第234話:間話・王国の名工
申し訳ありません。
前回は少し修正したい部分があり、更新を一日見送らせてもらいました。
王国の騒動から3か月ほど経った頃だろうか。
俺たちはまだ王国にいる。
女王リーゼロッテと面会したのが騒動から1か月後あたり。
そこから色々と話し合いや、帰路の準備をするのに時間がかかっているのだ。
何せ、2000人の旅路だ。
それなりに時間はかかる。
もっとも、既にその準備の指示だしは終わった。
ここからは皆が色々と進めてくれるだろう。
一応、1か月後には出発する予定である。
ようやくひと段落といったところだろうか。
さて、その準備以外にもこの期間、それなりに色々な事はあった。
家族との時間を過ごしたり。
ヒナやリュデ、シンシア達に、セントライトと『神族』の関係や、かつての神話の事を説明したり。
精霊王リンドニウムを無理やり紹介したり。
どうやら彼女達も事前にエトナから神話の話は聞かされていたようで、神族関連の話はすんなり信じて貰えた。
『神族』との最後の戦いがあるかもしれないという事は、言うか迷って、結局話さなかった。
心配をかけたくなかった……というのもあるが、俺自身が彼女達を巻き込みたくなかったのだ。
他にも、何度か王国側から合同訓練のような物を申し込まれ、俺の隊や、カイン達穏健派の武闘派の方々と一緒に稽古や訓練をしたりした。
ようやく手すきになったギルフォードやメラトスとも何度か剣を交えた。
予想通りギルフォードは前に見たときとは風格が段違いだったので驚いた。
どうやら『白騎士』戦で、壁を破ったようだ。
『白騎士』というのはやはりそうでもしなければ倒せない強敵だったらしい。
ユリシーズも驚いていたし、やはり『八傑』というのは並外れているのだと改めて痛感した。
八傑と言えば、『聖錬剣覇』フィエロとも、手合わせをする機会があった。
勿論、木剣を使う稽古だが、大勢の人の目もあり、提案されたときはかなり焦った。
……まぁなんとかユピテル側の意地は見せれたと思う。
彼らとの稽古は俺としても新鮮で、フィエロやギルフォードの「技」には学ぶ事も多かった。
有意義な時間だっただろう。
さて、ギルフォードやメラトス、フィエロの手が空いたという事は、王国側にもようやく少しずつ余裕が出てきたという事だ。
新たに大臣を迎えたり、着々と復興の兆しが見えている。
今後、女王リーゼロッテの手によって、新たな王国が作られていくことになるだろう。
そんなリーゼロッテからは、よく面会に呼ばれる。
正直、既に帰国への準備や協議はあらかた終わっており、それほど公的に話す必要はないのだが、何故か俺は三日に一度のペースで王城へ上がっている。
しかも最初の謁見の間ではなく、いつも女王の私室だ。
いや、もう臣下も揃っているけど大丈夫なのか、と思ったのだが、
「だって、いちいち貴方を呼び出すのに臣下を集めて謁見をするのは面倒なんですもの」
とか言われた。
「まぁ確かにこの頻度は面倒かもしれませんが……だったら最初から呼ばなければいいのでは? もう協議は終わりましたし……」
しかし、女王は焦るように懇願してきた。
「そ、そんな事言わないでくださいまし! 貴方との面談の時間くらいしか、もう休める時間が……」
どうやら、俺との面談は体のいい息抜きに使われていたようだ。
まぁ何となく気づいてはいた。
最初のうちは真面目に復興の話や、ユピテルへの帰路の話、神聖教の話など、大事な話をしていたはずなのだが、ここのところは大して内容のない愚痴や、世間話だ。
毎回部屋には、ゆっくりして行ってくださいとばかりに、紅茶と茶菓子が用意されていているし、やっぱり『王国の友』って、リーゼロッテの私的なお茶友達の事なのかもしれない。
まぁ、変に謁見の間なんかで尊厳にふるまわれるのは緊張する。
女王としての彼女の多忙さを、この程度の事で少しでも緩和できているなら、良しとしよう。
ちなみに、神聖教は概ね解体され、既に集団として形を成していないらしい。
