第27話:VSラトニー
エトナ失踪編の佳境にして、今後の伏線がいっぱい出てきます。
エドモン邸の屋内は明かりは付いておらず、窓も雨戸まで閉めてあり真っ暗だ。
照明魔法を使いながら、《身体強化魔法》をかけ、屋内を駆け巡る。
先ほどの声からして入口から近い部屋にはいないはず。探すなら奥からだ。
「エトナ!! いるのか!!」
俺は大声を出しながら走る。
部屋から部屋へ、廊下から廊下へ。
「クソ!! なんで貴族ってのはこんなに家が広いんだよ!」
俺は縦横無尽に屋敷を駆けていた。
すると―――。
「大広間か?」
走り回っていると、とても開けた広い空間に出た。
あまりの広さに、自分の周りしか様子が確認できなかったため、俺は大規模な照明魔法を使い、空間を丸ごと照らした。
「――――っ!?」
――――いた。
大広間は50メートル四方はあろう空間。
正面には壇上があり、中心には石像が置かれている。あたり一面はレッドカーペットだ。
その壇上の上に、いた。
「――――エトナ!!!」
「んーーー!! んーーー!!!」
エトナは猿ぐつわをされて声を出せないようだ。
手と足も縛られた状態で壇上に横たわっている。
壇上には、エトナの他に二人。
壇上の椅子に座る紫色の髪の少年と、その横に立つ青ローブを纏う水色の髪の少年。
「うるさいな、もう黙ってなよ。君は彼を呼ぶためだけの餌なんだ」
そういうと青ローブの少年はエトナになにやら魔法をかける。
―――無詠唱だ。
「んーーー!っ・・・・・」
エトナはそのまま意識を失ったように、バタっと倒れた。
「貴様!!」
「あー気絶させただけだって。うるさいからね」
少年は陽気に言い放つ。
気絶させただけ?
信じられるか。
こいつは――――この水色の髪の少年こそ、俺が感じていた魔力の根源。
禍々しいほどの、悪意の感じられるほどの―――魔力。
「――――アルトリウス・ウイン・バリアシオン」
すぐに、椅子に座る方の少年がこちらに話しかけてきた。
「僕はエドモン・ダンス・インザダーク。ようやく会えたね」
どうやらというか、案の定座っているほうがエドモンのようだ。彼からは―――別に何も感じない。
「そうか、お前がエドモン・・・・・エトナをさらったのか?」
「愚問だね、バリアシオン君、彼女こそ、君をおびき出すのに最も適しているだろう」
エドモンは、表情を作らずに答える。
「こんなことをして、どうなるか分かっているんだろうな・・・」
「―――っ! 問題ないさ。彼が全て何とかしてくれる」
エドモンは多少こめかみに筋を浮き上がらせるが、すぐに隣の少年へ視線を動かす。
「彼?」
「エドモン、そうやって僕に責任を押し付けるのはやめてくれるかな」
先ほどエトナに失神の魔法をかけた水色の髪の少年が、半笑いしながらこちらを見る。
「――――っ」
その冷めた笑いに、思わず体が震えた。
こいつは身体中から、寒気のするようや魔力を放出している。
「まあ、アルトリウス・ウイン・バリアシオンはこういう風に死ぬ運命だからさ、悪く思わないでくれよ」
そういうと彼は気味悪く笑う。
「俺が死ぬ?」
どういうことだ?
「ああ、そういう風に決まっているんだ。じゃなきゃこんなに面倒な方法取らないし、ここまで演出にも拘らないね」
意味がわからない。
話の通じない何かの宗教の信仰者だろうか。
「俺が死ぬことと、エトナを誘拐すること、何が関係するんだ?」
「さあ、そんなことは知らないけど。でもそう決まっているんだ。このメンツをここ集めて、君が死ぬ。あんまり何度も同じことを言わせないでくれよ」
少年は頭をかきながら言う。
だめだ、話が通じない。頭がおかしい人種のようだ。
話が通じないなら実力行使するしかないか?
冷静に考えろ。
頭を冷やせ。
あちらは2人。
配下のエドモン一派が出てくるかはわからないが、これ以上増える前に先手を打つ必要があるんじゃないか?
