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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第六章 少年期・カルティア遭難編
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第52話:遭難


「―――相当な下流域まで探しましたが、副代表殿の姿は確認できなかったようです。雷魔法の使い手も・・・痕跡すらありません」


「―――そう、ですか。ありがとうございます。また指示は追って伝えます」


「・・・了解しました」


 報告をしにきたバルビッツは申し訳なさそうにしながら馬車を後にした。


「――――クソっ!!!」


 その場で地団駄を踏み、やりきれない思いを吐き出すのは、銀髪の少年、オスカーだ。。


 そばにいるミランダからしても、オスカーのこんな姿を見るのは初めてであった。


 『カルス大橋』の倒壊――――アルトリウスがエメルド川に落ちてから1週間。


 使節の行程が遅れるのも構わずにオスカーは無理やり橋の岸辺で野営を指示した。

 もちろんアルトリウスを捜索するためである。


 バルビッツは渋ったが、オスカー自ら川に飛び込んでいく勢いだったため、3日間だけの捜索を了承した。


 そしてそれをもう4日も延長させている。


 アルトリウスの消息は未だ不明だ。

 流石にそれ以上捜索に時間を使うことは難しい。


 成果なしの報告を聞くたびにオスカーは弱っていった。

 物も食べず、夜が明けるたびに自ら外に出て、上流に下流に北に南に、当てもなく探し続けた。

 心も体もボロボロだ。


 ―――実の母親が襲われたと聞いたときもこれほど狼狽してはいなかった。


 ミランダは思う。


 オスカーにとってそれほどアルトリウスは大きな存在だったのだ。


 始まりは護衛とその護衛対象。

 雇用主と被雇用者という関係だったかもしれない。

 だけどそこには確かな友情と信頼関係があった。


 毎日のように軽口をたたきあいながらも、お互いがお互いを尊敬し、尊重し合う理想的な友人。


 アルトリウスと話している時のオスカーは本当に楽しそうだった。


 プロスペクター家という大貴族の出自のため、幼い頃から政争が付いて回ったオスカーの交友関係の中で、唯一アルトリウスだけが、対等に接することができる存在だったのかもしれない。


「―――明日は中流を捜索しよう」


 やつれた顔をしながらオスカーが言った。


「きっと見逃していたんだ。中流にはいくつか横穴や浜もあった。もしかしたらそこに流れ着いて、誰かに拾われているのかもしれない」


「オスカー・・・」


 ミランダは言葉が出なかった。


 オスカーの気持ちはわかる。

 オスカーにとってアルトリウスは親友であり、この使節における心の支えだ。

 彼がいたからこそ、オスカーは普段通りに笑い、普段通りに行動ができた。


 でももう捜索の延長は限界だろう。


 もう使節は既にユピテル共和国の外に出ているのだ。

 見知らぬ土地で、戦力を分散させ捜索するのは、非常に危険な行為である。

 橋は倒壊しており、もう戻ることもできない。

 

「――誰かに拾われていたら、いくら岸を探しても見つからないわけだ。だとしたら早くしないとな。ユピテル人ならいいけど、蛮族だったら身代金の要求をされるかもしれない。もしかしたら奴隷にされて苦しんでいるかも。明日はそういう勢力もしらみつぶしに探そう。本国にも連絡して――」


「オスカー」


 ミランダはオスカーの言葉を遮る。

 オスカーの言っていることは、希望的観測だ。

 しかも相当運が良かった場合の。


 本当はオスカーもわかっているだろう。


 もうアルトリウスは―――。


「オスカー。捜索は、もう出来ない。これ以上スケジュールが遅れるのもまずい。一か所にとどまり続けるのは危険。気持ちはわかるけど―――」


「―――気持ちがわかるだって!?」


 ミランダが諌めようとすると、オスカーが声を荒げた。


「いったい何がわかるって言うんだ!! バリアシオン君が、いないだぞ!? 僕を助けたせいで!! 僕が馬車を降りたせいで!! 川に落ちたんだ!!」


 もう何日も何も口にしていない喉は、掠れた声しか出さない。

 縋るような悲痛な声だ。


「そもそも僕が彼を誘わなければ!! 友情を盾に彼に縋り付かなければこんな事にならなかったんだ!! 今頃彼は、官職の見習いにでもなってドミトリウス君と幸せに暮らしていたさ!!」


「――オスカー」


「そうだ、ドミトリウス君になんて言えばいいんだ!? 彼の両親になんて言えばいいんだ!? 僕のせいで貴方の愛する人は死にましたって、そういえばいいのかい!? ハッ! 僕はとんだお笑い者だ! 友を殺して生き残って! それで僕に何をしろって!?」


