第26話:突入
ユピテル共和国の首都ヤヌスにおいて、人攫いというのはほとんどみられない。
というのもヤヌスには常備軍が存在する。
基本的には1万の常備軍が存在し、非常時に備えているのだ。
しかし戦争のないときは彼らは暇を持て余してしまうため、普段は警備隊として首都の治安維持を守る役目を担っている。
常備軍―――つまり警備隊は非常に優秀で、首都から人攫いの密売組織などは彼らによって撲滅されたといっていい。
子供が出歩いても問題視されないのはそういう事情がある。
それでもヤヌスでは風習として、子供が出歩くときは奴隷の護衛をつけるということになっているのだが、学校に入学してからは護衛をつけないことが多い。
今回エトナも、1人で学校から帰っている間に攫われたようだ。
既に捜索願は出ていて、警備隊は総出で探している。
が、警備隊がいくら優秀と言っても探し出すのは難しいだろう。
そもそも首都に人攫い組織がない以上、探す当てがないのだ。
ヤヌスで稀に起こる人攫いは、外部の組織によることがほとんどだ。
その場合、警備隊に見つけることはできないことが多い。
外部には犯罪組織がごまんといるため、その中で特定の人間を探すのは困難なのだ。
俺もエトナを攫ったのは外部の人身売買組織か何かだと思っていた。
数少ないヤヌスにおける人攫いの犠牲者が今回たまたまエトナになってしまった。ということか。
ヤヌスの外―――都市の外に出れば、人攫いどころか、もっと物騒な組織なんていくらでもある。
小さな女の子なんて、そんな組織からしたら、金銀財宝と同じくらいの価値があるだろう。
なんにせよ俺は少なからずこのことに責任を感じていた。
俺は普段はエトナと一緒に登下校している。
しかし、最近はエドモンの件で俺は1人で帰るようにしていた。
気にせず俺がエトナと帰っていれば人攫いになんてあうことはなかったんではないだろうか。
「やけに元気ないわね」
授業中俺が常にうなだれていたようで、ヒナが声をかけてきた。
「まあわかるだろう? この10年間共に育ってきた幼馴染の1人が急にいなくなったんだ。しかもその責任の一端が俺にないとも言い切れない。やりきれないさ」
俺はため息をつきながら答える。
「幼馴染―――やっぱり付き合ってるわけではないのね」
「何か言ったか?」
「い、いえ、気持ちはすごくわかるわ。ただ、ちょっとおかしなことを聞いたからあなたに知らせておこうと思って」
「おかしなこと?」
「ええ、ドミトリウスさんが攫われたこととは関係ないかもしれないけど…」
「なんだ?」
「エドモンが学校に来てないわ」
「―――エドモンがエトナの誘拐に関係しているっていうのか?」
「そういうわけじゃないけど、なんか怪しいじゃない? そもそもエドモンがバリアシオンを狙ってたのって、ドミトリウスさんにフラれたからだって噂だし・・・・」
「――⁉︎」
なんだその話は・・・・初耳だぞ。
だが、少しそれで合点がいく。
エトナにフラれて、その恨みで、エトナとよく一緒にいる俺をつけ狙っていた、ということか。
「だが、いくら動機があるとはいえ、流石に10歳児が10歳児を誘拐なんて、そんなことがあり得るか?」
「まあ普通に考えればありえないわね」
そりゃそうだ。
10歳なんてまだまだ親の庇護下にあるような奴ばっかりだ。
「多分私の考えすぎね。いくらエドモンが節操なしでも、犯罪に手を出すほどバカではないでしょうし」
「そうだな」
でもなんだかんだ言って、俺はエドモンに会ったことがないからな・・・・。
この世界の学校の生徒数は、俺の前世の小学校や中学校の規模ではない。
どちらかといえば大学のそれに似ている。
エドモンと俺はクラスが違うが、それは前世の大学でいう学部が異なるのと同じようなものだ。
学部が違うと、同じ学校の生徒なのに全く会わない。
同じように、俺はエドモンと、すれ違ったことすらない気がする。
● ● ● ●
1週間が経過した。
エドモンは未だに学校に来ていないようだった。
それどころかエドモン一派の生徒たちが、1人、また1人、と、エドモンのように学校から姿を消していた。
10人を超えたところで、流石に生徒たちの間でも色々な噂が飛び交うようになった。
学校を乗っ取るためにクーデターを画策している、だとか。
俺を倒すために日夜修行している、だとか。
エトナの誘拐についても噂は出回っていた。
俺は行動を開始することにした。
「――――ミロティック、エドモンの家、どこかわかるか?」
「わかるけど・・・・行く気?」
「ああ、今回の集団休校について、あくまで噂でしかないがエトナの話も聞いた。一応確かめるだけ確かめようと思ってな」
「彼ら、表向きには、食中毒による発熱ってなっているわね、大方一派で同じものを食べて、みんな当たってしまったんだろうって教師たちは言っているけど」
「ありえない話でもないな」
食中毒はこの世界だとメジャーな病気だ。
衛生面から考えると俺の元いた世界と比べると程遠いものがある。
ウイルスの入ったものを食べて死んだ話などそれほど珍しくはない。
