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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
227/250

第227話:王国の友

 今回で、王国編は終わりです。

 今後は間章を挟んで、次章へ進むつもりですが、プロット作成のため、暫くお時間をいただきます。

 一応休載は1~2週間ほどを予定していますが、完結まで見据えた物になりますので、満足できるまでは考えさせてほしいです。経過報告等はTwitter→@Moscowmule17で行いますので気になる方はそちらをご確認ください。


 やけにひとけのない王城を上へあがり―――ぶっちゃけ1人だったら迷いそうな廊下を通りぬけて、案内されたのは、謁見の間とは違う――扉の前だった。


「――あの、ここは?」


「陛下の私室だ」


 俺の質問に、フィエロが答えた。


 どうやらここは、リーゼロッテの部屋のようだ。

 扉のレリーフなど、豪華といえば豪華だが――この国の女王の部屋としては少し簡素にも見える。


「――陛下、お連れしました」


「―――どうぞ」


 コンコン、というフィエロのノックに、中から女性の声が聞こえた。

 聞き覚えのある、女王リーゼロッテの声で間違いはない。


 フィエロの先導で、扉が開く。


「―――失礼します」

 

 そう言いながら入った中は――それなりに広い部屋だった。


 白を基調とした壁に、赤い絨毯は気品を感じる。

 装飾品もあまりなく、豪華というよりは、清楚な部屋だ。


 私室というのは本当なのだろう。

 奥には、普段使いしているであろう化粧台や、大きなベッドが置かれていた。

 

 こんなところに他国の男を招いていいのかは少し疑問だが…まぁ誰もいない謁見の間よりはマシか。


 すぐ目に入るのは、手前に置かれたテーブルと椅子に座る桃色の髪の美女――リーゼロッテの姿だ。

 疲れた顔をしているのかと思っていたが、想像よりは健康そうに見える。

 まぁ、化粧で誤魔化しているだけかもしれないが。


 俺がそんなことを考えていると―――、


「――では陛下、私はこれで」


「はい、案内感謝しますわ」


「へ?」


 俺が口をはさむ間もなく――フィエロはもう役目を終えたとばかりに、部屋から出て行ってしまった。

 バタンと、扉が閉まる。


「……」


 てっきり面会にはフィエロも同伴だと思っていたので――少し驚いた。

 私室で年頃の美女と二人きりとは、いささか緊張するが――。 


 っと、いかんいかん。 

 俺は国の代表だ。

 しっかりしなければ。


「――えー、女王陛下、この度はお招きいただき――」


「――ああ、そういうのは、別に大丈夫ですわ」


 やはりリュデは連れてくるべきだったな、とか思いながら挨拶をしようとしたのだが、途中で――リーゼロッテに止められた。


「―――今更貴方に取り繕っても仕方ありませんもの。どうぞ…おかけになって?」


「…はぁ」


 どうやら――そんなに品や礼を気にする必要はないらしい。


 確かに――今の女王は、謁見の間の毅然とした姿というよりは、俺達の居室に裏道を使って侵入してきたときの――町娘っぽい感じだ。

 美人であることには変わりないが、彼女の今日の服装は、あまり刺繍のない簡素な白ドレス。

 化粧もやけに薄く見える。


「……では、失礼します」


 少し緊張しながら、俺は椅子に腰を掛けた。


 見計らったように、リーゼロッテはゆっくりと口を開く。


「……このような場で申し訳ありませんわ。それと、お会いするのが遅くなってしまったのも」


 声のトーンからは、本当に申し訳なく思っているのがわかった。

 

「いえ、その――そちらの事情は分かっておりますので」


「そう言っていただけると……有り難いですわ」


 俺も、リーゼロッテが忙しいことはよくわかっているつもりだ。


「王都の復興の方はどうですか?」


 聞くと、リーゼロッテの表情は暗くなる。


「……順調に――というわけには行きませんわね。暴動のせいで家を焼かれ、職を亡くした民が多く、王家からの援助だけではその全てを賄うことはできません。孤児や難民は増え、しばらくの間は苦しい時期が続くでしょう」


