第39話:手紙を出した理由
別に大して長くはなりませんでした。
前回イリティア先生に手紙を出した理由です。
月日は流れ、あっという間に4年生へ進級した。
半年ちょっとの間、オスカーの護衛をしつつ、忙しく過ごしていたら、いつの間にやら3年生が終わっていたのだ。
オスカーの護衛は相変わらずあってないようなものだが、オスカー曰く、俺がそばにいるから事前に襲撃が阻止されているらしい。
事実なのか、いつものヨイショなのか、俺にはよくわからない。
でも、彼から信頼されている事だけは確かなようだ、
学校の単位は 3年生の間に取り終えてしまった。
どうやら平均よりも相当多めに授業を取っていたらしい。
やけに忙しいとは思っていたが・・・。
もちろん全てで「S=秀」の判定を貰った。
そして当然のように3度目の年間最優秀賞も獲得した。
流石に3度目ともなると、ヤヌス校始まって以来の快挙であるとか。
まあ取りたくて取ったわけではないが、頑張った甲斐が形として認められるのは嬉しい事である。
さて、そのように一見順風満帆である学生生活であるが、最近、俺には悩みがあった。
自身の能力の停滞だ。
まず、魔法について。
魔法は俺の得意分野だ。
幼少の頃から真面目に取り組んできて、今では教本に載っている魔法で使えないものは殆どないし、個別でいくつか考えた魔法もある。
去年はゼミの研究で重力魔法と風魔法の並立術式による、飛行魔法が理論上完成した。
もっとも、未だに俺が並立して発動できる魔法の数は10しかないので、実現は難しい。
代わりに提出した魔道具についてのレポートも、それなりに評価してもらえてうれしい限りだ。
もっぱら内容は、魔法を利用した金細工の可能性についての見解と試用をしてみただけだが、光明は見えたと思っている。
逆に、割と思ったことを適当に書いた、兵法研究ゼミのレポートが勲章が貰えるほど評価されているとは思わなかった。そんなつもりはなかったので、少し気が引けるものである。
ともかく、魔法については能力は停滞しているものの、こちらは別に悩んではいない。
停滞と言うより、これ以上やることがないと言ったほうが的確な気がする。
かといって魔力総量を鍛えるため、毎日寝る前に、魔力が枯渇するまで飛行魔法の実験はしている。
まだ総量は増えているため、伸び代がないわけではないのが救いだ。
次に学業。
これも正直、停滞してはいるが、悩んではいない。
知識として知るべきことは全て吸収した、と言えばいいのか。
では何に悩んでいるのかということだが、次の3つだ。
まず、剣術。
俺は剣術については、未だに半端なままだ。
基本的に、現在メジャーな流派である甲剣流は対策は学んだが、自身では使えない。
適正がある神速流は、基礎のみしか学んでおらず、水燕流もこれに同じだ。
神撃流だけはちゃんと学んだので、カインとの練習試合などではこれを使っていたのだが、いかんせん最近はあまり勝てなくなってきた。
単純にカインがめきめきと強くなったというのもあるが、使える流派が一つだけだと、出せる技や動きのパターンが少ないため、どうしても対応されてしまうのだ。
正直、多少の焦りを感じた。
カインは勝ちつつも、
「いや、一つの流派だけで今まで互角だったことがおかしいんだよ」
などと言って苦笑していたが、それでも、俺はこの世界にきて、はじめてのもどかしさを感じていた。
次に、神話の研究だ。
こちらは何の進展もない。
神代の人々は禁止魔法を無詠唱で使っていたということはわかったが、やはり少なすぎる資料からでは確証も得られない。
オスカーからもらった古書も読んでみたが、そもそも書いてある文字が現代と違う。
もっぱら神話研究ゼミではその言語の解読が主な活動内容となっているが、古来から違う言語の解読には、一部だけでも同じ意味を示す単語などがわからないと話にならない。
当然、そんなロゼッタストーン的なものはないので、とりあえず勘でさまざまな文法を試しているのだが、結果は芳しくない。
そもそもこの世界では、少なくとも人間の間では言語が統一されており、他国であっても言葉は同じだ。
多少の訛りはあるが、どこへ言っても言葉が通じないということはないらしい。
