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第47話:間話・カインの青春

 間話です。

 カインの話を書きたかったのでここに入れました。

 特に重要なことは書いていないので飛ばしても問題ありません。


 ● ● カイン視点 ● ●


 ただ広いだけの空き地で、2人の少年が大の字になって仰向け寝転がっていた。

 1人はブラウンの髪と目を持つ利発そうな少年。

 もう1人は、青い短髪に、年齢の割に長身の少年だ。

 

 少年たちのすぐ傍には、見た目よりは重量のある木製の剣が2本、無造作に散らばっている。

 2人ともが、鼻息荒く、汗がびっしょりであるのだから、彼らが寸前まで剣の稽古をしていたことは言うまでもない。


「ハア――ハア――ここのところ勝ち越してたのに・・・まさか最後の最後で負けるなんてな」


 青色の髪を持つ少年―――カインが、天を仰ぎながら言った。

 その表情には一抹の悔しさが滲んでいるようにも見える。


「はは、俺だってここまでタダで負けていたわけじゃないさ。最後は確実に甲剣流の技で来ると思っていたから、それに懸けていただけだ。一種の博打だよ」


 対するブラウンの髪の少年、アルトリウスは苦笑する。


「・・・そうか、そうだな・・・」


 カインは四大剣術流派のうち、甲剣流と神撃流、さらには水燕流までもを組み込んで戦っている。

 しかし、いざというときや、ここ一番で決めたい時などは、信頼性の高い甲剣流に頼る癖があった。

 何度も剣を合わせているアルトリウスなら、それを看破していることも頷ける。来る技が分かっているなら、それに合わせて躱すなりカウンターを入れるなり、いくらでも対応はできるのだ。


 このアルトリウスという少年は、そういったことを深く考え、相手を観察しながら戦っている。


 アルトリウスに勝つために矯正した癖や型の数など、数えだしたらきりがないだろう。


 今日はカインとアルトリウスが稽古をする最後の日だったのだが―――最後の最後まで、お灸をすえられる形になってしまった。


 カインの心情を察したように、アルトリウスが言った。


「とはいえ、完全に地力はカインの方が上だよ。使える技の数も段違いだ。初見なら絶対に勝てないさ」


 カインからしたら、使える技や流派の少ないアルトリウスがここまで戦えることに驚嘆するものだが、まあ今に始まったことではない。


 思えば最初から――アルトリウスに何かで勝てたことはなかった。



● ● ● ●


 彼と出会ったのは、3歳だったか4歳だったか、詳しいことは覚えていないが、とにかく、カインが初めて敗北を味わった庭先でのかけっこだけは覚えている。


 皆を引き連れて意気揚々と遊んでいたら、1人だけポツンとベンチに座っている奴がいた。

 仲間に入れてやろうと絡んでやったら、まるで大人みたいに難しい言葉を使ってくる。

 頭に来たので勝負を挑んだ。

 かけっこなら負けるはずはない。

 同年代なら負けなしだったし、年上にだって勝つことができた。


 しかし、結果は惨敗だった。


 そいつの名前はアルトリウス。

 どうやらカインとは親戚であるとか。


 それ以来、なにかと目の敵にして彼に挑んだが、結局一度も彼に勝つことは出来なかった。


 おまけにアルトリウスは頭がいいらしい。

 本も読めたし、文字もかけた。


 カインはあまり勉強が得意ではない。むしろ大嫌いで、大の苦手だ。

 机に座ってじっとしているということがどうにも窮屈で耐えられないのだ。   

 

