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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第六章 少年期・カルティア遭難編
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第54話:森の中

 ここまでのあらすじ

 オスカーと旅に出た。

 橋が倒壊して川に落ちた。

 流された先で囚われた。

 隙をついて逃げ出した←今ここ


 日差しは眩しいものの、気温は低く、肌寒い。


 空から見下ろすと、小屋が森の中の空き地にあることがわかった。

 しかし、この程度の高度では、どちらにいけば森を抜けられるのか判断できるほど見渡すことは出来ない。


 小屋の入口の傍には馬車と、何頭かの馬が停められていた。

 中からは、人の大声と、ドタドタという音が聞こえる。

 すぐに俺を追ってくるだろう。


 空き地からは、細い道が一本だけ森の中を貫いている。

 それが森の出口に繋がっているのかもしれないが、その道を辿って帰るのは危険だ。馬で追いかけられればすぐに追いつかれる。


「―――っ」


 舌打ちをしようとしたところで舌が動かないことに気づいた。

 やはり詠唱を封じるため、布のようなもので口をふさがれていたようだ。


 まあいい、あとで取ろう。


 とにかく今は逃げることが先決。

 日が真上にある以上、方角を判断することもできないが、とにかく距離を取らなければならない。


 瞬時にそう判断し、俺は森の中に降下した。

 飛行魔法は魔力の消費が大きい。充分に回復していた魔力も、たったこれだけの移動ですでにかなりの量が失われている。

 ユニを抱えた状態で飛行魔法を維持し続けるのは不可能だ。


 小屋の方から聞こえてくる騒がしい音にびくびくしながら、俺は走り出した。



 ● ● ● ●



 ひたすらに、走った。


 最低限の治癒魔法を体にかけ、半ば意識のないユニにも活性魔法をかけた。

 それ以外は全て足の身体強化に魔力を注ぎ込む。

 体中は悲鳴を上げていたが、無理にでも動かした。

 靴もなく、剥き出しの足の裏は、地面を踏むごとにボロボロとなった。それでも立ち止まりはしない。


 日が落ちてきたところで、方角はわかったので、とりあえず東に向けて進むことにした。


 むろん、今自分がどこにいるのかはわからない。

 エメルド川を越えているのかいないのか。ユピテルの外なのか内なのか。


 だが、漠然と、首都(ヤヌス)よりは西にいるだろうということはわかる。

 俺が使節とはぐれたのは、首都(ヤヌス)から1か月も北西に行った位置だ。

 意識を朦朧とさせている間にどこに連れていかれたのかは知らないが、1か月の旅路を覆すほど東に進めるとは思えない。


 南北の方向感覚はまるでわからなかったが、エメルド川は北から南に流れる川だ。

 流されたとしたら『カルス大橋』よりは南にいるだろうか。

 森の中で確かめる術もない。


 ともかく、東を選んだのは消去法だ。

 現在地をエメルド川付近だと仮定すれば、渡っているにしろ渡っていないにしろ西は国外で東はユピテルだ。だったらユピテルを目指した方がいいだろう。

 

 と、東に進路は取ったものの、一向に森を抜ける気配はない。

 気づいたら、日は完全に落ち、俺の魔力もほとんど無くなっていた。


 ―――少し休むか・・・。


 本当は、夜の間中も走り続けたかったところだが、魔力のない状態で動かすには、俺の体は既に疲弊しすぎていた。

 眠るつもりはないが、魔力と体力は回復させておく必要がある。


 追ってくるかは分からないが、奴らも、森の中で馬を走らせることは出来まい。

 身体能力強化を使える奴がいるかは知らないが、これほど広大な森の中から俺たちの場所を捜索するには、それなりに時間がかかるはずだ。


 少し歩き、太めの木を見つけたので、身を隠すようにもたれかかった。

 腕の中ではユニが眠っている。治癒魔法と活性魔法はかけたが、失った体力までは取り戻せない。 

 

