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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第七章 少年期・カルティア弟子入り編
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第62話:山脈決戦の行く末


 俺の名前は「ザック」。

 元々はユピテル人なんだけど、都市の外で人攫いにあって、気づいたら牢屋に入れられていた。

 隙をついて逃げたのはいいけど、どうやら場所はユピテルの国外。

 もうだめだ、と思ったときに『山脈の悪魔』に助けてもらったんだ。

 ユピテルでは剣と無属性魔法をかじってたといったら、なんと『山脈の悪魔』のメンバーにスカウトされた。

 

 それから5年。

 いろんな仕事をしてきて、いろんな人と関わった。

 『山脈の悪魔』は、いつでも俺を助けたときみたいに人助けをするわけじゃないし、実は悪いことも結構しているんだけど、誰もがその仕事にプライドを持ってやっているのがすごい伝わってくる。


 俺は、3つの隊の中でも、『浮雲隊』に所属している。

 浮雲隊の隊長は、センリさんっていう、凄腕の水燕流の使い手で、『山脈の悪魔』のナンバー2のとても偉い人だ。

 センリさんはいつも俺たちに、「引き受けたからには『山脈の悪魔』は絶対に依頼を成功させなければならない」ってよく言う。依頼達成率100%が俺たちの自慢さ。実は何回か失敗しているらしいけど、でもほぼ100%に近いらしい。俺も足手纏いにならないように頑張らないとな!


 遂に俺も中隊長を任されることになった。

 コツコツ剣の腕を磨いてきた甲斐があったみたいだ。

 中隊長に任命されたとき、センリさんが「ザック、これからも頼りにしている」って言ってくれた。

 そのときは俺、この隊でよかったって本当に思った。

 エロティックなターシャさんも、無骨でかっこいい頭領もいいけど、やっぱり俺はセンリさんだな。

 

 中隊長になって、初めての大型任務は、相当ヤバい任務だった。

 どうやら、あの『天剣』シルヴァディが来たらしい。

 もしも交渉が決別したら、そのまま戦闘になる可能性があるとか。


 シルヴァディは、俺たちの依頼人に用があるみたいだ。

 依頼人の情報を渡すのは、俺たちの信用に関わる問題だ。許しておけないっていうのは分かるんだけど・・・うう、『八傑』と戦闘か・・・ユピテル出身の奴ならわかると思うんだけど、天剣シルヴァディってめちゃくちゃ強いんだよな・・・。


 と思ったら、どうやら、天剣の相手は頭領とターシャさん、センリさんの三人がかりでするらしい。

 そして、俺たちは、天剣の連れのガキを、戦闘員180人で相手をするんだとか。

 180人!? と驚いたもんだけど、隣の中隊長のローニが、「天剣の連れだぞ、油断するな」って言っていた。

 確かにその通りだ。

 頭領やセンリさんは、俺たちなんかよりよっぽど強い。なのに、その人たちが3人がかりで相手しないといけないほどの強さを持つのが、天剣シルヴァディなんだ。

 その連れも、もしかしたら天剣の弟子とかで、相当強いのかもしれない。180人でも油断はできないな。

 

 大広間に、俺たちは並んで待っていた。

 ここなら、これほどの人数が暴れても問題ないくらいの広さがある。

 一番前には、頭領が腕を組んで立っている。めちゃくちゃかっこいい。


 そして・・・来た。

 扉が開いて、ターシャさんと、センリさんが出てきて頭領の横に並んだ。

 三人並ぶと本当に敵なしに見えるけど・・・。


 ・・・出てきた。

 金髪の長身に、猛禽類みたいな怖い顔、筋肉質なのに敏捷性の高そうな四肢。

 あれが天剣シルヴァディだろう。

 初めて見たけど、あれは確かにヤバい。

 俺も最近になってようやくセンリさんがどれくらいすごいのかわかってきたところだ。

 だから、ちょっとだけわかる。あの男は、生物としての格が違う。

 あの人と俺を比較するのは、ネズミと獅子とを比べるようなものだ。全く話にならない。

 まさか頭領たちが三人がかりで負けるとは思えないけど・・・。

 あれ? そういえば、俺たちが相手にするシルヴァディの連れのガキってのは・・・。


 ――いた。


 シルヴァディの隣にちっこいのがくっついてた。なんだありゃ、本当にガキじゃないか。下手したらまだ学校も卒業していないんじゃないか?

