第67話:間話・いざカルティア
今回の誤字チェックをしている最中パソコンがぶっ壊れました。
スマホからの投稿になります。
2話ほど書き貯めはありますが、その後何日か休ませていただくかもしれません。
カルティアへ向けて北方山脈を去ってから1か月程が経った。
毎日が忙しすぎるほど充実している。
具体的には剣の稽古だ。
「流派なんてもんはあってないようなもんなんだ」
ある時、シルヴァディが言った。
この世界には主に4つの剣術の流派がある。四大流派だ。
それぞれ、
盾でしっかりと防御し、強力な一撃で確実に仕留める甲剣流。
あらゆる状況に対応し、時として格闘術すら使う神撃流。
受け流しと返しの技を重視し、一対一で力を発揮する水燕流。
凄まじい速さで攻め続け、相手を置き去りにする神速流。
どれもが特徴があり、人によって向き不向きが異なる。
だが、このたび俺の師匠になったシルヴァディによると、どうやら一概にそう言うわけではないらしい。
例えば、ひとえに水燕流が向いていると言っても、すべてが完璧に水燕流だけに向いている人間など存在しないとか。
たとえ受けや返しの技を身につける才能があったとしても、性格的に「待ち」が嫌いだった場合などだ。
逆に、攻めるのが好きだった場合でも、加速魔法が苦手ならば神速流は使えない。
つまり、シルヴァディのいう所によると、「剣士の数だけ流派はある」ということだ。
たとえ取り合わせが悪いと言われている流派でも、一部だけ取り入れれば逆に強くなることだってある。
要するに流派っていうのはただのガイドラインだとか。
「でも、それは師匠が全流派を使えるから、そう思うだけじゃないですか?」
四大流派を全て使えるというのは、正直すさまじいの一言だ。
しかもシルヴァディはそのどれもが、中途半端ではなく、達人の域にある。
普段盾は持っていないが、盾を使っての遅滞戦闘もできる。
格闘術や、様々なタイプの剣の使い方も網羅しているし、水燕流の奥義は6つ全てを極めている。
そしてそれら全ての動作が速い。
「お前も四大流派を全て身につければいいじゃないか」
「ええ・・・」
シルヴァディも無理難題をおっしゃるものだ。
ただでさえ俺は神撃流と神速流をようやく多少使えるようになったばかりだというのに、のこり2つの流派も学ぶとなると、いったいどれほどの時間がかかるのか、まるでわからない。
「師匠以外には無理ですよ」
そういうと、シルヴァディは神妙な顔で答えた。
「いや、俺以外にも1人、すべての剣術を極めた人間はいる。しかも俺以上に」
「誰ですかそれ」
シルヴァディ以上とか、どうせそいつも人外みたいな人間なんだろうと思いながら尋ねた。
「『聖錬剣覇』と呼ばれる男だ。八傑に名を連ねる最強の剣士だよ」
「やっぱり人外じゃないですか・・・」
「人外って・・・人聞き悪いな・・・」
シルヴァディは顔をしかめたが、最近俺にも分かってきたことはある。
現在俺がどれくらいの強さで、そして、シルヴァディ達、「強者」と呼ばれる人間がどれほど強いのか。
多分俺は、一般的に「二つ名持ち」と呼ばれる人間程度の実力はある。
なにせ魔法士としてはシルヴァディですら唸るほどだ。
『飛行魔法』の事を教えてみたが、結果としてシルヴァディにはできなかった。
12の魔法の並立起動なんてことは、大陸最高の魔法士でもできるかどうか分からないとの事。
『飛行魔法』は俺の学校生活の集大成のような部分もあるので、俺しか使えないというのは多少の優越感もあったが、逆に言えばこれを公開したところで意味もないという事になってしまった。
まあ無事にヤヌスに帰ったら一応論文にまとめて提出しよう。
後世の誰かが有効利用してくれるかもしれない。
とまぁそれはさておき、俺の強さについての話だ。
この間、北方山脈で戦った二つ名持ちの水燕流剣士『浮雲』センリと比べても、確かに向こうの方が強いが、通用しないほどの力の差はなかったと思う。俺も神速流を身につけ、強くなっているのだ。