「・・・ふう」


 ため息を吐きながら、改めて自分の体を見おろした

 口に噛まされていた布は、既に千切り捨てている。


 ―――ボロボロだな。


 思わずその有様に苦笑する。


 元々の色が白だとわからないほど、茶色く汚れたシャツに、度重なる排泄の垂れ流しによって黄ばんだズボン。

 臭いも相当なはずだが、もはや感覚がマヒしているのかあまり感じない。


 怪我は治癒によって徐々に治りかけているが、いかんせん、怪我をしてから時間が経過しすぎている。治りは遅い。

 長らく動いていなかったため、折角鍛えていた筋肉も減っているような気もする。多分体重も随分減っただろう。


 足は走り続けたおかげで、棒になっており、足裏は切り傷だらけだ。治癒が追い付いていない。


 ―――しかし、よく逃げられた。


 正直、ギリギリだったと思う。

 俺は既に脱出する気力を失いかけていた。

 もう諦めかけていたのだ。


 まあ、もしかしたらそんな俺の姿に油断したから、奴らも簡単に『魔封じの枷』を外したのかもしれないが。


 あの脱出が正解だったのかどうかは、わからない。

 

 もっと様子を見たほうが良かったのかもしれない。

 もしかしたら、俺は何もしなくても―――奴隷になっても、どこかで助け出されて、家族の元へ戻れたのかもしれない。


 だが、ユニが殺される。その言葉を聞いた瞬間、勝手に体が動いていた。

 後悔はしていない。

 

 ともかく、2人で生き残る希望は繋いだ。

 小屋を脱出する際は相当無理をしたが、何とかなった。


 多分、俺が子供のくせにあれほど動けるとは思っていなかったのだろう。

 飛行魔法と無詠唱にもあっけにとられていた。


 正直、奴らがもっと冷静に素早く動いていたら、これほど華麗に逃げ出すことは難しかっただろう。

 ゲイツとゲイル―――特に弟のゲイルの方は完全に油断して俺に先手を取られていたからな。


 しかし、いくつか気になる点も残った。


 例えば、正面に座っていた刺青の男。多分あいつが『蠍』だろうが、奴は俺が脱走劇を演じている中、結局最後まで動くことはなかった。終始余裕そうな表情をしていた気がする。

 蛮族にも見えなかったし、どこかユピテル人のようにも見えた。

 俺も余裕はなかったし、記憶違いかもしれないが―――いかんせん薄気味悪いものである。 

  

 『蠍』の部下だと思われる剣士たちも、ゲイツやゲイルとは違う雰囲気だった。

 かといって、鎧にも人種にも統一感はなかったし、傭兵とかなのかもしれない。


 奴らがいったいどういう組織なのか、人攫いをして何をするのかは分からないが・・・まあ今はどうでもいか。


 追手が来るかは分からない。

 俺たちが奴らにとってどの程度の価値なのかは検討がつかないからな。

 もしかしたら追手の心配よりも、寒さによる衰弱と、食料の確保の方が重要なのかもしれない。


「・・・ん・・んん」


 と、ここで胸の中で眠っている少女が、もぞもぞと動き出した。


「・・・ユニ」


 小声で名前を呼びかけると、ユニは薄く目を開けた。

 直ぐ真上の俺の顔と、そして周囲をボーっと見ている。


 ユニも俺と同じくボロボロだ。顔色はだいぶ良くなったが、髪や肌についた汚れや、服の黄ばみは、とても清潔からは程遠い。魔力に余裕ができたら水魔法で洗い流してやらないとな。


「・・・お兄さん・・・ここは?」


 暫く周りを眺めてから、ボソボソっとユニが言った。


「ここは・・・さあ、どこだろうな。アイツらから逃げ出したことは確かだが・・・」


 ユニは目を見開く。驚愕した顔だ。

 自分を抱く俺の顔と、ところどころ治癒が間に合っていない俺の体をみて、ユニは振り絞るように言った。

 

「・・・なん・・で?・・・私・・・足手纏いだよ?」


「・・・・」


 子供ながらに、理解しているのだろう。

 確かにユニは足手纏いだ。

 彼女は小柄とはいえ、俺もまだ子供の域を出ない体格だし、ユニを抱えて走るのはそれなりに魔力で強化をしている。

 彼女がいなければ、もしかすると俺は既に森を抜けて、安全な場所に逃れていたかもしれない。

 彼女が殺されるのを見過ごせば、もしかしたら俺は身代金と引き換えに家に帰れたかもしれない。


 でも、それはしてはいけないと思った。

 少なからず、俺はあの囚われ生活で、ユニの存在に助けられてた。

 頭がおかしくなりそうなとき、話し相手になってくれて、それで何日も持ちこたえられた。

 

 見捨てれない。見捨てたら人間じゃないと思った。  

      

