第69話:再会と面会
俺たちが戦いに間に合ったのは、カルティアに到達した時点で、ある人物と出会ったからだ。
何を隠そう、かつて俺たちの使節の護衛隊長をしていたバルビッツだ。
偶然彼らがカルティアを発つ時間と、俺たちがカルティアに入る時間が合致したのだ。
バルビッツは、俺が生きていたことに驚きつつも、現在すでに攻勢作戦が始まっているという話をした。
シルヴァディの判断で俺たちは馬車を全速力で走らせた。
馬の負担を減らすため、俺とシルヴァディは馬を降り、隣で一緒に並走した。
少し間抜けな光景だった。
都市ミオヘンに着いた瞬間、ある程度身分が上の幹部にシルヴァディが事情を聞き、その時点で馬車とギレオンを預け、俺たちは戦場に向かった。
シルヴァディは、ラーゼンがいるならばゼノンもいるだろうから平原方面は問題ないと判断。
全速力で森林方面へと向かった。
別に勝っていれば問題は無かった。
合流して、そのまま帰ってこればよかった。
だが、戦況は良くなかった。
大乱戦。
大混戦。
焼けた森の跡地で、土煙が立ち起こる中、縦横無尽に暴れまわるカルティア軍に、ユピテル軍が隊列を乱され、分断され、次々に殺されていた。
飛び交う怒声に、飛び散る血潮。
人が人の上を踏みしめ、剣を突き立て合う―――まさに地獄絵図といってもいい光景だ。
「――――!」
―――これが、戦場。
心の準備がないまま目撃するには少々酷な場所だ。
無論、俺もこの旅の中で死体なんていくらでも見てきた。
何度も自分で止めも刺した。
だが、この―――大勢の人が大勢の人と殺し合う―――そんな光景は初めてだ。
「・・・アルトリウス、お前は、後方だ。前は俺が片付ける・・・『二つ名』がいやがるからな」
唖然としている俺を尻目に、シルヴァディは瞬時に状況を判断し、走り出した。
加速をかけた最大速度だ。
シルヴァディが俺に任せたという事は、後方に群がる蛮族は、俺だけで何とかなると判断したということだろう。
「・・・・・」
彼は事実しか言わない。
ならばやるしかない。
俺は戦場へ飛び込んだ。
「――うああああああ――――ッ!」
叫び声をあげながら、砂煙と血煙が混ざった空間に突撃する。
目の前の蛮族を斬り、前に進む。
これほどの大混戦では、広範囲殲滅魔法は使えない。
味方も大勢巻き添えを食らうだろう。
1人1人を一瞬で敵であることを確認しながら斬っていく。
肉を断つ嫌な感触を感じながら、立ち止まりはしない。
「―――っ!?」
そこで不意に、視界の端に、見知った顔を捉えた。
見間違いかもしれない。
彼が前線に出るとは思えないのだ。
でも―――。
体が動いていた。
知らない間に加速していた。
―――いた。
「―――オスカー!」
戦場ではやけに目立つ小柄な体格に、眼鏡と銀髪。
見間違えるはずはない。
戦乱の中心にオスカーがいた。
しかも、まさに殺される寸前だ。
俺の叫び声は戦場の怒声に掻き消える。
「―――ハアアアア!」
俺はオスカーと蛮族との間に割って入るように突撃した。
オスカーは目を閉じて立ち尽くしていた。
だが――――生きてる。
間一髪間に合った。
生きている。五体満足だ。
彼の後にはミランダもいた。
―――まさか彼等が前線にいるとは・・・。
いや、そんなことは後だ。
周りは敵影。
見方は少数。
俺は驚愕を心の中にしまい、周りを囲む蛮族を見据える。
―――魔剣士がいなければ、なんとかなるか?
