第77話:迅王式初稽古
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● ● シルヴァディ視点 ● ●
「そういうわけで、ゼノン副司令に呼ばれたんですが、どうしましょうか?」
早朝。
いつも通り2時間ほど剣を振り続け、力を使い果たして仰向けに倒れている焦げ茶色の髪の少年――アルトリウスがそんなことを言い出した。
先日、シンシアとシルヴァディの仲を取り持つ、ということを申し出てきた愛弟子アルトリウスだったが、シルヴァディとしては、自分の過去の過ちのせいで既に迷惑すらかけているという自覚がある。
家族の問題を、弟子に託すというのもおかしな話であるので、別にいいとは言ったものの・・・彼自身はどこか決意を固めている節も見られる。
もちろん、もしかしたら・・・という期待もないではない。
アルトリウスという少年はどこか不思議な部分がある。
自分に似て頑固なところがある娘も、そのうち自然と心を開くような・・・そんな気がするのだ。
自分がそうであったように・・・。
・・・とはいえ、今日の提案は思ってもみないものであった。
友人にして同僚であるゼノンが「剣を見てやる」と、アルトリウスを呼び出したらしい。
「ふむ・・・」
シルヴァディはしばし思考する。
よもやアルトリウスから言い出したことはあるまい。
この焦げ茶色の髪の優秀な少年は、弟子らしい弟子だ。
師匠がいるのに、自分から他の人間に教えを請おうとは思わないだろう。
かと言ってゼノンが自発的に誘ったとも考えにくい。
ゼノンはシンシアの件で、シルヴァディが気落ちしたことを知っている。
よほどでない限り無いと思うが・・・。
そこまで考え、ようやくシルヴァディは、自らの上司、ラーゼンによる指示なのではないかと行きつく。
大方、先を見据えて、戦力拡大をしたいと思い、ゼノンにもアルトリウスの指導を指示したのだろう。
―――まったく、あの人は武人じゃないからな・・・。
シルヴァディは内心苦笑する。
ラーゼンは剣士や魔法使いにとっての師弟関係というものを甘く見ている節がある。
武人にとっての師匠とは単に弟子を強くするだけにとどまらない。
剣士にとっては自らの剣術の全てを、魔法使いにとっては自らの魔法の全てを伝授し、己の秘伝から至伝までを教え切るのが師匠というものだ。
それは今までの人生において積んできた経験や技の伝授であり、そうそう他人に譲り渡せるものではないだろう。
それに、たとえ2人の師匠を付けたところで急激に強くなるわけではないというのに・・・。
とはいえ、ラーゼンが合理主義の塊のような人間であることは今に始まったことではない。
それに・・・今回に限っては、アルトリウスは行かせてやった方がいいだろう。
「・・・よし、行ってこい」
シルヴァディは少し考えてそう言った。
「いいんですか?」
アルトリウスは少し驚いたような顔をしている。
他人に気遣うことに関しては、この少年の右に出る者はいないだろう。
もしかしたらシルヴァディに気遣っているのかもしれない。
だが・・・シルヴァディも変わった。
昔のままだったら、嫉妬心かプライドから許可しなかったかもしれない。
だが、アルトリウスという、真に強くなってほしいと思う弟子のためならば、そんな自分のプライドなんて屁でもない。
「行った方がお前の為になるだろう」
「でも・・・」
師の思惑を捉えかねているのか、アルトリウスは微妙な顔をしている。
シンシアがゼノンに懐いたことについて、シルヴァディに思うところがあることをアルトリウスは知っている。
逆撫でするようなことをしていいものか、迷っているのだろう。
だが、来いと言われているのなら、行った方がいい。
シルヴァディ自身も様々な流派を学ぶ上で、何人もの師を持つ身だ。
それに・・・。
「アルトリウス、ゼノンの剣を見たか?」
「・・・見ました」
見たのなら話は早い。
今のアルトリウスなら、わかるはずだ。
「どうだった?」
アルトリウスはゴクリと唾を呑んで、一言。
「速くて―――とても綺麗でした」
