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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十章 少年期・カルティア初陣編
83/250

第83話:宴の席にて

 ユピテル軍視点でのマラドーアの会戦についての捕捉と、その後を少しです。


● ● フランツ視点 ● ●

 

「見ろ諸君。奴さんはまんまとこちらの思惑に乗って隊列を組んでやってきたようだ」


 大軍――6万の敵軍を前にして、我々の指揮官、アルトリウス隊長は不敵に笑った。


 我々は参謀部の指示通り、本軍とは距離を置いた位置に陣営を築いている。


 それなりに距離があるので、戦場までは時間がかかるともいえるが、我々の最速行軍速度ならば、一瞬で駆け抜けることができる距離だ。


「さあ、そろそろ本軍と接敵しそうだ、我らも遅れるわけにはいかない」


 そう口にする少年の背中は、我々の隊の誰よりも小さい背中ではあるが、この1ヶ月で誰よりも頼りになる背中であることを皆が知っている。


「総員、最速行軍! 我に続けっ!」


 剣を振り上げ、隊長が走り出した。

 身体強化をかけた、騎馬をも凌ぐ速度だ。


「た、隊長に続け!」


「おおおおおお!!」


 シンシア副隊長も少し遅れて号令をかけ、部隊は行軍を始めた。


 敵の軍団は都合よく間延びしていた。

 我々の本軍は、楕円陣形をとって、敵の進軍に合わせて後退している。


 その後退に釣られて、敵軍の前衛が前に出過ぎているのだ。


 我々の任務は、その前衛と後衛を分断することにある。


「突貫する! 気遅れるなよ!! 道は俺が作る!」


 隊長が叫んだ。

 側面からの奇襲とはいえ、相手は人の群れ。

 我々の部隊の何倍も何十倍もの数だというのに、アルトリウス隊長は、欠片も躊躇せずに突入ししていった。


 他の隊員の緊張などが馬鹿らしくなるほどの清々しい突入だ。


 そして・・・


 ―――ドゴオオオオオン!