だが、二つ名持ちでも、「強者」と言われる部類――シルヴァディなどの八傑や、グズリーなどのそれに匹敵する人間とは、どうあがいても埋められない差があるような気がするのだ。
文字通り格が違う。
才能なのか、努力量なのかは分からないが、おそらくそれがシルヴァディのいう所の「第四段階」に達しているかいないかの差なのではないだろうか。
根本的な速さと重さ、技が違うのだ。
多分イリティアとかも「第四段階」に片足を突っ込んでいる。
正直、それらの人間に追い付けるほどの強さは俺には難しいと思っている。
襲ってきた山賊たちは既に1人でも余裕で倒せるし、それなりに強くなってきたとは思うが、いかんせん、シルヴァディ達は目指す場所としては高すぎるのだ。
そんなことを考えていると、シルヴァディが口を開いた。
やけにニヤニヤした顔だ。
「でもまあ神速流は良い感じだし、ぼちぼち水燕流を教えてやるよ」
どうやら俺の気持ちとは裏腹に、彼は俺に全流派を叩き込むつもりらしい。
北方山脈を後にして以来、1か月ほど経ったが、シルヴァディとの稽古は変わらない。
ひたすら無心で剣を振り、シルヴァディに挑み、叩き潰される。
そのたびに俺はなんて弱いんだと実感するわけだが、シルヴァディとしては、メキメキと強くなっているらしい。
実感はない。同じくらいの実力の人がいればわかりやすいが、ここにはそんな都合のいいカインはいない。
「でも水燕流なんですか? 甲剣流ではなく?」
「甲剣流は盾がないと本格的には学べない」
「なるほど」
水燕流は何となく一番最後に学ぶと思っていた。
なぜなら、第三段階――読みや思考に最も近い位置にいる流派が水燕流だからだ。
「とはいえ、もうすぐカルティアだ。それほど付きっ切りで面倒を見れるわけじゃねえが・・・」
「・・・そうですね」
既に北方山脈を発って1か月。
山道を抜け、あたりは平原地帯。
つまり、もうカルティア地方は目と鼻の先であるという事だ。
気候も温暖になってきており、分厚いローブは少し暑く感じる。
最初の内は「ンーンー」とうるさかったギレオンも、最近ではすっかり大人しくなった。
ギレオンに関しては、旅路の最初の内にシルヴァディがいつの間にか拷問して、《鷲》の強奪について洗いざらい吐かせていた。
どうやら、ギレオンを慕う従者が、《鷲》を強奪すれば、ラーゼンの軍は士気を大幅に下げ、カルティア遠征が失敗する公算が大きいと諫言したらしい。
本当かどうかは知らないが、そいつは北方山脈で死んだようなので何とも言えない。
まぁ《鷲》については俺が考えることではないだろう。
―――しかし、もうカルティアか。
長いようで短いものだ。
つい4か月ほど前―――ヤヌスにいたころは、戦争に恐怖を感じていたものだが・・・戦場に着く前に散々な目に遭ったせいで、幾ばくか余裕がある気がする。
味方に世界最高峰の強者がいるというのもあるだろうが。
シルヴァディが言うにはカルティアとの戦争は、ユピテル軍の優勢。おそらく勝てるだろうとのこと。
ただ、二つ名を持つような戦士が歩兵隊に紛れ込んでいたり、『魔導騎兵』は中々に厄介なので、油断はできないらしい。
しかし「二つ名」とか、簡単に言うけど・・・。
「・・・その中に師匠が警戒するほどの人はいないんですか? グズリーみたいな」
二つ名持ちも強さはばらつきがあり、グズリーのような俺が手も足もでないような奴から、修羅兄弟のように、俺でもなんとかなりそうな部類の奴もいるのだ。
シルヴァディは考えながら答えた。
「グズリー並の奴はなかなかいねえな・・・。あえて言うなら魔導騎兵を率いる『剛腕』と、『砂塵』という魔法士くらいか・・・」
「強いんでしょうか?」
「『砂塵』のほうはアルトリウスでも充分相手になる。奴は剣を使えないからな。『剛腕』はお前じゃ厳しいだろうが・・・まあ俺がやるから安心しろ」
