第74話:娘さんは反抗期
さて、意思表明した通り、まず俺はシンシアと話すことが先決なように思えた。
理由はいろいろとある。
まず、お風呂の件についての謝罪。
駐屯地で会ったときの反応からして、シンシアは風呂場で会ったのが俺だということをわかっている。
ならば、謝罪ないし言い訳をして、お互いわだかまりをなくすことは重要だ。
次に、隊についての引継ぎ。
これをやらなければ、俺の隊の今後の方向性も定まらないだろう。
最後にシルヴァディについて。
もっとも、これについてはいきなり何かしらアクションを起こしても仕方がないと思っている。
まずはシンシア自体と仲良くなるべきだ。
そのうえで、彼女がシルヴァディをどう思っているのかを、彼女の口からききたい。
と、もろもろの理由を踏まえ、俺は参謀府から部隊の駐屯地へと拠点を移すことにした。
ラーゼンにも是非そうしろと許可をもらった。
シンシア以外の隊員たちとも交流はできたほうがいいだろう。
何なら俺はまだ隊員の顔名前が一致していないし・・・。
そんなことを考えながら、駐屯地の一画に、魔法でシルヴァディ印の石小屋を建てた。
思い切って窓を大きめにした開放感のある小屋だ。渾身の出来である。シルヴァディも見たら今度こそ褒めてくれるに違いない。
俺は軍隊式のテントの張り方なんて知らないから、こういった技術があると便利なものである。
時間はかかったが、適当な毛布類と、椅子と机を参謀府から拝借して、小さいながらそれなりの住居を構えることができた。
「これで準備万全っと」
あとはシンシアを呼ぶだけか。
俺はその辺にいた兵士―――もといフランツ君に、シンシアを呼んでくるように指示をした。
明るい茶髪の真面目そうな青年は、きびきびと敬礼をして小走りにどこかへ行った。
如何せん彼はいつも目に付くところにいるのでこういった指示をしやすい。
時間帯は夕方前、といったところか。
それぞれ兵士たちも訓練を終え、夕食や就寝の準備をしている。
俺は自分で作った小屋に戻り、椅子に腰かけ待つことにした。
一応、やることはある。
隊員の名簿をもとに128人を「班分け」するのだ。
俺がなかなか本格的に隊の指揮に移れないのはこの作業が一向に終わらないからである。
「班分け」は、この部隊には絶対に必要なことだ。
なぜなら、この隊は会戦ばかりをするわけではない。
時には少人数での潜入や諜報活動も行うのだ。
その場合、いちいち128人で行動するのは目立ちすぎる。
なので、目立たない人数での最小単位を設定する必要があると感じたのだ。
「―――失礼します」
そんな難儀な作業をしている間に、小屋の入り口に人影が現れた。
金色のロングヘアに、鷹のような空色の瞳。
端正な顔立ちは、いささか警戒心をむき出してこちらを向いている。
言わずもがな、シンシア・エルドランドだ。
金髪の少女、シンシアは、俺の小屋に入るなり軍隊式の敬礼をする。
「・・・お呼びと聞きましたが」
平坦な声から、その感情を読み取ることはできないが、表情からはあまり機嫌がよくは見えない。
先日の立ち合いの時と似たような感じか。
「ああ。とりあえずかけてくれ」
隊員に対しては年齢にかかわらず、敬語は使わない。
一応俺は部隊長であるうえ、地位は将軍と同等だ。
ちなみに少将とか中将とか、そういった細かい階級わけはユピテル軍にはない。
概ねラーゼンの登用した順や、年齢、実力などで同じ将軍内での順位がつくらしいが―――さしずめ俺は准将といったところか。将軍の中では下っ端だ。
とはいえ地位としてはユピテル軍に敬語を使うべき人間は数人しかいないということになるが・・・年齢に対する地位としてはいささか高すぎる気がする。
全く、従軍講習や指揮官課程を勝手に短縮されたのもそうだが、ラーゼンもゼノンも何を
考えているのやら。
「では・・・失礼します」
俺の思考をよそにシンシアはきびきびとした動きで椅子に座る。
机を挟んで俺の向かい側だ。
相変わらず警戒心の強い視線が俺に向けて送られている。
「さて、えーと」
何から話そうか。
いざ目の前にすると少し緊張してしまう。
こういう時に自分のコミュ力の低さが恨めしい。
前世から俺は他人とのコミュニケーション・・・というか、友達を作るのがどうにも下手なのだ。
こちらの世界での親しい人間――エトナやカイン、ヒナなどは勝手にできた側面も強い友人だし、基本的に内向的な俺はこういう時何を話せばいいかわからない。
何といっても、俺とシンシアはほぼ初対面だ。
実際は全裸の付き合いどころか、剣で語り合った節もあるが、言葉を交わした記憶はない。
・・・いや、まてよ。
初対面ならまずはすることがあるな。
俺は少々緊張しながら口を開いた。
「そうだな。俺と君は既に剣を交えたほどの仲ではあるが、言葉を交わしたことはない。とりあえず自己紹介でもしないか」
