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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十八章 青少年期・世界激動編
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第238話:唐突な影

申し訳ありませんが次回の更新はお休みです



 夜道を――一人の男が歩いていた。

 

 長い黒髪に、切れ長の目。

 黒のロングコートに細身の長身は、やけに夜道が良く似合う。


 彼こそは迅王ゼノン。

 

 現在このユピテルの首都、ヤヌスにおいて――知らぬ者はいない剣客だ。


 いつも通り、ラーゼンを送り……帰路についていたゼノンだったが―――。


「―――!」

 

 不意に、何かを感じたように立ち止まった。

 

 だが、周囲にはひと気はない。

 風の音のみがヒューヒューと響いている。


「―――気のせいか」


 ゼノンもそれを確認したのだろう。

 構えを解き、再び歩き出したのだが―――。


「―――ハハッ流石に――勘がいいよ」


 後ろから、そんな少年の声が響いた。


「―――!」


 慌ててゼノンは剣に手をかけ、背後を振り返る。

 そこにいたのは―――水色の髪の少年と、フードを被った男だ。


「―――貴様は……!」


「――ハハッ! さぁ、時を動かそうか!」


 その夜は―――やけに静かな夜だった。




● ● ● ●




 ―――ユピテル共和国首都、ヤヌス。

 街の中心―――官庁街から程ない屋敷の寝室にて。


「――――!」


 激しい頭痛と共に――ヘレネは目を覚ました。


 思わず起き上がるも――窓の外に見る限り、時刻はまだ明け方。

 明かりもなく、少しの肌寒さのみを感じる。


 ―――何か……悪い物を見たような……。


 そう、思わず目を覚ましたのは――何か悪寒のような嫌な寒気を感じたからだ。

 言いようのない不安を感じながら横を見ると、そこには銀髪の優男――夫であるラーゼンがもぞもぞと動いていた。


「……む、どうしたヘレネ?……」


 ヘレネが起きたことで、目を覚ましたのだろう。

 細目になりながらラーゼンが言う。


「いえ、その……なんだかとても悪い夢を見た気がしまして……」


「悪い夢? どんなものだ?」


「いえ、その――具体的な物ではないのですが……何かゾッとするような、そんな感じでしたわ」


 夫の言葉に、ヘレネは答える。

 夢など、滅多にみない。

 具体的にどんな物だったかと言われると分からないが……とにかくいい夢ではなかった。

 暗い闇の中で――不気味な笑い声が響く―――そんな光景が朧げに思い出された。


「……そうか、今日は少し寒いからな……いいから眠りなさい。今日も早いんだ」


「はい……」


 部屋の寒さによる風邪かなにかと判断したのだろう。夫ラーゼンはそのまま毛布をかぶり、目を閉じた。


 夫は昔から、夢や迷信を信じない人だった。

 理論的で理知的で、確率に基づいて行動する人だ。

 

「……」


 だが、今回の悪夢は―――何か嫌な事の契機のような、そんな気が……。


 ―――いえ、考えすぎね。


 そう思いながら、ヘレネは目を閉じ――再び眠りについた。




● ● ● ●




 その日の朝。


「――では行ってくる」


「はい、貴方。行ってらっしゃいませ」


 そんないつも通りのヘレネの見送りを背に、ラーゼンは家を出た。


 明け方に起こされたせいで少し眠気は残っているが、そんなことを言っている余裕もない。

 執政官としての仕事はいくらでも残っている。

 この国の行政は全てラーゼンを中心として行っているのだ。彼がいなければ上手く回りはしないだろう。


 玄関を出ると、すぐに近衛兵が近寄り、ラーゼンに追従する。

 この家の警備をしている兵士だ。

 

 プロスペクター家には、常時こういった兵士が目を光らせている。


 ラーゼンの移動に近衛兵が追従するのはいつもの事だが―――しかし、ラーゼンはとある事に気づき、立ち止まった。


「……待て、ゼノンはどうした?」


 近衛隊長に向けてラーゼンは尋ねた。

 

 そう、今日は――普段ならこの時点には傍にいるはずの腹心――ゼノンの姿が見えないのだ。

 ここ数年、彼が許可なくラーゼンの傍を離れることなどなかった筈だが……。


「――いえ、そういえば今日は見ていませんが……」


 近衛隊長も、知らないようだ。


「……ふむ」


「どうします? 今日は引き返しますか?」


「……いや、このまま行こう。収穫祭の準備が立て続けにある。今日は元老院に行かねば――数日後には民衆の笑いものだ」


 違和感を感じながらも、ラーゼンそのまま出勤することにした。

 どちらにせよ、今日の仕事は休めない。


 ゼノンがいない事にはどうも違和感を覚えるが、しかしそれでもたかが1日の危険のリスクを、この日の仕事の重要度が上回った。


 手すきの者にゼノンの捜索を指示し、ラーゼンはそのまま元老院へ向かった。



● ● ● ●



 ――特にそのまま、何もなく仕事は終わった。


 主に行っているのは、もう来週に迫る「収穫祭」の準備だ。


 ユピテル人にとって祭事とは、収穫祭と将軍の凱旋式のみ。


 凱旋式は、戦争に勝利した将軍がヤヌスに帰国した際行われるものだが、前回の内戦では、ラーゼンが勝利した相手は同じユピテル人であるという理由で、凱旋式を執り行わなかった。