つまり、言語が違うという概念が少ない以上、ゼミのみんなも他言語の解読という事態に慣れ親しんでいないのだ。
最後に、就職先。
4年生は、ついに学校最後の年だ。
学校については、特にやり残したことはない。
単位も取り終えたし、研究で結果も残した。
最優秀賞も3回だ。これ以上はないだろう。
では、授業を取る必要のない今年、俺はいったい何をすればいいのか。
まあオスカー達の護衛という仕事があるので、彼らが登校する日は俺も学校へ行くのだが、彼らも取り残している単位は少ない。
つまり俺は残りの時間を就活に使えるわけだ。
俺の場合、選択肢は少なくない。
例えば、官職。
護民官補佐や法務官補佐など、将来国の幹部を担うような職への推薦がいくつか出されているらしい。
それを受ければ俺もエリート公務員の仲間入り。
歳をとるごとに役職が上がっていき、最終的には元老院議員にもなれるかもしれない。
また、武官の勧誘も少なくない。
下級生の時の騒動で、警備隊幹部や、軍のお偉いさんからの評価がとても高いらしい。
こちらもかなりの好待遇で、小隊長クラスをいきなり任されるそうだ。
他にも、金満商人の専属魔法使いだとか、隣の小国の宮廷魔法使いだとか、はたまたそのまま学校の教諭に、なんて話もある。
俺を欲しがる所は引く手数多だ。
曲がりなりにも首都ヤヌスの学校で、文武双方で結果を出してきた甲斐があったということか。
そして、これだけ宛があると、流石に俺も迷う。
両親に聞くと、「アルの好きなことをやりなさい」と言われてしまう。
そう言われても、どれもやりたいことではあるんだが・・・・・。
色々と思うところもあり、参考に、みんなの意見を聞いてみた。
● ● ● ●
「え? アル君は執政官になるんじゃないの?」
エトナに聞くと、そんな答えが帰ってきた。
「エトナ、知ってるか? 執政官っていうのはこの国で一番偉い人のことをいうんだぞ?」
「うん! アル君にぴったりの仕事だね!」
呆れるように答えると、ニパっと笑顔で返された。
なんというか、エトナにしろヒナにしろ俺を過大評価しすぎなんだよな。
実際問題、執政官になるには、支持を得るような内政能力や指揮能力、カリスマ性はもちろん、なによりもコネと金が必要だ。
そして前者はともかく、コネと金について、俺に宛てはない。
おそらく執政官を目指しても、よくて父と同じ法務官程度を経て、元老院議員になるのがせいぜいだろう。
「エトナはどうするんだ?」
「わたしは、元老院の受付嬢の仕事が来てるから、それを受けようと思ってるよ!」
ふふんといった表情でエトナが胸を張る。
最近は膨らみが目に見えてわかるようになってきたな。
「受付嬢か、それにしても元老院の受付嬢って、倍率50倍オーバーの人気職じゃなかったか?」
元老院の受付嬢は採用枠が少ない上に、女性にしてはかなりの給料が出る。
最近の女子の憧れの職業ランキング1位は間違いないだろう。
確かにエトナの成績はなかなか優秀だった気もするが、一番というわけではない。
よく推薦枠が来たものだと思ったが。
「なんか、わたしより先に話が来た人は皆断っちゃたんだって」
あーなるほど。
さすが裏女子会のボスは違いますね。何も言わなくとも職を譲らせる権力なんて、上級魔法よりすごいですよ。
「どうしたの?」
唖然としてる俺をみて、エトナはキョトンとしている。
「あ、大丈夫だよ? アル君と結婚するときはちゃんと仕事やめるから。私、家事も得意だよ!」
気づいたようにそういうと、手を頬にあて、キャーと顔を赤くしながらどこかに行ってしまった。
いや、そういう心配をしてたわけではないんだが・・・・まあいいか。
● ● ● ●
「え、アルは執政官になると思ってたぜ」
カインのところに行くとそんなことを言われた。
いやこいつらは揃いも揃って何をいっているんだ全く。
ああ、このアホに俺の職を聞いたことが間違いだった。
ちなみにカインはこの度生徒会長を襲名した。
そのおかげで、なりたかった軍の幹部候補の推薦がもらえるらしい。
確かに、カインの家は軍事関連に人が多いクロイツ氏だったな。
「いやー、推薦で押し付けられた生徒会だけど、やってよかったよ。これで軍に入れなかったら、親父に泣きつかなきゃいけないところだった。俺は剣しか取り柄がないからな」