「はあ・・・」
シンシアは意外そうに困惑した声を上げるが、間違っているはずがない。
自己紹介。
まずはこれだ。
誰かよく知らない人と初めに行うことなんてそれ以外にはない。
「俺はアルトリウス・ウイン・バリアシオン。年齢は13で生まれも育ちも首都。若輩の身ながらこの度は隊を預かることになった」
「・・・」
相変わらずにらみつけるような表情をしているシンシアだったが、俺はなるべくフランクに続ける。
「得意な魔法は、闇属性魔法以外全般で、使う剣術は神撃流と神速流――最近は他の流派も少々」
闇属性は、相変わらず使える種類は少ない。
重力魔法とかは得意な部類だし、一概に苦手とは言えないけどね。
「趣味は読書で、将来の夢は魔道具製作者。―――まあ、そんなところか」
魔道具政策は夢というか、老後の楽しみだが・・・。
「・・・・」
シンシアは怪訝な顔のまま黙っているので、俺から催促をする。
「君は?」
「・・・シンシア・エルドランド。15歳。生まれはオスキアですが、育ちは首都です」
やけに冷淡な自己紹介が飛んできた。
オスキアは、首都よりは南の都市だ。
「・・・・」
そして沈黙。
おいおい、そんなの俺の前世でやったら、ボッチかいじめルート一直線だぞ。
「・・・得意な魔法とか剣術は?」
仕方がないので再び催促をする。
「・・・属性魔法は簡単なものならば使えますが、戦闘では使いません。剣は神速流を用います」
シンシアは魔剣士のようだ。
一応属性魔法も使うようだが、魔導士というには憚るレベルだろう。
神速流の魔剣士は珍しいが、シルヴァディも神速流だし、合っているのかもしれない。
「・・・・・」
「・・・趣味は?」
当然のように沈黙されたので聞いたのだが、
「―――ありません」
シンシアは淡々と答えた。
・・・まぁ趣味なんて誰もが持っているものじゃない。
俺はこの世界では色々な分野に手を出しているが、前世では無趣味もいいところだった。
ファッションにも疎く、テレビも見なかった。
新聞とニュースだけは毎日見ていたが、それは職業柄だろう。
しかし、この分じゃ将来の夢なんて聞いてもあまりいい答えは返ってこなさそうだ。
とりあえず自己紹介はこれでいいだろう。
「・・・さて、では自己紹介も済んだことだし、用件を言おう。君をここに呼んだ理由だが・・・3点―――いや2点だ」
シルヴァディについては別に今からじゃなくてもいい。
だが、なるべく早めに何とかして置かなければならない件がいくつかある。
「まず、初めに・・・謝罪を」
「謝罪?」
「ああ、風呂場の件だが・・・その、すまなかった」
俺は頭を下げた。
風呂場。
不可抗力とはいえ、俺は彼女の裸を見てしまっている。
そりゃあ不可抗力だが、罪悪感がないわけじゃない。
まずは一つ一つ清算していくのだ。
「―――っそれは・・・」
すると、金髪の少女は、唇を噛んで立ち上がった。
やはり、あの件は怒っていたのかもしれない。
「いいんだ。わかっている。婚前の女性が、他人の男の前で素肌を晒されるなんて、大変侮辱に感じたとしても仕方がない」
「・・・いえ、あの―――」
「まあ、確かに俺にも言い分が無いことはないが・・・とにかく、君が怒るのも当然―――」
「その! 頭を上げてください」
「・・・?」
あれ、もっと罵倒されるかと思っていた。
顔を上げると、シンシアは、顔を真っ赤にして目をそらしている。
怒っているようにも見えるが・・・・。
「あの時の件は――もともとは私が悪いんです。私もあなたの・・・その、見ていますし、できれば忘れていただきたいところですが、私の未熟が招いた自業自得です。あなたが気にする必要はありません」
だが、どうやら俺が思っていたより、風呂場の一件は気にしていないようだ。
「怒ってないのか?」
意外な反応に面食らいながら尋ねると、
「はい。私こそ、お目汚しをしてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言ってシンシアはぺこりと綺麗に頭を下げた。
いや、しかしお目汚しって・・・。
「・・・すごくよかったと思うけど」
「へ?」
俺が脳裏に刻まれた風呂場の光景を思い出しながら言うと、とぼけた声が聞こえてきた。
シンシアが顔を上げ、目を丸くしている。
あれ、これセクハラだったかな。
「・・・いや、なんでもない。とにかくこの件は手打ちでいいな。あの時俺は何も見なかった。君も風呂場にはいなかった。これでいいか?」
「え、あ、はい」
俺が慌ててごり押しして、話題を変える。
彼女が怒っていないなら、この件は終わり。
お互い謝罪もしたし、これでいいだろう。
それに別に彼女を呼んだのはセクハラをするためではない。
