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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第四章 学校へ行こう・三角関係編
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第29話:間話・軍神動く

 間話です。

 軽い気持ちで書き始めて、後回しにすればよかったと後悔しています。

 小難しいことを色々書いてますが、ユピテル共和国の内政状況については、あまり満足いく書き方ができませんでした。

 いつか補足するつもりなので、軽く流し読みしてください。

 一応あとがきで、簡単に纏めます。

 


 首都ヤヌスから、大きく南東に離れた場所に、急速な発展を遂げた都市がある。

 その都市の名は『アウローラ』。

 正確に言うならば、ユピテル共和国の属州の1つ、アウローラ地方の統治を担当している都市『アウローラ』というべきか。

 一般的にアウローラというと、地方自体のことを指す。


 10年の開発の末、大都市と呼ばれるようになったこの都市は、未だに開発の流れか、人の出入りが激しい。


 属州では、統治機構こそユピテル本土の官職の者が担当するが、経済的には自立が認められている。

 本土に対する小さいとは言えない額の税は課されているが、属州から反発が出ることはない。

 属州はユピテル共和国という大きな傘に守られているのだ。


 未だに共和国の領域の一歩外に出ると、『蛮族』と言われる多くの未開人が出没している。


 現にアウローラ地方の外側にも多くの『蛮族』がおり、食糧難などがあると、アウローラに侵入してくるのだ。

 『蛮族』は身体能力が高く、総じて戦闘能力が高い。これらにゲリラ戦を展開されるとなれば、その対象となった都市はひとたまりもないだろう。

 

 そんな属州の都市に対し、ユピテル共和国は指揮官や軍隊を派遣し、これを撃退してくれる。


 そもそも、共和国はかつて戦争で敗れたアウローラを、完全併合ではなく、ある程度の自立を認めた上で合併してくれたのだ。

 逆らうことはありえない。

 他にもこのような属州は多く存在するだろう。


 そんな属州の都市アウローラに、1人の男が到着した。

 

 年齢は、もう中年を過ぎ、壮年であるだろうか。

 しかし、その体は、少しも老いを感じさせない。

 長身に、筋肉質の、しかし肥大していない細身の肉体。 

 その肉体は日焼けなのか浅黒い肌をしている。

 

 黒いボロボロの服に身を包んでおり、服装だけを見れば乞食や奴隷とそう大してかわらないだろう。

 

 だが、全体を通して見ると、彼からは何か高貴な印象を感じだ。

 彼を見ると誰もが、この世の恐怖と畏怖と、尊敬。それら全てを足したような感覚に襲われるだろう。


 癖のある白い長髪はやや放置気味なのだろうか、乱暴にまとめられている。

 顔はやや細身だが、頰についた傷は彼をより只者ではないと思わしめる要因となる。

 そしてその金色の目は全てをを見通すかのような異彩を放っていた。


 彼は荷馬車から降りると、馬の運転手に礼を言い、チップを渡す。


 そして、男にくっついて回るかのように、1人の少女が馬車から降りる。

 

 凄まじい存在感を放つ男と違い、何の変哲もない灰色の髪の少女だったが―――。

 その背には、少女の身には合わない一振りの『剣』が背負われていた。


 少女は何も言わず、男の後をついていく。


 僅かな荷物と、剣を背負う少女を連れ、彼は都市に入っていった。


 彼は都市の中心部を目指していた。


 時折、商店街や、学校などの発展ぶりに目を顰めては、それでも一瞥しただけで先に進む。


 小一時間ほど歩いただろうか、彼はこの都市でもっとも大きな建物に到着した。


 『アウローラ総督府』。


 この都市で―――いやこの属州でもっとも権威を持つ人間のいる場所だ。


 彼は臆せず建物の中に入っていった。

 少女も後をついていく。


 建物に入ってすぐは、ロビーのような作りになっており、たくさんの人が受付に並んでいたり、待合室で座っていたりする。


 彼はその中でも群を抜いて存在感を放っていた。


 彼は何もいわず、受付に並ぶ。


 割と人のはけはよく、彼の番はすぐに回ってきた。


「いらっしゃいませ、アウローラ総督府です。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢は彼の身なりに多少目をしかめたが、いつも通りの接客をする。