「……」


「他にも―――未だに神聖教の司教の1人も見つかっていませんし、そもそも国政を担う人材が足りません。大臣は、殆ど追放処分にしましたから」


 国政を担う人材――これまで、王国を支えていた大臣達のほとんどが、軍属派や、《神聖教》だった。

 機構には穴が開きまくり、急遽地方から人を集めている最中だという。


 今までいた大臣の中には、彼女が信頼していた女王派の人もおり――彼女としても、ショックは大きいだろう。

 まだ二十歳にもなっていなさそうな彼女には、酷な現実だ。


「――それでも、被害がここまでで済んだ…いえ、今王国が存続出来ているのはあなた方のおかげです。本当に―――感謝しています」


「いえ……」


 そういったリーゼロッテの表情は、それまでよりは明るいが、それまでの話が話だけに、如何せん空気は重いな。


「かねての約束通り、資金の援助は―――不当に軟禁してしまった穏健派の方々の賠償と合わせて、お支払いいたします」


 そこで、例の資金の話が出た。

 そう――元々俺達がこの王国へ来たのは、財政難の予想されるユピテルの為に資金の援助を頼むためでもあった。


 ユピテルが提示した資金の額は、決して少ない額じゃない。

 しかも、それに穏健派への賠償も含めるとなると――正直、今の王国にとっては、死体に鞭を打たれるような物だろう。

 

「あの、その件ですが…」


 リーゼロッテは国の威信にかけてでも払うつもりなのだろうが、ここで俺は口をはさんだ。


「――穏健派の方々への賠償はともかく、資金の援助については、()()があります」


「代案、ですか?」


「はい。金ではなく、他の物で払っていただこうかと」


 俺の言葉に、リーゼロッテは、きょとんとした顔をする。

 

「…といっても――今の王家にはそれほど価値のあるものなどございませんが…」


「ああ、すみません。実際は物ではなく―――事業です」


「事業?」


「はい。我々の国の得になるような公共事業をやっていただこうかと」


「ユピテルの得、ですか?」


「具体的には―――《ブレア大森林》の開拓、ですかね」


「―――まさか」


 そう、これは―――騒動が終わってから、じっくりとリュデと考え、穏健派代表のカルロスの承諾も得た、代案―――。


「はい、長らくなかったユピテルとユースティティアの間に―――安全に行き来できる行路を作っていただこうかと」


「ユピテルとユースティティアとの間に、国交を開こうという事ですの?」


「まぁ、そうですね」


 ユピテル共和国とユースティティア王国は、互いに強大な国でありながら、これまで殆ど交易など行われていなかった。

 《北方山脈》と《ブレア大森林》という自然の要害がそれを邪魔していたからだ。


 二国間を行き来するには、裏のルートを使って《山脈の悪魔》と渡りをつけるか、強力な護衛を雇って森を抜けるかの二択だったのだ。


 しかし――


「――ユピテルとユースティティアの間に行路が開かれれば、商人達の移動が増え、産業が活性化し、長期的に見て、双方の国にとっても大きな利益が出ます。ただ、《ブレア大森林》の開拓は、なかなか手が出ない事業でもありました。ユースティティアがやってくれるというのなら、ユピテルとしては資金の援助よりも多くの利益を見込めます」


 あらかじめ決めてあった文句のように、俺はつらつらと述べる。

 まぁどうせリーゼロッテも、ブレア大森林の開拓、2つの国に行路ができる事の利便性について、分からないということはないだろう。


「王国からしても、長期的な利益を見込めることはもちろんのこと、事業を起こすことで、王都の騒動で職をなくしてしまった人々の働き先にもなります。ただユピテルに資金を払うよりは、金の使い道としては有意義かと」


 勿論――ブレア大森林という自然の開拓には長い時間がかかるし、コストももしかしたら資金を払うよりもかかるかもしれない。

 だが、ただ他国に渡すのと、自国の利益にするのとでは大きく意味が違う。

 

