第84話:初陣から1年後
誤字報告いつも助かってます!
概ね1年が経った。
忙しく、濃密な1年だったと思う。
まず、戦線について。
俺たちの初陣以来、ユピテル軍は「間期」を設けつつ、何度も攻勢に回っていた。
カルティアから攻勢に来ることはない。
会戦に出てくることもなくなってしまったので、ゲリラ戦か、都市攻略戦が主な戦場だ。
もっとも、そのほとんどで、ユピテル軍は勝利を収めている。
《ラーゼンの戦術》のそのことごとくが見事に当てはまるのだ。
俺たちの初陣――『マラドーアの会戦』はマグレでも何でもなかったらしい。
ラーゼンの戦術は、その後もまさに常勝不敗。
兵や将軍たちがラーゼンに全幅の信頼を寄せる意味が、ようやく俺たちにもわかってきた。
とはいえ、俺たちの部隊は毎回無理難題を押し付けられている。
例えば、先日攻略した都市『ポスカブ』だが、ついに俺たちは『潜入』という搦め手を行うことになった。
『ポスカブ』は、兵士の数もそうだが、とにかく兵糧が多く、包囲しても落とすのに時間がかかるという事で、少人数で潜入し、内側から開場をさせる作戦がとられたのだ。
夜間、気づかれない程度の少人数で、俺たちは門からは離れた壁に張り付き、ロープを持った俺が『飛行魔法』で壁を飛び越え、内側に侵入。
選び抜かれた16名の隊員が俺の垂らしたロープによって都市の中に潜入し、門の警備兵を不意打ちによって無力化し、内側から城門を開けた。
そして、示し合わせたかのようにユピテルの軍団が都市の中に突入し、『ポスカブ』は落ちた。
とはいえ、『ポスカブ』の中にいた兵士の数は多く、市街地での乱戦は長いこと続き、都市部、下町問わず、焦土のように焼け、一般市民の死体も大量に見られた――酷い都市攻略戦だった。
元々は俺が『飛行魔法』を使えるということで立てられた作戦だったが、人使いが荒いにもほどがあるものである。
魔力の消費量が多いことが問題であった『飛行魔法』だが、あれからいくつかの魔法の術式を変更し、少しは消費魔力量の改善をすることに成功した。
もちろんまだまだ研究の余地はあるので、試していくつもりだ。
イリティアも「魔道に限界はない」と言っていたし、きっといつかは実用的な消費量にできるはずだ。
戦線の話に戻るが、この頃になると、少数の兵力や、防壁を持たないような都市は、無条件で降伏して来ることも増えたので、ユピテル軍の侵攻速度は速くなっている。
初陣からここまで、だいぶ長かった気もするが、しかし、ラーゼンの様子を見るに、マラドーアの会戦に勝った時点で、すでにここまでの快進撃を読んでいたような気もする。
ラーゼンというのはやはり優れた戦略家であり――そして、どうやら色々と「持っている」男のようだ。
マラドーアの会戦で、カルティア側の司令官の名前も明らかになった。
男の名はセルベント・キャスタ。
知略に優れるキャスタ族の族長だ。
我の強いカルティア人をまとめ上げた手腕は見事であるらしく、ラーゼンをして「あと1年彼が早く全部族を纏めていたら、この戦役は勝てなかったかもしれない」とまで言わせた策士であるらしい。
会ったことのない人物をそこまで評価できることに内心驚いたものである。
さて、俺の部隊であるが、攻勢作戦では毎回、馬車馬のようにこき使われている。
先の都市『ポスカブ』の時もそうだが、重要な役割――つまり別動隊としての役割は全て俺にお鉢が回って来るのだ。
まぁそれも当然である。
ラーゼンの持つ強力な駒のうち、迅王ゼノンは、ラーゼンの側から離れないというし、天剣シルヴァディは、本軍の戦力の要だ。
別働隊としては、機動力もあり、小回りも利き、戦闘力もある俺の部隊を使うのがベターなのだ。
そんな理由から、毎回四苦八苦しながら指示に応えてきた甲斐があったのか、「アルトリウス隊」といえば、ユピテル軍内でもそれなりに名が通るようになった。
聞くところによると、フランツはアルトリウス隊だというだけで食堂の席を譲ってもらった事があるらしい。
とはいえ、いいことばかりが起こっているわけではない。
流石に戦死者が出ないというわけにも行かなかった。
最初は128名だった俺の隊も、1年戦い続けて16名が死亡ないし従軍不可能なほどの怪我により戦線を離脱している。
覚悟をしていなかったわけではないが・・・部下を失うというのは、流石に少し堪えた。
無論精神的にだ。
誰かが欠ける度に、もっとこうすればよかった、とか。
俺がもっと強ければ、とか。
無い物ねだりということはわかっているが、やはり思わずにはいられない。