オスカー達を取り囲んでいたのは30から40人程度だろうか。
いずれも屈強な兵士に見えるが、魔法使いがいないならば相手をできないこともない。
「・・・バリア・・・シオン・・・君?」
後ろから声が聞こえた。
オスカーが目を開け、驚いているのだろう。
だが、今は再会を喜んでいる場合ではない。
こちらの兵士も数人は残っているようだが、焼け石に水だ。
周りには大量のカルティア兵士。
後ろには守らなければならない友。
・・・覚悟はできている。
「―――すぐに終わらせる」
言い聞かせるように宣言し、俺は蛮族の群れの中へ突撃した。
● ● ● ●
気づくと、敵は撤退していた。
必死に敵を斬り続けた気がする。
何人斬ったか、何人吹き飛ばしたかは覚えていない。
ただ俺の周りには、蛮族の屍が散乱していた。
逆側では、大歓声が沸き起こり、その中心に黄金の髪の長身、シルヴァディが見えた。
シルヴァディが敵の『二つ名』を倒したか撃退したのだろう。
敵が撤退したのはそのためだ。
こちらのほうでは、疲れた顔をした何人かの兵士が俺から距離を取って遠巻きにシルヴァディの方を見ていた。
いや、2人だけ、俺の方を見ていたか。
「・・・バリアシオン君」
そのうちの1人、オスカーがこちらへ歩み寄ってきた。
かつては見慣れていたはずの、銀髪に眼鏡の少年だ。
衣服もその銀髪も汚れてくすみ、眼鏡も割れていた。
だが、それでもやけに懐かしく感じる。
オスカーはなんとも言えない、疲れ切った顔をしていた。
真っ青で酷い顔だ。
「・・・オスカー、ひどい顔だな」
「―――っ! 君だって―――いや・・・」
オスカーは唇を噛み、何かを言いたそうにしながら言葉を飲み込む。
そして、
「本当に・・・バリアシオン君なんだね?」
不安そうな声でそう言った。
「ああ。正真正銘、アルトリウス・ウイン・バリアシオンだ」
「―――そうか・・・バリアシオン君か・・・本当に・・・・っ」
そう言って、オスカーは俺の手を取る。
俺の手は、血に濡れていた。
大量の返り血だ。
そんな俺の手を握るオスカーの手は、プルプルと震えていた。
「――――ぅう――ううっ―――」
「・・・オスカー」
オスカーはガクリと膝をつき、涙を流し始めた。
「―――もう、死んだと思ってた。僕のせいで、死んでしまったと、そう思ってた・・・」
・・・そうか。
俺はオスカーが助かったことを知っていたが、オスカーは俺が生きていたことを知らなかったんだ。
「・・・生きてるよ。少し大変だったけど、無事にここまでたどり着いた」
俺も膝をついて、オスカーと目線を合わせる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔だ。
「―――うぐっ――僕は、もうダメだと―――僕なんて君を犠牲に生き残っても――何の価値もないと―――そう思って――ひぐっ―――せめて―――君のように強くあろうとしたけど―――やっぱり―――」
消え入りそうな声で、オスカーは言った。
オスカーも―――残された側も大変だったのだ。
きっと色々と責任を感じてしまったのだろう。
オスカーはそういう奴だ。
「・・・バリアシオン」
ふと視線を外すと、ミランダがいた。
彼女もボロボロだ。
オスカーを守ろうと必死に頑張ったのだろう。
剣は欠け、盾は砕け、鎧も穴だらけで所々傷だらけだ。
「ミランダ・・・苦労かけた」
そういうと、ミランダも目尻に水滴を溜める。
「・・・ううん。バリアシオンが来てくれて、助かった」
彼女の声も、たった3か月聞かなかっただけなのに、随分懐かしく感じる。
「・・・バリアシオン君―――」
オスカーが顔を上げた。
「どうした?」
「・・・生きててくれて・・・良かった・・・」
消え入りそうな声で、オスカーが言った。
「俺も―――お前たちが無事で・・・良かった」
そう答えると、再びオスカーは声を上げて泣き出し、ミランダも一緒になって泣き出した。
決して、帰ってきたわけではない。
ここはカルティアだ。
家でもなんでもない戦場だ。
むしろ、「ようやく着いた」と言うべきなのだろう。
だがこの日だけは―――「ただいま」と、そう言わしてもらおう。
こうして俺のカルティア遠征が始まった。
● ● ● ●
「―――というわけで、『砂塵』には逃げられました。シルヴァディ殿もおり、追撃も出来ましたが、こちらの消耗が酷かったため、先に帰投を優先しました」
