第82話:マラドーアの会戦
テンポよく行きます。
都市『マラドーア』。
カルティアの諸部族の中でも、魔法部族ともいえるマラド族の本拠地にして、鉄壁の守りをもつ要塞都市である。
長い年月をかけて土魔法で作られた分厚い都市壁は、上級の魔法ですら貫けず、3箇所ある門には常に大量の兵を置いており、伊達の攻撃では突破は困難だろう。
「報告! ユピテル軍に動きがありました!」
そんな都市マラドーアの統一戦線天幕に、知らせが届いた。
報告を受けたのは、カルティア統一戦線の盟主にして、総指揮官、濃紺の長髪の男セルベント・キャスタである。
報告によると、平原地帯を抜けて、このマラドーアまでユピテル軍が迫っているという。
前回の戦いで森林地帯が焼かれた以上、2方面に軍を置くのは得策でないとし、この都市マラドーアまで大きく戦線を後退させたのだが、その分平原地帯を抜けてのユピテル軍の侵攻が早まったのだろう。
――しかし・・・。
セルベントは思う。
別にユピテル軍が侵攻してきたこと自体は問題ではない。
前回の戦いから1ヶ月、そろそろ動きはあるだろうと思ってはいたのだ。
そのための守りも固めていたし、募兵も済んでいる。
「数は?」
「2個軍団ほどです」
「・・・2個軍団だと? 確かか?」
「はい。ほかには見当たりません。後続がいたとしても行軍時間にして3日ほどの空きはあるかと」
――2個軍団。
多いわけではない。
むしろ少なすぎるのだ。
通常、マラドーアのように防壁のある守りの硬い都市を落とす場合、相手の兵力の3倍以上の兵力が必要である。
ユピテル軍が出してきた軍団の数は2個軍団。
つまりは2万人の兵力なわけだが、対して現在マラドーアで編成しているカルティア軍は6万。
守る側が3倍の兵力を持っているということになる。
どう考えてもその程度の兵力でマラドーアという城塞都市を落とせるとは思えないのだ。
一見すれば無謀な攻勢だと思われるが・・・。
セルベントはすぐさま会議を招集した。
「たった2万の敵ならば、会戦に討って出るべきだろう!」
会議を開いた途端、魔導騎兵隊を率いる『剛腕』が大声で主張をした。
他の部族長も軒並みそのような気配がある。
「そうだ、聞けば、天剣どころか、迅王もラーゼンも来ておる。一気に叩く好機であろう」
先日、森林方面の勝利によって名を挙げた『砂塵』も交戦を主張する。
特に都市マラドーアは、『砂塵』の部族の領地であるため、何がなんでも渡したくないのだろう。
「・・・しかし、会戦は奴らの十八番だ。天剣や迅王がいるならばなおのこと、まずは奴らの出方を伺うべきだと思うが」
セルベントは考えを述べた。
そう、ユピテル軍は正面きっての会戦を最も得意とするのだ。
よく考えられた隊列に、洗練された戦術、そして一人一人の兵の質の高さ。
あの軍事大国のユースティティア王国ですら、ユピテル軍との戦争を避けるのはその会戦の強さにある。
だがらこそ、これまでセルベント率いるカルティア軍は、ゲリラ戦や奇襲などによって会戦を避け、ユピテル軍の消耗を狙っていたのだが、やはり既に『ミオヘン』という確固たる地盤を築いていることもあってか、それほど消耗が見えたようには思えない。
森林方面の作戦で勝利を収めたとはいえ、残存の軍団が2個軍団しかいないはずがないのだ。
「確かに2万が全軍だとは思えませんが、かといって増援が来てからでは都市が落とされる可能性もあります。慎重なのもいいですが、相手が少ないうちに倒しておくのが吉なのではないですか?」
そう進言したのは、かつて部族会議でセルベントに賛同した老人族長だ。
彼はカルティア人にしては珍しく、物事を冷静に判断できるので、軍師のようなポジションにおいている。
「ふむ」
セルベントはしばし思考する。
たしかに、彼の言うことも一理ある。
増援が来てからでは、このチャンスを逃すことになる。
替え玉の可能性もあるが、敵の司令官が目の前に雁首を下げて来ているのだ。
それに、そろそろ真っ向からの勝負をしないと、血気盛んな部族連中の不満が解消されないだろう