「それは…そうかもしれませんが…いいのですか?」


「何がです?」


「いえ、普通―――こういった場合は、むしれるだけむしる物でしょう。王国は、貴方の要求には逆らえませんから」


 ユースティティア王国は、ユピテル――というか、俺に対して大きな借りがある。


 俺自身は別にそれほど気にしているわけではないのだが、あちらとしては、俺がいなくては国が終わっていたかもしれないというレベルの問題だ。

 無碍にはできないだろう。


「ああ、まぁ確かに―――ユピテルの利益だけを見るならば、そちらの方が正しいのかもしれません」


 そう、確かに、ユピテル共和国の為だけを見れば、無理にでも王国から金を受け取って帰国するのがいいだろう。


 実際、手ぶらで帰れば、ラーゼンには少し小言を言われるかもしれない。


 大森林の開拓には長い時間がかかるし、行路が開かれても、利益が見えるのはさらにその先だ。

 数年の間は、ユピテルも資金繰りには苦労することになるだろう。


 まぁ実はこの代案自体は、元々ラーゼンとの事前協議の中でも、可能性としては出ていた物だが…それでも、他の選択もある中で、俺のこの選択は、ユピテルの大使としては間違っている。

 ラーゼンもまさか本当にこんなことを実行するとは思っていなかっただろう。


 けど、だからと言って、今の王国から資金を搾取したとき――この広大な国が…国の民がどうなるかくらい、分かっている。

 今現在、王国は、ユピテルなど比ではないくらいに、危機に陥っているのだ。


 俺は、少しおどけたように言った。


「でも―――どちらも幸せになれる方法があるのなら、そちらの方がいいに決まっているじゃないですか」


「―――」 


 リーゼロッテの目が見開いた。

 驚いているような――いや、ひょっとしたら呆れているのかもしれない。

 きっとそうだろう。

 

 でも、それでもかまわない。


「それに、そもそも私と私の部下は―――私人として陛下に協力していましたから、ユピテルに対してそれほどまで大きな借りがあると思う必要はないかと」

 

 ついでにここぞとばかりにそう言っておいた。

 勿論、建前だ。

 アルトリウス隊の隊員が、神聖教徒を倒して回ったところなど、誰もが目撃している。

 この1か月の間、ユピテルとの協力関係を――リーゼロッテは国民に隠さなかった。


 でも、それで、少しでもこのいたいけな女王の罪悪感が休まるなら、俺はいくらでも私人になろう。

 王国を救ったのは、ユピテルなど何の関係もない、通りすがりの男たちだ、と。


「――ふふ」


 そんな俺の言葉に――リーゼロッテは笑みを漏らした。


「本当に―――変わった方ですわね」


「……まぁ、よく言われます」


 俺自身、きっと前世の俺だったら、こんな選択はしなかったと思う。

 いい意味でも悪い意味でも、俺は歯車のような人間だった。

 きっと自分の考えなど押し殺して、上司の意向に従っていただろう。


 この世界で色々な物に触れて、自分が上の立場に立って――俺も少し変わったような、そんな気がする。


「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます。ブレア大森林の開拓、そしてユピテル共和国との行路の開設―――時間はかかるかもしれませんが、必ず完遂させましょう」


「――お願いします」


 ラーゼンにはいい感じに言い訳を―――今頃リュデがいい感じに考えてくれている。多分。

 正直、王国よりは、ユピテルの方が余裕があるし、案外ラーゼンならもっと違う手段も考えているようにも思える。


 そんなことを思っていたのだが、

 