「そりゃ、ユニは一緒に苦楽を共にした仲だからな。見捨てることなんてできないさ」


 なるべく明るく答えた。

 実際、ゲイツの面食らった顔をみて、抱えてでも何とかなると判断した節もあるが、たとえそうじゃなくとも、きっと俺は彼女を見捨て逃げてたら、一生後悔する。


「でも、お兄さんさんだけなら・・・もっと遠くまで逃げれたんじゃ・・・」


 ユニが俺の服の裾をぎゅっと握りしめた。

 きっと不安なのだ。

 自分が見捨てられないか。

 足手纏いであるはずの自分は、俺の一存で、切り捨てられるのだから。 

 

 俺はユニの頭を撫でながら答えた。


「そうかもしれないけど、君を見捨てて逃げたら、生き残ったとしても俺はきっと後悔する。だったら連れて行くしかない」


 ユニはじっと俺の顔を見つめている。。

 瞳が少し震えていた。


「・・・ありがとう・・・やさしいんだね」


 優しいのだろうか。

 違う気がする。

 ただ、この子が、俺よりも小さく、俺より弱い存在だったから、守らないといけないと、そう思っただけだ。

 一種の自己満足だ。

 こんな少女を見捨てて生き残ってしまったら、家族にも、ヒナにも、エトナにも、誰にも顔向けできない。そんな気がした。

 

「・・・俺、妹がいるんだ。丁度君と同じくらいの。助けなきゃ、妹に顔向けできないだろ?」

 

「・・・そうなの?」


「ああ」


 ユニは少し難しそうな顔をしながら、上を見上げた。

 夜空だ。

 明かりのない森の中では。星がとても綺麗に輝いて見えた。


「・・・帰れるかな?」


 ぽつりと、ユニが言った。

 期待と、願望と、不安の入り混じった、そんな声だった。


「―――帰すさ」


 俺は言った。


「・・・うん・・・ありがと・・・」


 少し安心して眠くなったのか、ユニはそのまま再び目を閉じた。


「―――大丈夫。俺が守るから」


 ユニはすぐに寝息を立てた。


 ―――決断してよかった。


 そう思った。



● ● ● ●



「―――っ!?」


 目を開けた。

 眠るつもりはなかったのに、いつの間にか寝ていたらしい。

 まあ、当然か。ただでさえ衰弱した体に鞭を打っているのだ。


 まだ夜は明けていない。

 本来なら真っ暗なはずの森は、明るい星々が照らしているおかげか、そこそこ鮮明に見える。。


 ユニは安心した表情で眠る前と変わらない姿勢で寝ていた。


 どれくらい眠っていたのだろう。

 まさか丸1日経ったわけじゃないだろうが。


 眠る前の月の位置とか確認しとけばよかったな。いや、元々眠るつもりはなかったのだから仕方はないのだが―――。

 

 と、ここで一応周囲を見渡したところで――――後方から人の気配を感じた。

 ・・・西――俺がやってきた方角だ。


 ―――追手か?


 いくらなんでも早すぎるだろう。

 まさか本当に丸1日寝ていたのか?


 どうする?

 こちらから奇襲をかけるべきか?

 いや、向こうからは木の陰に隠れて、俺たちの姿は見えていないはずだ。

 やり過ごすことができるかもしれない。


 しかし、気配は、真っ直ぐに俺の方へ向かってきた。


 まるで、場所が分かっているかのように。


 ――――ちっ!!


 心の中で舌打ちをしたとき、奴らの姿が見えた。 


「―――よお、探したぜえ坊ちゃん」


「全く、面倒なガキだ。まさかあの状態でこれほどの距離を移動するとは・・・」


 2人組。

 下卑た声。

 赤みがかった肌。

 チリチリの髪。 


 ゲイルとゲイツだ。


 距離は20メートルといったところか、徐々に近づいてくる。


 ―――どうする?


 2人だけならやれるか?

 俺の残存魔力は少ない。

 逃げても、大した距離を稼ぐ前に追い付かれるだろう。


 ―――だが俺にできるのか?


 奴らが俺を殺そうしてきたとき―――それは訓練ではない、殺し合いだ。


『―――アルは、優しい子です。他人のことを本気で思いやり、他人のために泣くことができる、そんな子です。でも、だからこそ、いざというときは剣をとらなければなりません。そうしないと、自分も、大切な人も、何も守れませんから』


 かつて俺に剣を教えた、イリティアの言葉が頭に響いた。


 ―――やるしか・・・ない。


 ユニをそっと寝かせ、俺は立ち上がった。

 





 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

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