「なるほど・・・」
「グズリーは、神撃流でも特に強いと言われている三剣士の内の1人だ。あのクラスがそうホイホイ歩兵に紛れてる軍なんて俺も流石にお手上げだよ」
やはり『北虎グズリー』程の強者は世界中を回ってもあまりいないという事だろうか。
3人がかりとはいえ、八傑であるシルヴァディと対等にやり合った男だからな・・・。
そんな感慨に浸っていると、ふとシルヴァディが思案している事に気づいた。
「・・・どうしたんですか?」
「―――いや、神撃流三剣士で思いだしたんだが、そういえばカルティアからそう遠くない距離にそのうちの1人がいたなぁと思ってな。しかも八傑だ。ないとは思うが、もしもアイツがカルティアに雇われたら少し面倒だ」
カルティアに八傑―――。
随分物騒な話だ。
「八傑・・・ひょっとしてさっき話題に出た『聖錬剣覇』ですか?」
「いやまさか。『聖錬剣覇』が敵になったら面倒どころじゃない。俺とゼノンの2人がかりでも勝てるかどうか・・・」
「へえ・・・」
シルヴァディの日ごろの発言から、迅王ゼノンがシルヴァディも認めるほどの実力者という事は知っている。
そのシルヴァディとゼノンの2人がかりでも勝てないというのは・・・よほど恐ろしく強いのだろう。
シルヴァディは事実しか言わないからな。
しかし『聖錬剣覇』でないとすると―――、
「では、誰でしょうか?」
尋ねると、シルヴァディはすぐに教えてくれた。
「ああ、『双刃乱舞』という二つ名を持つ傭兵だ。たしかカルティアよりもさらに北―――シュペール公国にいるという噂を聞いた」
『双刃乱舞』。
名前からして二刀流の剣士だろうか。
「やっぱり強いんですか?」
言ってから当たり前だよなと思いつつ尋ねた。
「確かに強いが――グズリーと大して変わらなかったな。タイマンなら負けは無いだろ」
「え、戦ったことがあるんですか?」
「ああ、そんときは逃げられたけどな」
「なるほど・・・」
どうやらシルヴァディの方が強いようだ。
やっぱり八傑でも強さはまちまちだな。
『聖錬剣覇』はシルヴァディより強くて、『双刃乱舞』はシルヴァディより弱い。
覚えておこう。
まぁ俺がそんなこと知ってもあんまり意味はないんだけどね。
どちらに出会っても全力で逃げるし。
だがしかしそうなると・・・少しだけ気になるな。
「―――あの、『軍神』と、『聖錬剣覇』はどっちが強いんですか?」
俺が今まで聞いた話だと、軍神ジェミニは実在して、しかも最強というイメージが強い。
だがシルヴァディの話だと、『聖錬剣覇』も相当強いらしい。
なので聞いたのだが、シルヴァディは少し考えて、
「・・・さあな。あの2人は八傑の中でも別格の存在だ。数段上の人間の強さを測ることはできない」
神妙な顔でそう言った。
なるほど、俺がシルヴァディとグズリーの差をよく分からないのと同じ感じか。
「―――ただ」
彼は少し遠い目をしながら続ける。
「―――先代の『聖錬剣覇』はジェミニに負けたという話を聞いた。当代は知らねえがな・・・」
へえ、前任の『聖錬剣覇』は軍神ジェミニに負けたのか。
そんな勝負があったなら少し見てみたかった気もする。すごく遠くから。
「まぁ、アルトリウスが会う事はないだろ。少なくとも奴らはカルティアには来ない」
「・・・来たら困りますよ」
「はっはっは。安心しろ、お前もあと10年もすれば軍神相手に逃げ切れるくらいにはなるだろ」
「それ褒めてます?」
「当然だ」
どうやら逃げ切ることすらすごいことらしい。
会わないように頑張ろう・・・。
シルヴァディの話によると、もしもカルティアで会うとしたら『剛腕』か『砂塵』と、『双刃乱舞』か。
できれば八傑『双刃乱舞』には会いたくないが・・・しかし、よく考えると、このままカルティアに行って、俺はどういう扱いになるんだろう。
前線の兵士なのか、参謀―――はないと思うが、一応貴族の跡取り息子だし、小隊長とかだろうか?