 そのため、代わりというわけではないが、少し時間をおいて「収穫祭」を行うことにしたのだ。

 別段、今年の農作物の収穫量が高いというわけでもなかったが、民からすれば、理由は何だろうと「大きな催し」が開かれる事に意味がある。


 収穫祭は、3日間にわたって行われ、その間は毎日メインストリートではパレードが行われる。

 出店や、商店にはボーナスを加算し、そのほかの職業の人間は全員が休日だ。

 中央広場ではサーカスや、踊り、コンサートなどが、三日三晩続けられる。


 勿論、それほど大きな催しではコストもかかるが、逆に多くの民が金を落としもする。

 大規模な公共事業が、大きな経済効果を生み出すことは、これまでの経験で立証済みだ。

 

 それに、内戦が終わり、ユピテルに平穏が訪れたという意味でも、祭りを開くことによって民を安心させることができる。

 

 既に祭りの知らせを聞いた民衆は、熱狂している。

 凱旋式が行われないと落ち込んでいた彼らにとって、今回の祭りの話は目からうろこだっただろう。


 そんな民衆の為にも、収穫祭は何としても成功させなければならない。


 普段ならゼノンの不在にもっと疑心を持っていたはずのラーゼンが仕事を優先したのも、そういった心境があった。



「――さて」


 そんな準備も大詰めに差し掛かった。

 今日の分の仕事を終え、明日の分の仕事の書類もまとめ、必要な物にサインをし――ラーゼンはペンを置いた。


 窓の外は既に暗い。

 少し根を詰めすぎてしまった。

 さっさと帰宅しなければならない。


「―――よし、ヨシュア、帰るぞ」


 そう思い、執務室の前で警備をしているはずの近衛隊長の名を呼んだのだが―――。


「………」


 ―――返事はない。

 

 扉の前は静まり返っていた。


「――おい、ヨシュア、どうした?」


 一抹の不気味さを感じながら、ラーゼンは再度呼びかけるも――


「………」


 やはり、返事はない。


 ――何だ? どうした?


 流石の事態にラーゼンも焦りを感じた。


 ――何かが起きている。

 

 嫌な予感を感じた。

 ここ数年感じた事のない予感だ。

 かつてエドワードから妻との離婚を迫る文が来た時ですら、こんな嫌な予感を感じることはなかった。


 ――マズいな。少し――ぬかったか……。

 

 急速に汗で湿る背中の感触を感じながら、ラーゼンは立ち上がった。


 ともかく、マズい。

 ここにいてはマズい。

 

 そう思ったのだ。 


 だが、その瞬間―――


 ―――ギィ……


 扉は、開いた。


「――――!」


 ――コツ、コツ。


 廊下から――ゆっくりとこちらへ近づいてくるのは足音だ。


 扉の影から、その身体はゆっくりと姿を現した。


 それは、1人の男だ。


 フードを被り、()を握った――男。

 その人相までは分からない。


 その男が穏やかな理由でここを訪れたわけではないだろう。

 そもそも、この執政官の執務室に、ノックもせずに入る人間はいない。


「………!?」


 その男のプレッシャーに当てられたからだろうか。

 ラーゼンの体は、その場からピクリとも動かない。

 汗がぽたりと垂れる中、足に全く力が入らないのだ。


 ――コツ――コツ。


 そんなラーゼンに、底冷えするような足音を立てながら、その男は近づいてくる。

 手に握られた小ぶりの剣が、やけに白く見えた。


 ――ふ、悪夢というのも――あながち馬鹿にはできんな。


 今朝――悪い夢を見たという妻の言葉を思い出した。

 確かに、これは悪い夢だ。

 いや、夢であったならどれほどマシだっただろうか。

 

 ―――どうやら、私も――気を抜いていたようだ。


 内戦が終わり――国の運営に集中しすぎていた。

 穏健派の事もアルトリウスに任せれば間違いはあるまい。アウローラも言わずもがなオスカーならばうまくやる。

 

 それゆえ、ラーゼンはここの所、国政に専念していた。少し視野が狭くなっていたかもしれない。

 以前なら……少なくとも、カルティアにいたころなら、ゼノンの不在の時点で緊急事態だと悟っていたはずだ。


『――その生き方は―――いずれ限界が来る』

 

 かつて、カルティアで言った言葉を思い出す。

 1人で全てを背負うというやり方には、いずれ限界が来ると――あの少年に向けていった言葉だ。


「――なるほど、そうか……今日が……その限界か」


 小さくラーゼンは呟いた。

 まだ来ない、もう少しやれる―――そう思っていた限界。


 ラーゼンにとっては、それが今日だったのだろう。


 ――ふ、志半ばか。私はどうやら……器ではなかったようだ。


 コツ……コツ……。


 足音は止まった。

 ラーゼンの目前で、男の剣は構えられる。

 

 無論、この男に抗えるほどの力を、ラーゼンは持っていない。

 自身の戦闘力の無さは、自分が一番よく分かっているのだ。


 ―――オスカー、下地は敷いた。少し早いが――後は頼んだぞ―――。


 そして―――剣閃は放たれた。


 ――ズシュッ――――。


 確実に人の肉を抉る―――鈍い音だけが不気味に響いた。




初期からこの展開を読んでいた方とは是非お友達になりたいです笑

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― 新着の感想 ―
[一言] >初期からこの展開を読んでいた方とは是非お友達になりたいです笑 共和制ローマからローマ帝国あたりの歴史が好きな方達の事でしょうかね  ドイツ第三帝国を目指した勢力に勝って、アメリカ第ニ共…
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