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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十八章 青少年期・世界激動編
243/250

第243話:加速する世界②

昨日は急な休載申し訳ありません。

当日の休載のお知らせはTwitterで行っていますので、気になる方はそちらでご確認ください。



 ―――オスカーが危ない。


 俺の頭に、かつてないほどの警鐘が流れた。

 

 もしも、このダルマイヤーの言っている事が本当ならば……色々と既に俺は出遅れている。

 王国にいたのだから仕方がない――というのは言い訳に過ぎない。


 楽観視していたのは確かなのだ。


 おそらくセントライトは、奴らにとっても切り札だった。

 リードという神族の最期を思えば――そんなすぐに行動を起こせるほど力は残っていないだろうと、そう高をくくっていた。


 だが、既に事は動いた。


 ラーゼンに、ゼノンに、イリティアに、ゾラ。

 俺の知っている名前だけでも、既に多くが――奴らの手に落ちている可能性が高い。


「―――」


 思わず歯噛みする。

 ここまで冷静でいられた頭の中が、言いようのない焦燥感に包まれている。


 ――そうだ……ラーゼンにゼノンに……イリティア先生もだぞ?

 

 ようやく現実を飲み込めて、浮かび上がってくるのは何とも言えない感情だ。

 自分に対する怒り。

 そして、


「………そうか、やっぱりお前らは……そういうつもりなんだな」


 声に出さずに呟いた。


 神族……ラトニー。

 人の願いに依存する――悲しい生物。

 

 同情する部分もある。

 きっと、奴らからしても――生きるために仕方がなくやっている事なのかもしれない。


 でも―――。


「……最後の決断、か」


 アイツ等を――倒す。

 世界が俺に託した事。

 それを、選択するときが来たのかもしれない。

 

「――アルトリウス……」


 隣では、ヒナが不安そうな顔でこちらを見ていた。

 彼女だって、衝撃的だっただろう。

 ラーゼンの死は勿論、彼女だってイリティアとは親しかったんだ。


「……まさか1人でユピテルへ行こうなんて考えていないわよね」


 気づくと、俺の手は――彼女に握られていた。

 ギュッっと……二度と離さないとばかりに。


 どうやら俺が『飛行』で―――1人でオスカーの元へ行くことを心配していたようだ。


「……大丈夫だよ」


 俺は彼女の手をそっと握り返した。

 勿論、今すぐアウローラへ飛んで行って、オスカーの無事を確認したい気持ちもある。

 だが……1人で行動するという事のリスクも、充分承知している。

 それに、今まで1人で行動して痛い目に遭ったことはいくらでもある。


 俺は確かにリンドニウムという強力な力は手にした。

 だが――奴ら……神族たちが、どんな手札を用意しているのか、分かりはしない。

 短絡的な判断はしてはいけない。


「そう」


 少しだけ、手の力が弱まった。

 ひとまず安心したようだ。


「……ヒナはどう思う?」


 俺はヒナに尋ねた。

 折角俺より遥かに優秀な頭脳を持った相棒がいるのだ。

 彼女に意見を求めない手はない。


「どうって?」


「今後の――俺達のするべき行動だよ」


「……」


 すると、ヒナは少し驚いたような表情をし、すぐに顎に手をやって考え出した。

 その凛々し気な表情は、やけに頼りになる。


「……そうね」


 そして待つこと数秒。

 ヒナは顔を上げる。

 思考がまとまったようだ。

 

「……まずその――ゾラの弟子の言っていたことが本当だとして」


 ちらりと、視線はダルマイヤーに向く。

 ダルマイヤーは少し自嘲気に肩を竦めた。 

 先ほどまで大泣きしていたし、嘘を言っているようには思えなかったが――まぁ俺達はコイツの事はよく知らないからな。


「それで……根本的な選択肢は2つあると思うわ」


 ヒナは指を2本立てた。


「――まず1つ。多分これはないと思うけど……アウローラ……というか、ユピテルを見捨てる事」


「―――!」


「ごめんなさい。言い方は悪かったけど――ともかく、自分たちの安全を最優先する場合、という意味よ」


「……ああ、分かってる」


 俺の表情が固くなったのがわかったのか、ヒナが言い直した。

 あくまで選択肢の一つとして提示しただけだという事はよくわかっている。


「でも、その場合は――簡単。リーゼロッテ陛下に私たちユピテル人全員の帰化をお願いして……王国民として生きていく。ユピテルがどうなろうと、知ったことじゃないわ。ブレア大森林の開拓の話も無かった事にすれば――王国側としてもメリットはある。私たちが王国に加わるのは、戦力としても歓迎でしょう」


「なるほど……」


 そう、少なくとも――まだ事はユピテルの中でしか起きていない。

 ヤヌスがいくら混乱しようと、アウローラがどうなろうと、王国からしたらそれほどの事じゃない。

 前回の内戦の時も、王国は不干渉だった。


 確かに俺達――つまりは今王国にいるユピテル人たちの事だけを考えるならば、王国側として不干渉を貫くのが、最も安全だ。


「それに、帰化しないとしても、ユピテルの事が収まるまで様子見する、というのも選択の一つね。というか、一般的な使節団ならそうするのが普通じゃないかしら。本来たかが100人程度の使節団に、戦局を左右するほどの力がある事はないのよ」