ユピテル軍の前線基地『ミオヘン』。
その中でもおそらく最も位の高い人の執務室に、俺たちは立っていた。
司令官に今回の戦闘の報告をするためだ。
正面の机に着いているのは、この部屋の主であり、この都市、この軍団で最も偉い人間。
銀髪に眼鏡の男性だ。
オスカーによく似たこの男が、ラーゼン・ファリド・プロスペクター。
このユピテル軍の総司令官だ。
何とも風格とか、強者特有の威厳みたいなものはないが、オスカーと同じタイプだとすると、相当な切れ者なのだろう。
そんなラーゼンに戦の報告をしているのは俺の知らない銀髪の青年だ。
少し耳にしたところによると、名はマティアスといい、先ほどのユピテル軍を率いていた指揮官のようだ。
オスカーの親戚であるらしい。
プロスペクター家の人間にしては長身で、体つきもいい。
ちなみに、他のメンバーは、ラーゼンの傍に秘書のような位置で佇む黒髪の男と、その対面、マティアスの後で立つオスカー、俺、シルヴァディだ。
黒髪の男は―――相当な実力者であることが読み取れる。彼がゼノンかもしれない。
ミランダは位が低いのでここにはいない。
位で言えば俺も似たようなもの―――というか、家の家格だけで言えば俺の方がミランダよりも下だが、今回は当事者の1人なのでシルヴァディの横に控えるような形で同席している。
「・・・なるほど。報告は了解した。別に咎めるつもりはない。1度の失敗は、2度の成功に生かせばいい。下がれ」
「ハッ!」
ラーゼンの静かな返答に、マティアスは、悔しそうな顔をしながら手を胸にあて、ビシっと前方に突き出してから退室していった。
あれは軍隊式の敬礼なのだろう。
今回の戦は、俺も一部しか見ていないが、それでも敗北であるという事は分かる。
辛うじて大敗は免れたが、死傷者の数はマティアス軍団の3割強。普通に大敗だ。
半分以上は残っているじゃん、と思うかもしれないが、兵士――人材というのは兵糧と違って替えが効くものではない。失ったら取り戻せないものなのだ。
ちなみに、平原方面の戦いは、双方小手調べのような形で多少戦闘し、そのまま終了したらしい。
戦ったとは言い難いが、帰り道にオスカーに聞いたところによると、今回の戦は兵士たちのフラストレーションを解消することが目的で、勝ちを狙いに行ったものではなかったようだ。
「―――私も退室したほうがよろしいでしょうか?」
マティアスが出ていったことを見て、オスカーが言った。
「いや、オスカーはいてくれ。ここからの話に関係ないわけではない」
ラーゼンはこれまた静かな口調で言う。
「・・・さて」
そして、一息つき、視線はシルヴァディだ。
「とりあえず―――シルヴァディ、君の報告を聞こう」
「ハッ!」
俺にとっては傲岸不遜を絵にかいたような人物であるシルヴァディが、ビシっと敬礼して指示に従う姿は何とも新鮮である。
その態度のまま、シルヴァディは《鷲》強奪事件についての報告をした。
《鷲》が盗まれた痕跡から、隠蔽魔法の残滓を伝って、下手人を追ったこと。
その先で《蠍》のスコルピアを見つけ、ギレオンの指示であることを吐いたので、《蠍》は始末したこと。
ギレオンを追って、北方山脈へ向かったこと。
カルス大橋は崩れていることを確認したこと。
北方山脈にて、ギレオンの身柄を巡って『山脈の悪魔』と対決したこと。
それに勝利し、ギレオンと《鷲》を取り戻したので、カルティアへ向かってきたこと。
戦闘が始まっていると聞いたので、援軍に駆け付けたこと。
必要なことを、簡潔に報告していたと思う。
概ね俺の知っている話だったが、最後に、
「そして、このアルトリウス・ウイン・バリアシオンを、弟子とすることに決めました」
と、付け加えた。
「ほお・・・」
そんな声を漏らしたのはラーゼンではなく、その傍らの黒髪の男だ。
やけに切れ長の目をさらに細めて俺のことを見る。
ラーゼンも興味深そうに俺を凝視する。
眼鏡の奥の瞳は、オスカーにそっくりだった。
「その少年を紹介して貰っていいかい?」
ラーゼンが言うと、シルヴァディが目線で俺に催促をしてくる。
自分で自己紹介しろという事だろう。
少し緊張しつつも俺は一歩前に出た。
そして右手を胸に当て、お辞儀をする。
貴族風の礼だ。
軍隊風の敬礼の仕方も先ほど見たが、俺は正式に習ったわけではない。
