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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十章 少年期・カルティア初陣編
85/250

第85話:最強の傭兵


 シュペール公国。


 ユピテル共和国より、遥か北上した地にあるユースティティア王国の、さらに西方に位置する寒冷地帯の国だ。


 ユースティティア王国に対しては長らく敵対していたものの、ほんの20年ほど前にはついにその軍事力に屈し、王国の傘下の国の1つとなった。


 とはいえ、北西諸国の国の中ではそれなりに国力を持つ国であり、人材もなかなかに豊富である。


 そんなシュペール公国では、つい最近、大規模な公王の跡目争いがあった。

 武芸に優れ、多くの武官を手元におく長男と、知性に溢れ、文官たちから支持される三男だ。

 次男は無能であったため、既に国外追放されている。



 公国近衛騎士団長バルトロメオは、長男の派閥に属する、最強の騎士だ。

 不正を見逃さず、数多の盗賊や、敵国の軍団を打ち破ってきた一騎当千の勇士といえる。

 曰く――その剣の威力の前ではどんな岩ですら藻屑と変わらず、曰く――その剣の速さの前では、瞬きすらが命取りとすら言われるほどの剣豪である。


 だが、そんなバルトロメオは、人生始まって以来の危機を感じていた。


 500人からなる公国近衛騎士団。

 バルトロメオの率いる公国の最強部隊だ。

 屈強な魔剣士や、魔法士も在籍しており、近隣の諸国からも恐れられる武力集団である。


 そのはずだったのだが――。


 現在、公宮の城門の前、たった1人の男の前に、近衛騎士団は壊滅していた。


 散乱する血痕と死体の山。

 どの死体もが丁寧に首を刎ねられ、どこからどう見ても死んでいることが簡単にわかる。


 首が繋がっている騎士は既にバルトロメオのみだ。


 対する男――この惨状を作り出した男は、両手に片刃の剣を持つ、二刀流の剣士だ。


 身の毛のよだつように逆立つ赤紫色の髪に、薄気味悪いほど白い肌。

 返り血にまみれた体躯は、それほど巨体というわけではないが、その男から発せられる、常軌を逸した圧力は、思わず歴戦の騎士であるバルトロメオですら立ちすくむほどだ。


「いやぁ――苦しいよなぁ苦しいよなぁ」


 双剣の男が、愉快そうに口を開いた。

 ここまで500人を殺すのにも、この男はこの愉快そうな顔を欠片も崩さなかった。


「・・・貴様は、いったい」


 そんな言葉に、男は答えない。

 ただ、愉快そうに笑みを浮かべるだけだ。


「ああ、苦しいよなぁ苦しいよなぁ。可哀想になぁ」


 剣技、速さ、威力。

 全てにおいて男は圧倒的であった。

 神撃流だということはかろうじてわかる。


 だがわかるだけだ。

 近衛騎士団どころか、バルトロメオにすら目視が不可能な絶対的な力。

 それが、この男にはあった。


「苦しいよなぁ苦しいよなぁ。弱いってのは本当によぉ」


 愉快そうに言う男からすれば、きっとバルトロメオなど――500人の騎士などはその辺を蠢く虫けら以下に過ぎないのだ。


 それほどまでの圧倒的な力。


 それを、バルトロメオは目の当たりにしていた。


 その明らかな生物としての格の違いに、剣を持つ腕は震える。

 地面に立つ足は、恐怖からかすでに感覚がない。


 ――聞いたことがある。


 バルトロメオは古い記憶を呼び起こす。


 この世には、絶対に敵に回してはいけない、8人の猛者がいる。


 それは、《八傑》と呼ばれる、戦ってはいけない人間の頂点――種の到達点に立つ者たちだと・・・。


 まゆつば物だと思っていたが、現実に見てしまっては否定することはできない。

 きっと、この男のような者が・・・その頂点に位置しているような、超越者なのだ。


 どうして、こんなところにいるのか。

 どうして、騎士団を殺すのか。


 そんなことはどうでもいい。


 とにかく、今は―――、


「ガアア!!!」


 公国のため――。

 公国の未来のために、バルトロメオは引くわけにはいかない。

 たとえ相手が絶対的な格上であろうと、公国騎士団長の名にかけて、バルトロメオには、立ち向かう理由があるのだ。


 バルトロメオは決死の思いで地面を蹴った。


 ――そして、2歩目すら踏むことはできなかった。


 見えるのは横転する視界。

 そして、地面から離れていない自分の――首のない体。


 ―――この・・・バケモノが・・・。


 バルトロメオの意識は消える。


「クカカカカカ!苦しいよなぁ!」


 愉快な笑い声のみが、城門に響いた。


 こうしてシュペール公国のクーデターは圧倒的な「個」の武力によって成功することになった。


 クーデターの首謀者は、前公王の三男。

 文官のアドバイスの元、最強の傭兵と呼ばれる「その男」を雇ったのだ。



 クーデターの立役者になった男だったが、勝利に湧く陣営の酒宴の中に彼の姿はない。


 彼がいたのは、自分自身で落とした公宮の城壁の上だ。


 酒宴になど興味はない。


 彼にとって興味があるのは、殺戮と、復讐だ。


 殺戮する機会があるならばどんな辺境にも趣き、ひたすらに暴虐を尽くす。

 それが彼のスタイルにして、常に彼を強者たらしめている理由だ。


 壁にもたれながら月を眺める彼が思うのは、常に勝者であり続けた彼の中で唯一と言っていい敗北。


 あの忌々しい敗北は、何度勝利を重ねようとも忘れぬことのできない事実だ。


 そんな男は、不意に、背後に気配を感じる。


 恐怖--というよりは異質な雰囲気を見て取れるような気配。


「――なんだ?」


 そう思う束の間、不気味な光と共に、空気以外何もなかった空間に、1人の少年が現れた。


「やあ」


 オレンジ色の髪に、赤いローブを羽織った、見た目は10歳程度に見える少年だ。


「・・・やけに久しぶりじゃねえか()()()