俺は―――実戦経験こそないが、そんじょそこらの同年代に、戦闘力で引けを取る気はない。
少年の不気味な魔力は気がかりだが・・・・。
とにかく、向こうの手にエトナがいると言う状況は非常にまずい。
まずは先手をとってエトナを救出。
加速魔法を使って全力でこの場から離脱し、警備隊に通報。
これが今の俺の最優先事項か。
「何を1人で考え込んでいるんだバリアシオン。今から――――」
エドモンが何か喋っていたが、俺は構わず行動を起こす。
《閃光魔法》!!!
「―――なっ!?」
悲鳴が聞こえた。
イリティアとの模擬戦でも使った目くらましの魔法。
隠れた仲間がいるといけないので、大広間全体に発動させた。
そしてすかさず《加速魔法》をかけて、エトナのいる壇上に矢のように飛んだ。
「もうー、油断しないでよね」
「―――っ!!」
しかし、言葉とともに、エドモンの隣に立っていた少年が俺の行く手を阻む。
閃光魔法を防御したようだ。
「どけ!!!」
俺は風刃を少年めがけて打ち込む。
「あーもうめんどくさいなぁ」
そういうと少年は左手を前に向ける。
すると、少年に届くはずだった風刃は、少年に届くことなく、その場で消滅してしまった。
「――――魔力障壁!?」
いや、だが、中級魔法を魔力障壁で防ぐなんて当然のことだ。
「―――おおおおお!!」
俺は叫びながら続けざまに風刃と氷槍と炎槍を飛ばす。
「だから、めんどうだって」
少年の左手の前で、俺の魔法は霧散する。魔力障壁だ。
そして少年は右手をこちらに構える。
――――遠距離魔法か!?
俺は魔力障壁を展開していない。速さを優先したからだ。
今ここで魔法を食らうのはまずい。
俺はひとまず床を蹴り、後方へ退避する。
「はい、終わり」
「―――?」
少年はそう言ったが、前に向けた右手から魔法が発動される気配はない。
―――ブラフか?
そう思った矢先、
――――ガン!!!
脳天をつんざくような音が聞こえ、頭に強い衝撃を覚える。
即座に振り向くと、
「ミスワキ―――」
ミスワキだけではない、おそらくエドモンの一派と言われる人間が、俺を後ろから取り押さえていた。
ドン!!!
「がはッ!!」
俺は地面に押さえつけられる。
ダメだ、頭が痛い。魔法がうまくイメージできない――――
「いやー危なかったねー。まったくエドモン。その女は君の切り札なんだから大事にしなきゃダメだよ」
少年は再び壇上に戻ると、ようやく閃光魔法から回復したエドモンに話しかける。
「ふ、油断したよ。閃光魔法か。助かったよラトニー」
「うんうん、まあこれが僕の役目だからね。じゃあ後は君が彼を殺すだけだよ」
「あ、ああ」
そう言いながら2人はこちらの方へ歩いてくる。
俺の体は動かない、体をエドモンの一派に取り押さえられている上に、頭がガンガンと唸っていてまともに働かない。
エドモンは俺の目の前に来ている。
「―――ラトニー、どうしても殺さなければダメかい?」
「ああ、ダメだね。これも決まっているんだ。エドモン・ダンス・インザダークがアルトリウス・ウイン・バリアシオンを殺す。今日、ここでね」
「そうか・・・・・そうだったね」
どうやらエドモンは俺を殺すことをためらっているようだ。
それにしても、このラトニーと言われた少年はさっきから俺が死ぬことが決まっているだの、しかもそれを実行するのはエドモンだの、何を意味わからないことを言っているんだ?
「何を戸惑っているんだい? 彼を殺したいと思ったから僕を召喚したんだろう? さあ、やるんだ」
「しかし、殺すというのは――――そうだ、この場で忠誠を誓わせるというのはどうだ?」
「それでは意味がないんだ。さあ早く。殺した後のことも心配しなくていい。僕の魔法を使えば、君の経歴に傷はつかない」
意味がない?
どういうことだ?
そもそも、こいつは何者だ?
見た目は俺より少し上くらいにしか見えない。どこで無詠唱を学んだんだ?
