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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第六章 少年期・カルティア遭難編
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第55話:VSゲイツ&ゲイル

 ゲイツとゲイルがどっちか分かりにくかったので、(ゲイツ)(ゲイル)という表記にしています。

 


「ほう逃げることなく出て来たか」


 木の陰から体を出すと、それほど距離を置かない正面に、奴らはいた。


 長身に、下卑た声と顔を待つ弟の(ゲイル)

 小柄で、カインの剣を持った兄の(ゲイツ)


 俺を長らく捕えていた2人だ。


 冷や汗を拭いながら、俺は兄弟の真正面に陣取る。


「―――どうして、場所がわかったのか聞いてもいいか?」


 震える声を無理やり張らせて、俺は尋ねた。


 残りの魔力は相当少ない。どうにかして2人を倒すのに持たせるしかない。


 俺は丸腰、それに対して相手は軽鎧に、剣を装備している。


 こいつらが魔法使いかどうかはしらないが、残存魔力の少ない今、属性魔法は消費魔力が多く、リスクが大きい。

 《身体能力強化》と《加速》に全振りして近距離戦闘を挑んだ方が可能性がある。 


 ・・・隙だ。

 どうにかして隙を作って懐に潜り込む。 


「なあに、『蠍』の旦那は狙った獲物は逃がさない。《追跡魔法》とか、そういうことはお手の物なんだよ」


 (ゲイル)が答えた。やけに上機嫌だ。

 『蠍』のあの余裕の表情は、追跡に自信があったから、ということか。

 にしても、《追跡魔法》なんて魔法は魔法書には載っていなかったな。

 どうせ闇属性の魔法だろうが・・・・まさか失伝魔法じゃないだろうな。


 いや、とにかく今は目の前のことに集中しないと。


「―――なるほどね。それでアンタらは―――のこのこ俺にやられにきたわけだ」


「――言うじゃねえか! ついさっきまでションベン漏らしまくってたお坊ちゃんがよお! もうてめえは()()()()()()()()()()! あんま粋がってんじゃねえぞ!」


「――っ!!」


 自分を追い込むための挑発も、()()という言葉に掻き消える。


 俺の甘え―――商品だから殺されないのではないか、という淡い期待は脆く崩れ去った。


 足がすくむ。

 恐怖で頭がいっぱいになる。

 正真正銘の殺し合いだ。


 だが、引けない。

 守るべき人はいても、守ってくれる人は誰もいない。俺が何とかしなければならない。


 口を開く。

 もう後戻りはできない。

 せめて言葉だけは威勢よく。


「―――はんっ。油断して俺を逃した奴がよく言う」


「なにぃ!?」


「落ち着け(ゲイル)。どうせ強がりだ。見るからに魔力も尽きかけている。二人でやるぞ」


 (ゲイル)の方は挑発でなんとか油断を誘えそうだが、やはり兄貴の方が厄介だ。

 こいつはなかなか隙を見せない。


 (ゲイル)(ゲイツ)も剣を抜いた。

 じりじりと、俺の方へ距離を詰める。


 ヤバい。

 怖い。


 右から(ゲイル)

 少し引き気味に、左から(ゲイツ)

 前衛の弟に、後衛の兄。

 おそらく、多少(ゲイル)がミスをしても、(ゲイツ)がカバーしてしまうのだろう。


 じりじりと、距離が詰まる。


 俺は姿勢を低くする。


 2人の技量がどれほどかは分からない。

 だが、間合いは向こうが上。


 ――瞬間。


「――――どりゃああ!!」


 先に動いたのは(ゲイル)だ。

 上段に剣を振りかざしながら、距離が縮まる。


 ―――速いっ!


「―――くっ!!」


 予想よりも速い(ゲイル)の動きに、バクバク心臓が唸っている。


 ―――落ち着けっ! 見えないレベルじゃない・・っ!


 脳から足に指示を飛ばす。


 震える足は、魔力によって強化され、地面を蹴る。  


 (ゲイル)の剣は空を斬った。


 俺が避けた先は左。


「ふっ!!」


 視界の端に映るのは(ゲイツ)の突き。御誂え向きにカインの剣で、俺の体を待ち受けていた。


 ―――そしてこいつも速いっ!?