軍人としての辞令もまだ出ているわけじゃないし、これでいいだろう。
「―――ご紹介に預かりましたアルトリウス・ウイン・バリアシオンです。オスカー・ファリド・プロスペクターの友にして、この度、天剣シルヴァディ・エルドランドの弟子となりました。よろしくお願い致します」
なるべく簡潔に済ませた。
オスカーとの関係は、使節の代表と副代表なのか、上官と副官なのかよくわからなかったため、「友」としておいた。
むしろ変な地位関係よりも上等だろう。
「ああ。噂は聞いてるよ。首都の《神童》だったか。年間最優秀賞を3回に、勲章まで貰っているのだろう?」
「・・・お恥ずかしい限りですが」
いや、《神童》は本当に恥ずかしいからやめて下さい。
ラーゼンは興味深そうな視線を俺に送りながら続ける。
「なるほど、その歳で謙遜という言葉を知っているのか。オスカーと仲良くなるわけだ」
「謙遜など・・・」
「だが、時に謙遜は、付け入る隙にもなる。然るべきときは胸を張って己の力を誇示したほうがいい」
「・・・肝に銘じます」
「ああ」
それで一応会話に一区切りが着いたようなので、一歩下がる。
ラーゼンは満足そうに頷き、再び視線をシルヴァディに向けた。
「さて、アルトリウス君の扱いだが、シルヴァディ、どうするべきだい?」
どうやら今度は俺の扱いについての話のようだ。
オスカーの副官か、シルヴァディの弟子か。
俺の従軍の行く末が、この後に決められるのだろう。
シルヴァディは一瞬の間を開けて答えた。
「・・・私個人の願望としては―――傍に置き、育てたいと思っています。しかしアルトリウス自身の職務もありましょう。閣下の思うように成されるのがいいかと」
「ふむ。お前にそこまで言わせるとは・・・だが・・・」
ラーゼンは眼鏡をクイっと持ち上げる。
考える仕草だろうか。オスカーとそっくりだ。
「ゼノン、どう思う?」
「・・・少々若いことが気になりますが・・・能力的には現時点で問題ないかと」
「そうか」
傍らの黒髪の男が、ラーゼンの質問に答える。
やはりこのやけに切れ長の目をもつ黒髪の男が、『迅王ゼノン』であるらしい。
返事をしてラーゼンは再びこちらに向き直る。
俺―――というよりは俺の両隣、シルヴァディとオスカーを見ている気がする。
「シルヴァディ、オスカー。悪いが、アルトリウス君を借り受けたい」
そんなラーゼンの問いかけに、最初に答えたのはシルヴァディだ。
「・・・ということは、例の部隊の?」
「ああ。新しく新設する部隊の指揮官を彼に任命する」
「なるほど・・・私は構いません。確かにアルトリウスは適任でしょうし―――《間期》は師事して構わないのでしょう?」
「もちろんだ」
間期は、要するに戦と戦の合間―――準備期間だ。
「オスカーは、どうだ? お前の副官を奪う形になってしまうが」
「・・・・・」
オスカーは考えている。
ていうか、シルヴァディとオスカーに聞いといて俺には聞かないのか。
いや、確かに任命されれば断らないけどさ・・・。
「―――構いません」
しばしの沈黙の後、オスカーが言った。
覚悟の籠ったような声だった。
ラーゼンは頷いた。
「さて、ではアルトリウス君。そういうわけで、君には新規の部隊を率いてもらう」
「・・・私はまだ若輩の身のため従軍経験がありません。指揮官講習も受けていないので―――満足に出来るかはわかりませんよ?」
断るつもりはないし、断れないだろうが一応、言い訳をしておいた。
シルヴァディとオスカーが了承した以上、別にどこに配属されようとかまわないが、まだ俺は従軍講習すら2日しか受けていない。
末端の戦闘員ならともかく、指揮官を務めきれるとは思えないのだ。
「ははは。問題ない。私はむしろ君こそあの部隊を最も効率的に運用しうると思っている」
ラーゼンは笑って答えた。
やけに自信がありそうだ。
今日出会ったばかりなのにどうしてそれほど確信できるんだろう。
「・・・理由を聞いても?」
俺が尋ねるとラーゼンは口元に笑みを浮かべた。
「『魔導士のみで構成された部隊編成による高機動戦闘についての予見と可能性』・・・だったか。読ませてもらったよ。君が書いたのだろう?」
「――はい、確かに私が書きましたが・・・」
『魔導士のみで構成された部隊編成による高機動戦闘についての予見と可能性』。
俺が学生時代、兵法研究ゼミで書いた論文だが・・・まさか・・・?