「……そうだな」


 俺達は、公的な使節団だ。

 普通の使節団なら、本国で不足自体が起きたとしても、自ら動いてどうこうすることはない。

 いや、どうこうできるほどの力はない。

 日和見を決め込んで、本国が落ち着いてから帰国するのが普通だろう。


「それで、2つ目。積極的に今のユピテルの状態に介入する事」


 そこで、ヒナは2本目の指をたたんだ。


「……正直、『正解』はわからないわ。今の段階では情報が足りないもの。マティアスが本当にアウローラを攻めるつもりなのかもわからないし、その――ラーゼンの奥さんが逃亡しているのかどうかもわからないわ」


 ため息を吐きながらヒナはそう前置きをする。

 実際、ダルマイヤーの話だけでは、情報は足りない。


「だから、最悪な状態を想定して動くのがいいと思う」


「最悪な状態?」


 尋ねると、ヒナは少し目を細めた。


「―――さっきゾラの弟子が言った通りよ。マティアスがアウローラに進軍する……つまりは―――また内戦が起きる、という事」


 ダルマイヤーの予想――。

 ヘレネが要因になるかどうかはともかく――マティアスがユピテル唯一の権力者となるために、オスカーを……アウローラを攻める、という事だ。

 

「その場合は……そうね。色々と難しいわ。まずどちらの味方となるべきなのか。そして味方をしたところで勝てるのか―――」


 あくまでオスカーの味方をすることも、選択肢の一つ。

 そして、俺達が味方をしたからと言って、勝てるわけでもない、と。

 きちんと客観視しているところが、彼女らしい。


「――どちらにせよ一度王国側――リーゼロッテ陛下や、穏健派――クロイツ一門と話はすべきね。介入するにしろしないにしろ……非戦闘員は王国にお願いすることになるでしょうし」


 王国側やカルロスと話をする。

 確かに、まず必要な事だ。

 もしかしたら、リーゼロッテも何かしら力になってくれるかもしれない。


「まぁでも―――そうね。申し訳ないけど……予想はつかないわ。さっきも言ったけど、マティアスが本当にアウローラを攻めるのか、とか。攻めたとしても、オスカーがそれに対抗して兵を上げるのか。ヘレネが頼ってきても、国の安全の為に見捨てる可能性もある。そうなれば、マティアスが攻める理由はなくなるし、戦争は起こらない」


 そう、ヒナは締めくくった。


「戦争が、起こらない――か」


 戦争が起こらない可能性――。

 確かにそれもある。

 攻める理由がなければ、戦争は起こせないのだ。

 

 もっとも――。

 俺にはどうあがいても、戦いは起きる予感があった。

 

 確かに、一般的に考えれば、理由がなければ戦争は起こせない。


 しかし、それが――奴ら、神族に通用するのか。


 マティアスには通用するかもしれない。

 だが、予想通りマティアスの背後に神族がいた場合……もはや戦いは避けられないのではないか。

 

 そんな感慨が俺を襲った。




● ● ● ●




 その日は、とりあえず……王都に戻ることにした。

 

 いずれにせよ、ヒナの言う通り――リーゼロッテやカルロス等、要人たちと話をしようと思う。

 きちんと意思決定をして―――できれば協力して動きたい。

 個人で勝手に行動できる身分でもないのだ。

 オスカーは心配だが……ダルマイヤーの話を聞く限り、少なくとも彼がヤヌスにいたころ、まだ募兵は始まっていなかったようだ。

 軍隊の編成には金と時間がかかるし、アウローラにも軍隊はある。

 もしもマティアスがアウローラ侵攻をするにしと、猶予はまだあるだろうという事になった。


 ウルとは別れ際に、少しだけ会話をした。

 

「――こんなことになってしまったけど……本当にありがとう。感謝してる」


 ありがとう、とは――ウルの身体の事だろう。

 あまりにも衝撃的な事を聞いてしまったが為に忘れそうになったが……本来なら今日は、彼女にとっては『不老不死』の呪縛から解放されためでたい日なのだ。


「まぁ、うん。どういたしまして」


 《ニルヴァーナの滴》は、あの後こっそりリンドニウムにも確認を取ったが、本当に何の力もないただのガラス玉になったようだ。

 俺としてもとりあえず1つ、肩の荷が下りた気分だ。

 ちっとも気持ちが軽くならないのは、後から知ったことを考えると当然だが。


「お礼……というわけじゃないけど……もしも内戦になる――というか、ユピテルへ行くことになったら必ず寄って。多分力になれると思う」


「力にって……戦争に巻き込むかもしれないけど」


「だったらなおさら。少し――気になる事もあるし」


「……そうか……わかったよ」


 ウルのなんとも言わせぬ迫力に、俺は頷いた。

 確かに――塔では、ウルやユリシーズに助けを求めなかったことを後悔した。

 手伝ってくれるというのなら、力は借りた方がいいだろう。


 ユリシーズは結局あれから奥の部屋から出てこなかった。

 俺の想像する以上に――ゾラの死、というのは精神的ダメージが大きかったようだ。

 少し心配だが……彼女の事はウルに任せた方がいいだろう。

 


 こうして俺は―――世界が急速に動き出している事を知った。

 絶大な衝撃と――漠然とした不安を感じながら、俺達は深淵の谷を後にした。


 ……そして、すぐにまたここを訪れることになる―――。



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