あっはっはと笑いながら言うカインだが、彼に関しては生徒会なんてやらなくても、持ち前の謎の人望で何かしら成功してたと思う。
「でも執政官じゃないなら・・・・剣は学ばなくていいのか? 神速流にしろなんにしろ、師匠をつければアルは相当な剣士になると思うぞ」
おもむろに木剣で素振りをし出したカインがそんな提案をする。
やはり、カインは変なところで的を射たことを言う。
俺は小さいころ、この世界での目標に《魔導士》というものを掲げていた。
俺は魔法に関しては、それなりに自信がある。
先ほども言った通り、停滞はしているが、少なくとも現状できる範囲で学ぶべきことはないのだ。
ここから先は、先人から学ぶのではなく、自分自身で研鑽することになるだろう。
つまりは魔法士としては一人前ということだ。
しかし、《魔導士》というからには剣術も使えないといけない。
俺の剣術は魔法と違って、随分未熟だ。
もちろん、毎日稽古は欠かしていないし、強くはなっている。
だが、まだまだ一人前からは程遠い。誰かから学ぶべき事柄だ。
実際に《魔導士》という職業で食って行こうと思うと、勤務地は戦場であるため、専業にしたいかと言われればNoだが、俺が剣術の腕に悩んでいたことは確かだ。
「確かに、どこかで剣は学ぼうと思っていたが、在学中はタイミングがなくてな・・・」
「俺の師匠でよければ紹介するぜ? 気難しい人だけど、アルなら多分大丈夫だろ」
「考えとくよ」
カインの師匠も確か二つ名持ちの実力者だ。
神速流が使えるかは分からないが、他にツテもない俺にはありがたい話である。
ていうか、こいつは未だに単位が残ってる上、生徒会の仕事もあるくせに、こんなところで素振りをしていていいんだろうか。
「大丈夫だって! うちの生徒会は優秀だからな。俺がいなくても――――」
「あー!! 会長こんなところにいた!!」
「げ、メリル・・・・・」
カインがまた笑い飛ばそうとした時、副会長のメリルが顔に怒りを浮かべながら登場した。
「ほら、会議始まりますよ。早くしてください!」
「い、痛い痛い、わかったから耳を引っ張るな!」
メリルは一つ下の後輩で、緑色の髪に、丸メガネをかけた可愛らしい少女だ。
去年の学年最優秀賞を取ってから、生徒会に抜擢され、副会長の座に収まった。
ちなみに、俺も何回か生徒会の推薦は来たのだが、流石にゼミを3つも掛け持ちしている上、護衛の仕事もあるため断っている。
別にこれ以上内申書が豪華になっても仕方がないし、他の人の枠を奪うようなことはしたくないからな。
「アル先輩、失礼しました。会長ちょっとお借りしますね!」
メリルはカインの耳を引っ張り、ずるずると引きずりながら連れて行く。
ドンマイ、カイン。
まあでも彼女のような真面目な人がいるから、カインが生徒会長でも、学校が回って行くんだなあ。
● ● ● ●
「お兄ちゃんは先生だと思ってた!」
「違うよ!アル兄は世界一の大魔導士になるんだよ!」
我が家の可愛い妹弟はこんなことを言う。
「だってお兄ちゃんが先生になれば、来年から学校でもお兄ちゃんに会えるんだもん!」
「あ、そうか。じゃあアル兄は大魔導士なんかじゃなくて先生だ!」
アイファがドヤ顔で俺に教師を勧める理由をいうと、アランもそれに追随する。
なるほど、教師か。
確かに、アイファやアランに勉強や魔法、剣を教えるのは楽しかった。
上手くできたかはわからないが、少なくとも学校ではすぐにでも通用するレベルまで鍛えたつもりではある。
でもそれは二人が家族だから、と言うのもあるかもしれない。
赤の他人の子供にまで、ここまで深い愛情と熱意を持って物事を教えられるかと言われればあまり自信がない。
イリティア先生はよく家庭教師をしていたものだ。素直に尊敬できる。
―――と、ここで、俺はイリティア・インティライミのことを思い出した。
そういえば長らく連絡を取っていないな。
親以外に、自分をよく知る大人の一人だ。何か意見をくれるかもしれない。
そう思い、俺はイリティア先生に手紙を出した。
次回こそ長いです。
読んでくださり、ありがとうございました。