いつか、『浮雲』センリが言っていた、「責任」という言葉の重みを、今になって実感する。
ユピテルに帰ったら、死んでしまった彼らの家族1人1人に、その死に様を伝えよう。
少し人数は減ったが、隊員の補充はしていない。
他の隊の有望な若手を引き抜くようなことはしたくないからな。
数が半数になったら流石にこれまでと同様の戦果は出せなくなるかもしれないが・・・そんな事態にはさせない。
なるべく多くの隊員を生きてユピテルに帰す所存だ。
さて、次に剣術について。
毎月のように都市を移動しながらでも、時間さえあれば剣の稽古は欠かしていない。
早朝はシルヴァディに。
夕方はゼノンに。
それぞれ剣を見てもらっている。
シルヴァディの元では、本格的に甲剣流と水燕流の稽古が始まっている。
毎日の努力が身を結び、先月にようやく『流閃』を使えるようになった。
まだ実戦で使えるほど自信はないが、ひとまず、奥義を会得できて安心している。
男の子は必殺技というものに憧れるものなのだ。
シルヴァディとの稽古ではもっぱら「俺の剣」をどのような物にするか、ということを念頭に置いている。
俺の神撃流と神速流の動きを基本として、水燕流や甲剣流から、俺に合っていそうなものをシルヴァディがピックアップして教えてくれるのだ。
シルヴァディとの本気の立ち会いだと、咄嗟に出てくるのはどうしても神撃流や神速流になってしまうので、まだ他の流派は体に動きが染み付いていない。
そこはむしろ意識して使っていった方がいいのかもしれない。
ゼノンの方はというと、シンシアが正式にゼノンの弟子となってからも相変わらず俺は顔を出している。
師弟水入らずを邪魔していいのだろうかとも思ったのだが、シンシアも特に嫌な顔はしないので、遠慮はしないことにした。
とはいえ、ゼノンには何かを教えてもらっているという事はない。
ひたすらに、見て盗めとでも言わんばかりに立ち会いをするだけだ。
俺は5撃くらいならば受けれるようになったが、やはりまだまだだろう。
ただ、以前シンシアに言われた「無駄遣いを無くす」という目標は達成しつつあり、戦闘継続時間が伸び、かつ、立ち会いの数も増やせるようになったので、ゼノンの元に通うことで得る物もあっただろう。
なによりもシンシアと仲良くなれたというのは大きい。
シンシア自体は、弟子となったことでモチベーションが向上したのか随分と強くなっている。
たまに模擬戦もするのだが、以前はあまり感じなかった「重み」のある剣になっている気がする。
多分彼女も戦場で命のやり取りをするようになったからだろう。
俺のシンシアとの模擬戦の勝率は40%くらいか。
読みは使っていない。
時期によって俺の方が強い時期やシンシアの方が強い時期があるので、一概にどちらが強いとは言えない。
最初の頃は負け越していたが、最近は『流閃』を覚えた分、俺の方が勝ち越している。
俺に対するシンシアの態度は軟化の一途を辿っているが、シンシアからシルヴァディに対してはあまり変わりはない。
シルヴァディに、ゼノンから1本取った際のアドバイスについてシンシアが感謝をしていた、と伝えたところ、
「そう、か」
と、なんとも意外そうな顔をしていた。
もっと喜ぶのかと思ったが、驚きの感情の方が強かったようだ。
シンシアが正式なゼノンの弟子になったことについては、
「別に昔から許可なら出していた。受けなかったのはゼノンの方だ」
と言った。
ゼノンが弟子を取らない理由は知らないらしい。
「しかし、まさか本当に1本とるとは・・・アルトリウスも早く俺から1本とらないとな」
最後には、そういって鼓舞されて終わった。
とらせる気なんてない癖によく言うものである。
その日から暫くの間、シルヴァディのしごきがキツかったのは気のせいではあるまい。
シルヴァディとシンシアはともかく、俺とシンシアはそれなりに話せる仲ではあり、なんとなく彼女の父親に対するスタンスもわかりつつはある。
嫌っているというよりは、認めたくない――という感情が強い気がする。
問題は2人の間に接するきっかけがないということだろうか。
もしも機会があれば、なんとか仲を取り持ってみたい。
そして、次に隊の話だ。
初陣の頃は未だに戦場を知らないようなひよっこばかりだった俺の隊も、その作戦参加の頻度の多さから、誰もがベテランの空気を放ちつつある。
隊の仲もよく、連携も完璧。
どこの班の誰と組んでも問題はない。
個人個人での実力もメキメキと伸びていて、隊全体としての戦力の底上げがなされている。
名実共にエース部隊といっても過言ではないだろう。