後方の補給部隊とかもあり得る。未成年だし。
その場合は変に戦闘とかはしない可能性が高いな。
もしくは、シルヴァディの弟子だからシルヴァディについて回る最前線か。
それともオスカーの副官だから、彼の傍にいるべきなのか。
俺としては後者のほう―――オスカーの副官が元来の目的であるわけだし、優先されるべきだと思うが・・・。
聞くと、シルヴァディも頭を抱えた。
「そうだなぁ。アルトリウスは閣下のご子息の剣だからなぁ・・・」
本当はそういった仕事を関係なしに、シルヴァディは俺を付きっ切りで指導したいらしい。
近頃「坊主」ではなく名前で呼ばれるようになったし、弟子として愛着を持ってくれたのなら嬉しい限りだ。
・・・最前線で連れまわされるのは少し躊躇われるけどね。
「では、やはりオスカーの副官でしょうか」
「さあ、どうだろうな。結局のところは閣下の意見が全てだ。もしかしたら新設の部隊に入れられるかもしれない」
「新設の?」
「ああ。才能のある若い魔剣士や魔導士を中心とした高機動特務部隊だ。閣下の秘密兵器だよ」
魔法使いのみで構成された部隊という事だろうか。
確かにまとまった高機動戦力は戦争において存分に役に立つが・・・なんかどこかで聞いたことがあるような・・・。
気のせいか。
「なんにせよ、行ってみないとわからんさ。それにどこに配属されたところで、修業は付けてやれる」
「戦時中にですか?」
「ああ。別に戦争と言っても年がら年中戦っているわけじゃない。攻勢をかけたり、敵の攻勢に耐えたりしたら、その後補給や部隊の再編制、兵糧の確保などにこれまた1か月ほど余裕ができるんだ。その時期に師事できるだろ」
どうやら長期間の戦争というのは合間に休みが貰えるらしい。
随分のんきなものだが、現実的にみるとたしかに準備期間というものは必要だ。
とはいえこの期間に全員が休めるわけじゃない。
むしろ補給部隊や、兵糧調達部隊、参謀府などはこの時期こそ忙しい。
部隊配置や、補給線の確保、前線指揮官への指示や、作戦立案など、この準備期間にどれだけのことができるかが、次の戦いにおいて重要になる。
敵が準備を終える前にこちらの準備を終えなければならないのだ。
この準備期間のことを「間期」という。
もっとも、こんなマニュアルじみた戦争は、あくまでユピテル軍が優勢だから可能なだけだ。
劣勢だった場合はこんなことは言ってられないだろう。
つまりこれは勝ち戦なのだ。
勝つことが前提で、どれほど余裕をもって被害を少なく勝てるかが、今回の戦争の肝なのだとか。
「そんな勝ち戦なら、死なないようにしないと馬鹿らしいですね」
そう言うと、シルヴァディは「そうだな」と、小さく頷いた。
それから2日ほどで、俺たちはカルティアに到着することになる。
いっぱい強そうな人の名前が出てきました。
どこかで存在を匂わせておきたかったので・・・。
こんがらがったらすみません。
次回から新章です。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。