思い出すかのように、そう言った。
「そうだ。わかるだろう? あいつの剣は俺よりも速い」
「・・・はい」
真剣な面持ちで、アルトリウスは頷く。
そう、その通り。
《速さ》というカテゴリにおいて、迅王ゼノンはシルヴァディに勝る。
「他の流派に比べて圧倒的な速さを持つ神速流だが・・・その中でも、迅王ゼノンは世界最速だ」
神速流において、速さというのは最も極めるべき事象だ。
速く剣を振るために。
速く動くために。
神速流の剣士は生涯をそれに費やす。
水燕流の剣士の優劣が『流閃』の優劣で決まるように、神速流の剣士の優劣は速さの優劣で決する。
その事象においてゼノンは、まさに最速。
基礎に忠実で、一見地味にしか見えない型を、最速で、最短で行う彼の剣技は、美しさすら感じる。
シルヴァディが今まで見てきた全ての剣の中で、最も速い剣士。それが迅王ゼノンだ。
「だから、神速流を極めるうえで、奴に剣を見てもらうことは悪いことじゃねえ」
神速流のさらなる高みに昇るために、ゼノンの剣を間近で見ることはアルトリウスにとってきっといい経験になる。
ならば、師として、彼の成長の可能性を、摘み取るわけにはいかない。
「・・・師匠・・・わかりました、行ってきます」
「ああ」
真剣な面持ちの愛弟子に、シルヴァディは笑顔で頷いた。
● ● アルトリウス視点 ● ●
シルヴァディは思ったよりも快く送り出してくれた。
無理しているわけでもなさそうだったので、俺がゼノンの元へ訪ねることを本当にプラスだと考えているようだ。
シンシアの件で、多少打算気味に考えていた俺としては少し恥ずかしいところであるが・・・ともかく、「快諾」してもらったので、日が沈むころ、俺は北の練兵場にやってきた。
意気揚々として来たのはいいのだが・・・。
「・・・で、なんであなたがいるんですか?」
広場にいるのは3人。
俺。
正面に立つ黒髪長身の男、ゼノン。
俺の左側に立ち、ジト目でこちらを見ている金髪の少女シンシア。
もちろん、先ほどの発言はシンシアだ。
「なんでって言われても・・・」
「私が呼んだのだよシンシア」
俺が視線を送ると、ゼノンがフォローをしてくれた。
「先生が? どうしてですか?」
「総司令の命令だからというのが半分。残り半分は、君たち自身のためだ」
あれ、ラーゼンの命令だったのか。
知らなかった。
まぁそうでもないとゼノンも自分から俺を勧誘したりはしないか。
シルヴァディとのこともあるだろうに、ゼノンは意外と苦労人なのかもしれない。
俺の思考をよそに、2人の会話は続く。
「私たちの?」
「競い合う相手がいた方が実力も伸びやすいだろう」
「それは・・・そうかもしれませんが」
なんでよりによってこいつなんだ、とでも言いたげなシンシアだったが、これ以上は無駄だとでも言うようにゼノンはシンシアから視線を外し、俺に向き直る。
「そうだな。とりあえずアルトリウスの実力をみたい、かかってこい」
いや、かかってこいって・・・。
「なんていうか、強い人って、皆一緒のこと言いますね・・・」
シルヴァディも初稽古のときは、とりあえずかかってこいと言っていた。
もはや懐かしい思い出だ。
少し緊張しながら俺は剣を構えた。
木剣だ。
もはや剣士の立ち合いとしては常である10メートルほど離れた近中距離で俺とゼノンは向かい合う。
シンシアは、相変わらず不機嫌そうに端で眺めている。
俺は自分より実力が上の人間と立ち会うのは初めてではない。
なんならここ2か月毎日立ち合い、毎日挑み、毎日敗北している。
変に余計な力が入ったりすることはないが・・・。
「では、胸を借りさせていただきます」
ゼノンは静かに頷いた。
俺は目を閉じ・・・そして深呼吸。
「―――フッ!」
――地面を蹴った。
小手調べなど無用だ。
俺はそんな立場じゃない。
初撃から最大加速の最大身体強化―――。
眼前には、思わず見惚れてしまうほどの綺麗な居合の構えをするゼノンの姿。
昨日見た・・・中段の居合だ。
「―――ッ!」
臆しちゃいけない。
先手はこちらのはず―—。
バシン――ッ!
