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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第八章 少年期・カルティア到達編
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第71話:天使再臨


「・・・どうしたんだい、バリアシオン君、そんな間抜けな顔して」


 翌日、朝食を食べながらオスカーが言った。

 朝食は、一階の食堂のような場所で食べている。

 他にも何人か人影は見られるが、それほど多くはない。

 

 食堂といっても選べるメニューは1つだけだ。

 ラスクみたいなパンに、簡素な豆スープ。

 味気はないが、イノシシ肉よりはよっぽど美味い。


 そんな豆スープをすすりながら、俺は口を開く。


「・・・オスカー、天使って見たことあるか?」


「え、なんだい急に。あるわけないだろ?」


 オスカーが珍しく「何言ってんだこいつ」みたいな顔で俺のことを見ている。


 当然そうだろう。

 オスカーみたいな腐れ童貞野郎に、全裸の美少女を見た経験があるはずがないからな。


「そうだな」


 俺はオスカーの答えに満足して再びスープをすする。

 見たことがないならば仕方があるまい。

 やはり彼にこの話はまだ早いということだろう。


「ど、どうしたんだよバリアシオン君」


 しかしオスカーは気になるようで食い下がってくる。

 ああ仕方がないな、教えてやろう。


「いや・・・昨日風呂場で天使をみたんだ」


「はあ?」


「いや、だから、昨日の夜、汚れを落とそうと思って風呂に行ったんだよ。そしたら全裸の美少女がいてさ。おかしいだろ? ここは戦場だし、男ばっかりだ。さっき確認したけど、参謀府に風呂は一つしかないし、混浴か、あるいは男専用だ。なのに女が、しかも美少女がいるわけないと思って、ああ、あれはきっと天使なんだ、と俺は結論付けたんだ」


 自分に言い聞かせるように俺は説明をした。

 もちろん、俺の頭がおかしいことは俺自身が分かっている。


 すると、オスカーが今までにないほど真面目な顔で口を開いた。


「バリアシオン君、それはいつごろだい?」


「多分相当深夜だけど・・・どうして?」


「いや、今夜行こうと思って」


 銀髪の少年が真顔で言った。

 どうやらこいつも頭がおかしかったらしい。

 

「・・・言っておくが、胸は小さかった」


「なん・・・だって・・・!?」


 昨日の光景を思い出しながら言うと、オスカーは青ざめた顔で愕然とうなだれてしまった。

 やはり、こいつに話したのは間違いだったようだ。



 と、ふざけるのはここまでにして、俺も真面目な顔でオスカーに尋ねた。


「まぁとにかく、天使ではないだろうけど、でもありえない現象だと思うんだ」


「―――ありえないことではないよバリアシオン君」


 数分後、なんとか回復したオスカーが話し出した。

   

「確かに割合は少ないけど、軍には女性もいる。特に魔剣士や魔法士は、魔法の使い方が上手ければ元々の身体能力は関係ないからね。僕らの身近にも、ミランダという例がある」


「ああ、確かに」


 割と近くにミランダという例があったことは完全に忘れていた。

 俺も混乱しているようだ。

 確かに、魔法の使い方が上手ければ、女性でも男顔負けの強さを持つ人はいるだろう。

 イリティアとかね。


 オスカーが続けた。


「そんな少ない女性たちも、体の汚れは落としたいだろう。布で拭いても体は綺麗になるかもしれないけど、やっぱりお風呂でさっぱりしたいときもある。かといって、混浴の風呂に入るのも嫌だろう。なら、深夜の風呂が閉まっている間にこっそり入ろうっていう女性がいてもおかしくはないんじゃないかい?」


「しかし、この建物は参謀府だろ? 俺たちとそう変わらないような年齢の少女が立ち入れる場所でもないと思うけど」


 なんたってここはそれなりの地位の人間が雁首を揃えている参謀府だ。

 ここに部屋があるってことは、参謀に名を連ねているか、指揮官か、それに連なる地位の人という事ではないだろうか。

 その子自身が参謀府の人じゃないとしても、この建物に忍び込むというのはそれなりにヤバいことだ。

 

