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第80話:娘さんを弟子にしよう

 

 参謀会議から20日ほどが経った。


 正直覚悟していたが、これほど忙しい生活を送るのは久しぶりだ。 

 イリティアとの修業時代はもう少しゆとりもあったし、充実しているといっても良かったのだが、今回に限ってはどう考えても充実どころの騒ぎではない。


 まず、まだ日も昇っていない時間、シルヴァディとの稽古に赴く。


 未だに使えない『流閃』をひたすらに練習し続け、シルヴァディが選んでくれた篭手のような軽い盾を装備した状態での甲剣流の型を覚える。


 そして、全魔力を使い切るほどの激闘――という名の一方的な戦いを経て天を仰ぎ、休憩もそこそこに駐屯地に戻る。


 シルヴァディには軽く、シンシアがゼノンの弟子になるのを手伝っている旨を伝えてみたが、特に遺憾に思っていることはなさそうだ。

 それどころか、


「ゼノンの奴は、ここぞという場面は一番信頼している中段の切り払いを使うことが多いぞ」


 なんていうアドバイスまで貰った。

 こっそりとシンシアに教えておこう。



 駐屯地では、部隊の班長を集め、参謀会議において決定された『マラドーア攻略作戦』の内容を伝え、各自に部隊の役割についての説明と、班長としての心得を伝授。


 班での行動がある程度まとまり次第、全体での行軍練習や、何段階にも分けた行軍速度の調整と、正面からの会戦の練習に、森を舞台にしたゲリラ戦の演習など、本格的な訓練も行っている。


 作戦決行まで10日ということでなかなかに緊張した雰囲気で訓練ができていると思う。

 

 緊張しすぎるのもよくないので、適度に休みや、自由時間を与えている。


 そんな時間は、個人的に質問や、稽古をつけて欲しいという面々に、アドバイスや立ち合いの相手をしてやっている。

 


 さて、夕方までそんな訓練を終えたところで、隊員たちには各班ごとに夕食を取って休むようにと言ってあるが、俺は休むどころではない。

 ゼノンの稽古の方に顔を出すのだ。


 流石に副司令であるゼノンは忙しそうだが、この時間だけは毎日確保してくれているので、部下である俺が休むわけにも行かないだろう。


 ちなみに、同じ副司令官であるはずのシルヴァディは暇そうだ。

 ゼノンは軍師のような立場も兼ねているようなのでその違いかもしれない。


 ゼノンの元へ行くと、いつもシンシアは俺より先にいる。


 部隊の訓練が終わる時間は一緒のはずなのにどうしてだろう。

 目的地は同じなので一緒に行こうと提案したこともあったのだが丁重に断られた。


 ゼノンとの訓練は、()()あまり進展はない。

 ようやく2撃目を防御できたのでそれなりに慣れては来ているのだろうが、相変わらず自分ではわからないものだ。

 一応前にシンシアから言われた、「魔力の無駄を省く」という助言をもとに、色々とやってはいるものの、いつもより立ち合いの回数が数回増えただけだった。

 まぁそれくらいで劇的に強くなるんだったら「剣術は努力」なんて言われたりはしないだろう。


 

 シンシアに関しては、あれ以来、毎日のようにゼノン対策の特訓が行われている。

 いつもはお風呂に行っていたであろう時間を全て使って、ゼノンの癖や、パターンを教えるのだ。


 「一撃を与えるためのプロセス」のようなものは完成しつつあるが、まだ実行に移させてはいない。

 むしろ、こういう動きをしたらどうなるか、というデータ収集をさせている節もある。

 なので、シンシアとゼノンの立ち合い中、俺はずっとゼノンの動きを脳裏に焼き付けている。俺にとってもいい勉強になった。


 データを全て集めて、立ち合いの最初から最後までの動きを全て把握し、シンシアにその動きを覚えさせたら、挑戦だ。


「いや、だから、そのサイドステップのあとは、右に避けても左に避けても当ててくるから、前に出るんだ」


「・・・意味がわかりません。前に出たら余計に当たるじゃないですか」


「前に出れば間合いが詰めれて剣で守れるんだよ」


 深夜まで続く秘密の特訓で、なんとなくシンシアとはそれなりに話せるようになった気がする。

 前に、俺のことを嫌っているわけではないと言ってくれたのが少し自信につながったのかもしれない。


 とはいえ、シンシアは「読み」も「暗記」も苦手なようで、俺の指示にいつも疑問符を浮かべることも多い。

 

