第87話:間話・最後の一手
今回も短いです。
総合400P行きました!
たくさんの方に読んで貰えて嬉しいかぎりです!
カルティア地方には、さまざまな部族がいる。
多くのカルティア人は身体能力の高さを自慢とし、好戦的な性格をしているが、そんなカルティア人の中でも、知略を武器にする部族が存在する。
代表的なのが、セルベント・キャスタの率いるキャスタ族だ。
知力に優れるキャスタ族の中でも、部族長に選ばれるほどの策士であるセルベントであったが、今日は・・・いや、ここ数日は特に顔色が優れない。
理由は明白。
自身の率いるカルティア軍がーーユピテル軍に敗北しようとしているからだ。
1年前、『マラドーアの会戦』にて、マラド族の首都マラドーアを失ってしまったカルティア統一戦線だったが、しかし、それでもまだカルティア地方の3分の1程度を失ったに過ぎない。
人口だけはやけにいるカルティア人だ。
募兵は容易であるし、まだ都市も残っている。
いくらでも戦いようはあると思っていたのだが――。
しかし蓋を開けてみれば、それ以来、カルティア軍は連戦連敗。
いくつもの都市と兵を失い、この1年で立場は逆転。
カルティアの3分の2はユピテル軍の手に落ちた。
もはや残っている領土のうち、大きな都市はこの『キャスターク』しか残っていない。
「こんな、はずでは・・・」
都市キャスタークの自室で、セルベントは嗚咽を漏らしていた。
そう、こんなはずではなかった。
そもそもマラドーアでは勝てるはずだったし、その後も、ゲリラ戦や消耗戦に持ち込めば、まだまだ十分勝機はあった。
しかし――。
「あの部隊だ・・・あの部隊さえいなければ・・・っ!」
『アルトリウス隊』。
そう呼ばれる100名あまりの魔法使いによる部隊が確認された途端、ことごとくセルベントの策は打ち破られた。
彼らが現れるたびに、カルティア統一戦線に壊滅的なダメージを与えてくるのだ。
率いるのは『烈空』アルトリウス。
空を飛んだとかいう魔導士だ。
噂によるとまだ少年の域を出ない子供であるらしいが、恐ろしく高い戦闘力を持っていると聞く。
彼以外も、アルトリウス隊は、一筋縄では行かない手練れ揃いであるとか。
ともかく、その部隊が存在することによって、ユピテル軍の戦術はまさに自由自在だ。
守りの『迅王』に、攻めの『天剣』。
それに加えて遊撃の『烈空』となれば、もうこちらにそれに対抗する手駒はない。
まだカルティア軍には『剛腕』は残っているが、魔導騎兵の数は少ない。
隊列を形成することは困難だろう。
つまり。
――カルティアは、負ける。
もはやそれは避けられないことのように思えた。
一応、残存する兵力をこのキャスタークに集結させてはいるものの、もはやいくら数を揃えたところで意味はないように思えた。
――いっそのこと、降伏するか?
敗北を悟ったいくつか部族などはすでにユピテルに寝返り、恭順の意を示している。
カルティア統一戦線も、敗北を認め、都市を解放して降伏すればいいのだ。
カルティア部族の誇りは残らないが、人と都市は残る。
もちろん、全面降伏したところで、総指揮官であるセルベントは確実に処刑されるであろうが、それでも多くの同胞はこれ以上死なずに済む。
愛すべき故郷『キャスターク』を、戦場にせずにも済む。
――だが、本当にそれでいいのだろうか?
それで、今まで自分に従って殺された兵士に、滅ぼされた都市に顔向けできるのだろうか。
苦渋の選択を、セルベントは迫られていた。
そんな折、コンコン、とセルベントの自室のドアを叩く音が聞こえた。
「なんだ?」
「――失礼します。どうやら、総指揮官殿に面会したいという者が来ておりますが」
「・・・通せ」
大方、いつもの族長連中が、今後どうするのかについて問い詰めにきたのだろう。
もしくは、セルベントにはもはや指揮官を名乗る資格がないとして、追放を言い渡しに来たか――。
そんなことを考えていたセルベントだったが、彼の前に現れたのは、予想だにしない人物だった。
「――おいお前、入っていい――ぐはぁ!」
扉の外からそんな音が聞こえた。
明らかに先ほどの伝令が何かしら危害を加えられた音だ。
――なんだ?
セルベントの脳に、早く逃げろと警鐘が鳴り響いているのがわかる。
「――へぇ、アンタがこの軍のトップねぇ」
しかし、そんな警鐘に従う間もなく、「そいつ」は入ってきた。
愉快そうに笑いながら部屋に入ってきたのは、1人の見慣れない男だった。
「――っ!」
全身の身の毛がよだつのを感じた。
まるで悪魔だ。
赤紫色の逆巻く髪に、青白い肌。
上背はそれほどないが、鍛えられていることがわかる肉体。
背中に帯びられる、2本の剣。
明らかに、カルティア人ではない。
だが、そんな見た目のせいだけではない。
セルベントは本能的に感じていた。
それは、心の奥底から湧き出るような恐怖。
この男を前にすれば、何をやっても無駄――まもなく自分は死ぬのだろうと、まったく武術のできないセルベントにも理解できた。
そんな恐怖に逡巡するセルベントに、男は口角を上げ、愉悦な表情をしながら言った。
「いやぁ、苦しいよなぁ苦しいよなぁ。いくら頑張っても、いくら誇りがあっても、いくら考えても、力がなきゃどうにもならない。死ぬか生きるか、弱者にはその選択肢がないんだからよぉ」
嫌悪感を覚えるほどのおちょくるような声だ。
敵か。
味方か。
その台詞からは判断することはできない。
「・・・お前は・・・何者だ? 俺を殺しにきたのか?」
精いっぱいの勇気を振り絞り、セルベントは言った。
気の狂った殺人鬼か、それともユピテル軍の放った暗殺者か。
セルベントの問いに――男はニヤリと笑った。
「――俺は『双刃乱舞』ギャンブラン。傭兵だ。お前らを助けにきてやった」
「双刃乱舞・・・?」
――聞いたことがある。
この世で最も強いと呼ばれる8人の強者。
その1人に、最強の傭兵と呼ばれる男がいると。
数多の戦場を渡り歩き、あらゆる組織や国を滅ぼしてきた圧倒的な存在。
『双刃乱舞』。
セルベントが求めていた――強力な「個」の力だ。
「俺の目的はただ1人、天剣シルヴァディを血祭りにあげる事だ。・・・協力してもらうぜぇ?」
「――!」
まさか・・・味方。
いや、単に味方ではない。
敵の敵だから味方ということだろう。
だが・・・上々だ。
『天剣』、『迅王』、『烈空』。
どれかでも崩せれば、まだ勝利はある。
勝つためならば・・・たとえ悪魔だろうが契約してやる。
それが、死んでいった者たちと、カルティア部族に対しての誇りのあり方だ。
「見ていろ、ユピテル・・・これが――最後の一手だ」
セルベントの瞳に――力が戻った。
カルティア戦役、最大の大一番・・・『キャスタークの戦い』は、間も無く始まる。
読んで下さりありがとうございました。