「ダメだよ・・・・僕には人を殺すなんてできない、誘拐だってラトニーが勝手に攫ってきたんじゃないか」
エドモンがラトニーに反駁している。
ひょっとしたらエドモン自身は悪人というわけではないのかもしれない。
「――――できないっていうのは、困るんだよなぁ」
「しかし・・・・」
「しょうがないね」
そういうとラトニーはエドモンに右手をかざした。
「―――お、おい、ラトニー、僕には使わないって言っていたじゃないか」
エドモンの声が震えている。
「仕方がないじゃないか。君がやらなきゃ困るんだ」
そしてラトニーはひとこと、命令した。
「『アルトリウスを殺せ』」
「うっ!?」
エドモンの体は、一瞬硬直し―――
「はあ・・・・はあ・・・・殺す・・・・僕は・・・」
ゆっくりとした動きで、エドモンは自身の懐から短刀を取り出した。
――――まさか服従魔法!?
それは、《服従魔法》。この国の魔法書からは失われた《失伝魔法》。
人の意思と尊厳を捻じ曲げ、相手を思うままに操る最悪の魔法だと、教科書には書いてある。
「はあ・・・・僕が一番なんだ・・・・僕が・・・・」
鼻息を荒げながらエドモンは短刀を俺の首筋に当てる。
――――ここで死ぬのか?
俺は―――こんなわけのわからないところで死んでしまうのか?
折角第二の人生が得られたのに、また俺はナイフに刺されて命を終えるのか?
まだ何もしていないのに――――
そう、思ったとき。
「《風撃》!!!!!」
詠唱が、聞こえた。
「うごぉ!!」
聞こえるうめき声と共に、体が軽くなるのが分かった。
気づくとエドモンは遠くの方まで吹っ飛ばされていた。
「―――――《風撃》!!」
「ぐはぁ!!」
続いて、俺を取り押さえていたエドモン一派も全員吹っ飛ばされていた。
なんだ? 警備隊か? それにしてもこの声、この魔法、聞き覚えがある。
「バリアシオン、動ける⁉︎」
ああ、そうか、彼女が来てくれたのか。
「――――助かったよミロティック」
ヒナ・カレン・ミロティックだ。
俺はヒナの手を借りて立ち上がる。
「貴方、頭から血が出てるわよ!?」
ヒナが驚いたように俺に向かって言う。
言われて自分の頭を触ると、なるほど後頭部から血が流れている。
痛みで動けなかったわけだ。
「ミスワキ君に1発貰ってしまってね―――――よっと」
俺はなんとか自分で頭に《治癒魔法》をかける。
血を流し過ぎたせいか、全身は気だるいが、痛みは引いた。まだ魔法は使える。
「そう、状況は?」
ヒナは心配しつつ、こちらをみていない。
視線の先には少し先で横たわるエドモン一派と、興味深げにこちらを見る青ローブの少年だ。
流石、判断能力が半端ないな。
「人質にエトナ。敵はエドモンと複数名。目的は俺の殺害。あそこにいる水色の髪の奴の魔力障壁は鉄壁で、おまけに服従の魔法を使ってくる」
「絶望的な状況ね・・・・」
まさにその通り、《失伝魔法》を無詠唱で扱う化け物を、人質を取られた状態で相手をするなんてバカげている。
にしても当のラトニーに動きはないが―――。
さて、どうする?