 男は口を開いた。

 このオレンジ色の髪の少年――リードには既に2度会った事がある。


 当人は「悪霊」を自称するが、彼の助言のおかげで、男は2度も命拾いをしている。


 むしろ彼は男にとって勝利の神か天使と言った方がいいのかもしれない。


「まあね。以前は君が天剣に殺されそうになったときか」


「うるせぇなぁ」


 少年の物言いに、男は顔をしかめる。


 ――男にとって屈辱的な1度の敗北。

 それは天剣シルヴァディに喫した敗北だ。


「はっはっは。やっぱりまだ根に持っていたみたいだね」


「たりまえだ。俺はいつか奴を見つけ出し、この世の全ての苦しみと絶望と共に屠ってやるって決めてんだ」


 憎しみを込めて言う男に、少年は余裕のある笑みを崩さずに話し始めた。


「そんな君に朗報だ。天剣は今カルティアにいるよ。カルティア人側に雇われれば、真っ当な理由で彼と戦える」


「・・・そんなことは知っている」


 ユピテルとカルティアが戦争をしていると言うことは既に世界の知るところだ。

 そして、そのユピテル軍に天剣シルヴァディがいるということも、多くの人間が知っている。


 ただ、知っていたとしても、正面からの戦闘では、未だ男がシルヴァディに及ばないということも、己が最もよくわかっている。

 天剣シルヴァディは強いのだ。


 復讐の機会はあっても、挑まないのはそれを理解しているからだ。


 そんな男に対し、リードという少年は続ける。


「まあまあ。今回は勝てるよ君らならね」


「何が言いたい?」


「シルヴァディの娘――シンシアと言うらしいが、彼女も戦場に出ているんだ。彼女を上手く使えば無力化した上で殺せるかもしれない」


「・・・本当かぁ?」


 男の目が鋭く光る。

 並みの人間であれば、その眼光だけでも失神してしまうほどの凄みのある目つきだ。


「・・・僕が嘘を言ったことがあったかい?」


「いや・・・」


 リードが男に対して嘘を言ったことはない。

 それどころか、いつも男の危機に現れては、命を救ってきたのがこの謎の悪霊だ。


「安心しなよ。ユピテル軍はかなり精強だけど、特記戦力は限られている。カルティア軍も強者は少ないけど・・・数だけはいるからね。君が行けば勝てる」


 別に男からすれば、戦争の勝ち負け自体はどうでもいいが、よほど男をその気にさせたいのか、リードはしきりに言葉を並べる。


「それに、君は前回シルヴァディと片手落ちの状態で戦っただろう? 『双刃乱舞』の真の意味、今度こそ彼にも教えてやったらどうだい?」


「・・・ふん、なんでもお見通しかよ」


「僕にわからないことなんてほんの少ししかないさ」


 そう言って少年はほくそ笑む。


 この飄々としたリードの態度は気に食わないが、かといってこの少年が嘘を言うこともない。


 男は答えた。


「いいだろう。お前の口車に乗られてやろうじゃねぇか」


「・・・よく言うよ。聞いた瞬間から行く気満々だったくせに」


 リードばお見通しとばかりに言う。

 別に隠す気もないが、男の口元が悍ましい笑みで包まれていることは、きっとリードでなくても分かっただろう。


「しかし、カルティアか。行けないことはないが、少し時間がかかるなぁ。お前の力で運んだりはできねぇのか?」


 男は問うた。

 この悪霊は神出鬼没だ。

 何かしらの長距離移動手段を持っていると踏んだのだ。


 しかし、少年、リードば首を振る。


「悪いね、『転移』は、エンヴの担当なんだ。僕の一存じゃ使えないよ」


「なんだそりゃあ」


 少年の言っている意味はよくわからなかったが、とにかくできないらしい。


 いつもそうだ。

 このリードという悪霊は、時たま現れては男に有効なアドバイスをするものの、直接助けてくれたことはない。


「あ、そうだ、カルティアに行くならアルトリウスという少年には注意しておいた方がいいよ」


 これで終わりかと思いきや、リードは忠告するかのように言葉を残した。

 アルトリウスというのは男にとっては聞いたことのない名前だ。


「強えのかぁ?」


「いや、そんなにかな。今は・・・君が昨日片手間で倒した騎士団長と大差ないよ」


 騎士団長・・・あまり記憶にないが、昨日倒した中に、骨のある奴はいなかった。


「なら問題ないなぁ」


「・・・まあそうかもしれないけどね。彼は数少ない僕にもわからない事の1つだからさ」


 ――わからないことはほんの少ししかない。

 そう豪語するリードの、分からないことの1つが、そのアルトリウスという少年であるらしい。


「覚えておこう」


 そう答えたとき、既にリードの姿は消えていた。

 本当に神出鬼没である。



 次の日、シュペール公国を手に入れた三男は勝利のお礼を言おうと男を探したが、既に彼の姿はなかった。


 男の名は、『双刃乱舞』ギャンブラン。


 地上最強の8人――八傑に名を連ねる二刀流の剣士は、カルティアへ向けて出発した。



 シュペール公国は割と適当に作りました。

 公王なんて地位はガ●ダムかダークソ●ルにしか出てこない気がしますね。

 

 読んで下さり、ありがとうございました。

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