 爆音が響いた。


 アルトリウス隊長が突撃した場所に、信じられないほどの巨大な爆炎が巻き起こったのだ。


 見たことのない・・・おそらくオリジナルの範囲殲滅魔法だ。


「すごい・・・」


 隣で班員のアニーが感嘆の声を漏らしている。

 私も至極同意見だが、今は傍観すべきではない。


「アニー、隊長に続くぞ、我々は1班だからな」


「わかってるって!」


 私もアニーも突出した隊長に続く。

 乱戦の中は「班」ごとに行動するというのが部隊のルールだ。

 つまり、隊長の意味のわからないほどの速度に追従するのが、我々の使命だ。


 正直、必死だった。

 隊長についていく事もそうだが、とにかく、敵の多さが半端ではない。


 おそらく他の隊の皆も似たようなものだろう。

 とにかく足を動かし、前の敵や横の敵に魔法を打ち込み、倒れない奴には剣を振りかざす。


「なんだ!?」


「赤マント・・・ユピテル軍が、なんでこんなところに!」


「おい、こいつら全員魔剣士だぞ!」


 そんな声が聞こえたが、耳を傾けることはない。

 敵影を確認した瞬間、剣を振るうのだ。


 前では先陣を切って、上級の範囲殲滅魔法をばかすかと放ち続けながら、ひたすらに前進する隊長だ。

 もはや彼の討ち漏らしの掃討をしているようなだけのような気もしたが、それも班の特色だろう。


 所々、中々の手練れとも遭遇したが、班員と協力し、迅速に処理していく。


 先頭――もっとも危険な位置で走り続ける隊長が生きているのに、我々が死ぬわけにはいかない。


 土煙と、血潮、火炎。


 様々なものが視界に移るなか、いつのまにか敵軍を抜けていた。


「はあ・・・はあ・・・抜けた・・・か」


 何千もの敵の群れの中を、横断し切ったのだ。


 前にいる隊長が速度を落とした。

 流石の隊長も体力と魔力をかなり消費しているようだ。

 ところどころ剣の切り傷や、火傷の跡も見られる。

 治癒魔法すら惜しんで敵兵を倒していたらしい。


 後ろを振り返ると、我々が走り抜けた跡は嵐が通ったかのように敵軍を分断していた。

 目を背けたくなるほどの、斬死体や、焼死体の道が、我々の戦果を象徴している。


「こんな・・・すごい・・・」


 隣で息を切らしていたアニーが、再び感嘆の声を上げる。


「これを、私たちが・・・」


 シンシア副隊長も、なんとも言えない顔をしながらその光景を目にしていた。


 彼女も今日が初陣であるのだ。


「・・・お前たち、油断するなよ。我々も一時後退し、包囲に参加する。中速行軍用意!」


 一通りの隊員の数を確認し、隊長が指示をした。

 とはいえ、その表情を見るに、隊長としても勝利と判断したのだろう。



 その後我々の分断したカルティア軍の先陣、およそ3万人は、ユピテルの本軍により包囲殲滅された。


 1週間ほどで、ユピテル軍の増援も到着し、さらに1週間ほどで、都市マラドーアはユピテル軍の手に落ちた。


 どうやらこちらの増援が来た時点で、カルティアの主力は、裏手から脱出し、戦線を下げたようだ。


 都市マラドーアは落ちた。



● ● アルトリウス視点 ● ●



 歴史上稀に見る戦術的勝利、というのにまさか自分が目の当たりにするとは思わなかった。


 俺はそれほど世界史に詳しくないが、前世で有名なものだと、ハンニバルのカンネーとか、日本だと、織田徳川連合軍対武田軍の長篠の戦いか。

 どちらにせよ、今までにないような新戦術――たとえば騎馬だったり、銃だったりを用いて大勝利を収めた戦術的に価値のある戦いだろう。


 俺が目の当たりにした――というよりは当事者の一人として加担した戦いも、そんな後世の教科書に載ってもおかしくないほどの大勝利であったと思う。


 今回の攻勢作戦の目標となったのは、カルティアの都市『マラドーア』。

 マラド族というカルティアの中でも大きな部族の本拠地だ。

 現在のミオヘンから北上するにあたって、2つあるルート――森林方面と平原方面のうち、平原方面の先にある都市である。


 『マラドーア』までの平原地帯に陣を築いていたカルティア軍であったが、彼らは前回の戦いの後、都市部まで戦線を引き直し、都市『マラドーア』の城壁の中に引きこもってしまっていた。


