第79話:娘さんは弟子になりたい
前回の続きです。
「・・・今日も行先は違いますが」
追いかけると、昨日と似たようなセリフが飛んできた
どうやら今日もお風呂に寄っていくらしい。
「知ってるよ、風呂だろ? 途中まで一緒に行こう」
「・・・」
そういうと、シンシアは怪訝な顔でこちらをみる。
あれ、変なこと言ったかな。
確かに昨日は、風呂あがりっぽいシンシアを見たと思ったんだが・・・。
「・・・なんだ? まさかまた参謀府の風呂に行っているんじゃないだろうな」
未だに参謀府のお風呂に行っているなら、止めるべきだ。
なにせ今は毎夜のように銀髪眼鏡の変態紳士が天使を探しているからな。
するとシンシアはこちらを睨みつけて、大きめの声を出した。
「そ、そんなわけないでしょう! 普通の、女性用の公共風呂です!」
どうやら違うらしい。
「ああ、悪い悪い。ならいいんだ」
参謀府の風呂じゃない公共の風呂があるならそちらの方がいいに決まっているが・・・。
ならしかし、あの時シンシアはどうして参謀府の風呂にいたんだろう?
「・・・でも、どうして参謀府の風呂なんかにいたんだ? 女性用の公共風呂があるなら、初めからそちらにいけばよかっただろう」
「え、それは・・・その・・・」
気になったので聞いたのだが、シンシアは顔を赤らめて言い淀んだ。
「参謀府のお風呂は・・・公共風呂なんて比較にならないくらい綺麗で、大きいんです。お湯も毎日変えてるし、深夜なら人も来ないので・・・」
なるほど。
一般兵士に開放されている公共のお風呂よりも参謀府の方が綺麗で大きいようだ。
シンシアは意外とお風呂にこだわりがあるのかもしれない。
つまり・・・。
「へえ、なんだ、あるじゃないか」
「ある?」
「趣味だよ、趣味。お風呂は好きなんだろう?」
好きなものは・・・すなわち趣味と言っても過言ではないだろう。
以前話していたときは趣味などないと言っていたが、入浴が好きならそれは立派な趣味だ。
「・・・確かに、そうかも知れませんね」
意外にも、シンシアは神妙な顔で肯定した。
いつか余裕ができたら駐屯地に風呂でも作ってみよう。
会話が途切れたので、話題を変えることにした。
「あと、そうだ、聞こうと思ったんだけど」
「はい」
「ゼノン副司令の2撃目って、どうやって対処すればいいと思う?」
「2撃目、ですか?」
シンシアは目を見開いた。
剣の話なら割と食いつきがいい気がする。
「ああ。シンシアは毎回10合くらいは打ち合っているだろ?」
俺は初撃にはなんとか反応できても、未だに2撃目は対応できていない。
「そうですけど・・・別に2撃目でも3撃目でも、来た剣に必死で対応しているだけですよ」
特にあまり考えてはいなさそうだ。
「まぁシンシアの方が速いから、対応できる幅が広いのも当然か」
「・・・速さというより、大きな要因は慣れではないですか? ひたすらに目と体を速さに慣らしていくしかありません」
「・・・そうか」
まぁ楽して強くなろうなんて思っていない。地道にやっていくしかないか。
「あと・・・関係ないかもしれませんが、魔力の使い方とかですかね。あなたは魔力量が多いので当然かもしれませんが、余計な部分でも使っている気がします」
気が付いたようにシンシアが言った。
無駄な魔力を使いすぎているということだろうか。
確かに、シンシアやゼノンは俺よりも少ない魔力で長時間の立ち合いを可能にしている節があるし、そこの違いはあるのかもしれない。
「参考になったよ。ありがとう」
「いえ、別にこれくらい」
参考にはなったので、ふと思ったことを教えることにした。
彼女が、迅王ゼノンの弟子になりたいというのなら知っておいて損はない情報だろう。
「お礼にいいことを教えよう」
「いいこと?」
「ああ、知っているかもしれないが、ゼノン副司令は下段からの攻撃は避けずに受ける癖があるんだ」
「・・・?」
有用な情報かと思って教えたのだが、シンシアはきょとんと不思議そうな顔をしている。
ここ2日、俺との立ち合いはともかく、シンシアとゼノンの立ち合いを見ていて気付いたことだが・・・不要な情報だったか?