最近は部隊内での熾烈なNo3争いが繰り広げられている。
トップは俺で、次席がシンシアだとすれば、次は誰が強いのか、ということだ。
拠点の駐屯地が変わるごとに、トーナメント形式でランキング戦のようなものをやっているようだ。
それで優勝した者は、シンシアに挑戦する権利が与えられるらしい。
「それで勝っても副隊長にはしてやれないぞ?」
と一応釘を刺しておいたのだが、
「どうせ勝てないので大丈夫ですよ」
とフランツに苦笑された。
たしかに、全4回あった挑戦で、シンシアは1太刀も受けずに完勝している。
いらぬ心配であったようだ。
ちなみに、フランツもそこそこ頑張っており、先月は準決勝まで進んでいたりする。
フランツに限らず、1班は全体的に強い。
俺について常に先陣を切っているだけあって、伸びが良いのだろう。
今のところ最もNo3に近いと言われているのは、過去2回にわたってトーナメントを優勝している赤毛の眼鏡少女のエイドリアナだ。
彼女はユピテルの剣士にしては珍しく、我流の剣を使う。
盾を使うことから、どこか甲剣流に見えなくもないが、たしかに太刀筋はあまり見慣れないものだった。剣を振るうリズムが独特であり、相手からすれば対応がしにくいのだろう。
最後にオスカーの話だ。
彼は後方に移らず、変わらずに指揮官として残留したようだ。
現在はバロン将軍の軍団の大隊長をしている。
マラドーア以来、俺は自分の部隊があるのであまり会う機会はない。
無論、心配はした。
なにせ、俺がカルティアに来た際、オスカーは死にかけていたのだ。
できれば後方勤務について欲しかったのだが、
「バリアシオン君。僕にも譲れないものがあるんだ。なあに、問題ないさ。もうユピテル軍に負け戦はないからね。君は僕に構わず、やるべき事をやってくれ」
なんて言いくるめられてしまった。
元々は彼に請われてカルティアに来たはずなのに、どうしてこんなことになったのやら。
まあ当の本人に必要がないと言われてしまっては仕方がない。
オスカーにも何か考えがあるのだろう。
「バリアシオン、大丈夫、オスカーは、守る」
ミランダもそう言ってくれたので、とりあえずは納得することにした。
もちろん、戦争中は、できる範囲でオスカーの安全は気にする事にしている。
まぁ、実際はオスカーの言う通り、ほとんどの戦でユピテル軍が危なげなく勝利するので、取り越し苦労な事が多いが。
「――隊長、何書いているんですか?」
と、ここでシンシアが俺に声をかけてきた。
「何って・・・まぁ日記みたいなものだよ。これまでにあったことをまとめて書いておこうかなと思って」
ここは、先日落とした都市『ポスカブ』内の駐屯地。
いつも通り土魔法で作った石小屋で日記を書いていたのだ。
「へえ・・・マメなんですね」
「まあな。帰ってから家族にしようと思ってる土産話を、忘れるわけにはいかないからな」
「どんなことを書いているんですか?」
「えっと、そうだな。シンシアが最近デレてくれている話とか」
「デッ!? ちょっと何書いているんですか! すぐさま訂正してください!」
「ははは、冗談だよ。ところでわざわざ小屋まで来てどうしたんだ?」
真っ赤な顔をして詰め寄ってくるシンシアを軽くあしらい、尋ねる。
もちろんシンシアは頰を膨らませている。
「別に、そろそろお師匠様のところに行くので、呼びに来ただけです」
どうやらわざわざ俺を呼びに来てくれたらしい。
案外デレているというのは間違いではない気がする。
恋愛感情とは程遠いだろうが、最初の頃と比べれば雲泥の差だろう。
「そうか、もうそんな時間か・・・じゃあ行くとしようか」
ゼノンを待たせるわけにもいかない。
俺は書いていた日記を閉じ、立ち上がった。
そういえば、日記には書かなかったが、少し前から俺にも二つ名がつくことになった。
その名も、『烈空』アルトリウス。
数ヶ月前の戦いで、敵の攻撃を避けるために一時的に『飛行魔法』を発動したら、いつのまにかそう呼ばれるようになっていた。
もちろん二つ名というのはそれだけで恥ずかしいものだが、『神童』よりはマシであるので、甘んじて受け入れている。
さて、長いようであっという間だったカルティア戦役も、残すところはあとわずかだ。
残存するカルティア都市のうち、大きなものはすでにキャスタ族の領地にある都市『キャスターク』のみだ。
もちろん、カルティア軍も戦力をそこに集中させており、最終決戦の予感がする。
早く戦争を終わらせてヤヌスに帰り、チータのりんごパイが食べたいものだ。
読んで下さり、ありがとうございました。