 あんなのと戦えって・・・いったい頭領は何を考えているんだか。


 俺がそんなことを考えているうちに、頭領とシルヴァディはなにやら話して、そして、場に緊張が走った。

 俺は少し遠い場所の配置だから聞こえなかったけど、どうやら交渉は決裂しそうだ。


「―――よく言った」


 シルヴァディが最後にそう言ったのだけは、大広間の中でよく響いた。

 

 そして、戦闘が始まった。


「第1中隊、突撃いいいいい!!」


 隣のローニが叫んだので、俺も負けじと号令をかける。


「第2中隊、突撃!!」


「おおおお!!」


 怒声を上げながら、俺たちは束になってシルヴァディの隣にいた少年を目指して走った。

 もう既にシルヴァディは頭領たちと戦闘を開始しているようで、広間の中心は近寄りがたい雰囲気だ。

 戦闘員も何人かはその時にシルヴァディに吹き飛ばされたみたいだけど、まだまだこちらは170人近くいる。

 シルヴァディはとりあえず頭領たちに任せよう。

 俺たちは全員でさっさとあの少年を片付けて、頭領たちに加勢するんだ。

 

 そんなことを考えながら数歩進んだとき――地面から底冷えするような冷気を感じた。


「―――え?」


 とっさに全身に魔力障壁を展開した。無属性魔法だ。

 

 ヤバイ―――と、そう思った。


 刹那。


 世界が、氷に包まれた。


「・・・え?」


 あれだけ聞こえてきた雄たけびも、まるで聞こえなくなった。

 後ろを見る。


 俺の中隊がいたはずだ。


「―――!?」


 そこには、誰も立っていなかった。

 いや、いた。

 立ってはいた。

 だが、立っていたのは人ではない。


 つい先ほどまで雄たけびを上げていたはずの、氷の塊だった。


「ザック! 無事か!」


「あ、ああ」


 すぐ前で、ローニの姿を確認する。

 ローニの隊も軒並み氷漬けだった。

 彼も青ざめた顔をしている。


「これはいったい何が起きたんだ?」


「・・・あいつだ」


 ローニの視線の先には、相変わらず入り口のすぐ前に立つ少年の姿があった。

 少年は少し驚いた顔をしていたが、すぐに顔を引き締めた。


「まさか・・・魔法か?」


 離れたところでは、頭領たちとシルヴァディが相変わらず激しい剣の応酬をしている。

 氷の魔法については意に介している様子はない。

 発動している時間もないだろう。


「・・・防御魔法が使える奴だけ残っている。間違いないだろう」


 ローニが言った。

 しかし、


「まさか・・・この大広間を覆いつくすほどの氷結の魔法なんて・・・」


「これが・・・天剣の弟子ってこった」


「魔法士だったってことか」


「ああ」


 俺は、少し距離のある少年を見据える。

 少年は警戒するように俺とローニ、さらにはバラバラに立ち上がる俺の仲間の位置を確認している。

 たしかに、戦士の動作だ。


 残っている俺たちの仲間は、全員が中隊長クラスか、魔法の使える戦闘員たちだ。20人弱といったところか。


「魔法士なら、接近戦が弱点のはずだ。防御魔法を展開しながら全員でかかるぞ!」


「・・・ああ」


 ローニの言葉に俺も、周りの仲間も頷く。

 俺たちは一斉に飛びかかった。


 俺たちが八方から同時に切りつけようと目前に迫る。

 少年は、険しい表情をしている。

 不安そうな、怖がっているような、そんな顔だ。

 だが、その瞳には、年齢に見合わない覚悟が見て取れた。


「オオオオッ!」


 雄たけびがこだまする。

 少年に逃げ場はない――――。そう思った瞬間。


 少年が()を抜いた。


「―――こいつ、剣を!」


 魔法士じゃなかったのだ。

 最初から、あの大魔法はただ単にこちらを振るい落とすための間引き。

 残った魔剣士は、剣で相手をする気だったんだ。


「魔導士かよっ! ガキの分際で!」


 隣のローニが慟哭を上げる。

 その通りだ。

 この場の誰もが、少なからず魔法を使う。

 俺は5年かけてようやく無属性魔法を形にしたのに、この少年は無属性魔法どころか、属性魔法と剣技まで習得しているのだ。いったいどれほどの才能と、努力を積み重ねたのだろうか。