 彼は答えた。


「ネグレドに呼ばれてきた。繋いでくれ」


 口調は温和であるのに、思わず、イエスと答えたくなるような、凄みのある声だった。


 受付嬢は、その凄みに青ざめながらも、自分の仕事を全うする。


「ぞ、属州総督ですか? アポはお持ちで?」


「いや、ないが、ジェミニといえばわかるだろう。もっとも、すぐに気づいて降りてくるだろうが」


「は、はあ・・・・で、ではお繋ぎしますね」


 必死に受付嬢は対応をする。


 ネグレドとは、この建物で最も身分が上の者―――『アウローラ属州総督』の名だ。

 アポなしで会えるとは思えないが、しかし、何としても繋がなければならない―――でないと自分はこの男に――――。

 そう思わせるほどの凄みが、男にはあった。 


 しかし、すぐにその必要はなくなった。


「――――元帥閣下!! お久しぶりでございます!!」


 階段から、朗らかな声が聞こえてきた。

 現れたのは老人だ。


 少し赤みがかった白髪の目立つ、小柄な老人だが――、


「あ、総督。ちょうどこの方が総督に用があると・・・・」


 助かった、とばかりに受付嬢が言った。


 そう、この老人こそアウローラ属州総督ネグレド。

 受付嬢の上司にして、この都市、この地方、全ての統治を担う男だ。 


「ああ、わかっておる。悪いがワシはこの方と話がある。執務室にはしばらく誰も入れるな」


 ネグレドは受付嬢にそう言うと、ジェミニと呼ばれた男性を連れて階段を上がって行った。

 剣を背負う少女も、彼らの後へついていった。


 ―――――それにしてもジェミニって、どこかで聞いたことあるわね。


 彼らの去った後を見ながら受付嬢はそう思ったが、それ以上は何も考えなかった。


 そしていつもの業務に戻るのであった。


● ● ● ●



「この度ははるばるありがとうございます。まさか、閣下自らお越しいただけるとは、このネグレド、感銘の極みです!」


 アウローラの総督用執務室で、2人の男性が対面して座っている。

 異様なのは、その男の内の片方、白髪の長身の男の傍らに、この場に似合わない少女がいたことだろうか。


 しかし、男たちは2人とも、そのことに触れはしない。 


「いや、大分急いでいたようなのでな。手紙だと情報の漏洩の可能性もある。それに、旅は楽しい」


 白髪の長身の男、ジェミニは薄ら笑いを浮かべる。


「いやはや、恐れ入ります」


 ネグレドは畏まったように頭を掻く。


「それと、閣下はやめてくれ。俺は引退した身だぞ」


「はは、ワシにとって元帥はあなただけでございますよ、ジェミニ殿」


「ふん、今では貴様も閣下と呼ばれる地位だろう? 属州総督殿よ」


 属州総督とはこのアウローラで最も地位の高い者のことだ。

 属州を統治し、支配し、運営し、時には軍を率いて守る。優秀な人間でなければ務まらない。


 執政官などを何度も務め、実績のある人間が、首都から送り込まれてくる。

 非常に重要な役職だ。


「ご冗談を。何度執政官を務めようと、どれほど広い土地を治めようと―――《軍神》を超える地位は地上に存在しないでしょう」


 ネグレドは大真面目な顔で答える。

 