 都市攻略戦というのはただでさえ無駄な兵力を消費するうえ、参謀府の予想では、都市の中にも相当な数の兵士をため込んでいるという話だった。

 なるべくやりたくない都市攻略戦ではあったが、しかし、北上するうえで、『マラドーア』ほどの都市を見逃すわけにもいかない。


 そこでラーゼンが提唱したのが『マラドーア攻略作戦』だ。

 内容は単純明快。

 相手が会戦したくなるような少数兵力で敵の軍団を都市の外へおびき出し、それを殲滅したうえで、楽に都市を攻略しようというものだ。


 最初に参謀会議でその内容が発表されたときは、正直こいつ頭おかしいんじゃないかと思った。

 相手が会戦をしたくなるような少数兵力で敵の大軍団を殲滅できるわけないだろう。


 もちろん口には出せないので、黙って作戦内容を聞いていると、確かに理論上は可能ではある作戦だった。

 作戦の要となるのは、精鋭のみを選び抜いた2個軍団と、俺の第1独立特務部隊だ。


 斥候の報告によると、都市『マラドーア』には少なくとも5万程度の兵力が集中しているらしい。


 我がユピテル軍は、総軍だと8万であるので、全軍を動員すれば一応数の上では勝っているが、それだと相手の5万の軍団は会戦を挑まず、籠城戦に入ってしまうだろう。

 都市の攻略には3倍の兵力が必要ともいわれているので、籠城戦だと、8万の軍を動員しても、ユピテル軍としては相当に面倒な戦いになってしまう。


 なので、カルティア軍の5万の軍団が都市の外に打って出たくなるようなくらいの兵力――つまりは半分以下の2万の軍勢で敵軍をおびき出し、会戦に持ち込むというのだ。


 確かにユピテル軍の会戦の強さは俺も聞き及んでいるが、果たして2倍以上の兵力を相手できるほど強いのだろうか。

 確かにユピテルにはシルヴァディやゼノンなど、個人単位で強い人間はいるかもしれないが、それは向こうとて同じことだろう。


 俺ですらそう思ったのだから、俺よりも軍に詳しい各武官の方々も口々にそんなような事を口にしていた。


「我がユピテル軍の精強なことはわかっておりますが、わざわざ倍の兵力との会戦をする必要はありますまい。私は全軍での都市制圧を押しますな」


 バロン老人を皮切りに、多くの武官の方々がそれに同意した。

 黙っていたのは俺とマティアスくらいか。


 そんな武官を一蹴するようにラーゼンが言った。


「もちろん、無策で2倍の兵力と相対するわけではない。鍵となるのは・・・アルトリウスの隊だ」


「――!」


 そして俺の方に視線が集まる。

 もちろん俺も初聞きだ。


「アルトリウスの隊には、別動隊として、敵軍の分断をしてもらう」


 ラーゼンが説明をはじめた。

 作戦としては、半球状に2個軍団を展開し、敵軍を誘い込み、俺の部隊を別動隊として側面攻撃を仕掛けるというものだった。


 単純な話だったが、果たしてそれで通用するのだろうか。


「問題ない。普通、100名程度の別動隊など警戒はしない。それに、お前の隊は他のどの隊よりも足が速い。気づかれても問題はないだろう」


 とのことで、もちろん断ることもできずに大役を任されてしまった。


「まあ、総司令閣下の作戦ならば間違いはないでしょう」


 バロン老人のその一言で、参謀会議は終わった。



 ということで俺の隊の方向性は決まったので、すぐに次の日から訓練を開始した、

 訓練では、軍隊の基礎的な指揮統制の確立と、奇襲をかけた際での乱戦の戦い方、そして、行軍速度を徹底的に鍛え上げた。

 特に乱戦での戦闘と、行軍速度に関しては作戦の成功の有無を左右するので、重点的にだ。

 隊員たちは、ゲリラ戦の訓練が心に残ってしまったようだが、覚えて欲しいのは、不意を突かれた際の対処なんだがな。



 そして、作戦は決行された。


 まさにラーゼンの言った通り、2個軍団ならば行けると踏んだのか、6万の軍団が都市から出てきた。

 予想の5万よりも多い兵力だ。


 だが、ラーゼンは特に慌てず、予定通りの行動をするように指示が来た。


 なぜか俺の隊の士気は異様に高かったので、戦場を前に足がすくむこともなく、とにかく生き残ることだけを言明して、最大速度の行軍で敵の間延びした隊列の横っ腹に突貫した。


 無論先陣は俺の1班だ。

 初っ端に上級の範囲殲滅魔法を打ち込んで、足がかりを作り、分断するかのように隊列の中に突入する。

 味方を巻き込まなさそうな場所には立て続けに、上級魔法を打ち込み続け、レジストしてくる奴は囲んで切り殺す。


 雄たけびを上げながら予想外の方向から突っ込んできた俺の部隊に、カルティア軍は全く対応できず、面白いように敵を蹴散らし、そのまま敵の軍団を横断してしまった。


 そのまま本軍に合流し、無我夢中に戦っていたら、いつの間にか勝利していた。

 残った敵軍が後退していたのだ。


 驚いたのは、全員が俺の速度についてきて、最後まで走り切ったことだろう。

 班長に点呼を取ったところ、無傷の者はいないが、死んだ者はいなかったらしい。


 誰もが、魔力を切らし、疲れた顔をしていたが、どこかやり切ったような、そんな達成感のある顔をしていた。


 


 ● ● ● ●



「だから、聞いてくださいよ隊長ぉ、俺は、下町の生まれなんでふけどねえ! 師匠に出会ってから頑張って剣をみがいてえ! ついにはこんなえりーと部隊にはいじょくされましてぇ!」


「こんなやつの相手することないですよお! それよりも、この間の戦いの話を聞いてくださいよぉ! 知ってますか? あいつら意味もないのに風撃なんて打ってきやがって、蛮族の癖に小癪ですわ!」