「こいつ! 速いぞ! 加速魔法―――神速流だ!」


 誰よりも速く俺たちの間を縦横無尽に動き回り、少年は次々と俺の仲間を斬っていく。

 その歳で―――人を殺すのに何の躊躇も見られない。


「囲め囲め!」


 俺たちも必死に動いた。

 自由にさせないように、囲んで行動を封じる様に。

 俺たちだって格上と戦う事もある。

 センリさんに訓練に付き合ってもらった事もあるんだ。

 最初の氷の大魔法と、予想していなかった剣技に戸惑っただけで、きちんと動けば相対できないことはない。


「―――くっ」


 流石の少年も苦しそうな顔をする。

 所々俺たちの攻撃も当たり、致命傷は避けているものの、それなりに消耗しているように思える。

 だが、俺たちも1人、また1人と確実に数を減らされていた。


「―――はあ―――はあ――――」


 気づくと、こちらは俺とローニの2人だけになっていた。

 ここまで長いようで短い時間、俺とローニは耐えている。

 対する少年も、だいぶ息が上がっている。

 流石に無理をしているみたいだ。


 少年は確かに速いが、速いだけだ。

 こちらも加速すれば、なんとか対応はできる。

 俺とローニは、戦闘員のなかだと無属性魔法が上手い方だ。

 だからここまで生き残ってきたのだろう。

 センリさんとの訓練も効いている。


「・・・はあ・・・はあ・・・仕方がない、か」


 すると少年は、ぽつりと、そう言った。


 そして、ブレるように加速した。


「うおっと!」


 反射的に身体能力を上げてのけぞる様に少年の剣を避ける。


 が、それはフェイントだった。

 少年は剣を振り切らないまま型を変える。


 ―――まさか、ここにきてフェイント!?


 ここまでスピードを駆使したゴリ押し戦法ばかりだったので気を抜いていた。

 

 ―――しかも、洗練された動きだ。


 先ほどまでのよりも、まるでこちらの方が慣れているとでも言わんばかりの自然な動作と技術だ。


「ザックううううう!」


 少年の後からローニが猛然と迫ってきた。

 大チャンスだ。

 少年は俺にかかりきりで後ろががら空きなのだ。


「―――っ!」


 少年は横目でローニの存在を確認すると――――。


 ―――シュッ!


 剣を、投げた。


「―――え?」


 唐突な投合物に、ローニは対応できない。


「―――ぶふぅっ」


 剣先はローニの喉元に直撃した。

 ローニの体が崩れ落ちる。


 ―――剣を・・・投げた? ローニを、殺したのか?


「――――ォォオオオオ―――ッ!」


 俺は声を上げた。剣を振りかぶった。

 今少年は丸腰のはず。

 ローニの・・・皆の仇を討たなきゃっ!


 しかし、

 

 ―――カキン!


 高い音が響く。

 俺の剣が、少年の()()()に止められていたのだ


 隠し持っていたのか!?


 しかし、剣の投合に、急激な武器の切り替え・・・まるでそれは神撃流じゃ―――。


 そんなことを考える間もなく、少年のもう片方の手がこちらに伸びる。

 ・・・その手にもナイフだ。


 当然俺の体はがら空きだ。

 少年のナイフの切っ先が俺の喉元に迫る。


 ―――なんでだよ。

 ―――こいつ、こんだけ殺しといて、なんで平気なんだよ・・・。

 ―――180人だぞ? いったいなんで・・・この・・・この・・・・。


「―――ひ、人殺しがっ」


 そう叫んだとき、何故か少年と目が合った。

 とても辛く、悲しそうで、どこか儚げな表情だが―――やはり、目だけは覚悟を決めているようにも見えた。

 なんて顔で人を殺すんだ、と、そう思った。


 そして、ようやく理解した。


 少年の覚悟の瞳は、きっと、殺す覚悟だ。

 どれほど手を汚しても、全てを背負うと決めた、そういう覚悟なんだ・・・。


「―――すまない」


 最後に、そう聞こえた気がした。 




● ● アルトリウス視点 ● ●



「―――ちっ!」


 舌打ちをしながら、《浮雲》センリが俺から大きくバックステップを取る。

 呼応するかのように、グズリーとターシャもシルヴァディから距離を取る。


「・・・まさか、ザックとローニもやったのか・・・?」


 驚愕の顔をするのは、横目で俺がやってきた方角を確認するセンリ。

 といっても、周りには氷漬けになった死体やら、斬られた死体やら、半分氷漬けの瀕死やら、出血多量の瀕死やらで、倒れているやつばかりだから、どれがそのザッケローニかは分からない。