「はっ、それは一本取られたな」


 ジェミニは笑う。


 ――――《軍神》。

 大陸最強の8名の総称、『八傑』の中で――――最も強く、最も古い。最強最古の称号。それが《軍神》


 そう、彼こそは『軍神ジェミニ』。

 その逸話は数知れず、英雄にして最強の八傑。


 彼に歯向かう者などこの世に存在しない。

 歯向った瞬間、この世からいなくなるのだから。


「それにしても、中々の発展だ。数年前に来た時よりだいぶ開発が進んでいるな。もう首都と比べても遜色ないだろう」


 ジェミニは道中の商店街や学校を思い出しながら言う。


「ありがとうございます。ワシも頑張って来た甲斐があると言うものです」


 ネグレドはしみじみとした顔で返す。


「人材も充分集まっているようだ。先ほどの受付嬢も気に入った。中々肝が据わっている。夜に俺の部屋へ寄越せ」


「はあ、別に構いませんが・・・・よろしいのですか?」


 そこで初めてネグレドが、ジェミニの傍に佇む少女へ目をやった。

 灰色の髪の少女は微動だにしない。


「構わん。これは置物のようなものだ」


 ジェミニは一瞥もせずに答える。


「そうですか。ですが、あまりうちの職員を苛めないよう、お願いしますよ」


「くく、心配するな。可愛がってやる」


 そう言って、ジェミニは出された紅茶を口に運ぶ。


「それで――――」


 ひと息つき、前置きもそこそこに、と言う顔でジェミニが金色の目を光らせた。


「―――わざわざ俺を呼ぶとは、どうした? 東部の騒乱は既に収まったと聞いたが」


「はい」


 ネグレドも口につけた紅茶をテーブルに置き、話し出す。


「―――おそらく、数年後、この国を――――ユピテル共和国を二分する、大規模な内乱が起こります」


「ほう」


 ジェミニの目尻が上がった。

 内乱。

 しかも国を二分する内乱というのは、つい最近起こった東部の紛争など、全く問題にならないほどの大事だ。


「元々―――予兆はありました。現在この国は、非常に不安定な状態です」


 ネグレドが語りはじめた。


「ユピテル共和国は、かつてないほど大きな領土を誇る大国となりましたが、その大きさに耐えうるほどの機構ができておりません」


 近年、ユピテル共和国は、大牙海を制し、史上稀にみる大国へと成長した。

 しかし、属州が増え、人口が増えたことによってさまざまな問題が発生している。


 例えば、元々の国民は、新しくできた属州民の権力拡大を恐れる。

 特に、経済的に見れば、農作物を安く育てることができる属州の発展によって、食物の大きな価格暴落が起き、今までユピテル共和国を支えていた農作人たちが食い扶持を失くしている。


 そのような問題について、民衆は元老院―――――国の統治機構に対策を求めるが、元老院にそれを実行するほどの統制能力がなくなりつつある。なにせ元老院は大きく二つに割れていた。