 ―――こいつはすごい奴なのかもしれない。


 接しているうちに、次第にそう思うようになった。

 運動も、カインだって得意ははずなのに、アルトリウスは一歩先を行ってしまう。

 勉強や礼儀作法はなどは絶望的なほど差があった。 


 6歳になる頃には、敵対心なんてものは消えてなくなり、いつの間にか尊敬に変わっていた。


 そして、いつか彼に何かで勝ちたい、認められたいと、そう心に強く決めた。


 『剣の才能がある』と師匠に言われたとき、これしかないと思った。

 体を動かすのは好きだし、剣にも憧れはあった。


 学校の入学まで、必死に剣に打ち込んだ。

 カインの師匠、『青龍剣』アズラフィールはスパルタだったが、カインは剣については文句を言わず打ち込んだ。

 甲剣流は奥深い。相手の攻撃を防いで、こちらの攻撃を当てる、という一見単純な作業が、どれほど難しい事か思い知らされた。

 神撃流は覚えることが多い。一見無駄に見えることでも、覚えておけば様々なことに応用が利く。

 カインは細かいことを覚えるのは苦手だったが、一つ一つ根気よく覚えた。剣でめげるわけにはいかない。

 水燕流の心構えはためになる。受け流しという概念は、甲剣流の防御と組み合わせると、無敵に思えた。


 代わりに勉強の方はおろそかになった。

 学校の入学もギリギリであり、親には耳がちぎれそうになるほど怒られたが、その分剣が上達したのだと思えば安いものだ。


 カインは相当に鍛錬したつもりだった。実際同年代の中では剣の実力は圧倒的であり、自信もあった。


 だが、カインは剣でもアルトリウスに負けることになった。

 彼は剣も強かったのだ。

 しかもアルトリウスは師匠の方針で神撃流しか学んでいないという。

 いくら神撃流が応用力の利く流派といえど、限界はある。にもかかわらず、アルトリウスは何度も何度もカインに勝利を重ねた。

 

 なぜそんなに強いのか?

 一度アルトリウスに直接聞いたことがある。


 すると彼は、『考えているから』と言った。

 相手の動きや、自分の動きを鑑みて、相手がどんな技を打つか、どのように受けてくるかを読むのだという。

 まるでそれは師匠が水燕流の心構えを説いていたときに言っていたことのように思えた。

 アルトリウスの師匠は、神速流が向いていると言っていたみたいだが、カインからしたらアルトリウスはまるで水燕流の達人のようだった。


 ―――『考える』。


 アルトリウスが言っていたことを、カインは噛み締めるように思いだす。

 剣の鍛錬の時間ならば、明らかに自分の方が多いのに、アルトリウスがこれほどまで強いのはなぜか?

 きっとそれはアルトリウスが考えながら鍛錬しているからなのだろう。

 どのようにしたら上手くなるのか。どのようにしたら速くなるのか。

 アルトリウスは、そういったことを考えながら剣を振ってきたのだ。

 何も考えず、ただ言われたことを反復するよりも、何故それをするのか、目的をもって実践した方が効率がいい。


 ―――そりゃあ差がつくわけだ。


 カインは自分なりに『考えて』剣を振ることにした。


 今まで言われるがままに行ってきた流派の切り替えや、技の繰り出すタイミングを、どうしてそこで切り替えるのか、どうしてこの技を出すのか、、必死に考え、自分なりに結論を出し、それを踏まえた上で体に定着させた。

 すると、剣は軽やかになり、隙も減った。

 当然だ。自分のやっていることの意味も分からず、上手くいくはずがなかったのだ。


 次第に――—アルトリウスはカインの相手をやりづらそうにするようになった。

 余裕しゃくしゃくだった彼の表情の中に、どこか焦りが見えるようになった。

 何のことなく避けられた攻撃も、当たるようになってきた。

 

 そして3年生も終わりという頃―――初めてアルトリウスとの模擬戦に勝利した。


 アルトリウスの剣を飛ばしたとき、最初は何が起こったか分からなかった。


 しかし、宙に舞う剣をみて、そして「参った」というアルトリウスをみて、ようやく自分が勝利したことを理解した。


 ―――勝った? 俺が?


 10年近く敗北を重ねて、これしかないと一心に剣を振るって、ようやく得た1勝。


 勝った高揚感と、なんとも言えない達成感がカインの中を駆け巡った。


 しかし、目の前のアルトリウスをみると、何故か勝った気がしない。


 確かにアルトリウスは多少悔しそうにしていたが―――それ以上に、どこか満足そうな顔をしていたのだ。


 その顔は、カインが初めて技を成功させたとき、師匠が見せた顔と似ていた。


 ――ああ、そっか。


 カインがずっとアルトリウスを目標にしていたことを、きっとアルトリウスが一番わかっているのだ。

 一番近くでカインの成長を見守っていてくれた相手といってもいい。


『おめでとう、カイン。君の勝ちだ』


 だから苦笑しながらも、アルトリウスがそう祝福したとき―――カインは今まで感じたことのない感情に胸を震わせた。


 まるで自分の今までの頑張りが全て報われたような――。

 自分という存在が認めてもらえたような―――そんな感じがした。


『―――ありがとう』


 カインはそう返した。

 祝福に対する礼だけではない。

 ここまでカインを引っ張って、強くしてくれたことに対する――――もしくは、目標であってくれたことに対する感謝でもある。

  

 もっとも、それ以降も常勝というわけにもいかない。

 徐々に勝ち星は増えていったが、それでも3回に1回は負ける。

 アルトリウスの強さも停滞しているわけではない。むしろ強くなっているのだ。

 

 少しでも修業の手を抜いたら、またすぐに置いて行かれてしまうだろう。


 ――これからもずっと共に剣の研鑽をしていけたらいいな。


 そう思っていたころ、アルトリウスがカルティアへ行くことを知った。

 