「・・・他人の心配なんてしてる場合か?」


「なんだと?」


 とか言いつつ、余裕ぶっこいているように見える俺も、相当ここまでで消耗している。


 まず、広範囲殲滅魔法。

 流石に全員が魔法使いということはないと判断し、軽く間引きをしようと思ったのだ。

 殲滅系統の大魔法なんて、こういう場面以外で使う機会もない。

 炎だと酸欠になったりするかなと思い、水属性を選択した。

 発動させたのは、水属性上級魔法『氷上絶界(ブリザードグランツ)』。

 範囲指定した地面から、絶対零度の冷気を放出することで辺りを凍土に変える―――みたいな説明文だった気がする。多分ちょっと盛ってる。

 以前、一回だけイノシシを捕まえるのに使ってみたことがあり、一瞬で凍死させるのは良いが、中身まで凍って硬かったので、二度と使わなかった。ただ、範囲を広大にしたら相当ヤバい魔法になるだろうなあとは思っていた。

 

 効果は想像以上だった。

 もちろん、大広間全体を範囲指定したので、相当な量の魔力は持っていかれたが、効果は絶大だ。

 ぶっちゃけ足元を奪う程度かなと思っていたら、軒並みそれだけで8割がたの敵が氷漬けになった。


 大量殺人をしてしまったという感情にさいなまれながらも、その感情を片隅に追いやる。

 8割がたを行動不能にしたということは、残り2割は残っているという事だ。

 それも強力な奴ら―――魔法をレジストした魔剣士だろう。


 こちらを警戒しているのかどうかは知らないが、一斉に斬りかかってきたところで、神速流の最速稼働を開始し、どさくさに紛れて動きの遅い奴から疑似的なタイマンに持ち込んで処理していった。

 多対一の時の立ち回り方は、かつてイリティアから教わった。

 大人数相手のときは、とにかく複数人を同時に相手にしない事が重要だ。

 スピードを活かして相手を翻弄し、常に一対一を作っていく。

 幸い、一対一で対応できないほど強い奴はいなかった。概ねミランダよりは上、カインより下か同程度の実力だったか。

 魔力を贅沢に使って動き回り、相手が慌てたところを丁寧に倒していった。

 まあ正直、途中から連携され、囲まれたときは辛かった。辛抱強く耐え忍んでチャンスをうかがい、隙をついて人数を減らしていく。

 包囲を指示していた2人は強かった。

 結局最後の最後で、使わないようにしていた神撃流と()()を使うことになり、挙句の果てにはナイフまで使うことになった。


 だが、最後の1人の死に際は・・・少しこたえたな・・・。


 ――――「人殺し」か・・・。


 ・・・いや、ダメだ。まだ終わっていない。

 目の前のことに集中しろ。


 『浮雲か、白蛇のどちらかは任せる』


 そう、シルヴァディが言っていたことを思い出し、片付いた瞬間、シルヴァディに突っ込んできたセンリとの間に脳死で飛び込んだんだ・・・「余計な事すんな!」とか言われなくてよかった。




「・・・師匠、このまま浮雲の相手をしておけばいいですか?」


 先程の戦闘の逡巡をよそにやり、俺はすぐ後ろでグズリーの方へ剣を構えるシルヴァディに尋ねた。


「・・・そうだな。すまない」 


 『つまり、3人相手にするのは、師匠でも厳しいということですか?』

 『そうだ』


 いつかの会話が思い出された。


「・・・いえ、師を助けるのは弟子として当然の事だと思いますので」


「―――そうか」


 今のシルヴァディの表情はうかがい知れない。

 俺の視線は浮雲のセンリに釘付けだ。


「あ、僕の魔力もあまりありません。さっさと決めてきてくださいね」


「当然だ」


 心強い言葉だ。


 刹那。

 俺とシルヴァディは同時に地面を蹴った。

 神速流は待つ剣術ではない。


 当然、俺の目標は浮雲のセンリ。


「ハアアッ!」


「よくも・・・俺の部下をっ」


 センリは正面から俺と相対する。


 カキン!