「・・・そうだな」
セルベントは決断した。
それほど深く考えずとも、3倍の兵力ならば、おそらく勝てる。
「全軍、討って出る!」
「おおおおお!!」
部族長全員が雄叫びをあげた。
● ● ● ●
戦いの火蓋は切って落とされた。
都市の前でずらりと整列するのは6万あまりの兵士達。
誰もがセルベントのような小男とは比べ物にならない巨躯と、筋肉を持っている。
先陣を切るのは魔導騎兵隊を率いる『剛腕』ボルザード。
第2陣に、『砂塵』フェルマー率いる魔法隊を配置し、ボルザードの援護をさせる。
魔法士隊の守りには精強な歩兵隊を置いた。
最初はいがみ合っていた各部族たちも、森林方面での勝利により、まとまりを見せつつある。
士気は最高潮と言ってもいいだろう。
最後方、司令官として全体指揮を執るセルベントは、悠々とその兵たちを眺め・・・そしてはるか遠方に見える敵の軍団を視認する。
細かい部分は見えないが、ユピテル軍のトレードマークである赤いマントが、1列になって地平線を染めていることがわかる。
だが臆することはない。
ラーゼンが2万でも会戦に勝てると思っているならば、それは誤算だったと教えてやるのだ。
セルベントは馬の上、剣を掲げた。
「全軍・・・突撃!」
ドン!!
セルベントの声と共に、太鼓の音が響いた。
「おおおおおおおおお!!!」
大地が震えるほどの雄叫びと、地鳴りのような足踏みにより、6万の大群がアリのように2万の軍団に迫る。
攻める6万の軍団を前に、微動だに動かない2万の軍の配置は、楕円に窪んだ陣形だ。
「・・・包囲殲滅陣?」
おぼろげにその陣容を確認したセルベントは、頭に疑問符を浮かべる。
どうして数で劣るのに包囲殲滅をしようとしているのか。
――やはりなにか罠が?
そう思ったときには、既に軍団は衝突していた。
飛び交う火球に、岩の塊。
互いに魔法士隊が魔法をレジストしあう中、最前線はぶつかり合う。
前方からは叫び声と剣の音がこだまする。
まだセルベントのいる後方までは戦果は及んでいないが、しかしそれでも戦火の音は響いてきている。
戦況はこちらが優勢。
流石に会戦に優れるだけあってユピテル軍は中々に硬いが、こちらの方が押しているだろう。
3倍の数は伊達ではないのだ。
だが、セルベントはやはり敵の陣容が気がかりであった。
押されていても徐々に後退しつつ、包囲殲滅陣形を崩さないのだ。
よもや三分の一の敵にこのまま誘い込まれて包囲されることはないだろうが・・・しかし、突っ込み過ぎるのも問題だ。
「おい、少し後退させろ。戦線が間延びしすぎて――」
そう、指示を仕掛けたとき、叫び声が響いた。
それは、先ほどまでの前線ではない。
縦に間延びしつつあった戦線の中腹――セルベントからもあまり距離のない場所だ。
セルベントの脳裏に戦慄が走る。
「――おい、なんだ? どうした?」
セルベントの視界では、土煙が巻き起こり、その場所でなにが起きているか判別しづらい。
「それが・・・突如として側面から別動隊による攻撃があったようです! 」
「別動隊だと!? どうして気づかなかった!」
「その・・・速度が異常な上、数が少なく・・!」
「少ない、だと?」
「はっ! おそらく100名程度の部隊だと・・・」
――100人!?
そんな小手先の別動隊、突貫してきたところですぐに囲んで潰してしまえる数だ。
「どうして百人隊ごときに、第2陣が分断されているんだっ!」
「わ、わかりません! ですがそいつらにもう千人近くやられています」
「そんなバカな・・・」
伝令にきた兵士の言っていることは頼りにならない。
そして、さらなる報告が入る。
「報告! 守勢に徹していた敵の本軍が急速に攻勢に転じました!」
「先陣が例の百人隊により分断されます!」
「魔法士隊、持ちません!」
「―――っ!」
――これは、まずい。
完全に隊列と指揮統制が乱されている。
どういう仕組みかはわからないが、別動隊によって不意を突かれた形で軍団が分断されているのだ。
――誘い込まれた!?