最後の司教も王都からいくつか離れた都市にて、死体で発見された。
王国の親衛隊によって殺されたわけではないようなので、少し疑問の残る死だったことは気がかりだ。
まぁ元々、《神族》でも関わっていない限り、宗教なんて物がそんな流行るのはおかしい。
一定数の賛同者は獲得できるかもしれないが、千差万別の人の価値観の中で、人為的にその数を増やすには限界がある。
俺の前世の世界でも、大陸の半分を制した宗教はあったが、教徒の数がそれほどまでに増えたのは、その教えによって救われたとか、神の存在を信じたとかいう理由ではなく、単にその宗教に入った方が、地位が上がったり、金が貰えたりする社会のシステムが出来上がっていたからだ。
今後のリーゼロッテの王国がどうなるかは知らないが、国教にしたりしない限りは、何か宗教が流行ることはないだろう。
神族については、ピュートン博士を筆頭に、『龍眼の湖』に建つ『塔』の調査隊が組まれた。
俺の知っている事以上に何かわかるかは微妙だが、まぁ博士には頑張ってもらいたい。
さて、そんなある日。
リーゼロッテの誘いもなく、大使としての仕事も一区切りつき、リュデに指示出しを丸投げ――もとい、いつの間にかリュデが勝手に行っていたので、珍しく俺は少し暇になった。
合同訓練も昨日やったばかりだし、日課の稽古も、朝一に終わらせたので、久々に休日を謳歌できそうだ。
何をしようかと思っていたところだったのだが……訪問者があった。
「――ようアル、今日もバカみたいに賢そうな顔だな!」
青髪に随分と背が高くなった俺の古い友人――カインだ。
もう最近では見慣れた彼だが、やはり俺の記憶よりは随分成長している。
顔も少し大人びて、背も伸びた。勿論剣の腕も上がっている。
まぁ中身はそれほど変わっていないが。
「どうしたんだ? 今日は合同稽古はないはずだが」
カインは肌着ではなく、皮の鎧を着用していた。
稽古でもしにきたのかと思ったのだが、
「ああ、稽古じゃなくてさ。その、ちょっと付き合わないか?」
「付き合う? いったいどこに?」
飲みにでも行くにしてはいささか重武装だなと思いながら尋ねると、カインはニヤリと笑ってこう言った。
「――王国随一の名工……ナバスのところさ」
● ● ● ●
というわけで、俺達は屋敷を出て、王都の中でも少し外れにある「工房街」に出向いていた。
「工房」とは、カイン曰く、剣や防具を販売する武具屋とは別に、剣の製作者が実際に剣を鍛える場所の事を指す。
その工房が集まったのが、工房街だとか。
まあつまりは、剣の鍛冶職人の鍛冶場が集まった街、という事だ。
目的は、王国でも稀代の名工と呼ばれる男――ナバスを訪ねること。
どうやら、女王の伝手で紹介してもらったらしく、カインが自身の剣の手入れをお願いしていたらしい。
今日がその受取日のため、よければついてこないか、という事だ。
もっとも、俺自身は大して装備を新調する予定はない。剣帯もシンシアに選んでもらった物がまだまだ使えるし、俺のよく使う軽い皮鎧は消耗品だ。フルプレートの鎧を使う事もないし、左腕でリンドニウムを使う以上、もう篭手も手甲もなくていい。
ただ、剣の鍛冶職人というのは興味はあったし、それが王国屈指の名工、ナバスというならなおさらだ。
なにせ、ナバスは――この俺の腰に差す黄金の剣……『イクリプス』を鍛えた人物であるらしい。
久々の休日の過ごし方としては有意義だと思い、カインに同行することにしたのだ。
この工房街に来るまで目にした王国の街並みの復興はそれなり、といったところだ。
とりあえず、焼けた家跡は整地され、仮の居住区が建てられている。
勿論、王家から出た金で建てられたものだが、これのおかげで王都の住民の多くが助かっている。
安全な住居は、どの世界でも生活の基本だ。
大通りでは、少しずつ商業も再開されており、小さな市場も目にした。
リーゼロッテの苦労の甲斐が少しずつ出ているといったところだろう。