「―――おおっ!!」


 体を捻る。肩に痛みが走る。

 (ゲイツ)の突きが掠ったのだ。


 つま先を踏ん張る。

 バックステップだ。


 (ゲイル)の追撃を躱す。


 間合いを取った。

 剣がギリギリ届かない、そんな間合いだ。


「―――ハア、ハア――」


 体が熱い。

 右肩は大した傷じゃない。治癒に魔力を使うほどではないだろう。


 前を見据える。


 間合いは重要だ。

 2対1のときは相手を二人とも視界内に入れておかなければ負けに直結する。


 しかし、そうか、思い出した。


 ―――『蛮族』は強靭な肉体と優れた身体能力を持つ。


 カルティア人にユピテル人が長らく苦しめられてきた原因だ。

 奴らは高度な魔法を使わない代わりに、元々の身体能力が異常に高い。

 実際に相対すると、無意識下で身体強化魔法を使っているようにも見える。


 ―――だが、対応できないほど速いわけではない。


 剣の速さだけならこいつらよりも、イリティアや、最近のカインに軍配が上がるだろう。


 それに、体も動く。

 震えてはいるものの、ちゃんと思った通りに動いてくれる。修業で培った動きだ。 


「なるほど・・・神撃流か・・・面倒だな」


 (ゲイツ)が言った。

 神撃流を知っているらしい。まあ当たり前か。

 この世界では甲剣流と並ぶ、メジャーな流派だ。


 しかし、それに対して、こいつらには流派のようなものが見えない。

 我流だろうか・・・。

 

「らああああっ!!」


 ――(ゲイル)が動いた。


 下卑た雄たけび。

 横に構えながら突っ込んできた。


 ―――だが、おそらくその雄たけびは、(ゲイル)に注意を引くためのものだ。

 間髪入れずに静かに動く(ゲイツ)の方が本命―――。


 それを分かったうえで、あえて一瞬(ゲイツ)の視線を外す。

 先に与しやすい(ゲイル)に集中する。勝負に出るのだ。


 俺が学んだ神撃流は、徒手の状態での格闘術も視野に入れた広範囲の流派だ。

 相手のみが得物を持っている場合も何度も何度もシミュレートした。

 結局、得物を持った敵を相手にする場合問題なのは、相手の方が間合いが長いということだ。

 間合いさえ詰めれば、剣だろうが槍だろうが、素手と互角だろう。


 ―――怖い。


 恐怖で全身が震えている。

 剣が眼前に迫る。


 一歩でも間違えば、その剣は一瞬で俺を貫く。


 覚悟を決める。

 失敗したら死ぬ。

 だが、やらなければ死ぬ。


 剣が横に振られる瞬間―――。


 魔力を解放する。


 渾身の《加速》――。


 俺は、前進した。


「なっ!!」


 (ゲイル)の獰猛な顔が驚愕に包まれた。


 極限まで引き付けたうえでの《急加速》だ。

 (ゲイル)からしたら、俺が突然真下に現れたように見えただろう。


「うおおおおお!!」


 ―――潜り込む。

 相手が振るよりも速く自分の射程に相手をねじ込む。


 手刀を放つ。


「―――くっ!!」


 ――――ゲイルの剣が飛んだ。 


「このガキがあああ!!」


 ほぼ同時に、左側面から(ゲイツ)が迫る。


「――――ッ!!」


 (ゲイツ)の剣閃が、俺の脇腹を切り裂いた。


 ―――痛っ!!


 痛みが体を走る。

 が、傷は浅い。まだ動ける。


 そして―――。


 綺麗に弧を描いて落ちてきた(ゲイル)の剣が―――俺の手に収まった。


「ちいいっ!!」


 (ゲイツ)が下がった。

 剣を持った俺の実力を測りかねたのだ。


 ―――ここだ!


