第38話:不肖な弟子より
3年生は何も起きなかったので飛ばしました。
もっとも、オスカーと出会ったときには既に半年くらい経っています。多分。
今回はアルトリウス→イリティアへの手紙からです。
『拝啓 イリティア・インティライミ様
お久しぶりです。
春先ということで、近頃は寒さも薄くなり、花々も芽吹きを見せています。
この手紙が届く頃には満開に咲き誇る花々が見られるかもしれませんね。
バリアシオン家は以前と変わらず、皆元気でやっています。
アイファもアランも来年は学校が始まるので予習をしっかりとやらせています。
チータとリリスも変わらず家事を引き受けてくれています。
最近の朝食はリリスが担当しているのですが、彼女の作る汁物は絶品です。
リュデはやることがなくて手持ち無沙汰のようです。
家事を手伝っているのかと思っていたら、チータは特に家事を教えている様子もありません。
なにか隠れてやっているのでしょうか。
母上も編み物の腕が上がりました。
私の普段着などもほとんどは母上の手作りです。
ただ、父上だけはなかなかに忙しそうです。
首都の政治の場では民衆派と門閥派が大見得切って対立しており、まさに一触即発の状態です。
行政に携わる職場は常にピリピリしており、とても疲れるようです。
今はまだ大丈夫ですが、もしも下級貴族や穏健派まで巻き込まれるほどの政争となったら、バリアシオン家もどちらかの陣営に加わらないといけないのでしょうか。
願わくば父の胃痛の種が増えないことを祈ります。
さて、前置きが長くなりましだが、これが現在の家族の近況です。
私はというと、先日4年生に進級しました。
3年生の間はゼミの研究と、とある人物の護衛の仕事に没頭していました。
ゼミでは重力魔法についての研究をしており、理論上、風魔法との複合操作により飛行魔法の理論自体は完成しました。
ただ、発動するには12の魔法の術式を並行して操作しなければならないので、未だに実現は難しそうです。
飛行魔法は発動が成功し次第、発表しようと思いますが、在学中には間に合わないかもしれませんね。
とりあえずゼミの方には片手間で研究していた「魔道具と付与魔法」についてのレポートを提出しました。
思ったよりも評判がよく、付与魔法士の未来に貢献できたならば、嬉しい限りです。
護衛の仕事というのは、詳しくは言えませんが前述の政争が原因です。
私に出番が回ってくることはほとんどありませんが、学校の卒業前に仕事ができるというのは良い経験になったと思います。
また、先日、名誉なことに年間最優秀賞と、ゼミの研究が認められ、特別にヤヌス白翼勲章を授与されました。
驚くべきことに、認められた研究というのは、先ほどの魔法研究ゼミではなく、兵法研究ゼミの内容です。
「魔導士のみで構成された部隊編成による高機動戦闘についての予見と可能性」というレポートを提出したのですが、こちらは従来の戦闘方式を覆す可能性もある画期的な戦術論文であるようです。
私は単に思ったことを書いただけなので、勲章まで貰うのは少し気が引けてしまいますね。
神話の研究の方はあまり進展がありません。
おそらく神代に書かれたであろう古文書を入手したのですが、書かれている文字が現代のものとはまるで違い、解読に手間取っています。
もしもなにか知っていたら教えてください。
次に、最近の私の友人の話です。
なんと、カインが驚くべきことに生徒会長に就任しました。
流石は名門ローエングリン家とも思いましたが、彼の剣の腕と人望から考えると妥当なのかもしれません。
最近では剣術だとカインにも負け越すようになってきました。
そろそろ私も本格的に神速流を学ぶべきでしょうか。
エトナは相変わらずです。
どうやら、裏女子会のボスと言われているのは事実なようで、殆どの女生徒は彼女の傘下にいるようです。
学校のどこにいてもすぐ彼女に情報が渡るようなので、おちおち他の女子と話すこともできません。
別に浮気なんてするつもりはないんですが、ともかく、久しぶりに女の怖さを思い出しました。
最後の話になりますが、4年生といえば最上級生。
学校を卒業すれば就職が待っています。
いくつか誘われている仕事もあるのですが、私としては未だに半端である剣術を先に学びたいと思っています。
幸い、護衛の仕事を続けてきたお陰で多少は貯金ができそうです。
生活の方はなんとかなるでしょう。
忌憚なき先生の意見をお聞きしたいです。
あなたを敬愛する不肖の弟子
アルトリウス・ウイン・バリアシオンより』
「ふふっ」
手紙を読み終わると、イリティアからは思わず笑みがこぼれた。
アルトリウスらしい律儀な文章に、丁寧で綺麗な文字。
イリティアが教えたどの弟子よりも優秀な彼は、学校に入学しても眼を見張る活躍を続けている。
彼は大したことないというように書いているが、ヤヌス白翼勲章というのは、戦争で活躍して武勲を立てたりしなければ貰えない誰もが羨む勲章だ。
読んでいないのでわからないが、きっと目を見張るような画期的な論文だったに違いない。
―――それにしても。
イリティアが驚いたのは、《飛行魔法》が理論上とはいえ完成したことだ。
無詠唱で魔法が使えるようになると、誰しもが魔法を組み合わせ、オリジナルの魔法や、詠唱文を考えようとする。