 完全に酔いつぶれて言葉の呂律が回っていないのは、ジャンとバクスターの二人だ。


 マラドーアを落として1週間ほど。

 都市の掌握も終わり、都市周辺の防衛網の構築も落ち着いたので、戦勝を祝うためにラーゼンから酒が振舞われたのだ。

 もちろん振舞われたのは戦いに参加した部隊だけだ。

 

 マラドーアの郊外に構えた俺たちの部隊の駐屯地はお祭り騒ぎだ。

 なにせ、俺の部隊は今回の作戦で最も重要な役割をこなしたということで、128名しかいないというのに1個軍団用の酒が振舞われたのだから、全員が10杯のんでも一向に酒はなくならない。

 初陣にして快勝の興奮も相まって、特に男どもは羽目を外す結果となったのだ。


「いや、すみませんね隊長。こいつら、この間の勝利がやけに嬉しかったみたいで、飲みすぎたようです」


「はは、構わないさ」


 副官のフランツも少し顔は赤いが、他の面々よりはマシなようだ。

 俺自身はまだ未成年なので飲酒は控え、ぶどうジュースのようなものを飲んでいる。流石に水では味気ないしね。


 とはいえ、別にこの世界で飲酒について厳密な制限はない。

 一応、あまり子供に飲ませないように、という慣習のようなものがあるだけで、未成年でも飲む人は飲む。

 俺は前世とこちらの世界の折衷案で、15歳になったらお酒は解禁ということにしている。

 

 とはいえ、折角の酒盛りで一人だけ素面というのもなんとなく居心地は悪いので、酔っ払いどもは適当にあしらい、俺は席を外し、涼みにでも行くことにした。



 駐屯地から少し歩くと、綺麗な小川に出た。 

 宴の明かりと月明かりがいい感じに小川を照らし、ここがつい最近まで戦地であったことなど忘れさせる。 

 川辺にちょうどいいサイズの大きめの石があったので、腰かけた。


「ふう」


 こうしたゆったりとした時間も久しぶりな気がする。

 ここのところは訓練やら稽古やら戦争やらで休める時間はなかったからな。


「それにしても・・・」


 先の戦い。

 ラーゼン曰く、会戦にさえ持ち込めばほぼ確実に勝てる算段だったらしい。

 むしろ、2万の兵相手に、敵軍が出てきてくれるかが、勝負の分かれ目であったとか。

 

 俺の前世の現代戦と違って、無線などの瞬時の連絡手段がないこの世界の戦争では、途中で戦術を変えるということが難しい。

 戦いが始まってから、細かな司令官の指示までを兵士に行き届かせることが不可能だからだ。

 ラッパや太鼓の音だけで細かい指示まで伝えきるの困難だし、正直、怒号と魔法の音がうるさ過ぎてラッパなど聞こえない。


 つまり、この世界の戦争は・・・前もって決められたお互いの戦術の出たとこ勝負というわけだ。


 そういう意味で、今回のラーゼンはよほど今回の作戦に自信があったようだ。

 作戦を実行する身としてはたまったものじゃないけどな・・・。

 