「流石に魔導士のみとはいかなかったが―――君が率いるのは、概ねそれと同様の運用を目的をした部隊だ」
「―――!?」
以前、シルヴァディに新設の部隊の説明を受けたとき、どこかで聞いたことがあると思った。
魔法使いのみで構成された部隊。
高機動戦闘。
なるほど、俺の書いた論文だった。
確かに勲章まで貰ったし―――偉い人が読んでいてもおかしくはない。
しかしまさかこんなすぐに実行する奴がいたとは・・・。
「まあ、詳しい通達はまた今度だ。まずは従軍講習と、指揮官課程を受けてもらう。簡単にだがね」
そしてラーゼンは締めくくった。
「では、解散だ。部屋は用意してある」
その言葉で、俺たちは敬礼をして、ラーゼンの部屋を後にした。
「じゃあアルトリウス、俺はギレオンの引き渡しをしなきゃならねえ。お前は今日はもう休んで寝ろ」
「はい、そうします」
部屋を出るなり、そう言ってシルヴァディはそそくさと立ち去った。
彼とはもっと話したかったが・・・忙しそうだしまた今度でいいだろう。
廊下に残されたのは俺とオスカーだ。
「・・・オスカー、良かったのか?」
俺は尋ねた。
もちろん、俺が彼の傍を離れるという話だ。
「ああ。シルヴァディ殿が了承したのに、僕だけわがままを言うわけにもいかないし・・・」
オスカーは少し真顔で言った。
「今の僕じゃ、君の上司としては見合わない。戦う君を見てそう思ったんだ。覚悟も、意思も、力も、知恵も、地位も、僕には何も足りない」
自虐するようなセリフだが、それほど暗いトーンではなかった。
「だから、覚悟だけは決めるいいきっかけになったよ。僕は君の友として、君を率いるに足るような人間になる。せいぜいそれまでは父に預けておくさ」
そして顔を上げた。
戦場で見たようなひどい顔ではなかった。
オスカーがなにをしようとしているかはよく分からないが・・・憑き物の取れたような表情に、不安はあっても絶望はなかった。
「じゃあ、僕も行くよ。ミランダが待っているからね。落ち着いたら3人で食事でもとろう。君の話も聞きたい」
「・・・ああ、そうだな」
俺の話―――カルティアまでどのようにして来たかということだろう。
話したくないような事や、話すべきじゃない事もあるかもしれない。
でも、きっと話すべきなのだろう。
俺も彼らの話は聞きたい。
答えると、頷いてオスカーは歩きだした。
「・・・バリアシオン君」
そして不意に立ち止まり、こちらを振り返る。
「―――助けてくれて、ありがとう」
それだけ言って、オスカーは再び歩き出した。
「・・・どういたしまして」
小さい背中を見ながら、そう言った。
部屋まで一緒に行けばいいような気もしたが・・・まぁいいだろう。
ていうか、オスカーのやつミランダが待っているとか言っていたけど、ひょっとして同室じゃないだろうな。
俺がいない間になにか関係が進んだのか?
そんなことを考えながら俺も歩き始めた。
思えばキチンとした建物の中で過ごすのは久しぶりだ。
戦地に着いてからの方が快適な暮らしができるというのは皮肉なものである。
―――今日はのんびり休もう。
俺も疲れた。
風呂に入って、泥のように眠るのだ。
この後、案の定部屋の場所がわからず、入り口で警備をしていた下っ端兵士の人を見つけるまで参謀府内をさまよった。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。