 民衆派と門閥派の対立だ。

 民衆の要求を聞いて、それを実行しようとするのは民衆派の議員だが、門閥派はそれを良しとしない。

 彼らは対立し、元老院の意見が統一されることはない。政治的に停滞してしまうのも仕方のない話だ。


 そうして、最終的に民衆が頼ったのは、ユピテルを制御するはずの元老院という『機構』ではなく、一部の、実務能力を持ち、結果を出すことのできる『個人』だ。

 それは、軍人・政治家・魔導士を問わない指導者である。


 民衆の支持を集めた『個人』は勢力を拡大させた。


 もしも元老院が、土地の再分配や、関税の見直しを属州に指示したとしても、既に力を付けた個人である属州総督はそれを突っぱねることすらできる。

 民衆の支持を集めた執政官は、元老院の決定を破棄することもできる。


 そして待ち受けるのは、民衆の煽りを受けた『個人』による『国家』へ向けた反乱―――――。


 まだまだ、内乱の『芽』は出ていないが、近い将来、確実にどこかで戦が起こる。

 そうネグレドは予感していた。

 あるいは昨今起こった東部の騒乱は、その前兆なのかもしれない。


 と、ここまで説明して、ネグレドは気づいた。

 目の前の男―――ジェミニがとてもつまらなさそうな顔をしている。


「―――俺に政治は分からん。捨て置け」


 ため息をつきながら、ジェミニが一蹴した。


 そうだ。目の前にいるこの男は、政治家ではない。生粋の軍人―――いや、戦士だ。


「重要なのは、誰が、誰と、どこで、どう争うのかという話だ。下らない前座も、その後のことも俺の知るところではない」


 金色に煌めく眼光を細めながら、ジェミニが言った。


「はあ、閣下は・・・・そうでありましたな」


 ネグレドは思いだすように呟き、そして仕切り直す。


 なぜ、戦乱が起こるのかなど、この人に説明したところで意味はない。

 話すべきは、誰がこの舞台に上がってくるのか、ということだ。


「おそらく、反乱の首謀者となるのは―――西の雄ラーゼン。若く、狡猾で、常勝。政治手腕にも長け、民衆の人気も高い。彼自身に野心があるかは知りませんが、彼を支持する国民によって、矢面に立たされるでしょう」


 ラーゼンは上級貴族でありながら民衆派につき、かつ軍人からも多くの支持を集め、おまけに執務能力すら高い。

 もしも、民衆の旗頭として持ち上げられるとしたら、彼以外にあり得ないと、ネグレドは睨んでいた。

 むしろ、彼以外ならば、問題にすらならない。


「ふむ、ラーゼン・ファリド・プロスペクターか。確かまだ征服してもいない土地の属州総督に任じられたな。カルティアだったか」


「はい。とはいっても、奴は自らカルティアの平定を願い出ましたから、よほど自信があるのでしょう」


「そうだろうな。そして、もしラーゼンが兵を起こすとして、その反乱に相対するのは? まさか元老院にそれほどの力はあるまい」


「皆まで言わずともお判りでしょう。元老院が―――門閥派が、ラーゼンに攻め立てられ、逃げ延びてくるのは東方。そして、首都の東方にはアウローラ・・・・間違いなくワシに泣きついてくるでしょうな」


 ネグレドが苦笑する。

 そのとき元老院に―――つまりはヤヌスに、ラーゼンに対抗できるような将軍も、軍隊もないだろう。

 元老院の議員や、門閥派の貴族は、ヤヌスを逃げ出し、東に逃げるしかない。なにせラーゼンは西のカルティアから攻めてくるのだ。

 そして、元老院と門閥派は、東の有力な属州―――アウローラを、そしてその属州総督ネグレドを頼る。


 察したようにジェミニが言う。


「それはそうだろう。ネグレド・カレン・ミロティックといえば、云わずと知れた知将。数少ない大戦の経験者であり、執政官すら歴任し、アウローラを見事に治め―――そしてなにより、誰よりも共和国の伝統に忠実な男だ」


 ネグレドは、伝統を重んじるカレン一門。

 門閥派であり―――なによりも元老院による統制を信じている男だ。

 

 逃げてきた元老院と門閥派が頼るのも当然だろう。  


「閣下におだてられると、不思議とお世辞に聞こえませんな」


「俺は事実しか言わん」


 ふっ、と笑うジェミニに対し、ネグレドはまだ苦い顔をしたままだ。


「そう言っていただけるのはありがたいですが――――しかし、おそらくワシに―――ラーゼンを打倒することはできますまい。民主制の国家において、民衆が味方に付かなければ意味はない。いくらワシに元老院という機構と門閥派貴族―――権力者が付いたとしても、それに国家としての大儀はないのです」


「そう思うならば、戦わなければいいだろう。むしろ大手を振ってラーゼンを支持し、元老院の奴らを差し出せばいい」


 冷静な顔で問うジェミニに、ネグレドは首を横に振る。


「―――そうは行きません。個人の力によって元老院が滅び、国の機構が無くなった先に待っているのは、個人による『独裁』です。特に、個人の力によって成し得た統一の結果ならば、間違いないでしょう。ラーゼンにその気があってもなくても関係はありません」