 俺は前に出た。

 全力の《身体能力強化》でパワーを上げる。


 (ゲイツ)の受ける剣を弾く。 


 胴ががら空きとなった。


 俺の返しの剣が放たれる。


 殺せる。


 今剣を振り切れば、(ゲイツ)の胴は真っ二つだ。

 つまりは形勢逆転。

 俺も怪我は負ったが、致命傷ではない。

 残った(ゲイル)の相手もできるだろう。


 ――――――。


 ―――殺す?


 俺は今、人を殺そうとしているのか?


「――――っ」


 (ゲイツ)の顔が歪んだ。


 目を見開き、真っ青で、絶望したような、そんな顔だった。


「――――あ―――」


 ――俺は、剣を止めていた。


 止めてしまった。


 まるで「死にたくない」とでも言っているような(ゲイツ)の顔をみて、腕を止めてしまったのだ。


「ガアアアッッ!!」


 怒号と共に俺の背中に衝撃が走った。

 衝撃で剣を手放す。


「―――グフゥッ」


 吹き飛ばされていた。

 (ゲイル)の蹴りだ。

 起き上がった(ゲイル)が俺を蹴り飛ばしたのだ。

 洞窟の中で、何度も喰らって血を這いつくばることになった、あの蹴りだ。


 地面を転がり、木の根元に打ち付けられた。 


 衝撃が傷口に伝わり、激痛が全身を流れる。


 ――ダメだ、魔力が足りない・・・。


 治癒魔法をかけたが、魔力がなかった。

 身体強化を贅沢に使い過ぎた。


 痛みで頭が回らない。

 ダメだ。立ち上がらないと・・・。


「くくく、はっはっはっは!!! こいつは傑作だ」


 笑い声が聞こえた。

 どちらが言っているのかはよくわからない。


「確かにお前はバケモンだ。無詠唱に、強化魔法と、卓越した技術と度胸、おまけに機転も利くときた。ここが闘技場の武術大会ならお前に勝つことなんてできねえだろうよ」


 (ゲイツ)だ。

 奴が、俺をみて高笑いをしていたのだ。


「だがな、ここは戦場だ。殺さなければ殺される。それが当たり前だ。俺も久々に死を覚悟したもんだが・・・まさかそれほどの力がありながら、人を殺すのに躊躇するほどの甘ちゃんだとはな!」


 ・・・そうだ。

 俺は(ゲイツ)を斬れた。斬れたはずだった。

 恐怖に歪む(ゲイツ)の顔をみた瞬間、剣を振るのをためらった。


 人に対する甘さ。

 殺人が悪い事であるという固定概念。


 覚悟したつもりでも、ダメだった。

 殺人者になるのが怖かった。 


「生きるか死ぬか、そんな瀬戸際でためらうような奴・・・どんなバケモンでも、負ける気がしねえ!!」


 (ゲイツ)が動いた。(ゲイル)も追随する。


「―――っ!」


 反応が遅れた。

 まだ俺は横たわったままだ。


 体勢が悪い。

 加速する魔力もない。

 