工房街は、少し居住区からは離れたところにある。
それゆえ、神聖教の暴徒の被害もそれほどなかったとか。
道は細く、背の低い灰色の建物が連なる工房街は、意外と静かだった。
人の声などはあまり聞こえず、カーン、カーンという鉄を打つ音だけが、心地よく耳に響いてくる。
「アルは工房街に来るのは初めてか?」
不思議そうな顔をしていたからだろうか、カインが声をかけてきた。
「まぁそうだな」
俺は答えた。
もちろん俺は工房どころか、武具屋にも殆ど入ったことはない。
使っている武具は貰い物が拾い物が大半だ。
興味がないわけではないし、むしろあるから同行したようなものだ。
「こういう剣の工房はどこもこんな感じだよ。ヤヌスの大工房も静かで……鉄を打つ音だけが綺麗に響くんだ」
「へぇ」
そんな会話をしながら、簡素な道を進んでいき、俺達はある工房の前で立ち止まった。
「――っと、ここだな」
立ち止まったのは、軒並みある低い背の建物の一つだ。
正直俺には見分けはつかないが、確かにその扉の上の看板には『ナバス・セプテンプの工房』と書いてあった。
「よし、入るぞ」
「あ、ああ」
若干緊張しつつ、心なしかの期待の中、俺はカインに続いた。
● ● ● ●
その建物の中を見たときの感想は、一言でいうと「見渡す限り剣」。といったところだろうか。
六畳半程度のその石造りの部屋には、いたるところに剣が置かれていた。
大剣、直剣、小剣、ナイフ。
あるいは棚に飾られ、あるいは適当に置かれ。
その本数は数え切れず、売り物なのか、飾り物なのか、見分けはつかない。
しかし、それでも一つ言えることは、ここにあるどれもが、業物である、という事だろうか。
素人の俺でもわかるのだから、相当だろう。
部屋一面の剣たちを前に、俺も年甲斐もなく、ワクワクしてきた。
天剣の蔵に行った時を思い出すな。
「おい、ナバスの爺さん! いるかー!?」
すると、カインはそんな剣たちには目もくれず、大声で呼びかけた。
どうやら奥にもまだ部屋があったようだ。
奥は暗く、見えないが――少し温度と煙の臭いを感じた。
剣を実際に鍛える作業場は、奥の部屋なのだろう。
少し間を開けて、そんな奥の作業場から―――1人の老人が現れた。
「……なんでぃ、クロイツの所の坊主か」
しわがれた声に、いかつい顔。
禿げ上がった頭とは対照的に、頬から顎までふさふさの白い髭に、煤で汚れ使い古されたタンクトップからは、年齢には見合わないたくましい腕が見えた。
確かに――剣の鍛冶師。
一目見て、彼の職業を当てろと言われても、誰もがそう答えると思う。
おそらく彼がナバスだろう。
「俺の剣、今日が受取日だったはずだけど」
「ああ、出来てらぁ。ちと待っとれ」
そう言っていかつい男は、奥に下がっていった。
年齢にしては身長も高いし、迫力のある爺さんだった。
「あの人がナバス?」
「ああ。世界二大名工の1人だ」
「そうか……なんていうか、雰囲気のある人だな」
「はは、剣の鍛冶職人は皆そうさ」
カインはそう言って笑った。
剣の職人、鍛冶師になるには、まず技術以前に、第一に筋力と体力が必要なのだとか。
だから鍛冶師は皆ムッキムキらしい。
ナバスはすぐに戻ってきた。
「―――ほらよ。ったく、ワシにイクシアの剣を砥がせやがって……。陛下の伝手じゃなきゃぁ断ってたぜ」
そう言いながら、老人、ナバスは鞘に入った一振りの剣をカインに手渡した。
カインの愛剣だろう。
「はっはっは、わりぃわりぃ」
カインはそう言いながら、特に悪びれもせず、剣を受け取る。
「見ていいか?」
「あたぼうよ」
そして、そう一言告げ―――すらりと剣を抜き放った。
「―――うん、流石だな……アンタに頼んでよかったよ」
剣を見て、カインは満足そうに頷いた。
その剣の刀身は……綺麗に光っていた。
元が業物なのもあるだろうが、ぱっと見は新品と変わらない。
「ふん、当然だぜ。たとえイクシアの剣だろうと、受けた仕事は完璧にこなす。それがプロだ」