「仕方がないだろう? 民衆が『独裁』を望んだのだ。行き詰った民主共和制などよりも、一個人の実力に全てを委ねたほうが、時には良い選択となることもある」


 ジェミニが言った。

 もしもラーゼンが元老院を打ち倒し、ユピテルに覇を唱えた場合、待っているのは確かに独裁かもしれない、しかし、きっとそれは、今の元老院による停滞した政治よりは優れたものだろう。


 しかし、ネグレドは再び首を横に振る。


「確かに状況は打破できるかもしれません。楽かもしれません。優秀な一個人にゆだねれば、国は、より栄え、繁栄するかもしれません」


 一瞬、言葉を切る。


「しかし、もしもその個人が死んだとき、次の権力者はどうでしょうか? その次は? さらにその後は? 誰しもが優秀でしょうか? 誰しもが人格者でしょうか? そんなことはありません。一個人の能力にゆだねられた集団は、個人が間違えれば、もしくは倒れれば、一瞬で綻び、滅んでいきます。それは―――歴史が証明しています」


 かつて、大陸中に覇を唱えた大国『イオニア帝国』は、圧倒的な軍事力と皇帝のカリスマで瞬く間に、周辺諸国を滅ぼし、統一した。

 しかし、周りに敵がいなくなった瞬間、皇帝という地位を巡る皇族同士の争いにより、内側から徐々に崩壊をはじめ、ついには、たった8人によるクーデターによって倒れていった。


「だから、ユピテル建国の英雄オルフェウスは、共和制を布いたのです。長く、広く繁栄するように。そして、もしも国が間違った選択をしても、それが誰のせいでもない、国民の選択と分からせるために」


 ネグレドの言っていることは、多くのユピテルの知識人――――歴史を学び、ユピテルを愛する貴族階級の主張と概ね等しい。

 確かに、一部の上級貴族は、その歴史と財力を鼻にかけ、下級貴族や平民を無下に見ることも多い。

 だが、門閥派の大半の貴族や為政者は、ただ単に権力を振りかざしたいわけではなく、真に愛するユピテルという国の未来を憂いているのだ。

 たとえ衆愚でも、たとえ寡頭であっても、元老院という、民主制の根本を、守り抜かなければならない、そう考えているのだ。


「だから、ワシは戦います。この国の、大儀を守るために。この国の、未来を守るために―――」


 ネグレドの話は終わった。


 前座に興味はないと言いつつ、ジェミニは少し興味深そうに、ネグレドを見据えている。


「貴様の言い分と、決意は分かった。しかし、どう戦うつもりだ? 先程、部は悪いと言っていたが、無策というわけでもあるまい」


 とはいえ結局のところ、ジェミニの興味は戦いに向く。

 彼が注目したのは、ネグレドが自分で、勝てない戦をする、と宣言したところだ。


 仮にもネグレドは知将と呼ばれた歴戦の将軍であり、その点についてはジェミニも認めるところである。

 そんな男が、ただで負ける戦いをするとは思えない。


「もちろん、勝算はある・・・・と言いたいところですが、そうも言っていられなくなりましてね」


 しかしネグレドは、額に汗を掻きながら答える。

 まるで、不測の事態が起こったかのような言いようだ。


「簡単に言えば、時間が足りなくなった、と言いましょうか」


「話せ」


 ジェミニが静かに催促をする。

 詳しく、しかし簡潔に説明しろということだ。


「仮想の相手をラーゼンとしたとき、彼がカルティアを平定するのに、まず数年かかります。しかし、平定してしまえば、ラーゼンは大きな拠点を手に入れるうえ、民衆の人気も最高潮に達し、彼の掌握する軍団も、精強なものとなっているでしょう。その時点で首都を抑えられては、東方―――アウローラに対抗することはできません。なにせアウローラは未だ発展途上です。都心は栄えてまいりましたが、ラーゼンに対抗できるような軍団を整えるのに、10年程度はかかるでしょう」