「あーもう、そんなにたくさんの手順、覚えられません!」


 なんて言ったときには、同じく暗記を苦手としていたカインのことを思い出して少し笑ってしまった。

 すぐに冷ややかな目で、


「バカにしているんですか?」


 と言われたので、


「学生時代にいつも模擬戦をしていた奴が、君に似て感覚派だったんだよ」


 と答えておいた。

 カインも今頃は、軍にでも入っているんだろうか。

 学校を無事に卒業できていたらいいが・・・。


 そんなこんなで、シンシアに深夜まで付き合ったあと、次の日の隊の訓練メニューを考え、体を拭いて就寝。


 睡眠時間は3時間ほどだ。

 正直この年齢の体にしては少なすぎるが、精神的にはギリギリ何とかなっている。

 如何せん育ちざかりなので、身長が止まってしまわないかだけは心配だ。




 さて、そんな忙しい日も煮詰まってきた、作戦決行の3日前、ようやくシンシアが「対迅王1本奪取プロセス」の全てを覚えたので、作戦を決行に移すことにした。


「――よし、じゃあ明日は決行だ。部隊の訓練で魔力を使い過ぎないようにな」


「・・・あの、本当にこんなことを覚えたところで、1本取れるのでしょうか?」


 流石のシンシアも不安そうな顔をしている。

 こんなこととか言いながら必死に全部覚えた癖に何を言っているんだろう。


「さあ。正直俺の読みなんてどれくらい通用するかなんてわからないさ。なにせ相手は迅王様だからな」


 ここで気休めに大丈夫だ、といえるほど俺は強くない。

 「訓練でも本気」というゼノンの言葉が本当かどうかもわからない。


「そう、ですね」


「まぁダメだったら俺の読みが甘かったってことだ。終わった後に好きなだけ罵ってくれ」


「・・・そんなことしませんよ」


 むくれながらそう言ってくれたので、失敗したからと言って恨まれることはなさそうだ。

 

「あ、最後に1つだけ。ゼノン副司令は、いざというとき中段の切り払いを使うらしい」


「らしい? というのは」

 

「師匠が教えてくれたんだ」


「―――そうですか」


 小さくそう返した彼女が、何を思ったのかは俺にはわからないが・・・まぁ知らないよりはいい情報だろ。



● ● ● ● 



「えっと、まずは下段から無理やり防御に回して・・・立て続けに三連撃を上段に打ち込んで・・・右に避けた場合は距離を取って・・・左だったら追撃を・・・」


 前哨戦とでもいうべき俺が一瞬でゼノンにボコされ、シンシアの元に来ると、流石のシンシアも緊張しているのか、ぶつぶつと呟いている。


「ほら、出番だぞ」


「え、あ、は、はい!」


 声をかけると、勢いよく立ち上がって、ガチガチになりながらゼノンの方へと歩いていく。

 明らかに緊張している。


 今日はやめて、攻勢作戦が終わってからにしようかとも思ったが、しかし、剣を構えるころには、シンシアは緊張などどこへ行ったのやら、真剣な顔つきになっていた。


 絶対にやってやるとでも言わんがばかりの覚悟のこもった瞳だ。


「――ハアアッ!」


 声と共に、金色の髪が靡いた。


 俺が固唾を呑んで見守る中、立ち合いが始まった。


 カン!