「へっへっへ、ありがとさん」
そういってカインは剣をしまい、懐から金の入った袋をナバスに手渡した。
「―――ふん、イクシアに言っとけ。少しくらい腕を上げたからって、あまり調子に乗るなよってな」
「へいへい」
確か――イクシアというのも、名工と呼ばれた人だ。
俺がアウローラまで使っていた剣はカインに貰った物だが、それもイクシアの鍛えた剣だった記憶がある。
剣の職人同士、何か親交のような物があるのかもしれない。
「それで坊主、そっちのは?」
そして、ナバスの顔が俺の方へ向いた。
「ああ、コイツは俺の親友で……」
カインが俺を紹介しようとするも――
「いや、ちょっと待て! ……その腰の剣、まさか―――」
ナバスは待ちきれないとばかりに興奮した声を上げた。
その目は俺の腰――携えた剣を凝視している。
「――イクリプスじゃねぇか! おうおう、10年ぶりに見たぜ!」
俺の腰の剣―――黄金剣『イクリプス』に気づいたようだ。
「――ってことは……なるほど、天剣の弟子、か」
どうやら俺の剣―――イクリプスを打ったのが彼というのは本当のようだ。
自分で鍛えた剣なのだから、一番に気づくのも当然だろう。
しかし、ここでもイクリプスで身バレするとは……いいのやら悪いのやら。
「……はい。天剣シルヴァディの弟子の――アルトリウスと言います」
「あぁ、知ってらぁ。今や王都じゃ有名人だからな」
名乗ると、ナバスは呟くように答えた。
彼の言う通り、今の王都では俺の名前はそれなりに有名だ。
なりたくてなったわけじゃないが……リーゼロッテが色々と宣伝する物だから仕方がない。
「しかし……そうか。今はおぬしがイクリプスの持ち主か……」
ナバスは感慨深そうにそう言った。
「えっと――何か、問題でも……?」
「いや、別にそんなことはねえ。剣は売った以上、どうするかは持ち主の勝手だ。陛下が誰に渡そうが、その誰かが誰に譲ろうが、ワシの知ったことじゃねぇ。ただ――イクリプスはワシの生涯でも最高傑作の一本だ。少し思い入れがあってな……」
「そうですか……」
「それを打ったのは15年は前になるか……。筋力も技術も最盛期だったワシが、1年かけて持てる全ての物を込めて鍛えた二振り……『イクリプス』と『セレーネ』。未だにあの2本を超える剣をワシは鍛えたことはない。誇りであり、越えられない壁である……そんな剣だよ」
ナバスは、思い出すかのようにしみじみと語った。
『セレーネ』とは、確かフィエロの使っていた剣だ。
造詣が似ていたことをよく覚えている。
この黄金剣イクリプスは、名工ナバスの作品の中でもかなりの物のようだ。
まぁシルヴァディやフィエロが使っているくらいだし、名剣なのだろうとは思っていたが、それほど傑作とは……。思いがけない事ではあるな。
「よければ、一度刃をみせては貰えねぇか? セレーネは何度か手入れを頼まれとるが……イクリプスを目にする機会など、今後あるかはわからん」
「もちろん、どうぞ」
別にみせるくらい断る理由はない。
俺は腰からイクリプス鞘ごと外し、ナバスに手渡した。
「――感謝する」
そう言いながら、ナバスはイクリプスを受け取り―――難しい顔をしながらゆっくりと引き抜いた。
黄金剣イクリプス――。
その黄金色に輝く剣の製作過程は俺にはわからない。
それを知っているのは、きっと世界中で彼―――ナバスだけだ。
薄明りの部屋の中で、老人の持つその黄金の刀身は、やけに煌めいて見える。
「―――ほう」
ナバスは舐めるようにその刀身を見つめ、何やら、意外そうな声を上げた。
そして、俺に視線を向ける。
「……アルトリウスと言ったか、おぬし、この剣に何かしたか?」
「いえ、一般的な手入れ以外は特に……。すみません、何か不備などありましたか?」
剣の手入れについては、昔イリティアに基礎を教えて貰い、その後実際に実剣を持ってからシルヴァディにレクチャーされたものを続けているだけだ。
