」


 レベッカも、もしも好きな人と、家族、どちらを取るかと言われたら、悶々と悩み続ける自信はある。


 しかし、ヒナは一蹴した。


「別にそんな事では悩まないわ。彼を取るに決まっているもの」


「――へ、へええ? そうなんだあ」


 ――もうなんなのこのカップル!

 

 あまりの相思相愛ぶりに聞いているこちらまで恥ずかしくなってしまう。

 レベッカは裏返りそうな声で相槌を打つのが精いっぱいだ。


 しかし・・・だとするのならヒナはいったい何で悩んでいるのだろうか。

 

 すぐにヒナは教えてくれた。

 

「――悩んでいたのは手紙の続きに・・・彼が戦争に行くことになったと書いてあることよ」


「戦争?」


「そう。カルティアとのね」


 ユピテル共和国が、アウローラからは遥か北西にあるカルティアと戦争をしていることは知っているが・・・ヒナの想い人もその戦争に従軍することになったらしい。


「・・・でも、その彼は恐ろしく強いんでしょう? 心配はいらないんじゃない?」


 だが、ヒナの想い人は、ヒナすら圧倒するほどの魔法を使うという。

 ならば戦争を生き残ることなど容易な気もするが・・・。


「そうね。強さの心配はしていないわ。ただ・・・彼は少し優しすぎるところがあるから、戦場で心を病んでしまうかもしれないって思って」


 どうやらヒナは、体ではなく心の心配をしているようだ。

 

 正直、レベッカからすれば深い話であるため、それほど有効な助言などができるはずもない。

 とにかく、月並みなことでもいいから、ヒナを元気づけようと思った。


「まあ、アウローラからカルティアなんて、相当に距離があるし、どうしようもないんじゃない?」


「ええ、そうなんだけど・・・」


「それに、もしかしたら案外ピンピンしてて、現地妻なんて作っちゃってるかもよ」


 もちろん、適当な作り話である。

 とにかく冗談でもなんでもいいから、彼女には元気になってもらいたかったのだ。

 悩んで、ぼーっとしているのはヒナには似合わない。


「・・・現地妻?」


「そう。彼は結構大人っぽいのが好みみたいだし、きっと金髪巨乳の年上美女だよ」


「金髪巨乳・・・?」


 言われてヒナは自分の胸元を見る。


 ・・・ぺったんこである。


 もう彼女も12歳を過ぎた。

 そろそろ二次性徴が来てもおかしくはないが・・・。


「だ、大丈夫よ。アルトリウスは見た目で人を判断しないわ」


 顔を青くしながら、ヒナはそう言った。



 その後、誰かに話したことでスッキリしたのか程なくしてヒナの調子は戻り、これまで通り実力をぐんぐん伸ばしていくことになる。


 ちなみに、このときレベッカの言っていた現地妻の話は、巨乳の部分以外はあながち間違ってはいなかった事を、まだヒナは知らない。




 部屋の掃除をしていたところ、USBが出てきました。

 中に、昔書いた小説があり、折角なので投稿することにしました。

 『魔王インヘリテンス』という作品です。

 適当に区切りつつ、上げていきます。よろしければ、お読みください。

 完結済みなので、こちらの更新にはほとんど差し障りません。ご安心を!


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