 ラーゼンがカルティアへ引き連れていったのはユピテルの本国の軍隊だ。改めて訓練する必要もない。

 対して属州軍は、ネグレドがアウローラに赴任してから少しずつ整備してきたもの。

 たった数年で、本国の軍に対抗できるほどの、数も質もない。


「そこで、ワシは内乱の勃発を遅らせるために、1つの策を打ちました」


「聞かせろ」


 ジェミニが待っていたとばかりに、口角を上げる。

 策というのは、戦う事しかしないジェミニにとっては理解できない―――そして興味深い戦略だ。


「ラーゼンの妹を、妻として娶りました」


 ネグレドが言った。


「―――なるほど、貴様らしいな」


 つまりは、婚姻による同盟だ。

 伝統的に、ユピテルでは貴族間の婚姻によって同盟や友好を示す場合がある。


 もちろん、妻と言っても後妻で、ネグレドにとっては3人目の妻だが、前の2人は既に死んでいるため、正妻として真っ当に迎え入れたといえよう。しかもここ最近の話ではなく、3年ほど前のことだ。


 ネグレドは、戦乱を予測し、自ら婚姻を結ぶことによって、ラーゼンと友好を深め、敵対する理由を失くしたのだろう。

 言い方は悪いが、妻を盾に、ラーゼンの進軍を遅らせることもできる。

 少なくとも何かしらのカードにはなるだろう。

 

 ―――ラーゼンが内乱の主格となるかなどわからないのに、よくやる。

 

 と、ジェミニは思う。

 そもそも、内乱が起こるかどうかさえ、ジェミニに真偽はわからない。

 ネグレドは確信を持っているようだが―――。


「しかし」


 ネグレドの顔は優れない。

 その後に続く言葉は、ジェミニの驚きを買うのには十分だった。


「ライラ―――ああ、妻の事ですが。彼女が、つい最近、病に倒れました。不治の病です」


 ――――不治の病。

 治らない病気はいくらでも存在するし、病を発症するのは珍しい事ではない。

 貴族だからといってかからないわけではなく、運が悪ければ、歴戦の戦士でも流行り病でコロっと死ぬこともある。


「体が徐々に石のように固まっていく病気です。治癒魔法で発症を遅らせてはいますが・・・・・持って3年、早ければ1年半、といったところでしょうか」


 3年。

 それが何を意味するか、ジェミニにも分からぬことではない。

 

 悲痛な顔をしながら、ネグレドが言った。


(ライラ)が死ねば――――ワシとラーゼンの盟約も期限切れ。カルティア平定が終わり次第、ラーゼンがワシを攻めるのに、止まる理由はなくなります」


 カルティアを平定させ、民衆の支持と、精強な軍を持って首都に攻めこんできたラーゼンを、たった数年の準備をしたアウローラで止めることはできない。

 つまり、(ライラ)の死は、アウローラの―――ネグレドの―――元老院の敗北と同義だ。


 ネグレドが正面をみると、ジェミニの顔は、ひどく獰猛に笑っているようにみえた。 

 金色の目が、これまで以上に鋭く光っている。


 ジェミニが口を開いた。 


「ようやく、理解した。貴様が俺を呼んだ理由が」


 その言葉に、ネグレドは冷や汗をかく。 


 そう、ここまでは全て―――それこそ前座に過ぎない。


 本来の目的は、ここにいる目の前の男――――。


 個人で1つの軍を相手取ることができるほどの力をもった、《軍神》を勧誘するための理由付け。


「―――はい。もう、ワシには―――貴方に頼るしかなかった」


 ネグレドの持てる知略と戦略。人脈と権力。全てを総動員しても、目の前の男に頼るしか、もはや勝つ方法はなかった。   


「《軍神》ジェミニ殿。どうか、この老骨に力を貸しては下さらんだろうか」


 ネグレドは、頭を深く下げた。

 