「どうしたんですか? こんなところで」


 そこで、不意に声をかけられた。

 最近になって聞きなれた女性の声だ。


「・・・シンシアか」


 振り返ると、そこには隊の副隊長――シンシアがいた。

 今日は宴ということで、いつもの白い皮鎧ではなく、小麦色のシャツを着ている。

 髪も纏めずに、そのまま流しているのが新鮮だ。

 彼女のラフな姿は、最初に参謀府の風呂で出会ったとき以来だ。

 まぁあのときは流石にラフにも程があったが。


「飲まないんですか? 折角あんなにいっぱいお酒があるのに」


 シンシアもどこか顔が赤い。

 飲んでいるのかな・・・と思ったら、手に酒のコップを持っていた。

 飲みながら歩いてきたようだ。


「俺はいいよ。酒は15になってからって決めてるんだ」


「そうですか」


 頷きながら、シンシアは俺から少し離れた位置にあった大きめの石に腰かけた。


「シンシアこそどうしたんだ。こんなところまで」


「えっと・・・フランツに、隊長がどこか行ってしまったって聞いたから、探していたんですよ」


「そうか」


 どうやらわざわざ探しに来ていたらしい。

 適当にあしらって抜けてきたのはまずかったかな。


「皆、隊長と飲みたがっていますよ。勝利は、隊長のおかげだーって」


 いつの間にやら、隊員たちには随分慕われてしまったようだ。

 一緒に酔っぱらってやれないのはやるせないが、需要があるなら戻るとしよう。


「そうか、ならさっさと戻らないとな」


 そう言って立ち上がったのだが、シンシアは座ったままきょとんとした顔をしている。


「どうした?」


「いえ、その・・・勝ったのに、あんまり嬉しそうじゃないんですね」


 聞くと、そんなことを言った。

 

「嬉しそうじゃない・・・か」


 意識していたわけではないが、勝利に浮かれている隊の雰囲気からしたら、確かに少し冷めている部分はあるのかもしれない。


「別に嬉しくないということはないんだが・・・そうだな、嬉しさ半分、やるせなさ半分、といったところか」


「やるせなさ、ですか?」


「・・・ああ。今回も・・・多くの命を奪った。そして・・・皆にも多くの命を奪わせてしまったからな」


「命を奪う、ですか?」


「ああ」


 シンシアは相変わらずきょとんとしている。

 軍人なのだから、敵兵を殺すのは当たり前とでも思っているようだ。


 確かに、この世界の常識――いや、もしかしたら前世でも、戦場でなら、それが当たり前だったのかもしれない。


「・・・でも、なんとなくわかります」


 すると、意外にもしんみりとした表情で、シンシアが言った。 


「戦場で戦っている隊長は・・・いつも稽古で見るよりもどこか鬼気迫るような強さがありました。部隊の先陣として、カルティア兵の群れに突っ込んでいって、見たこともないような魔法で次々と何人もの敵を倒して・・・私たちなんて、隊長の打ち漏らしの処理をしていただけなんじゃないかって思うレベルです」


 そうだったか。

 俺も流石に無我夢中だったから、それほど細かい部分まで覚えているわけではない。


 シンシアは思い出すかのようにつらつらと続ける。


「でも・・・隊長は何人もの敵を倒しながら・・・すごくつらそうな顔をしているんです。気づいてました?」


「いや・・・」


 もちろん、俺が戦っている最中の自分の顔なんて知るはずがない。

  

「そうですか・・・」


 酒のせいだろうが、少し顔を赤らめて上目遣いでこちらを見るシンシアはやけに色気があり、思わずドキリとする。

 

 思わず顔を背けた俺をよそに、シンシアはどこか遠い目だ。


「でも、だから思ったんです。きっと隊長は、何かを背負っているんじゃないかって。誰にもいえないような・・・すごく大きい何かを・・・」


「・・・・」


 すごく大きい何か。

 そんな大層なものを背負った覚えはないが・・・。


「私があの時の立ち合いで隊長に負けたのも・・・単に『読み』があったからじゃないと思います。きっと、何か『覚悟』のようなものが足りなかったんじゃないかって・・・今はそう思います」


 そう言って、シンシアは立ち上がった。


「なんて、変な話でしたね。忘れてください」


「え、ああ」


「じゃあ、先に戻りますね」 


 シンシアは踵を返し、歩き出した。


 追いかけても良かったが、やめておいた。

 最近はそこそこ仲良くしてくれていると思うが・・・調子に乗り過ぎもよくないだろう。 


 しかし・・・。


「覚悟か・・・」


 確かに覚悟は、した。

 生きるために・・・守るためなら、躊躇はしない覚悟だ。


 だけど、


「そうだな・・・。戦争は・・・つらいな」


 生きるためでも、守るためでもない――戦争は、ただの殺し合いだ。


 とはいえ・・・今更見捨てられないだろう。


 オスカーも。

 シンシアも。 

 隊員も。


 途中で投げ出すようなマネはしたくない。


「・・・早く、終わらせないとな」


 そう呟いて、俺は歩き出した。

  

 



 読んで下さりありがとうございました。

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