「――でも、それなら……私人としての貴方と貴方の部下達に、私も私人として何かお礼をしなくてはなりませんね」


 リーゼロッテがそんなことを言い出した。


「へ? いや――別にそれは、大丈夫だと思いますけど」


 これにさらに報酬が加えられては、気を使って色々やったのがふいになってしまう。

 特に報酬なんて要らなかったのだが――


「そうですね。では―――貴方の部下全員に、ユースティティア王国の《名誉士爵》の地位を贈ります」


「…《名誉士爵》―――」


 意外な物を贈ってくれた。


 一応騎士爵――という、まぁ爵位の紛い物のような物ではあるが、名誉とついているため、特に王国に対して責任はない。

 本当に名だけの称号のような物だ。


 ただ――


「これがあれば、王国のどの都市でも検閲を無条件でパスできます。王国が復興した際――是非観光でもしていってください」


 リーゼロッテが説明してくれた。

 まぁ一種の通行券のような物だ。

 割と嬉しいかもしれない。


 リーゼロッテからしても、その程度なら大して負担でもあるまい。

 こちらも気兼ねなく受け取れる。


「ああ、それなら…多分喜ぶかと思います」


 今後俺の部下たちがどうするのかは知らないが…まぁ損する物ではないし、いつか役に立つこともあるだろう。


 ――と、ここまでは良かったのだが―――続く彼女の言葉は、俺の度肝を抜いた。


 リーゼロッテは微笑みを崩さず、そして言った。


「それと、貴方には―――この国の王位を」


「ああ、それも……ん?」


 今なんて?


 ―――おうい?

 

 王位って……王様?

 将棋のタイトルとかじゃなくて?


「そして、なんと、今なら私の純潔も付いていますわ」


「―――は!?」


 タイトルじゃなかった。

 これ、あれだ、入り婿ってやつだ。


「どうでしょう。女性としての魅力なら、それなりに自信がありますのよ」


「―――!?」


 混乱する俺をよそに――リーゼロッテはやけに前かがみに俺を下から見つめてくる。

 彼女の今日のドレスは、若干首元が開いたタイプの物で、前かがみになると――見えてくる物がある。

 それは、弾力もあり――プルンと柔らかそうなボリュームと―――その間に見える――谷間…。


 みようとしなくても、思わず視線が行ってしまうような――そんな男性の欲を刺激する隙間だ。


「――――」


 ごめん、オスカー。

 実は俺ずっとお前の事バカにしていたけど、確かにこれは―――バカにならない破壊力があるよ。


 目に見えて動揺する俺に、やけに甘い声でリーゼロッテは続ける。


「見たところ、貴方の周りの女性は、控えめの方ばかりですし、たまにはこういったタイプも試してみては?」


 おい、ヒナの悪口はやめろ―――じゃなくて、ヤバい。

 確かにうちの子達の誰もが勝てない、圧倒的なボリュームだ。


 ええい、落ち着け。

 大丈夫だ。

 彼女たちも勝っているものはあるはずだ。感度とか。

 

 いや違う、そうじゃなくて。

 折角、エトナ達との関係が穏便に終わったのに、また厄介なことを抱え込むわけにはいかないだろ。


 それに――そうだ。

 これは、リーゼロッテの冗談だ。

 

 真に受けるな。

 男なら、クールに流せ。


「――は、はは。大変魅力的な話ですが、一国の王なんてものは、少々私の肩には荷が重すぎますよ」


 自問自答の結果、クールどころか、若干顔は引きつっていたが、何とか俺はそう答えた。


「むむ、つれないですのね…。今日ほど王族であったことを恨めしく思ったことはありませんわ」


 すると、リーゼロッテはやけに大げさに頬杖を突く。


「……冗談ですよね?」


「さぁ、どうでしょうか?」


「……勘弁してくださいよ」


「ふふ」


 わざとらしくそう言う彼女の真意は、結局つかみ損ねたが…おそらく冗談だろう。

 うん、冗談ってことにしておく。


 きっと大事なのはその真偽じゃなくて――今彼女が、笑っているっていう事実だ。

 作り笑顔でない彼女の笑顔は、まぁ確かに魅力的ではあったけど。


 そして、少し間を開けて、リーゼロッテは口を開いた。


「そうですわね…。フラれてしまったら仕方がないので―――アルトリウス様、貴方には―――『王国の友』という称号を贈ります」


 まぁどちらにせよ最初から冗談だったのだろう。

 すぐに別の提案を出してきた。

 上手くからかわれてしまったな。


 しかし――


「『王国の友』?」


 称号と言ったが…既存の物ではなさそうだ。

 あまり大層な物だと気が引けるのだが――


「別に、堅苦しい物でもありません。正式な地位でもありませんし――ただ、私が国王である限り、私と王国は貴方に対する感謝と敬意を忘れず、貴方と友であり続ける―――そういう意思表明みたいなものですわ」


 俺の言葉に、リーゼロッテが説明をする。


「この先、もしも何か困ったり、助けが必要な時は、いつでも頼って下さい。私と王国は―――できる限り、貴方の力になりますわ」


 正式な地位ではなく口約束なら…いいのか?