「あれ、副司令の正式な弟子になりたいんじゃなかったのか?」
友人には弟子だと言い張る程度には、ゼノンの弟子になりたいのだと思っていた。
『一撃入れれば弟子』とゼノンが言うからには、まだシンシアは一撃を入れていないはずだ。
「え、ああ、まあはい。そうですが」
どうやら弟子にはなりたいようだ。
「なら、1本取りたいだろ?」
「まあ、はい、そうですね」
「俺はわかっていても反応できないが・・・シンシアなら反応できるかなと思ってね」
勿論俺には対応できないが、もしかしたらシンシアなら「読み」を活かせるのではないか、と思ったのだ。
「・・・」
シンシアは考えるように黙りこくっている。
やはり、読みで1本取ることに意味なんてないとでも思っているのだろうか。
しかし・・・
「その・・・先生の癖、他にもあったりしますか?」
「え?」
返ってきたのは、意外と乗り気な反応だった。
● ● ● ●
「違う違う、左からの横薙ぎに対しては、剣の根本を使って受けてくるから、なるべく高めか、むしろ低めに打ち込むんだ」
「は、はい!」
戸惑いつつ返事をしながらシンシアが俺に剣を振る。
それなりの速さだが、彼女のトップスピードからは数段落とした速さだ。
無論俺でも対応できる。
それに合わせて、俺はゼノンの動きを思い出しながら剣を受けたり、避けたりする。
「縦振りはなるべくやめた方がいい。ゼノン副司令の左右のフットワークの速さは尋常じゃない」
「は、はい!」
何を隠そう、俺とシンシアは2人で対ゼノンの特訓をしているのだ。
あの後、目当てのお風呂にもいかず、ゼノンの癖について根掘り葉掘り聞かれてしまったので、そのまま実演の流れになったのだ。
月明かりが辛うじて視界を確保する駐屯地の一画で、皆が寝静まっているなか、高い木剣の音が響く。
「・・・これくらいにしよう。明日からは部隊の本格的な訓練もある」
いくらか、実演を終えたところで、そう切り出した。
流石に深夜を回ると明日にも響く。
俺は早朝はシルヴァディの元にも行かなければならないし、最低限の睡眠時間は確保したい。
シンシアはまだ剣を振り足りなさそうにしていたが、仕方があるまい。
「それにしても、君がそれほど副司令の弟子にこだわりがあるとは思っていなかったよ」
汗を拭いながらつぶやくと、シンシアは意外と教えてくれた。
「ずっと・・・初めてゼノン先生の剣を見たときからの目標なんです。ゼノン先生の弟子になって、あの素晴らしい剣を見に付けたいって」
「嫌いな相手に力を借りてもか?」
すると、シンシアは少しムッとした表情になる。
「別に、あなたのことを嫌いなわけではありません。ただ、あなたはあの人の剣を使うので・・・」
ずっと俺は嫌われていると思っていたが、そういうわけでもないらしい。
ただ、やはりあの人――シルヴァディの弟子であるということが、彼女からしたら何かわだかまりがあるのだろうか。
珍しくシンシアの方からシルヴァディの話題を出したので、少し聞いてみることにした。
「どうしてそんなに師匠のことを否定するんだ? 師匠が剣を学んでいた理由を知らないわけじゃないだろう?」
「・・・」
影が差すようにシンシアは黙る。
まだ彼女にシルヴァディの話をするのは時期尚早だったかもしれない。
「・・・すまない。無神経な質問だったな。忘れてくれ」
「いえ・・・」
しばし沈黙が流れる。
まあ仕方がないか。
今日はもう帰ろうと立ち上がろうとしたとき、シンシアが言った。
「あなたは・・・どうしてあの人の弟子になろうと思ったんですか?」
意外な質問だった。
彼女の方から俺やシルヴァディの話を聞きたがるとは思っていなかったのだ。
俺は記憶をたどりながら、どうしてシルヴァディの弟子になったのか思い出す。
「えっと・・・まぁ成り行き、かな」
「成り行きですか?」
「最初は人からの紹介で、気づいたら命を助けられていて、気づいたら弟子入りを志願していた」
最初はイリティアの紹介だったが、いつの間にかとんとん拍子で弟子になっていた。
まぁ、本当の意味で認めて貰えてと思ったのは、『山脈の悪魔』との一件の後だけど。
「そんな簡単に、ですか?」
「ああ、俺はその・・・師弟関係がそんなに重要な意味を持つって感覚があまりなくってさ。ただ、強くならなきゃいけないっていう一心で彼の弟子になったんだと思う」
「・・・強く、ですか?」
「ああ。弱いままだと・・・守れないものが多すぎるんだ。この世界はね」
俺の弱さが、1人の少女を殺してしまった。
もう戻れない過去ならば、せめて未来では、そんなことを起こしたくない。
「そう、ですか」
期待していた答えとは違ったのか、釈然としない顔のシンシアだが、流石にそろそろ眠らないと明日に支障が出るだろう。
「さあ、そろそろ行くぞ。俺は明日も早いんだ」
「――あ、あの」
俺が立ち去ろうとしたところで、シンシアが俺を呼び止めた。
「その・・・明日もこの特訓、付き合ってくれませんか?」
少し言いにくそうに、目を背けながら聞いてくる様は割と可愛かった。
よほどゼノンの弟子になりたいのだろう。
「もちろんだ」
そう言って俺は歩き出したが、
「・・・公共風呂が空いていないからって、参謀府の風呂にはいくなよ?」
去り際に忠告を残しておいた。
オスカーがいないとも限らないからな。
まぁあいつは照明魔法なんて使えないけど。
「と、当然です!」
後ろからのそんな声に手を振りつつ、俺は自分の小屋に戻った。
読んで下さりありがとうございました。