「でも軍人ではない可能性もある。例えば高級将校が連れてきた従者とかね」


「従者?」


「ああ。戦場で何年も過ごすことになるからね。従者とは名ばかりの性奴隷を連れてくる人もいるんだ。そういったのは概ね若い女性だろう」


「なるほどね・・・」


 確かに、もしかしたら軍人ではなく、例えばこの参謀府の給仕係とか、それこそ誰かの従者や秘書だった可能性もあるのか。

 天使よりは可能性のありそうな話である。


 軍隊は男ばかりというのも俺の固定観念だからな・・・。

 やはりもしかしたらそれなりに女性もいるのかもしれない。

 バルビッツの護衛隊にも、割と女性はいた気もする。 


「とはいえ、参謀府の風呂は混浴―――というかカルティアの文化がそうなんだろうけど、別に深夜は女湯だという決まりがあるわけでもないし、バリアシオン君が気にすることはないんじゃないかな」


「・・・それもそうだな」


 思わず昨日は逃げ出す形になってしまったが、よく考えると俺は悪くないかもしれない。


「ありがとう、オスカー、お前に話してよかったよ」


 お礼を言うと、オスカーは満足そうに頷き、


「ああ。今夜は一緒に行こう。もしかしたら巨乳の天使もいるかもしれない」


 再び真顔でそう言った。


 もちろん俺は紳士なので遠慮して、日中に風呂へ行った。

 その後オスカーは3日ほど目にくまを作っていたが、残念ながら天使には会えなかったらしい。


 まぁ誰だか知らないが、お互い一瞬会っただけだし、俺も二度と会う事はないだろう。



 ● ● ● ●



 従軍講習と指揮官課程はすぐに終わった。

 概ね5日くらいだろうか。


 「簡単に」とラーゼンが言っていた通り、かなり大雑把に色々と説明された。

 馬は乗れると言ったら、「じゃあ2日は早まったな」と教官に言われた。

 デフォルトで乗馬課程の枠が2日ということに驚いた。

 ちなみにオスカーは乗馬に2週間かかったらしい。


 従軍講習と言っても、心構えや意識の話ではなく、限りなく実務的な内容ばかりだった。

 例えば、死体の処理について。

 遺体は、戦闘後、回収できるものは回収し、最悪なにか遺品となりそうなものだけでも持ち帰るらしい。

 回収した遺体は火葬で送る。

 骨と遺品は、規定の量だけ名前と共に保管され、戦争が終わったら持ち帰り、家族の元へ送られる。

 だからたとえ戦争の序盤で死んだとしてもそれを家族が知るのは戦争が終わってからという事だ。


 他には、戦場で鳴らされるラッパの聞き分け方について。

 ラッパの高さや、鳴らされる回数によって報告や指示が違うのだ。

 

 残りは軍隊での規則についてだろうか。

 征服した土地でも許可のない略奪や強姦はしてはいけないとか。

 規則に背いた場合は鞭打ちか、最悪国民権の剥奪だとか。

 兵糧の分配や、指揮系統の順守だとか。

 

 指揮官課程もすぐに終わった。

 こちらは逆に心構え的なことを良く問われた。

 軍隊で指揮官というのは、部下の命を預かるのだから、それ相応の責任感を持たなければならないとか。

 指揮官というのは、状況判断能力と決断力が必要だとか。

 もちろん実務的なことも教えられたが、毎回何かを教えられるたびに、「まぁ君は独立特務部隊の指揮官だし、当てはまらないかもしれない」と言われた。

 何とも頼りにならない教官である。



 そんな指揮官課程も終わった次の日、俺はゼノンに呼び出された。

 