 様々な裏話や理由があったことは聞いたが、カインにはもちろん詳しいことなどわからない。

 ただ、アルトリウスが自分で考え、決断したならば何もいう事はない。

 

 カルティアには『天剣』や『迅王』といった、アルトリウスが剣を学びたいという剣客もいる。

 剣の道に前向きになってくれたのだとしたら、カインにとっては歓迎すべきことだろう。


 しかし――。



● ● ● ●



「――寂しくなるな」


 大の字に仰向けになって空を見ながら、カインはぽつりと呟いた。


「そうだな」


 アルトリウスの反応は薄い。何やら考え事をしているようだが――。


「―――カイン」


 おもむろに、アルトリウスが上体を起こした。


「なんだ?」


 カインもつられて起き上がる。

 目を見ると、アルトリウスは真っ直ぐと見返してきた。


「もしものときは―――エトナを頼む」


「――――」


 思わず目を見開くと、アルトリウスはいつもとは違う―――どこか思い詰めた顔をしていた。

  

「・・・どういう意味だよ?」


「――俺は、暫くの間首都(ヤヌス)を離れる」


「ああ、そうだな」


「その間に―――もしも首都(ヤヌス)でなにかあったとき、俺は彼女を助けることができない」


「・・・・」


 含んだ言い方をするアルトリウスだが、カインにも、現在の情勢が、どこか気味が悪いということはわかる。

 一触即発――とまでは行かないが、カインの家も、毎日のように大人が集まって会議のようなものをしている。あまり喜ばしいことを話している雰囲気ではない。


 アルトリウスが続ける。


「家族のことは父に任せたが、エトナの事を父に頼むのは筋違いだ。だから、お前に頼むことにした」


「俺なら筋違いじゃないって?」


「ああ。カインは俺の友で、エトナの友だ。むしろ――お前にしか頼めない」


 アルトリウスは、きっとカインの事を、1人の友として―――守る必要のない、背中を任せることのできる対等な存在として見ているのだ。

 だから、カインになら任せられると、アルトリウスはそう言うのだろう。


 だとしたら、その想いには応えたい。しかし――。


「アル、絶対に死なないって、約束できるか?」


 もしもこのままエトナの事を任されてしまったら、もう二度とアルトリウスは戻ってこないような――—そんな気がした。


 彼が向かうのは戦場だ。

 

 上官の命令は絶対で、敵を殺さねばこちらが殺される。そんな世界だ。

 カルティア遠征軍は優勢と聞いているが、前線が実際にどうだかなんてわからない。

 

 『―――軍人にはならない。戦争なんて物騒だろ』


 かつてカインにそう言っていたアルトリウスが、そんな戦場を目の当たりにして、心を壊さずにいられるだろうか?


 ―――アルは優しいからな。


 カインがアルトリウスの将来について剣士を勧めつつも、軍人は勧めなかったのは、アルトリウスが他人を気遣える優しい人間であることを知っていたからだ。


 ―――そして戦場っていうのは、優しい人間から死んでいくもんだ。


 そんなどこかで聞いたようなことが思い出された。  


「――カイン、大丈夫だ。わかってる」


 逡巡するカインの考えていることを察するかのようにアルトリウスが言った。


「死なないなんて、約束はできない。だからそれも含めて、お前に頼むんだ。そうしないと――俺は戦争しながらエトナの心配をしなきゃならなくなる。おちおち戦いにも集中できやしないだろう。だから、そうならないために――死なないために、俺はお前に頼むんだ」


「―――」


 普通ここは嘘でも約束するものだが、やはりそこはアルトリウスらしい。


 ――――とんだ奴をライバルにしちまったもんだな。

 

 内心苦笑しながら、カインは答える。


「―――わかったよ。もしもの時は―――エトナの事は任せろ」


 アルトリウスがいなくなった後のエトナなど想像したくもないが――まあ友が生き残るためだ。約束くらいしてやろう。


「・・・ありがとう」

 

 アルトリウスがほほ笑んだ。


「まあ、頑張れよ、アル」


 カインはそれ以上、何も言わなかった。


 分かって決断したのなら、カインから何もいう事はないのだ。


 安心はしない。

 だが心配もしない。


 どうせ未来なんて誰にも分からないのだから。



● ● ● ●




 アルトリウスが発ってから半年ほどが経った。

 意外にも、首都(ヤヌス)の情勢はそれほど動いていない。


 いや、もしかしたら裏では色々と動いているのかもしれないが、少なくとも表立っては平和が続いているように見える。


「さて」


 今日は卒業式があった。

 カインも何とか無事に本当にギリギリ単位を取り終わり、晴れて卒業することができた。


 生徒会長としての職務も充分まっとうし、引継ぎも済ませた。次の会長はメリルだが、自分より良い会長になることは間違いない。


 特筆することと言えば、今年の年間最優秀賞も結局アルトリウスであったことだろうか。

 なぜかエトナが胸を張って自慢していた。

 