 まぁ俺個人の話だし、王国の負担になりそうなら、俺が頼らなければいいだけだし――それに、もしかしたら、実際に彼女の力を借りなければならないときはくる可能性はあるか。


「ありがたく――拝命します。もしかすると……近い将来、頼るかもしれませんので」


「何か困りごとでも?」


「ええ、まぁ…もしかしたらあるかもしれない戦いと――――家族計画について、ですかね」


「あぁ、ユピテルは……一夫一婦制でしたわね」


 納得したように、リーゼロッテは頷いた。

 もはや隠していないが――言わずもがな、4人の彼女達との――将来の事だ。

 この言葉だけで、リーゼロッテは察してくれたらしい。


「まぁ、はい。そういう事ですね」


「ふふ、貴方ならいつでもお待ちしておりますよ」


 笑顔で女王はそう言った。


 これで一応――王国への伝手はできたかな。

 まだ将来の事はどうなるかわからないが、最低限の条件は達成した。

 伝手にしてはデカすぎるけどね。


「――それで、あるかもしれない戦いというのは?」


 そして、当然俺の前半の部分にも、リーゼロッテは反応をした。


「…そうですね。陛下には――全てをお話しします」


 それは――要するに、この王都を揺るがす騒動、《神聖教》と《セントライト》についてと、その元凶――《神族》についての真相だ。


 元々、彼女とゆっくり話す機会があれば、全て打ち明けるつもりだった。

 

 この王国を預かり――そして、セントライトの血も引く彼女には、きっと知る権利がある。


「―――長く…途方もない話です」


 俺は、ゆっくりと話し始めた。 


 700年前の、イオニア帝国皇帝の実態と、《ニルヴァーナの滴》の力の話。

 それを使ったセントライトと《神族》の、700年かけた野望の話。

 セントライトが塔で目覚めた話と、知りうる限りのその原因。

 今回の騒動の中で、《神聖教》を含む殆どの事が、《神族》によって招かれたことだという話。

 《神族》の実態と、彼らの目的が、人類に混乱をもたらし、存在を取り戻す事だという話。


 話さなかったのは、精霊王の事と、ルシウスや転生の事くらい。

 これらは王国はあまり関係ないし、どちらかというと、俺の問題だ。

 まぁどうしてこの《神族》の真相を知っているか聞かれたら教えるつもりではある。

 けど、多分頭こんがらがるよね。

 


