第37話:引き受けたはいいが?
オスカーの人柄が分かっていただければ幸いです。
俺はオスカーの護衛を引き受けることにした。
理由としては、我がバリアシオン家の家計がおそらく相当やばいこと、そしてオスカーの人柄は信用できると判断したからだ。
どんな手段であれ、お金を家に入れることができるのは助かるだろう。
護衛料は協議の結果、1日40Dとなった。
一般的な護衛兵と比べると安いが、学校にいる間のみの護衛で、かつ、俺は正規の護衛兵ではない。まあ妥当な値段だろう。
そして、もう一つ、どちらかといえばこちらが本音なのだが、たとえ俺が護衛を引き受けず、彼らが学内で何かしら被害を受けた場合、罪悪感を感じてしまうからだ。
それに、引き受けないまま目に届く範囲で彼らが襲われたら、どうせ俺は助けてしまうだろう。
それならもう最初から引き受けた方が、給料ももらえてお得だろう。
食べる飯がまずくなるような真似はしたくないからな。
● ● ● ●
さて、数週間が過ぎた。
護衛という仕事はあってないようなものだった。
内約通り、授業とゼミを俺のものに変更して、隣の席で授業を受けるようになったオスカーとミランダだが、誰かに襲われるような兆候は一切見られない。
朝は少し早めに登校し、校門にて2人と待ち合わせる。
登校中はプロの護衛が2人についているので、学校内からが俺の担当だ。
はじめのうちは念のため偶然を装っていたが、もはやその風習は形骸化している。
曜日によってはエトナも伴い、みんなで教室に向かう。
エトナには、オスカーに許可を得て、護衛の話をところどころかいつまんで説明していた。
一応ミランダとも共に行動する時間が増えるので、その点を明言しておかないとまた変な誤解が生まれてしまうかもしれない。
「おや、僕はてっきりミロティック家のご令嬢と交際しているのかと思っていたよ」
二人きりのときに、こそりとオスカーにそう言われた。
「・・・・いやまあそっちもやぶさかではないけど」
「ああ、彼女は転校してしまっていたね。それで新しい相手を作ったわけだ。いやあバリアシオン君も隅に置けないな」
とまあ、オスカーが一人で納得していた。
正確には色々と事情は違うのだが、説明するのも気恥ずかしいので特に何も言わなかった。
「ところで・・・・やっぱり交際するとなると、あっちの方も経験済みなのかい? 僕はあまり女性経験がないから気になるんだ」
小声でオスカーがそんなことを耳打ちしてくる。
「ん? あっち?」
「おいおい、とぼけないでくれよ。夜の情事のことさ。君ほどの知識人がまさか知らないわけがないだろう」
ニヤニヤしながらオスカーがいう。
なるほど、夜の情事。つまり男と女が夜に二人で愛を確かめる行為。生物学的にいう交尾か。
「なんだそういうことか。残念ながら未だ経験はないな。そういう行為はちゃんと責任のとれる年齢と立場になってからと決めているからね」
「へえ、しっかりしてるんだね。僕なんか宛がないから毎夜一人で励んでいるよ。やっぱり禁欲的な方がモテるのかなあ」
ギョッとするようなカミングアウトをされたが、オスカーは時折こんなような下世話な話をする。
こいつは家柄的にも口調的にも高尚な人間かと思っていたが、なかなかどうして年相応の男子であるらしい。
まあこちらとしても、変に紅茶の味とかの話をされるよりは、こういった下品な話の方が取っつきやすい感じはある。
「別にオスカーもモテそうだけどな。ミランダとかどうなんだ?」
「ミランダ? ああビジュアルはとても好みなんだが、彼女は無口だろう? いかんせんこれ以上進展しないのさ」
とまあ、こんな感じで俺も思春期男子特有の会話を楽しんでいる。
それにしてもこの言い方。オスカーはミランダのことを狙ってたともとれるな。
今後二人を観察してみよう。
また、一緒にいるうちにわかったことなのだが、こいつはやっぱり相当頭の切れる奴のようだ。
もちろん、本人の言っていたとおり、運動や、魔法に関してはお世辞にも優秀とは言えない。
しかしもっぱら座学に関しては俺に負けずとも劣らぬ成績を残していた。
そしてなにも頭が切れる、というのは成績のことを言っているわけではない。
以前、それとなく俺が護衛を引き受けなかったとき、どうしたのかということを聞いたことがある。
「あー、簡単だよ。今と大して変わらないさ。君と同じ授業を取り、君と同じゼミに入り、なるべく君の近くで過ごす。君の性格上、知り合いが襲われるのは看過できないだろうから、契約をしてなくても本当に危ない時は助けてくれるだろう?」
などとぬけぬけと言い放った。