 

 木剣の音が走る。

 シンシアの下段の切り上げを、ゼノンが防御した音だ。


 そしてシンシアはまるでその防御が分かっていたかのように、追撃をする。

 三連撃だ。


 ―――ここが1つめのポイントだ。


 いくら俺がゼノンの動きを読んだとは言っても、動きを完全に制限することはできない。

 あくまでこうする確率が高い、というだけの話だ。


 なので、ここでこうした場合は、こうする。

 などの、いくつものルートを、シンシアには教えてある。


 俺の「読み」では、ゼノンがこのシンシアの三連撃にどう対処するかによって、この後の流れが変わる。

 最も確立が高く、なおかつ最もシンシアと反復練習をしたのは、左に避けるルート――Aルートだ。


 そして・・・。


「――よし!」


 俺は思わず小声でガッツポーズをした。


 シンシアの三連撃を、ゼノンが左に避けたのだ。

 そして、左に避けたならば、まだシンシアの攻勢は続く。

 

「―――む?」


 そこで、ゼノンが怪訝な声を上げた。

 おそらく今日のシンシアの動きが明らかに違うことに気づいたのだろう。

 

 変に動きを変えられたら、困るが・・・。


 しかし、ゼノンは俺の予測通りの、動きをしてくれた。

 別に変える必要などないとでも言うように、剣を振る。


 だが、それらの動きを、シンシアは全てわかっている。

 何度も反復練習をして、何度も体に染み込ませたのだ。


 明らかにゼノンの方が速いのに、シンシアの方が攻勢を続けている。


 きっと、初めて俺とシンシアが立ち合いをしていたときもそうだったのだろう。


 そしてAルートの最後・・・上段縦斬りに見せかけた切り返しでの横薙ぎが決まる、その時―――。


 ゼノンが、読みと違う動きをした。

 本来なら、縦斬りに対して回避行動をとるはずだったゼノンだったが、明らかに剣を構えている。

 

 ――ここにきて予想外だと!


 一瞬焦る俺だが、しかし――。


「・・・ほう」


 勝負は決まっていた。


 シンシアがそのまま上段縦斬りを振り下ろし、ゼノンの肩口に一撃を見舞ったのだ。


 ―――いざというとき、ゼノンは一番信頼している中段の切り払いを使う。


 まさに、ゼノンが最後に放とうとしていた中段の切り払いだった。


 それを、シンシアは見越したのだ。


「――ほえ?」


 ゼノンの肩口に木剣を乗せたまま、当の本人は変な声を上げている。

 

 目の前で起こっていることが信じられないとでもいう感じだ。


 ゼノンは肩に乗る木剣を下ろし、自身の構えも解き、そして一言。


「―――シンシア、見事だ。これからは弟子を名乗っていい」


 そう言った。 


「―――っはい! その、よ、よろしくお願いします!」


 シンシアは興奮冷めやらぬ様子で何度も何度も礼をして、俺の元に戻ってきた。


「すごい、ほんとに、あなたの言った通りに動くんです。まるで魔法ですね。先読みの魔法です! こんなのが使えるなんて・・・」


「はいはいおめでとう。話はあとで聞くよ」


 小さく跳ねながら感想を言ってくる様子は可愛かったが、とりあえず、次は俺の番なので適当に流し、俺は木剣を取り、ゼノンの元に向かう。


「・・・驚いたよ。お前の差し金だろう?」


 ゼノンは、1本取られたというのにどこか嬉しそうにしている。

 シンシアの成長が嬉しかったのだろうか。

 

 しかし、流石に俺がシンシアに力を貸していたことはバレバレらしい。


「すみません。彼女の力になりたくて・・・いけませんでしたか?」


「いや、構わん。ただシンシアに・・・そしてお前にもまだ第三段階は早い。今後はあまり多用するな」


「心得ています」


 やはりゼノンもシルヴァディ印の「剣の段階制」を使用しているようだ。

 勿論、今回はシンシアを勝たせるための特例であるので、多用するつもりはない。

 それに、多分シンシアだから俺の読みが活かせただけで、俺はどうせ読んでも彼女のように反応できない。


「ならいい・・・しかし、まさか最後の中段までよく読んだな」


 満足そうに頷くものの、最後の中段切り払いまで読まれたことは意外だったようだ。


「あれは・・・シルヴァディ師匠が教えてくれたものです」


「なるほどな・・・奴も変わったということか・・・」


「変わった?」


「シンシアが私の弟子になることに協力したということは、そういうことだ」


「はあ」


「まあいい。ほら、喋っていないでお前も1本取ってみろ」


「はい!」


 この後、俺も1本取る勢いで飛び掛かっていったが、当然のように3撃目で吹き飛ばされた。

 いつもより威力が高く感じたのは、彼も実は悔しかったからかもしれない。



● ● ● ●



 帰り道、シンシアは、いつになく上機嫌で、鼻歌すら歌っている。


「でも、本当にすごいですね! 最後の最後まで全部練習した通りになるなんて思っていませんでしたよ!」


 道中はずっと、その時の立ち合いの話で持ち切りだ。

 