 

 冷たい金属の音が響く。


 俺は剣を振る。


 ―――速さも重さも、対応できないことはない。


 神速流の加速を使えば、ぎりぎり速さでは上回っているだろう。

 だが、技では負けている。


 攻める俺に、受けるセンリ。


 状況は俺に有利なようで、別にそうではない。


 センリは水燕流の使い手だ。

 しかも二つ名持ち。

 地力自体は俺よりも上だろう。


 水燕流は、「受け」と「流し」、そして「返し」の流派。

 攻められる、という状況は水燕流にとっては当たり前なのだ。


 そして、二つ名がつくような水燕流の使い手は、確実に《奥義》を使ってくる。


 水燕流に存在する6種の奥義、あるいはその本人だけのオリジナル。

 

 これがある故に、水燕流は一対一において最強を誇る。


 そして、センリが使うのは・・・。


 俺が、振りかぶり、剣を振った瞬間―――。


 センリの剣が、浮いた。

 それは、ほんの一瞬の変化だ。


 注意しなければわからない。些細な違い。

 だが、予感が、俺の第6感が、来ると言っている。


「――奥義『雲水』」

 

 澄んだ声が響いた。


 ヌルっとした感触と共に俺の剣が絡めとられるように浮き上がる。


 そして、気づいたときにはセンリの剣は、俺の右手首に達する―――


 ・・・ハズだった。本来ならば。


 残念ながら、()()()()だ。 


 俺は剣から手を離していた。


 俺の剣を伝って手首まで刈り取るはずだったセンリの剣は、斬る物を失くしたかのように空を彷徨う。


「―――!?」


 驚いた顔をするセンリに、そのまま返しの剣―――いや、掌底を向ける。

 左からの掌底―――狙うは鳩尾。


「―――かはぁ―――ッ!」


 クリーンヒット。

 なんとも言えない苦悶の表情と共に、センリが後退する。


 その隙に俺はすぐ傍に落ちていた剣を取る。

 追撃はしない。

 俺の目標は時間稼ぎだ。格上相手に下手な攻めはしない方が良い。


「―――けほっ・・・けほっ・・・まさか、そんな方法で奥義が破られるとは・・・」


 内臓へのダメージにうめきながら、センリが言った。


 シルヴァディによると、センリが習得している奥義は3つ。

 『雲水』はその一つだったが、これに対する対策は、そもそも撃たせないか、それを上回る技量と速度で返すこと。俺にはどちらも無理だったので、技の根底を覆すことにした。


 ―――剣を手放す。

 

 それによって、剣を伝って手首を狙う『雲水』という技は、剣と手が離れている以上、その攻撃対象を失くすのではないか、と思ったのだ。


 シルヴァディの『雲水』も、一度はこれで防いだ。

 この世界には神撃流という徒手空拳を取り入れた剣術があるくらいだから、剣を放すなんて割と読まれるんじゃ? と思ったが、


『いくら神撃流でも、剣があるのにわざわざ手放す奴はいねえよ』


 と、控えめに頭がおかしいと言われた。

 剣は剣士にとって命綱のようなものだそうだ。


『師匠も魔法と剣が使えない状態で蛮族2人と戦えば、無手の有用性に気づきますよ』


 と言っておいた。

 実際今日も、投げたり手放したり、それで命を繋いでいる。 

 本当は俺も技とか速さで対抗したかったが、今の俺にはまだどちらも足りないものだ。


「・・・まだやるかい?」


 恨めしそうにこちらを見るセンリに、俺は言葉を投げかけた。


 一応、他の2つの奥義も対策はないことはないが、『雲水』ほど自信はない。

 今も、他の奥義が出される前にわざと『雲水』を誘ったところもある。


 センリは、顔を引き締め、剣を構える。まだまだこれから、といった顔だ。


 が、視線を俺から少し外すと、顔を歪めた。


「当然だ・・・と言いたいところだが―――どうやら時間切れだ」


 そう言って、センリは剣を地面に捨て、両手を上げた。

 降参の意思表明だ。


 彼の目線に従い後ろを見ると、折れた長剣を持つグズリーと、そんなグズリーの首に剣を当てるシルヴァディの姿があった。


 それは、明らかなシルヴァディの勝利であった。


 白い盾を持つターシャは少し遠くで伸びている。

 盾ごと吹き飛ばされた影響で気絶したらしい。


「・・・ふう、ここまでだな。降参だ。要求を認める」


 ため息を吐きながら、グズリーが言った。


 戦いは、終わった。



 アルトリウスは魔法士としてなら既に一流です。

 つまり雑魚狩りならお手の物です。

 剣技は二つ名持ちよりは数段落ちますが、一般から見るとそれなりに使えます。

 同程度の技量の魔剣士相手なら、魔力量に任せた身体強化と加速でゴリ押しできます。


 センリは技量でアルトリウスを上回る魔剣士です。余裕ぶっていますが、シルヴァディと奥義の対策をしていなければ普通に負けています。多分このまま続けても負けると思います。

 ただ、今回は時間稼ぎが目標であり、勝つ必要はないという点でアルトリウスには余裕があったのかと。


 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。


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