 それに対し、ジェミニは、すぐに言葉を返す。


「―――負ける戦に、手を貸すメリットがあるのか?」


 顔を上げると、ジェミニは、やけに機嫌のいい笑みを浮かべている。

 これは、あくまで常識的な返答をして、楽しんでいるだけだ。


 ―――よかった、もうこの方の答えは決まっている。


 そう思いながら、ネグレドは言った。


「御冗談を」

 

 軍神に助力を請うというのは、負ける側であるからこそできる行為だ。

 だから、この段階まで、ジェミニを呼ぶことをしなかった。


「負け戦を、勝ち戦にするのが、《軍神》でしょう?」


 そう、それこそが《軍神》。

 圧倒的強者にこそ、《軍神》は挑む。

 そして必ず勝利する。


「くく・・・はっはっは!!」


 ジェミニが(わら)った。

   

「―――いいだろう。貴様に付いてやる。精々俺を、上手く使うんだな」


 その顔は、ひどく無邪気な―――新しい玩具を見つけた子供のような顔だった。

 この男にとって、国の行く末や、政権の主義など取るに足らない沙汰だ。

 彼にとって意味を持つのは、自身の強さと、相対する者の強さ。ただそれだけだ。


 彼の前に戦いを用意し、相手が強くて倒せない。力を貸してくれと言えば、喜んで軍神はその力を貸す。

  

「はは!! ありがとうございます!!!」


 ネグレドは再び頭を下げる。

 その顔には安堵の色が出ていたが、無理もないだろう。


 なにせ、軍神を味方につけると言うことは、戦争に勝つと言うことなのだから。


 この日行われた会合は、世間に公表されなかった。


 だが、この日のこの数分間のやりとりが、この世界の今後を大きく左右する出来事であることを、人々はまだ知らない。




・元老院→投票で選ばれる国政機関。めっちゃ権力持ってたけど、門閥派と民衆派の対立のせいで、何も決めれなくなって、誰かがかじ取りをしないと、統制力が皆無になります。立候補は富裕層じゃないと厳しいので、貴族がほとんどです。一部の役職の経験者は自動的に次の議席が与えられるけど、他はちゃんと選挙するので、意外と皆きちんと考え、責任を持って発言しています。


・門閥派→元老院という、民主制の統治機構が権力を持ち続けるべきだと思っています。別に民衆を虐げたいわけではなく、むしろ、現在の機構が壊れない程度には要求を受け入れているつもりです。ただ、民衆派の台頭は危惧しているので、時々裏から手を回して失脚させています。


・民衆派→積極的に民衆の意見を取り入れ、法案を通そうとしています。元老院の権力を、民衆に分散させることも厭わない過激派です。下級貴族や平民の軍人上がりが多く、権力があまりないのでよく失脚します。



 民衆派が徐々に増えていったために、元老院の権威は落ちていき、指導力を失くしていきました。

 その結果民衆は、そんな中でも国を動かしていける指導力のある個人を求めています。


 ラーゼンは、元は民衆派だと珍しい上級貴族出身。メキメキと頭角を現すと執政官となり、見事な手腕でいくつかの国内問題を解決し、民衆からも多くの人気を得ます。しかしその手腕と人気を門閥派に危惧され、強引に失脚させられそうになったので、カルティア遠征に逃げました。



 世界史を学んだことがある人はわかると思いますが、ユピテル共和国はある国をモデルにしています。

 もちろん作者はニワカです。


 ジェミニについては、また出てくるので、その時に詳しく書くと思います。めっちゃ強い人です。


 読んでくださりありがとうございました。


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