 いつもムスっとしている彼女も、今日ばかりはやけに饒舌だ。

 よっぽどゼノンの弟子となれたことが嬉しいらしい。


「だが、あんまり使わないほうがいい。俺も君も、まだ第二段階を極めていないんだからな」


「わかってます!」


 わかってはいるのだろうが、やはりどこか浮かれ気味なので、少し心配ではある。

 普段の真面目さからは想像もできない一面だ。


「それにしても、最後はよく中段切り払いだとわかったな。Aルートだと回避だったはずだが」


「あれは・・・」


 と、そこでシンシアは立ち止まる。

 分かれ道だ。


 特訓はもうないので、以前と同じようにお風呂に行くのだろう。

 今日はここでお別れだ。


「その・・・あの人が言ったのなら、絶対にどこかで使ってくると思って、警戒していたんです。まさか最後の最後だとは思いませんでしたが」


 あの人とは、もちろんシルヴァディのことだ。

 なんだかんだ、シルヴァディの剣の強さについては信頼しているということか。


 シンシアはまだ何か言いたいことがあるようだが、どこか言いにくそうに口ごもっている。


「なんだ?」


 そう催促すると、意を決したように口を開いた。


「えっと、なので・・・その・・・お礼を言っておいて貰えないでしょうか。教えてくれてありがとう、と」


「・・・・間違いなく伝えよう」


 意外だ。

 彼女からシルヴァディに歩み寄るとは思っていなかった。

 

 彼女からしたら、助言を貰ったことに対する形式的な礼なのかもしれないが、しかし、シルヴァディにとってはきっと大きなことだ。


 感慨深くそう思っていると、シンシアはそれでもまだ何か言い足りないかのようにこちらを向いている。


 そして―――。


「それと、その・・・アルトリウス隊長も、特訓に付き合っていただき、ありがとうございました」


 深々と、綺麗に礼をされた。


 いやそれよりも・・・初めて名前で呼ばれた気がする。


 これまでは、「あなた」とかそういう風に呼んでいたはずだ。


 確か前にも似たようなことがあったな。


 そうだ、シルヴァディだ。

 シルヴァディも、長らく俺のことは「坊主」と言って、名前を呼ばなかった。

 エルドランド家の人間は、認めるまで他人を名前で呼ばない習慣でもあるのだろうか。

 

 やはり親子ということか、変な部分で似ているものである。


「いずれ、機会があればこのお礼は返し・・・どうしたんですか、変な顔をして」


 頭を上げたシンシアが、俺の顔を見て驚いた。

 どうやらよほど変な顔をしていたようだ。


「・・・いや、やっぱり君らは親子だな、と思って」


「はあ? どういうことですか?」


「いや、なんでもないさ。礼なんていいよ。俺も色々と為になった」


「・・・そうですか」


「ほら、はやくいかないと公共風呂が閉まるだろ? 急いだほうがいい」


「え、あ、はい。では、失礼します」


 釈然としなさそうなシンシアを急かし、俺も歩き出した。


 今回の件で、俺とシンシアはひとまずそれなりに仲良くはなれた気がする。

 まだ彼女はシルヴァディに対してどのようなわだかまりを持っているかはわからないが、これから時間をかけていけばいいだろう。

 シルヴァディには早くお礼の言葉を伝えてあげないとな。

 


 ともかくこうして、シンシアは迅王ゼノンの弟子となった。


 正式に師弟となった彼らの稽古も見てみたかったが、とりあえずそれはお預けだ。


 なにせ明後日には、ユピテル軍の攻勢作戦が始まる。


 作戦名は『マラドーア攻略作戦』。


 都市マラドーアに籠って出てこないカルティア軍を誘い出し、一挙に会戦において決着をつけるためにたてられた一大作戦だ。


 そして・・・俺たちの部隊の初陣でもある。



 読んで下さり、ありがとうございました。

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