● ● ヒナ視点 ● ●
ヒナは内心焦っていた。
途中まで帰ったものの、やっぱりアルトリウスが心配になって戻ってきた。
自分でもよくわからないが、戻った方がいい予感がした。
すると、アルトリウスは殺される寸前だった。
必死になって詠唱を唱えた。
アルトリウスは頭から血を流していた。
とてもじゃないが魔法が使えるような体には見えない。
そして、目の前には、聞いたことのないような魔法を使うという青ローブの少年と、学校でも優秀だと言われるエドモン一派。
それらがアルトリウスの命を狙っている。
自分の尊敬するアルトリウスが、ここまで追い込まれるような状況。
おまけにエトナという人質まで取られているのだ。
アルトリウスは血を流し過ぎたのか、顔色も悪い――――。
どうするか。
そう思っていると、青ローブの少年が口を開いた。
「ヒナ・カレン・ミロティックか―――なんで君がここに来るのかな? いや、そもそも現時点で君たち二人に交流がある時点でおかしいんだけどな・・・・・」
青ローブの少年は、アルトリウスが頭を治療している間、1人でつぶやきながらこちらを興味深げに観察していた。
「まあでも――――もうどうにもならないかな・・・・なにより僕を呼び出したエドモンが、アルトリウス・ウイン・バリアシオンに対する殺意を持っていない。これじゃ、色々と無理があるね・・・・・」
呟くような少年の言葉に、アルトリウスが反応する。
「呼び出されたって――――お前はいったい何者だ? 召喚魔法は失われた魔法のはずだが・・・・」
「あーそれは君らの話だろう? 僕の故郷には召喚魔法なんて丸々残ってるさ。むしろ召喚させる魔法もある」
ヒナは召喚魔法には詳しくない。
というか、そんな魔法がある事も今知ったレベルだが、隣にいるアルトリウスは大きく目を見開いている。
「召喚――――させる魔法だと!?」
「ああ、そうさ、今回僕もそれを使ってここにきた。エドモンの意思を媒介にね。まあ彼の意思は、殺害ではなく屈服だったみたいだけど」
「そんなことが・・・・」
アルトリウスは信じられない、と言った顔で愕然としている。
「できるのさ。僕らは調停者。世界の調停者だからね」
「世界の調停者?」
「いや―――多少話し過ぎたね。それにしてもアルトリウス・ウイン・バリアシオンはここでエドモン・ダンス・インザダークに殺される決まりだったんだけど・・・・・・君は本当にアルトリウス・ウイン・バリアシオンなのかな?」
ニヤニヤとしながら少年が尋ねた。
「・・・・・それ以外になにがあるっていうんだ」
答えるアルトリウスの顔は先程にも増して青い。
やはり、血を流し過ぎたのだろうか。
「なんてね、冗談さ。――――とにかく君を今日エドモンに殺させることが出来ないなら、僕がここにいる意味はないね。失礼させてもらうよ」
薄笑いを浮かべながら、少年は言う。
「逃すと――――思うのか?」
「ああ、今の君ごとき―――まあ予想よりは強かったけど、今の君らから逃げるなんて、赤子の小指を捻るくらい簡単さ」
「それなら、やってみせるんだな!」
そう言ってアルトリウスはノータイムで《風刃》を放つ。
とんでもない発生速度だ。
ヒナには到底まねできない。
「――――僕の名前はラトニー。世界の規律を守る大罪の使徒。もしも君が『特異点』なら・・・・・また会うことになりそうだ」
ラトニーと名乗る少年は、アルトリウスの風刃を意に介さず、話し続ける。
心なしか彼の体は半透明になったように見える。
「じゃあ、エドモン、君との契約は切らせてもらうよ。悪いけど、約束していた『アフターケア』は破棄だ。その代わり契約料も貰わないから、感謝するんだね」
ラトニーは後ろで呆然としていたエドモンに言い放つと、そのまま消えてしまった。
バンッ!!
アルトリウスの放った風刃は、ラトニーの後ろの壁に命中した。
「・・・・消えた?」
どうやら逃げていったようだ。
ヒナはその時点で一瞬気が緩んでしまったのだが、アルトリウスは間髪入れずに吹っ飛ばされて伸びていたエドモン達に、容赦なく手刀をいれる。
全員もれなく失神していることを確認すると、あっという間にエトナの方に駆け寄っていた。
「エトナ! エトナ! ――――良かった、生きてるな」
首のあたりに手を当て、脈がある事を確認してアルトリウスは安堵のため息をつく。
「ミロティック、悪いが警備隊を呼んできて貰えないか? その間にこいつらに縄をかけておくから・・・・」
「――――わ、わかったわ!」
突然そう言われてビクっとしてしたが、重要な任務を言い渡されてしまった。
「済まないな。今度またこの礼は必ずする!」
この礼というのはさっき助けた事だろうか。それともパシらせる事だろうか。
「別にいいわよ、困った時はお互い様でしょ」
そういつも通りのセリフをいって、ヒナは警備隊を呼びに行った。
ヒナかっけえ。
エドモンは、下級貴族のアルトリウスの事は嫌いだし、妬ましいですが、一方的に殺してなんとも思わないほどのクズではありません。
前回もミスワキ君の呼び出しが不発に終わって、実は安堵している節があります。
本来は、臆病で、愛に飢えた、健気な少年です。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。