「全く、なんでいない奴が受賞してるんだよ・・・」


 どうやら卒業論文の評価がとてもよく、なおかつ他に目立った功績を残した人がいなかったらしい。


 ―――あいつ、片手間で仕上げたとか言っていたけど・・・。


 相変わらずの異常ぶりに思わず苦笑する。


 アルトリウスの事はすごい奴だと思うが、剣術と人柄以外、実際にどれほどすごいのかはカインにはよくわからない。カインは他の分野にあまり詳しくないのだ


 ――今頃どうしてるのやら。


 柄にもなく逡巡していると、


「カイン君、本当に卒業できたんだね!」


 後ろから高い声が聞こえた。

 艶のある黒髪の少女――エトナだ。 


「エトナか・・・そりゃあ、俺だって死に物狂いで勉強したからな」


 半分ほどは、無理やり体育系の授業の単位で埋めたことは秘密だ。


「ふーん、まあ、なんにせよおめでとう! 軍の幹部の内定が無駄にならなくてよかったね」


「まあ、これで卒業できてなかったら笑いごとじゃすまねーしな」


 エトナもそこそこ元気でやっている。

 時折寂しそうな顔はみせるが、彼女なりに踏ん切りをつけているのだろう。


「あ、そうだ。これ、俺が持たされたんだけど、エトナが届けてくれよ」


 カインはそう言ってカバンから巻物を取り出し、エトナへ手渡した。


「これ―――アル君の?」


「ああ、卒業証書だ」


 アルトリウスは既に半年前から卒業扱いだが、証書は今日一緒に配られた。半年前には用意できなかったのだ。


「―――うん」


 少し寂しそうな顔をしながら、エトナは頷いた。


「今頃、どうしてるかなあ」


 西の空―――カルティアの方角を見上げるエトナ。


 彼女は変わらずアルトリウスの事を想い続けている。


 アルトリウスがいなくなってから、実はエトナに惹かれていた連中が膿のようにエトナに群がったが、エトナはきっぱりとその全てを一蹴した。


 ―――まあエトナは見た目は可愛いし、人気が出るのもわかるけどよ・・・。


 よく考えると自分も幼少期に一蹴された側だったと思うと変な話である。


「―――いずれにせよ、アイツは一回地獄を見たほうがいい」


 アルトリウスはエトナだけならまだしも、どうやらもう1人囲っているらしい。

 カインからすると非常に羨ま――許せないことだ。


「え? なんか言ったカイン君?」


「いや、どうしてアイツばかりモテるのかと」


「モテるって・・・別にカイン君も――――――あ」


 何か話そうとしていたエトナだったが、前方を見ると何かに気づいたように黙ってしまった。


「―――私、アル君の古文書研究しなきゃいけないんだった! 先帰るね!」


 そしてとってつけたような理由を早口で述べると、あっという間にどこかへ行った。


「―――なんなんだよ・・・ったく」


 カインは悪態を吐きながら歩き始める。そして校門の出口まで来たところで、


「――会長!!」


 と横から呼び止められた。 


 声の元に視線をやると、そこには緑色のショートボブに、小さな丸眼鏡をかけた少女――メリルがいた。


 メリルはどこかほんのり顔を赤らめながらカインに近寄る。


「――会長、卒業おめでとうございます」


「ああ、ありがとう。でもどうした? 今日は3年は休みだったはずだけど」


「あ、はい。その―――そうなんですけど。会長が卒業しちゃう前に、どうしても伝えたいことがあって・・・」


「伝えたいこと?」 


 カインが尋ねると、メリルは顔を真っ赤に赤らめ、横髪をくねくねといじりだす。


「その―――会長は、家柄もいいですし―――私は―――結構会長への当たりが強かったので―――受け入れられないっていうのは、分かっているんですけど―――その、もう会えないって思うと、どうしても伝えなきゃと思って―――」


「はあ」


 カインが困惑しているとメリルは意を決したように息を吸い込んだ。


「会長―――好きですっ!!」


「―――――へ?」


 こうして、カインの青春も動き出した。

 

 彼女の恋が実るかは、また別の話である。


 



 これ以降に特に掘り下げる可能性が低いので、ここで入れました。


 読んでくださり、ありがとうがざいました。合掌。

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