もちろんウイルスといった概念がほとんど存在しないから、もっぱらこの世界では対応できないみたいだが。病気にかかっても解毒魔法で何とかしちゃうことも多いらしいし。
「まあとにかく、場所がわかるなら案内してほしい、エトナはともかく、ミスワキの件もあるしエドモンとは話さなければなとは思っていた」
ヒナは快く引き受けてくれた。
彼女には世話になってばっかりだな。
● ● ● ●
首都ヤヌスは大きく5つの区に分かれる。
中心にあるのが、学校やメインストリート、元老院、官庁等主要な建物が並び立つ中央区。
そして、それを囲むように4つの区が東西南北に広がっている。
東区は俺の住む区で、有力氏族としてはクロイツ氏族が存在する。カインの家だ。
西区は反対側なのであまり行ったことはないが、ファリド氏が勢力を拡大させていた気がする。
南区はヒナのカレン氏が拠点にしていて、伝統的な遺産や神殿が立ち並ぶ。
北区は商業の中心街で、商店街が多く出ていていつでも賑わっている。他の都市からやってくる商人も、主に北区で商いを始める。
そのため北区出身の貴族には、商人出の者が多く、総じて金満貴族だ。
そのなかでも、金の力で四大氏族の一角とまで言われるようになったダンス氏は、全ユピテル最大の金持ちである、とも言われている。
そしてその名に恥じぬ通り、ダンス氏族の頭領、インザダーク家の私邸は立派なものだった。
石造りであることは他の家と変わりないが、その規模、サイズがまるで違う。ダンチだ。
俺の前世の建物と比べると、国会議事堂と同等規模だろうか。
門の装飾だけでも、その全てが一流の職人の手によるものだと納得できる精巧な作り。
多分、1億Dは下らないだろう。
「これはエドモン用の別邸よ。本邸はもっと遠くにあってこれの倍くらいの大きさね」
「ふぁ⁉︎」
思わず変な声が出てしまったが、正直俺の予想を超える金満貴族具合で腰が引けそうだ。
だが、私邸ということは、エドモンが、自分で好きに使っていい建物だということだ。
それに―――。
「ミロティック、案内ありがとう。ここからは1人で行くよ」
そう、アタリだ。
僅かにだが、感じる。
まがまがしい魔力。
この屋敷の奥からだ。
間違いない。
この魔力はエドモンが出しているのか、それとも別の何かが潜んでいるのか。
いや、学校でこんな魔力は感じたことがない。
おそらくエドモンではない。確証はないが、そんな気がする。
「いや、1人って―――まあいいけど、もしかしたら食中毒、移るかもしれないから気をつけなさいよ」
ヒナはこの魔力に気づいていないようで、エドモンが実行犯という説よりも、食中毒の説を信じているようだ。
まあ当然だ。
俺もこの魔力に気づくまでは、全くそんなことは感じてなかった。
だがこの魔力は、なんだろう、犯罪の匂いがする。
ヒナが去るのを待って、俺はエドモン邸の呼び鈴を鳴らす。
数回鳴らしたが返答はない。
「侍女もいないのか?」
俺は門の鍵を魔法で空ける。
まあ文句を言われたら、元々開いていたって言おう。
今はそれどころではない。
エドモン邸の入り口は、門から小道を歩いた先にある。
特に怪しいところはないが、
―――やけにひとけがないな。
そう思いながら、屋敷の扉の前まで来る。
「ごめんくださーい、お届け物でーす」
そう言いながら俺はエドモン邸の扉を叩く。もちろん鍵がかかっている。
「誰もいませんかー? 入りますよー?」
宅配便に扮するという策はエドモンというよりはこの家の使用人に対するものだったが、誰も出てこないのでは意味がないな。
いかし、禍々しい魔力は先ほどからずっと、この屋敷の奥から感じられる。
普通、通りかかれば気づくほど強大な物であると思うが、ヒナが何も言わなかったところを見ると、感じる人と感じない人がいるのかもしれない。
「さて、どうするか」
俺はおそらく、この扉を破り、なかに突入する程度の力は持っている。
問題はそれを実行に移すかどうかだ。
大人を呼ぶべきかどうか。
警備隊に通報すべきかどうか。
そもそも突入するほどこの家に危険があるのか。
「ミロティックを帰したのは早計だったか」
彼女なら俺の言葉を信じつつ、最良の選択をしていた気がする。
非常に聡明な子だ。
そう考えたとき――――
「――――きゃぁあぁああああああ!!!!」
――――中から叫び声が聞こえた。
扉の目の前にいなければ聞こえないほどの、かすかな声。
でも聞いた。
それは10年間毎日のように聞いた声。
「エトナ!!!!」
俺は扉に右手を当てた。
《風刃》!!!
風刃はその名の通り風の刃を発動させる攻撃魔法だ。
扉は木っ端微塵に砕かれる。
俺は思考を停止して屋内に突入した。
前回、ヒナがアルトリウスに聞こうとしていたのは、エトナと付き合っているのかどうか、です。
エトナが失踪して聞きにくかったのですが、アルトリウスが自分でゲロったので、二度と聞くことはありません。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。