鈍い音が響いた。
気づくと、俺の手に剣は握られていなかった。
代わりにあるのは手首に走る激痛。
―――見えはした。
単純な俺の右手首を狙った中段の剣閃だ。
だが、まるで後出しを意に返さない速さと、精度。そしてタイミング。
反応はできなかった。
おそらく神速流という流派の一つの到達点・・・そんな気がした。
「ふむ」
唖然と立ち止まる俺を前にゼノンは少し興味深そうに俺を見ている。
「神撃流も使うと聞いたが、終わりか?」
どうやら素手でも向かって行かないことに疑問を感じたらしい。
「・・・必要ならそうしますが」
正直、素手でなにかができると思えないが、一応、ファイティングポーズを取る。
「いや、構わん。神撃流は既にほぼ終えたと聞いている」
「聞いたって・・・誰にですか?」
「無論シルヴァディだ」
「あぁ」
どうやら今日、シルヴァディがゼノンを訪ねて、ある程度俺の進捗状況を話していたらしい。
終えた・・・というのはもう一人前ということだろうか。
あまり意識していなかったが・・・。
俺が手首に治癒魔法をかけ、剣を拾っていると、ゼノンが聞いてきた。
「今、何をされたかわかったか?」
何をされたのか。
つまりはどのように俺の手首にゼノンの一撃が入ったのか、ということか。
「はい。中段の居合ですね。僕が振り切る前に多分・・・1歩距離を詰めて、無理やり間合いをずらされたのかと・・・まぁそれ以前に根本的な剣の速さが違い過ぎてどうにもなりませんけど」
「そうか。見えているならいい。まずは目を慣れさせろ。シルヴァディはどうだか知らないが・・・私は訓練でも手を抜かないからな」
どうやら俺の解釈は合っていたようだ。
しかし、手を抜かない、か。
シルヴァディはどうなんだろう。
初めのうちは手を抜かれている気もしたが、最近は全力で叩き潰してくれている気もするが。
「次、シンシアだ」
「はい!」
俺が下がると、次はシンシアの番になった。
ずっと不機嫌そうにしていたシンシアだったが、自分の番になったとたん元気よく返事をして満面の笑みで木剣を手に取った。
俺と同じように、正面に向かい合って立ち合いをするようだ。
俺は先ほどのシンシアのように端から一部始終を眺めることになった。
シンシアは・・・俺よりは大分戦えている気がする。
俺はたった一撃で終わったが、シンシアは数合打ち合えていた。
長くゼノンと稽古しているだけあって目が慣れているのと、シンシア自体が俺よりも速いからだろう。
といっても、概ね30秒ほどで打ち倒されていた。
俺もシルヴァディとの毎日の稽古で速い剣には目が慣れてきたと思っていたが、まだまだだな。
その後、再び俺に交代し、それが終われば再びシンシアに交代し、と、交互に相手をして貰った。
俺がようやくゼノンの一撃目を躱し、油断してそのまま二撃目をお見舞いされたところで、その日の稽古は終わった。
最後に、
「私に一撃でも入れれたら弟子を名乗っていい」
と、そう言われた。
どこかで聞いたことあるような文句である。
そうだ、いつかシルヴァディも似たようなことを言っていたんだ。
あの時は確か、一撃でも入れられたら『天剣』の二つ名を譲ってやるとか言われたな。
どうにも強い人っていうのは変なところで似ているものだ。
しかし、シンシアが未だに弟子と名乗っていないところをみると、彼女もまだ一撃も与えられていないのか。
俺もシルヴァディに一撃入れたことなんてないから人のことは言えないけど。
帰り際、ゼノンが口を開いた。
「・・・そういえばアルトリウスは聞きたいことがあると言っていたな」
そういえば、そうだった。
部隊の今後の方針を決めるうえで確認しておきたいことがあるんだった。
「ああ。そうですね。部隊のことです」
「ほう」
なんならシンシアもいるし丁度いい話だ。
「1か月後、攻勢作戦をするとのことでしたが、我々の任務は後詰と聞きました。つまりは戦闘の任務なわけで、諜報や潜入などの搦手の任務でないんですよね?」
正直、たった1か月で、何でもできるエリート部隊にしろと言われても無理だ。