たった2万の兵力で来たのも全て、会戦に誘い込むための布石だったのかもしれない。
始めから増援もなしに・・・3倍の数を相手にする気だったのだ。
このまま前衛を分断して、半数の軍を包囲殲滅するのだろう。
そのための包囲殲滅陣だ。
――やはり会戦では、勝てない、か。
「――撤退」
セルベントはそう指示をした。
負けるにしても、なるべく多くの兵を返す必要がある。
「――撤退! 撤退!」
ドン! ドン!ドン!
太鼓の音が鳴り響く中、セルベントは馬を返した。
「・・・とんだ世紀の負け戦をしてしまったものだな」
この戦の負けで、カルティアの負けが決まったわけではない。
後方にはまだいくつも都市は残っている。
遠征しているユピテル軍と違って、カルティア軍はいくらでも募兵はできるのだ。
だが・・・なぜかこの敗北は、決定的な敗北であるような・・・そんな予感がセルベントの胸中を襲っていた。
ふと、後ろを見ると、戦場の中――土煙を巻き起こす中心に、戦場には似つかわしくないような、少年の姿を見たような、そんな気がした。
● ● ● ●
6万の兵力のうち、半数以上は分断されたまま包囲され、壊滅した。
魔法士隊を率いていた『砂塵』も、戦死。
魔導騎兵隊を率いていた『剛腕』は、敵が陣形を包囲陣に移す隙をついて、層の薄い部分を強行突破して帰還したらしい。
唯一の良い報告だ。
報告によると、百人による別動隊は、どれもが秀逸な魔法使いによって構成された部隊であり、騎馬を越えるほどの行軍速度でいつのまにかカルティア軍の側面に回り込み、突貫してきたようだ、
個々の戦闘力と、なによりも始めから乱戦を想定したかのような連携により、悉くこちらの兵士は減らされ、そのままカルティア軍は混乱し、分断された。
そして、これは本当かどうかはわからないが、その部隊の指揮官は、まだ成人もしてないような子供であったらしい。
その後、1週間と経たずに敵の増援は到着し、先の戦闘により多くの兵と戦意を失ったカルティア軍は大した抵抗もできずに都市マラドーアは落とされる。
セルベント達カルティア軍は、さらに戦線を下げることになった。
● ● ● ●
『――後世において、「マラドーアの会戦」と呼ばれるこの戦いは、稀代の戦略家として名高いラーゼンの才気が振るわれた最も有名な戦いとなった。
それと同時に、人によっては、ユピテル共和国とカルティア統一戦線の勝敗の行方を決定付けた戦いとも言われる。
もちろん、セルベントとて油断したわけではない。
セルベントとラーゼンは共に高いレベルの戦略家であり、全体を見ながら戦争をすることにおいての本質の捉え方は、この時代の将軍の中では屈指であるといえる。
ただ、違ったのは、セルベントは戦争というのを、結局は数が決すると思っていた部分であり、ラーゼンはそうは思わなかった、という部分である。
結局のところ、セルベントは、戦略家ではあっても戦術家ではなかったのだ。
とはいえ、ここで注目すべきなのは、ラーゼンの卓越した戦術でも、セルベントの迂闊な選択でもない。
カルティア軍を分断するに当たって100人余りの別動隊を率いていた13歳の少年の名が、「アルトリウス・ウイン・バリアシオン」であるという事実こそ、我々にとって重要な事だ。
「マラドーアの会戦」とは、驚異的な戦略による卓越した包囲殲滅戦であり、ユピテル軍の劇的な勝利を飾る戦いであり、そして、アルトリウスが初めて歴史の表舞台に登場した戦いであるのだから――。
――リンドニウム・ハーミット著「アルトリウス物語」第1巻より中略』
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こんな感じの陣形のイメージです。
▼がユピテルで、△がカルティアで、◀がアルトリウス隊です。
読んで下さりありがとうございました。