「じゃあ次だ。隊の引継ぎをしなければと思ってね」
今後の隊の方向性を決めるうえで、これまで隊を率いていた彼女との引継ぎは必要だろう。
「・・・私が行ったのは、個人での修練と、簡単な兵糧分配・陣営作成の役割分担の指示だけです」
尋ねると、シンシアは説明をしてくれた。
先ほどの赤面はどこへ行ったのやら、最初と同じムスっとした表情だったが、報告自体は真面目なものだった。
彼女自体も隊を任されたのは最近であるらしく、本格的なことはやっていないらしい。
しかし、役割分担というのは俺のやろうとしていることと着眼点は同じだ。
まあ細かいところで組みなおす必要はあると思うが・・・。
「ふむ、なるほど・・・。悪くない。俺も部隊はいくつかの『班』に小分けにしようと思っているんだ」
説明を聞き終え、俺は自分の考えを述べた。
「『班』ですか?」
「ああ。いちいち128人全員で行動するのは愚策だからな。これを見てくれ」
俺は、先ほどまで作成していた『班』の配分が書かれた書類を渡す。
シンシアは受け取り、怪訝な顔をしながら目を通す。
「8人1組の班ですか・・・。何も指示してくれないと思っていたら、こんなものを作っていたんですね」
少し棘のある言い方だが、まあその通りなので何も言えない。
「場合によっては8人に限らず、いくつかの班をまとめて16人、あるいは32人での行動もする。臨機応変がうちの隊の売りだからね。どう思う?」
「私は戦術の類はあまり得意ではありませんが・・・聞く限りは様々なことに応用できそうですね・・・でも、ポルトスとロッシはあまり仲が良くないので、班は分けた方がいいと思いますよ」
ボルトスとロッシ―――彼女に渡した資料の1枚目で、既に同じ班に組んだ2人だ。
なるほど。
年齢や性別、戦闘力のことは考えていたが、本人たちの性格の考慮をしていなかったな・・・。
俺の構想だと、班員同士は一蓮托生のようなものだ。
細かな連携を取り合って欲しいので、そういった性格的相性も重要かもしれない。
「・・・そうだな、性格面は考えていなかった」
しかし、俺は隊員の性格なんて知らない。
個人面談でもしたほうがいいだろうか。
128人なら、1人1人と面接してもそれほど時間がかかることもないだろうが・・・。
いや・・・。
「―――よし、シンシア・エルドランド。君を部隊の副隊長に任命する。班の割り振りは君の仕事だ」
シンシアは俺より隊員のことを知っているだろうし、実力的にも副隊長としては申し分ないだろう。
しかし、シンシアは少し困惑したように目を見開いている。
「私が副隊長・・・ですか?」
「嫌か?」
聞くと、シンシアは首を振る。
「いえ、その・・・私はあなたに嫌われていると思っていたので」
いや、それはこちらのセリフだよ。
「・・・俺はまだ好き嫌いが判断できるほど君のことを知らないよ」
この言葉は本心だ。
俺はまだシンシアのことをよく知らない。
確かに、一方的に立ち合いを吹っ掛けられたり、睨まれたりはしているが、風呂場の件が手打ちとなった以上、俺自身に彼女との因縁はない。
「・・・・・」
「・・・これから一緒の隊でやっていくんだ。俺としては仲良くしてもらえると嬉しけどね」
苦笑しながらそう言うと、少女は静かに言った。
「―――指示には従いますが、それは難しいでしょうね」
「・・・何故だ?」
「あなたがあの人の弟子だからです」
・・・あの人。
天剣シルヴァディ。
シルヴァディが認められないから、弟子である俺のことも認めないのだろうか。
――だが、それはシルヴァディというより・・・。
「・・・・・」
俺が黙っていると、シンシアは立ち上がった。
「―――用件がこれだけでしたら失礼します。班割りができ次第、また来ますので」
「ああ・・・よろしく頼む」
金髪の少女は、敬礼をして、そのまま去っていった。
彼女が颯爽と去っていった小屋の入り口を見ながら、俺は思った。
・・・どうやら思った以上に溝は深そうだ。
話した感じ、聞けば答えるし、悪いと思ったら謝る―――素直さすら感じる子だった。
だが、シルヴァディに関しては、どうにも彼女には譲れない部分はあるらしい。
俺に対して当たりがよくないのは、風呂場の件を怒っているからではなかった。
シルヴァディの弟子である俺が隊長であることが許せない、あるいは俺の存在自体が気に食わない。
そんな雰囲気が感じ取れた。
俺では仲介になるのは難しそうだ。
誰か、間に入れるような人がいれば・・・。
気づくと夜は更けていた。
シルヴァディ。シンシア。
部隊。班。
今後のことを考えながら俺は眠りについた。
そういえば、なぜ彼女が参謀府の風呂場なんかにいたのか聞けなかったな。
道は長そうだが――もうちょっと仲良くなれたら聞いてみよう。
読んでくださり、ありがとうございました。