物事をできるようにするには地道な経験が必要なのだ。
魔法にしかり、剣術にしかり、勉強にしかり、どの世界のどの分野でもそうだろう。
そういう意味で俺の部隊は半分が新兵同然の若者ばかりで、諜報活動どころか軍人としても半人前の部隊なのだ。
とてもじゃないが、1か月でそんなスパイ組織を作れる気がしない。
「・・・そうだな。総司令は、会戦が膠着した場合の、打開の起点として使うつもりだろう。今回は搦手はなしだ」
次の作戦では、どうやら文字通り後詰―――打開の起点兵力としてカウントされているようだ。
特殊訓練なんてやらなくて済みそうだが・・・。
「打開兵力って、それ結構重要じゃないですか?」
そう、余剰兵力の一種といえど、もしも打開に失敗すれば、それはすなわち戦の敗北―――つまり俺は戦犯になってしまう。
「そうだな。作戦の肝にあたる。詳しいことは明後日の参謀会議で決まる。お前も出席することになるだろう」
「・・・わかりました」
少し青ざめながらも、頷いておいた。
「どうした、浮かない顔だな。指揮が上手くいっていないのか?」
「まだほとんど手付かずですよ。とりあえず指揮系統の編成を、シンシアにやってもらってます」
「ほう、シンシアに」
ゼノンは視線を、終始不機嫌そうな顔をしているシンシアの方へ向けた。
シンシアは無言で肩を竦めた。
彼女が何も言わないので俺が補足しておく。
「彼女を副隊長に任命したので」
「なんだ・・・意外と仲良くやっているじゃないか」
ゼノンがそう言ってニヤリと笑うと、シンシアは変わらず仏頂面で口を開いた。
「別に・・・そんなことありません。その・・・私はもう失礼します」
そして、そのまま背を向け、練兵場を去ってしまった。
確かに既に日は落ち、明るい月明かりがなければ真っ暗だ。
「・・・アルトリウス、一緒に行ったらどうだ? 今はお前も駐屯地だろう?」
俺は何も考えずに、その姿を眺めていたが、言われて気づいた。
確かに俺も今は駐屯地で寝泊まりしているし、話すチャンスかもしれない。
能動的には動かないとは言いつつ、やはり俺が動く分には割と好意的に補助してくれるのかもしれない。
「ではそうします。今日はありがとうございました」
「ああ、明日も来るといい」
そういうゼノンの言葉に敬礼だけ帰し、小走りにシンシアを追いかけた。
● ● ● ●
「・・・どうしてついてくるんですか?」
隣に並ぶなり、シンシアがこちらに顔を向けないまま言った。
割と本気で避けられているらしい。
「どうしてって・・・方向同じだろう?」
「違います」
「いや、駐屯地だろ・・・」
「・・・」
シンシアは答えない。
困ったので、とりあえず職務に関係のある内容を質問した。
「班の編成はどうだ?」
「・・・班長の選考は終わりました。なるべく年長者を中心に、バランスよく組んでいるつもりです。明日には完成すると思います」
相変わらず前を向いたままだが、質問にはきちんと答えてくれるようだ。
「そうか、よろしく頼む」
「はい」
「・・・・・」
会話は途切れる。
ねえ、シルヴァディの事どう思っているの? とか聞きたかったが、時期尚早だろう。
俺が何か会話がないか思考を凝らしていると、意外とシンシアが口を開いてくれた。
「・・・どんな手を使ってゼノン先生に取り入ったんですか?」
どうやら俺がゼノンに剣を見てもらっていることが気に食わないらしい。
「別に取り入ったわけじゃないさ。ゼノン副司令も言っていただろ? ラーゼン総司令官の命令だって」
もちろん俺も初耳だったが、シルヴァディが案外快諾してくれたのも、もしかしたらラーゼンの根回しがあったのかもしれない。
「そうですか」
納得したのかしていないのか、彼女の表情からは読み取れない。
暗闇の中ではやけに目立つ白い頬がどこか幻想的だ。
すると、ふと気づいたようにシンシアが口を開いた。
「・・・それにしても、どうしてゼノン先生との立ち合いでは使わなかったんですか?」
「使う? 何を?」
「私との立ち合いで使った水燕流です」
水燕流・・・。