 涙声というには悲痛すぎる叫びに、ミランダは何も言えない。


 肩を落とすオスカーが、溜めた言葉を吐き出せるのはミランダの前だけだ。


「僕が悪いんだ・・・! 僕がちゃんと判断して、ちゃんと行動していれば良かったんだ・・・!! 僕は油断していたんだ!! バリアシオン君なら・・・彼なら大丈夫だって!! 彼がそばにいてくれるなら、いざとなればなんとかしてくれるって・・・!」


 アルトリウスはミランダの目からみても完璧だった。


 そんじょそこらの魔法士を凌ぐ上級魔法に、類稀なる運動能力や武術。

 あのローエングリン家の剣の申し子、カインと対等に渡り合えるのは彼だけだ。

 例えアルトリウスが丸腰だったとしても、ミランダは彼に勝てる気がしない。


 おまけに抜きん出た学力に、優れた洞察力と人格。


 キレ者であるオスカーと同等に話ができるのはアルトリウス以外いないだろう。


 世紀の傑物、英雄というのは彼のような人を言うのだと思っていた。


 だから、彼がいることで油断していたのはミランダも一緒だった。


 だがよく考えれば―――。


 彼だって、アルトリウスだってまだ子供だ。

 どれだけ大人びていようと、自分たちと同じ子供だ。


 危険かもしれない旅を楽観視して、大人たちがいることに甘えているオスカーとミランダをみて、一緒に楽しんで、気を抜いてしまうのは当然のことだ。彼だってまだ12歳なのだ。 


 自分たちはそんな彼に、負担をかけ過ぎていたのかもしれない。


 そしてその結果がこれだ。


「なんで、僕なんかのために・・・。そうだ、僕が死ねば良かったんだっ!! 僕が死んで、彼が生き残った方が良かったに決まってる!! なんでバリアシオン君は僕なんかをーー」


「―――オスカーッ!」


 ――バシン!!!


 オスカーがそこまで言いかけたところで、ミランダの右手が振るわれた。


「―――っ!?」


 オスカーの脳天に突き刺さる、渾身のチョップだ。


「ミランダ、なにを―――」


「アルトリウスの、想いまで踏みにじるのは、ダメ!」


 アルトリウスは最後の力で、奇跡のような力でオスカーを助けた。


 誰にも使えないと言われていた『飛行魔法』。

 本人ですら、もしかしたら実現しないかもしれないと言った魔法を、あの土壇場で完成させたのだ。

 

 宙を浮きあがり、瓦礫を次々と避けていくオスカーを見たときは、戦慄を覚えた。


 そう、アルトリウスは自分ではなく、オスカーに使ったのだ。


 あの土壇場で、オスカーには生きてくれと、そういう意味を込めて魔法を放ったのだ。


 自分の役割を――オスカーに頼まれて共に来た意味を、命をかけて全うしたのだ。


 その想いを踏みにじるようなオスカーの自虐の言葉を、見過ごすわけには行かなかった。


 オスカーはミランダを見つめている。

 酷い顔だ。


「ミランダ・・・」


「―――アルトリウスが、あなたに生きろって、そう言ったの。だから生きている事には胸を張らなきゃダメ」


「・・・そう、か。そう・・・だね」


 オスカーは力なくだが、少し生気を取り戻した顔をしている。


「・・・ありがとうミランダ。僕は、僕にできることをするよ。・・・それで、いいんだろう?」


 そう言ってオスカーは立ち上がった。

 友の想いに応えるために・・・。


 ―――もっとも、もしかしたら、アルトリウスなら。


 そう言いかけた言葉を、ミランダは飲み込んだ。


 今はそんな淡い期待など、オスカーの前で言うべきではない。


 オスカーはオスカーに、ミランダはミランダに出来ることをするだけだ―――。



● ● ● ●



「・・・ん・・・うう・・・」


 頭にガンガンと痛みが襲う。


 頭だけではない、思考がはっきりするに連れて全身から痛みが流れてくる。

 左半身は川面に思い切りぶつけて、何箇所か骨までダメージがいっているようだ。


 ―――ここは?