 (ゲイツ)の剣は真っ直ぐと、俺の心臓を狙っていた。


 ―――避けられない。


 そう、思ったとき、 


「――ダメええーーー!!!」


 ズシュッ     


 白い影があった。

 高い声と共に鈍い音が響いた。

 紅い飛沫が舞った。


「――――え?―――」


 俺は、一瞬、何が起きたか分からなかった。


 剣が俺を突く直前、何かの影が俺の前に飛び込んできたのだ。


 それは少女だった。


 俺のすぐ前に、少女の背中があった。

 まだ年端も行かぬ少女だ。


 少女が振り返った。

 俺の知っている顔だ。


 ここのところ毎日、暗い洞窟の中で合わせた顔だ。

 茶髪のショートヘアに、土で汚れてしまった衣服と肌。


 そして、見慣れない、紅く滴り落ちる液体。


 少女―――ユニは、俺の事をみてニコリと笑い、そしてその場に崩れ落ちた。


「―――え―――」


 ―――言葉が、出てこなかった。


 崩れ落ちるかのように、横たわるユニに触れる。


 胸から血が溢れている。

 止まる気配がない。


 手で触れて、治癒魔法をかける。


 何も起きない。当然だ。魔力がないのだから。


 活性魔法をかけても、血の量は増えるばかりだ。


「ユ・・・ニ・・・?」


 やっとの思いで言葉が出てきた。

 薄くユニの目が開いた。


「・・・おに・・い・・・さん・・・」


 ユニの口から掠れた声が聞こえる。


「やめろ、やめるんだ。話さなくていい。今血を止めるから・・・」


「・・・いい・・・の」


「よくない! 大丈夫だ。俺が・・・俺がなんとかするから・・・!!」


 必死に傷を抑えようとしても、真っ赤な液体はひたすらに滴り落ちる。


 ユニの喉が動く。


「・・・あのとき・・・連れ出してくれて・・・ありが・・と」


「やめろ! もういいんだ。俺は・・・もう・・・」


 叫ぶ俺とは対照的な掠れた声が、不思議と夜に響く。


「・・・助けてくれて・・・ありが・・と―――」


 声と共にユニの目が閉じられた。


「・・・え・・・あ・・・なんで・・・」


 返事はなかった。


 ―――死んだ?


 ユニが?

 俺を庇って?


 頭が混乱していた。

 ダメだ。


 まだ終わってない。


 敵がいるんだ。剣を握って、立ち上がらなければならない。


「おらあああ!!」


「――ガハッ!」


 顎に衝撃が走った。


 (ゲイル)の蹴りだ。


 俺は仰向けに倒れる。


「くくく、かっかっかっか!! 甘ちゃんの末路には丁度いい!!」


 高笑いが聞こえた。

 (ゲイル)の下卑た声だ。


 奴が高笑いを上げながら近づいてくる。

 見えている。

 でも、体が動かない。


「ほら、どうした? さっきまでの威勢はどうしたよ!!」


「ブフゥッ」


 (ゲイル)の蹴りがもう一発。

 俺の腹部が浮いた。

 傷口から血潮が飛ぶ。


「はっはっはっは!! ざまあねえなあ!! お坊ちゃんは死体の一つ見ただけで戦意喪失だとよ! こんなのもうただのゴミなのにな!!」


 (ゲイル)が笑いながらユニの体も蹴り飛ばす。

 ユニの軽い体は少し離れた場所へ飛んでいき、すぐそばにポテリと落ちた。


 ユニの顔がこちらを向く。

 

「自分の生死の分かれ目に、赤の他人を助ける甘えた行動。敵を殺せるタイミングで躊躇する愚かな行動。結局そのせいで誰も救えず、全て水の泡だ。とんだ茶番だよ」


 (ゲイツ)の冷たい言葉が、俺を抉った。


 そうだ。俺は躊躇した。ここしかないというタイミングで、(ゲイツ)に剣を振ることを躊躇したのだ。


 ―――俺のせいで。


 ―――俺が迷っていたせいで。


 この感情は、後悔だ。


 したくないと思っていた、後悔。

 最後の最後に決断できなかったことに対する後悔。


 助けるつもりだった少女が、俺のせいで死んでしまったことに対する後悔。


 ユニは死んだ。

 人の死に際を見るのは、なんだかんだいって初めてだった。


 だが、この世界は、これが当たり前なんだ。


 わかってた。

 わかってたつもりだった。


 日本じゃない。

 ここは違う場所だ。


 そして俺は、自ら選んで首都(ヤヌス)を出て、ここに来た。

 囚われるつもりはなかったとしても、戦場を目指していた。


 中途半端だった。

 覚悟も、強さも、中途半端だった。


 思えば、昔もそうだった。

 ラトニーにエトナが攫われ、死にかけたときも、結局中途半端に神話を調べて、やるべきことをやっているつもりだった。


 この世界で《死》が当たり前であることから目をそらして、見ぬふりをしていた。俺はどこかで前世の人間のままのつもりだった。


 もう俺はこの世界の人間(アルトリウス)なのに―――。


「―――ごめん―――ごめんよ」


 もう、しないから。

 もう、迷わないから。


 ―――だから。


 俺は立ち上がった。




 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

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