いや、まだ『流閃』は使えないし・・・シンシアとの立ち合いで使ったといえば、ひょっとして、「読み」の事だろうか。
今日のゼノンとの立ち合いで俺が「読み」を使っていない事について不思議に思ったのかもしれない。
「あれは別に水燕流の技ってわけじゃないよ。ただ動きを読んでいるだけだ。ゼノン副指令や、師匠相手には使っても意味がないから使っていないんだ」
おっと、不用意にシルヴァディを話題に出してしまった。
失言だったかな。
「―――使っても意味がない?」
しかしシンシアは他のことに食いついた。
俺に対しては鉄仮面気味なシンシアも、剣の事になると、少し気になるようだ。
「いくら動きを読んでも反応できなきゃ意味がないからな」
地力に差があり過ぎれば・・・どれほど動きを読んでも、剣を置いていても、関係ない。
というか、そもそもその「読み」の能力ですら、ゼノンシルヴァディに俺は及ばないだろう。
俺の言葉に、シンシアは思い出したようにうなずいた。
「・・・なるほど。あなたは既に第三段階に入っているのですね」
第三段階。
以前シルヴァディが言っていた剣術における4つの段階分けの話だ。
確かシルヴァディは「自分が勝手に考えた」とか言っていたが、
「その段階の話、誰が言っていたんだ?」
「ゼノン先生ですけど」
「そうか」
どうやらゼノンもこの「段階」による分け方を使っているらしい。
まさか世界基準ではないだろうが、強者の間だと流行っているのかもしれない。
グズリーとかイリティアも知っているかもな。
「俺は確かに第三段階に入りかけているが、普段は使わないようにしているんだ。地力の低い剣士にはなりたくないからな」
一応俺は、補足をしておく。
確かに、剣の型や意味を考え、最適化し、相手の動きを覚え、読む第三段階に至ってはいるが、俺としてはまだ、「自分の剣」は完成していない。
第三段階を突き詰めるのはもっと後でいいだろう。
すると、シンシアは怪訝な顔をする。
「・・・どうして私との立ち合いの時は使ったんですか?」
確かにシンシアとの立ち合いでは使った。
勿論理由はある。
正直に言うべきか迷ったが、言うことにした。
「意地でも勝つ必要があったからだよ。使わなきゃ君には勝てそうになかった」
シンシアは俺よりも強い。
剣術にかけている時間が違うのだろう。
「どういう意味でしょうか?」
シンシアの少し鋭い声が響く。
警戒しているような、そんな声だ。
「あの隊は・・・俺が隊長を務めるべきだと、そう思ったんだよ」
俺の書いた論文で集められ、俺の書いた論文のように運用されようとしていた部隊。
この隊を率いて―――もしも誰かが死に、誰かを殺すのであれば・・・その業を背負うべきは俺だろう。
大半がまだ戦場を知らない若者ならなおさらだ。
「・・・・」
シンシアは難しい顔をして黙ってしまっている。
・・・しまった、もしかしたら今の言い方だと、シンシアの指揮能力を否定したように聞こえるかもしれない。
「あ、いや、別に君の能力を疑っているわけじゃない・・・とにかく、俺なりの責任があったんだよ」
慌ててそう補足しておいた。
「そう、ですか」
彼女の表情は・・・相変わらず読めない。
その後は暫く無言で歩いたが・・・・。
「あ、おい、どこ行くんだ? 駐屯地はあっちだぞ?」
不意に分かれ道で、シンシアが駐屯地と違う方向へ進みだした。
「目的地は違うと言ったと思いますが」
ああ、そういえば最初にそう言っていた気がする。
あれは俺が嫌いだからそう言ったわけではなく、本当のことを言っただけか。
「じゃあどこ行くんだ?」
聞くと、シンシアは少しだけ目線をこちらにやり、
「・・・秘密です」
にらみつけるようにそう言って、そそくさと歩き去っていった。
少し顔が赤かった気もしないでもない。
その後、俺が駐屯地に戻ってきてから暫くして、戻ってきたシンシアの姿を見かけた。
髪が少し濡れ、頬が火照っているように見える
どうやらお風呂に寄ったらしい。
・・・まさか参謀府の風呂じゃないよな?
そんなことを思いながら、俺は毛布に包まった。
読んでくださり、ありがとうございました。