どうやら事前に俺の性格まで調査していたようで、知り合えればそれで勝ちだと思っていたらしい。
問題はどうやって知り合うかだが、偶然にもエドモンというツテが見つかった。ということだ。
今となってはエドモンとオスカーが知り合いであったことの方が驚きだが、大貴族の家格同士、交流する機会はたびたびあったのかもしれない。
「いや、それより一番恐れていたのは、バリアシオン君が既に門閥派に懐柔されていて、僕らの敵に回っていた場合だよ」
とさらにオスカーはカミングアウトした。
「ぶっちゃけ、そんじょそこらの生徒なら、ミランダ一人で十分撃退・・・ないし、逃げることくらいならできるんだ。でも、バリアシオン君に襲われた場合だけは無理だ。ミロティック君がいない今、バリアシオン君を止めれる者なんて、この学校に存在しないからね」
「そうなのか?」
俺なんて妹に「お兄ちゃん、お願い?」なんて猫なで声で言われたら一瞬で海の藻屑と化す程度の人間だが。
「ああ、無詠唱で上級魔法を行使し、剣の申し子カイン・クロイツ・ローエングリンと剣術で渡り合い、学年最優秀賞を連覇、おまけに悪霊を撃退する行動力に、そばには裏女子会のボス、エトナ・ウイン・ドミトリウス。そんな君の近くで、争いごとを起こそうなんてやつ、少なくともこの学校には存在しないさ」
長々と俺の経歴を並べるオスカー。
まあ確かに学校に妹はいないし、事実ではあるんだが―――――ん? いやまて、裏女子会のボス? 聞いたことないぞそんなこと。
「だから、君が敵対関係じゃないと分かった時点で、僕らの目的は概ね達成されているんだ」
俺の逡巡をよそに、オスカーは満足そうに話を締めくくった。
ともかく、オスカーはこの年齢にしてはなかなかの策士であるらしい。
「いやあ、策士なんて、バリアシオン君に比べればまだまださ。僕なんて胸の大きい女性が近くにいるだけで大半の思考を奪われてしまうエロガキだからね」
こいつは時々こうやって話題を見つけては俺を持ち上げてくる。
いや、今回は持ち上げ方が少しおかしかったが、普段はもっとまともに褒めてくる。
流石はバリアシオン君だ。とはもはやオスカーの口癖だ。
雇用人に気分良く仕事をしてもらうためのケアを忘れない。
彼からすると当たり前のことなのかもしれないが、この歳でお世辞を言えるというのは相当な器量だろう。
先程も、裏女子会のボス、エトナ。というジョークまで挟んでくるあたり彼の話術には感嘆を禁じ得ない。
・・・・ジョークだよね?
しかし、器量に関しては、ヒナもなかなかのものだったが、彼女の優秀さというのは、持ち前の才能と、反骨精神からくる努力量からくるものだった。
オスカーの場合はどちらかというと自身の能力にはある程度見切りをつけていて、今ある能力から何をどうやったら手札を増やせるか知っている。という感じだ。
俺も久し振りに自身に近いレベルで話ができる知り合いができて良かったと思う。
ちなみにカインについて珍しく名前が上がったので補足する。
驚くべきことに彼は今生徒会に入っている。
推薦されたから仕方なく入ったらしい。
カインはあれでいて交友関係が広い。
クロイツ家は穏健派で、派閥間系の変ないざこざに巻き込まれることがないというのもあるかもしれないが、持ち前の剣の腕前で男女問わず尊敬を集めているし、勉強ができない点も親近感が湧くのだろう。
なにせ、幼少期はガキ大将をやっていたようなやつだ。
なにか人を惹きつける力があるのかもしれない。
あいつに事務処理が主な仕事の生徒会が務まるとは思わないが、そこは周りに助けられて上手くやっているようだ。
まあカインも、勉強の結果が出ていない分、生徒会を無事に勤め上げ、目標の職に就けるよう頑張って欲しいものである。
ともかく、俺はこの数週間、護衛とは名ばかりの仕事を務めている。
こんなんで給金をもらって良いのか聞いたこともあるが、
「いやあ、バリアシオン君が近くにいなければとっくに僕なんて今頃暗い地下牢で全裸拷問されていたよ。あ、でもそれはそれで新世界が開けそうだね」
なんて持ち上げられて終わっていた。
こいつ、変態トークがしたいだけじゃないよな?
俺からしたら良い友人が増えた上、なにもせずに給金が溜まるのだからこれ以上のことはないが・・・。
ヒナが去って以来、どこか物足りなかった学校生活も、オスカーとの出会いで再び充実してきた。
やはり気の許せる友人というのは、どこの世界でも良いものだ。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。