もちろん詠唱文の存在しない魔法の完成など、相当困難であり『魔法書』に一文でも新たに魔法を付け足せば、『偉人伝』に載るほどだ。
その中でも《飛行魔法》というのは、おそらく全ての魔法士が挑み、敗れてきた夢の魔法だ。
鳥のように優雅に空を飛ぶ―――。魔法士じゃなくとも、人間なら誰もが憧れただろう。
もちろん、強い強風を起こして、飛ばされることは出来る。しかし、自分の意思で飛び回るとなると、いったいどんな魔法をどのように、どの方向に使えばいいのか、誰もわからないのだ。
もしも、本当に《飛行魔法》が完成・発表されれば、それはきっと、大陸中に大きな反響をよぶことになるだろう。
―――そして、きっとアルなら実現させてしまうのでしょうね。
そうして、イリティアはまた再び笑みをこぼす。
もっとも、そんなアルトリウスでも、女性に対してはたじたじのようで、文面からもそれが伝わってくる。
最近の子供はませているだの言っていた時期もあったが、彼自身も子供であるのにおかしなことだ。
前に手紙をもらったときは、他の女子に告白され、受け入れたが、エトナに謝らなければならない。どうしよう。
みたいな内容だったはずだが、この分だと仲直りはできたらしい。
そうなると、浮気はしないとか言いながら堂々と二股をする彼は、案外器量がいいのかもしれない。
貴族には重婚があると教えておいてよかったと思う。
――――それにしても、首都がそんな事になっているとは。
イリティアがいたときは、たしかに民衆派が台頭してきてはいたが、それほど対立はしてなかったと思う。
しかし、台頭してきたからこそ、元老院の意見が真っ二つに割れ、統制力が落ちてきているということだろうか。
意見が割れ、統制力が落ち、政策の実行に時間がかかる。
ただでさえ国の面積が広がり、国民の数も増え、選挙を行う事自体に多大な労力を要しているのだ。
そんなことをしていたら、すぐに任期など終わってしまう。
そして、選挙ごとに政権も代わるという。
異常事態だ。
―――近々、何か起こりますね。
イリティアはそれほど政治に詳しいわけではない。
しかし、噂に聞く限りの首都の様子から、なにやら異様なものを感じていたのはたしかだ。
―――アルが巻き込まれなければいいですけど・・・。
アルトリウスだけではない、お世話になったあの家族が巻き込まれるのは本意ではない。
―――まあよっぽどアルならば何かあっても大丈夫ですね。
悪霊を撃退したという話も聞いた。
無詠唱で《失伝魔法》を使う相手と戦ったという話だが、それが、本当だとするとイリティアでも勝てるかわからない。
―――ともかく、手紙の返事を書きましょう。
もはや、師だと言われるのも気恥ずかしいレベルになってしまった彼だが、アルトリウスが師として自分を慕ってくれ、悩みを打ち明けてくれるならば、イリティアは全力でそれに答える義務がある。
おそらくアルトリウスがこの手紙で聞きたいのは、神代の古書の文字についてと、卒業後の進路だ。
よもや恋愛相談ではあるまい。
残念なことにイリティアに神代についての知識はあまりない。
したがってそちらの方の力にはなれそうにない。
卒業後の進路。
つまりは本格的に神速流を学ぶべきかどうかという話だろう。
これについてイリティアはしばし考え込む。
剣を学ぶ時期は別にいつでもいい。
自分は剣を学んだのは14の時だし、アルトリウスならばいつ学んでもすぐに吸収してしまうだろう。
イリティアからすれば重要なのは職であり、かつては傭兵くらいでしか食べていけなかった自分と比べれば、アルトリウスの選択肢はとても多く、恵まれている。
おそらく小国の宮廷魔道士くらいならば務まる実力も宛もあるだろう。
―――しかし・・・。
本人が剣を学びたいと言っている気持ちも無下にはできない。
きっと彼の持っている剣術は、同年代のそれと比べると明らかに基礎の基礎。
神撃流だけでは出せる手札も少ない。
焦る気持ちもわかる。
カインというのは確かローエングリン家の子供だ。
ということはその師匠は『青龍剣』アズラフィール。
指導力も折り紙つきの実力者だ。
その弟子が伸びるのも頷ける。
「よし」
確か、首都近辺には『天剣』と『迅王』がいたはず。
彼らはアルトリウスに教えるにふさわしい実力と人格を兼ね備えた使い手だ。
「イリティア先生、そろそろ授業ですよ」
不意に声をかけられ、イリティアは手紙の筆を置く。
ここは職員室。
今年からイリティアは、アウローラの学校の教師として招かれた。
今日は記念すべき初授業の日だ。
「初授業で、緊張しているんですかね。大丈夫ですよ。『銀騎士』の二つ名は伊達ではないでしょう」
隣の席に座る教頭――この仕事を紹介してくれた教師だが――は朗らかな顔をしながら、頑張れっというガッツポーズをしている。
「大丈夫ですよ。教壇に立つのは初めてですが・・・・・人に教えるのは初めてではありませんから」
手紙を書くのは後回しにし、そう言ってイリティアは自身の教室へ向かう。
そんなイリティアを待っていたのは、妙な出会いであったわけだが、それがどのような意味を持つのかは、また後の話である。
次回は少し長くなります。
読んでくださり、ありがとうございました。