無作法に扱ったことはないが、剣の専門家に見せれるほどの自信はない。
何かマズい事があったかもしれないと思ったのだが、
「いや、丁寧に扱われている。そこの雑な坊主とは大違いだ」
「おい、余計なお世話だよ……」
隣でカインが当て馬にされているが、どうやら手入れは問題ないようだ。
「では、なにか?」
尋ねると、ナバスは相変わらず難しそうな顔をしながら答えた。
「いや……上手くは言えんが―――ワシが鍛えたときよりも、何かが違っとるなぁ」
「何か……?」
「こう―――何か魂のような物が宿っとるというか。ともかく――刀身が極まっている。いったい何を斬ってくればこうなるのか……まるで別物だ」
そう言って、感慨深そうにナバスは唸った。
俺から見ると――初めて見たときから特に変わらないいつものイクリプスに見えるが……。
「………」
―――この剣の斬ってきた物。
言われて俺は思った。
きっとそれは、俺の斬ってきた物ではない。
俺はこの剣を持って、まだ日が浅いのだ。
そう、この剣が斬ってきた物は、前の持ち主――シルヴァディ・エルドランドが、この10年で斬ってきた……歩んできた人生のような物だろう。
天剣パストーレに始まり、双刃乱舞ギャンブランに、軍神ジェミニ。
この剣が相対してきた敵は、この世界の名だたる強者たちだ。
俺が知っているだけでも壮絶な物なのだから、知らないところではきっともっと多くの物を斬ってきているに違いない。
「えっと、悪い意味では……ないんですよね?」
「ああ、勿論だ。別に――切れ味が変わったとか、そういう事ではないんだが、どこか雰囲気が違うな。稀に持ち主によって剣が次第に色を持つ事はあるが……ここまで変化するのは初めてだ」
「色……」
「凄まじいというか……はっ、まさかこんな物を見る事になるとはなぁ……」
そう言いながら、ナバスは剣をゆっくりと鞘に納めた。
「いや……この歳で良い物を見れた。長生きはする物だな。感謝する」
「……いえ」
俺は剣を見せただけだし……別にこの黄金の剣に特殊な能力があるとかは聞いた事はない。
きっと剣を長年見続けた人間だからこそ感じる何かがあったのだろうが……何とも言えない気分だ。
一瞬、精霊剣リンドニウムを見せたらどうなるのだろうかと思ったが、流石に自粛した。普通にアイツは嫌がりそうだしな。
「ふむ、しかし……その前の持ち主―――天剣シルヴァディか。王国にいたころはまだまだ若造だったが……なるほど、遂に『聖錬剣覇』も越えた――か」
俺にイクリプスを渡しながら、ナバスは神妙そうな顔でそう呟いた。
王国にいるときのシルヴァディを、俺は知らない。
それでも、なんとなく――自分の師の凄さの一面を改めて知る事ができたような、そんな気がした。
その日は、良い物を見せて貰ったというお礼に、鎖帷子を譲って貰った。
あまり重い防具はいらないといったのだが、どうやらナバス手製の超軽量化に成功した帷子であるらしい。
なんでも、鉄だけではなく、半分は炭素を使っているとかいないとか。
他にも専門的な事を長々と語られたが、もちろん途中からはよくわからなかったので、苦笑して聞いておいたが、とりあえず貰っておいた。
カインが羨ましがっていたので、性能は高いのだろう。
ていうか、剣の鍛冶師なのに剣以外も作るんだな、と思ったので帰り際にカインに尋ねると、「当たり前だろ? 何言ってんだ?」と言われた。
どうやら工房とはそういう物のようだ。
● ● ● ●
そんなこんなで、俺達の王国の滞在も、わずかに迫っていた。
そろそろまた「深淵の谷」に顔を出し、挨拶をしなければと、そう思っていた頃だ。
この時の俺は……まだまだ先だと、そう思っていた。
王国の事件は終わったばかり。
リンドニウムという強大な力を手にし、家族とも再会し――どこか気持ちが浮ついていたのかもしれない。
だから、その報せを聞くまで、俺は知らなかった。
ルシウスの言っていた「最後の戦い」。
その前奏が――既に始まっていたという事を―――。