 目を開けると、自分はどこかの洞窟で横たわっていることがわかった。


 起き上がろうと体に力を入れるも、その途端に全身に激痛が走り、そして――。


「―――動かない?」


 どうやら両腕が腰の後ろで繋がれているようだ。

 金属製の手錠か何かだろうか。ひんやりした感触が手首から伝わってくる。


「よお、お目覚めかあ? 貴族のおぼっちゃんよ」


 上の方から声が聞こえた。


 訛りのひどい、下卑た声だ。


 目線を上げると、そこには髭面の中年の男がいた。


「・・・蛮・・・族・・・?」


 思わずそう言ってしまったほどの、小汚い顔だった。


「はっ! 出たよこれだからユピテルのおぼっちゃんはよお!!」


「―――かはっ!!」


 男は不機嫌な声を出しながら、俺の下腹部を思い切り蹴り上げた。


 痛みと共に地面を転がる。


 ジャララッという金属が跳ねる音がした。

 俺を縛る金属の手錠から伸びた鎖が擦れたのだ。

 男の後へと伸びている。頑強そうに壁に繋がっているようだ。


「俺は誇り高きベルガン族のゲイルだっての! 覚えとけガキ!」


 左半身に加え、下腹部の痛みも加わり、意識が再び朦朧とする。


 ―――ダメだ。考えろ考えろ。


 なんとか意識を保ち、思考をする。


 『ベルガン族』。


 もちろん聞いたことはないが、たしかに赤みがかった皮膚に長身。チリチリの髪質に、素肌にそのままとってつけたような軽鎧。ユピテル人とは全く違う。

 こいつの身なりはどこかで聞いたカルティア人の身体的特徴と合致するが・・・まあ知る由もないな。


 少し整理しよう。

 確か俺は、カルス大橋の倒壊によってエメルド川に落下し、オスカーを助けるために飛行魔法を使って・・・意識を失ったのか。


 そして、どこかの岸で『蛮族』と思われる男―――ベルガン族のゲイルとやらに拾われ、今に至ると。


 おそらくそういう事だろう。


「おい、ゲイル、そいつは商品なんだ。死ぬような傷をつけるなよ?」


 そう言ってゲイルの後から出てきたのは、同じく赤みがかった肌にチリチリの髪の男だ。

 ゲイルよりは背が小さいが、年は上に見える。


「ちょっと生意気だったから蹴りつけただけだ。どうやら本当にユピテル人らしいな! 訛りが都会くせえ。儲けもんだな兄貴!!」


「ああ、この剣も相当な業物だし、おそらく貴族だろう」


 ゲイルの言葉に、兄貴と呼ばれた小柄な男がにやりと笑う。

 男が持っていたのは俺の剣―――カインから貰った剣だ。


「―――いつを―――そいつを返せ・・・っ!!」


 それを見た瞬間、思わず声が出た。


「ふふん、残念だったな。そいつはもう俺たちのもんだ」


 ゲイルが再び下卑た声で高笑う。


「―――調子に・・・乗るなよ・・・っ!」


 たとえ両腕が繋がれていようと、俺には魔法がある。


 俺が気絶してからどれほど経ったかは知らないが、そこそこ魔力は回復している。


 この状況も魔法を使えば―――。


「―――!?」


 ―――魔力を込めたところで気づいた。


 魔法が発動しないのだ。


 よく考えれば、先ほどから自分にかけているはずの《活性魔法》も、まるで効果が感じられない。


 なんというか、魔法を発動する度に霧散するような・・・。


「ほう、今魔法を使おうとしたな。念のため『魔封じの枷』をつけておいて正解だったというわけだ」


 疑問を解消するかのように小柄な男が興味深そうに言った。


 ―――『魔封じの枷』!?


 そんなものがあるのか。


 俺の手首をがっしりと繋いでいる手錠の事だろうか。背中で縛られているので俺からはどのようなものかはわからない。


「こんなガキが魔法!? ありえないだろ! ユピテルの教育はどうなってんだ!!」


「ふん、貴族ならあり得ん事もないだろう。まあガキの魔法なんて使われたところで脅威ではないだろうが・・・念には念をということだ」


 ゲイルとその兄貴という男が話す。


 ―――しかし、これは参った。


 自分が冷や汗をかいていることがわかる。


 相手は二人。

 身体は満身創痍な上、両手を繋がれて、魔法も使えないときた。


 そうなると、俺にこの場を打開する力はない。あえて言うならば口は利けるが・・・。


「―――賢いガキだな、自分の置かれている状況がわかったらしい」


 小さい男が褒めるように言った。


「お分かりの通り、君は我々の手の内だ。寧ろ、川浜で死にかけている君を助けてあげたんだ。感謝してほしいくらいだがね」


「・・・俺をどうするつもりだ」


「そう警戒しないでくれ、君は商品だからね。大人しくしていれば殺しはしないさ。まあ何ができるとも思えないがね」


「商品?」


「俺たちのお得意さんが、ユピテル人は高く買ってくれるんだよ」 


「・・・・・」


 奴隷として売るという可能性が高そうだ。


  

 不思議と、頭は冷静だった。

 もう死んだものと思っていたからかもしれない。

 もしくは恐怖と不安が一周回って、頭を冷えさせているのかもしれない。


 しかし―――。


 生きていたのはいい。

 だが、その状況としては考えられる限り最悪といっていい。


 明らかに穏やかじゃない奴らに囚われ、両手は使えず、鎖につながれ、魔法も使えず、ケガもしている。


 

 まさに絶体絶命。

 

 エメルド川に落ちた俺を待っていたのは、そんな状況だった。





 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

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