 いい加減参謀府の内部構造も理解したもので、迷わず指示通りの部屋に辿りついた。

 司令官室の近くの部屋だ。


 俺は部屋の扉をノックする。


「アルトリウス・ウイン・バリアシオンです!」


「入れ」


「失礼します」


 そう言ってから扉を開ける。

 中は簡素な執務室だ。

 概ねラーゼンの部屋と一緒だろうか。


 机には黒い長髪の男―――ゼノンが座り、何やら書き物をしている。


 俺は机の正面に立ち、覚えたての軍隊式の敬礼をした。


「お呼びと聞きましたが」


「ああ。指揮官課程は終わったと聞いたからな。その様子だと、早くも順応したようだな」


「覚えは早い方なので」


「よろしい。期待通りだ。普通、従軍講習も指揮官課程も1か月はかけるものだ。お前なら問題あるまいと思い、過密スケジュールにしたのだが、功を奏したようだ」


「・・・それは気づきませんでした」


 俺は少し間抜けな顔で答えていた。

 確かにちょっと急ピッチだとは思っていたけど、まさか最初から俺用の指導内容だとは思っていなかったのだ。


「そうか。まぁ何でもいい。とにかく時間がないからな。お前の持ち場へ移動する。ついてこい」


 そう言ってゼノンは立ち上がり、俺に先んじて部屋の外へ出ていった。


 俺も追従する。


 どうやら建物の外へ出て、俺が指揮する部隊が駐屯している場所へ向かっているようだ。


 向かう間にも、時間が惜しいとばかりにゼノンは俺の部隊についての説明を始める。


「お前に任せる部隊は、私の管轄の独立特務部隊だ。だが、私は大雑把な方向性しか指示しない。実質的にはお前が最高責任者だ」


「はあ」


「現在の隊員数はお前をいれて128名。部隊の名前はつけていないが、必要ならお前が決めろ」


 そう言いながら、ゼノンは手元にあった書類を俺に渡す。

 全員分の名前と年齢、出身が書かれている。


 パラパラと眺めるが・・・


「・・・やけに年齢層が低いですね」


 ここに書かれている人間は、誰もが10代か20代ばかりだった。

 流石に俺より若い人間はいないが、それでも中にはまだ成人していない者もいる。


「わざと若手ばかりを集めたが、安心しろ、どいつも優秀な魔法使いだ。魔導士は少ないがな」


「若手ばかりを集めた理由を聞いても?」


 すると、ゼノンは少し目を細め。


「・・・この部隊は今後、我々の旗印となるべき部隊だ。10年、20年、長く活動できねば困る。その理由は・・・わかるだろう?」


 意味ありげにそう言った。


「まぁ、なんとなくは」


 俺は肩をすくめてそう言っておいた。


 長く活動する―――。

 つまりはこのカルティアとの戦争のための物ではないという事だ。


 やはり、ラーゼンは、カルティア遠征の()を見据えているのかもしれない。


 ・・・すなわち、内戦。


 昨日話した感じは、あまり彼の内面は読み取れなかったが・・・しかし、本当に彼が事を起こすつもりなら、俺も考えておかなければならないことがあるな―――。


 皆まで想像する前に、ゼノンが更に説明を続ける。


「お前の部隊の活動内容は、少数兵力における大兵力の殲滅。高機動を生かした奇襲や陽動、遊撃。場合によっては諜報だ。それを踏まえて訓練内容はお前が決めろ」


「・・・要するに何でもできるようにしろってことですね」


「そういうことだ」


 ・・・簡単に言ってくれるけど、相当難儀だぞ。

 確かに俺の論文にはそう書いたけどさ。


「あと、お前の身分についてだが、軍団司令官と同等の地位ということになった」


「―――は? 軍団司令官ですか?」


 思わず俺は顔をこわばらせた。

 軍団司令官。

 つまりは10個の大隊を率いる1万以上の兵を率いる将軍だ。

 先日の作戦でのマティアスの地位と同等――閣下と呼ばれる立場だ。


「あの、隊員数は128名ですよね?」


「ああ、だが私と総司令は、その124名が、1個軍団以上の戦果を挙げると確信している。その隊長が将軍待遇であるのは当然だろう」


「・・・いや、そうなんですか?」


 本来100人程度の隊の指揮者は百人隊長と呼ばれる。

 そしてそんな百人隊を10個率いるのが千人隊、つまり大隊だ。

 そしてそんな大隊が10個集まって構成されるのが軍団である。


 つまり俺の部隊は1人で100人分の働きをしなければならないという事になる。

 

 ひょっとしてユピテル軍ってとんだブラック企業なのだろうか。  


「安心しろ。私もシルヴァディも軍団は持っていないが、将軍の地位を持っている」


 ―――そりゃアンタらは1人で1個軍団並の力があるかもしれないけどさ!


 と言いたかったが、当然言えるはずもなく、俺は苦笑いをするしかなかった。



「・・・ついた、ここだ」


 ゼノンが立ち止まったのは、都市部からは少し距離のある地域だ。

 林というほどではないが、それなりに緑も多い草原地帯といったところか。

 そんな草原には、テントと木造住宅を2で割ったような小屋がいくつも建っている。

 駐屯地、というよりは、キャンプ場といった方が近いかもしれない。


 何人かの人影もパラパラと見える。

 確かにどれもが若者のようだ。


「――――ゼノン閣下!」


 すると、その内の1人がこちらに気づき、駆け寄ってきた。

 20代前半と思われる青年だ。


「フランツか。悪いがシンシアを呼んできてもらえるか?」


「ハッ!」

 

 フランツと呼ばれた青年は、ゼノンがそう言うなりそそくさとどこかへ駆け出していった。

 

 そんなフランツ青年の後ろ姿をみながら、俺はなんとなく悪い予感がしていた。

 それは、今聞こえた、おそらく1人の人物名―――しかも女性っぽい響き―――に原因がある気がする。


「・・・あの、シンシアとは?」


「ああ、仮でこの部隊を任せていた奴だ。引継ぎは必要だろう?」


「・・・はあ、その通りで」


 そして、案の定悪い予感は的中した。


 遠目からでもわかる。

 フランツ青年に連れてこられた少女に、俺は見覚えがあった。


 ――まじかよ・・・。


「ああ、シンシア、彼が――――」


「あ―――――ッ!」


 ゼノンが俺を紹介する前に、金髪の少女が見るなり声を上げた。

 どうやら、彼女は俺のことをみたことがあるらしい。


 当然だ。俺も間違いなく覚えている。


 光に照らされる美しい金髪は、首元で1つに結んで肩に流しているが、あの時と同様の美しさを感じさせる。


 あの時と違い、軽そうな白色の皮鎧に覆われた体は、それでもやはり女性らしいフォルムを損なわず、色気を漂わせる。


 そしてあの時と同じ芸術的な輪郭のラインと、幼さの残る鼻筋と唇。


 そして、警戒心丸出しの空色の大きな瞳。


 俺はこの少女と以前会ったことがある。


 言わずもがな、風呂場で出会った天使―――いや美少女だ。


「・・・なんだ、アルトリウス、知り合いだったか?」


 声を上げた少女の反応を見て、ゼノンが怪訝な顔で言った。


「いえ、知り合いではないので、できれば紹介をお願いしたいところです」


 そう答えると、ゼノンは頷き、ムスっとしている金髪の少女を指した。


「―――彼女はシンシア・エルドランド。仮でこの隊を任している」


 ・・・ん?

 いや、ちょっと待て。

 今なんて言った?


「―――エルドランド?」


 おいおいおいおい。

 待ってくれ。

 どこかで聞いたことのある家名だぞ?


「ああ、気づいたか。お前の師、シルヴァディ・エルドランドの娘だ」


「――――!?」


 こうして、俺は風呂場の天使――もとい、シルヴァディの娘、「シンシア・エルドランド」と再び出会うことになった。





 シンシアの登場で、物語開始時点で思い描いていた主要人物は概ね出揃いました。


 読んで下さり、ありがとうございました。合掌。

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