「……それで、あの時初代様を利用して、先の騒動を引き起こしたのが――最後に消えていった少年で、彼こそが人類に混乱をもたらそうとした『神族』、と?」


「ええ、まぁ…そういう事です」


「……」


 時間がかかったが、概ね話し終えた。 


 リーゼロッテは、何とも難しそうな顔をしている。


「700年前とは…気の遠くなるような話ですわね」


「信じてくれるんですか?」


「信じるも何も――ようやく…あのとき初代様の言っていた事の合点が行きました」


 ああ、確か――俺が来る直前、セントライトとリーゼロッテは何やら問答をしていたな。

 俺が割って入った形になったが。


「でも…そうですか。やっぱり王国のこの700年間は……作られた物でしたのね」


 彼女としては――この王国が――リーゼロッテへの血筋が、《神族》によって存続させられていた物だという事がショックだったようだ。


 まぁ、それもそうか。

 今までの自分の存在意義が、セントライトの復活のためだと言われては―――色々と思うことはあるだろう。


「陛下―――」


「―――大丈夫ですわ」


 声をかけようと思ったら、すぐに返事が飛んできた。

 少し不安げだが――目は前を向いているように思えた。


「確かに――初代様の描いた王国はもう終わりました。これ以上、私が――『獅子王の血族』が、紡ぐ王国には意味がないのかもしれません……」


 初代国王セントライトにとっては、この王国は、自身の復活のための物だったともいえる。

 王国の全部がそうだとは思わないが、少なくとも、長らく続いてきた「王族の血」という物の必要性はもうない。


 しかし彼女のその声色は、それほど暗い物ではなかった。


 リーゼロッテは澄んだ声で言う。


「…でも――ここからは、私が王国の未来を描けばいいんです―――。あの時、絶望しそうな私の元に――暖かい光を放ちながら舞い降りた少年が、示してくれたように」


 彼女の瞳は、真っ直ぐと優し気に、俺を見つめていた。


 過去など関係ない。

 今と未来を見ていこう。

 そういう決意に満ちた瞳だった。 


「…そうですね」


 その少年って…俺の事、だよな?

 別に何かを示したつもりはないが――まぁ何かのきっかけになってくれたのなら、幸いだ。


「――とにかく、その『神族』は、あまり良くない存在で、まだアレと似たようなのが、あと2人はいる、ということですのね」


「まぁ、はい。そんな感じですね」


 とりあえず、話は理解してもらえてよかった。


「なので、難しいかもしれませんが、陛下も気にして置いた方がいいかもしれません。『悪霊』の噂などが出たら、奴らが動いている可能性も高いです」


「わかりました。頭の中に入れておきます。この話は―――他の方にもしていいのですか?」


「あぁ、まぁ…それは陛下に任せます。信頼できる人には伝えて置いた方がいいかと」


 多分、フィエロとかギルフォードあたりには話しておいた方がいいだろう。

 そもそも隠しているわけではない。


「なるほど…わかりました」


「―――信じてくれて助かります」


「ふふ、他でもない()の話ですもの。信じないはずがないでしょう?」


「…ありがとうございます」


 あれ、『王国の友』って…リーゼロッテの私的な友達扱いじゃないよね?

 いや、まぁどうせ非公式な称号だし、それでもいいんだけど…いや、良くないのか?


「―――アルトリウス・ウイン・バリアシオン様」


「はい?」


 そんな変な感慨の俺を、リーゼロッテが呼んだ。

 フルネームで誰かに呼ばれるのは久しぶりだ。


 彼女はなんだか少し改まった感じで、こちらを向いている。


 いったい何だろう。


 リーゼロッテは真っすぐに俺を見据え、ゆっくりと立ち上がり、そして―――


「―――この国を救って下さって、本当に……ありがとうございました」


 それは、深々とした――礼だった。

 一国…しかも、大国の女王が――たかが他国の大使に、深々と頭を下げていた。

 

 臣下がいないとはいえ、もしも他の人間に見られたら、ユースティティアはユピテルに屈したとも取られかねない、そんな光景だ。


「―――陛下…」


「ユースティティアの女王として。そして―――1人の王国民として―――貴方に感謝を」


「いや、その―――」


 ここで、俺が言うべき言葉はなんだろう。

 咄嗟にでた、「そんなに大したことしてないです」とか「頭を上げて下さい」なんてのは、違う気がする。


 きっと、彼女…王国にとっては、俺のやったことは、「そんな大したこと」だ。

 小さな覚悟で、彼女は頭を下げたわけじゃない。


 本当にありがとうと、心からそれを俺に伝えたくて、そう言ったんだ。

 

 ―――そうだな。


 だったら俺も、こう答えるのが自然だ。


 誰かにお礼を言われたら、必ず返す言葉。


「―――どういたしまして」


 そんな言葉と共にユースティティア王国女王、リーゼロッテとの面会は、終了した。




● ● ● ●




 王城を出たころには、既に夕方になっていた。

 稽古をしていたのがまだ朝だったことを考えると、随分話していたことがわかる。


 いや、もしかしたら、結局あの後、王城を出るのに手間取ったからかもしれない。


 まさかこの歳になって迷うとは思わなかったが…流石にこの城が広すぎるのが悪い。アノールロ●ドかよ。


 でも、まぁ――有意義な会談だった。

 最初は緊張したけど、色々と――話せてよかった。


 それに――


「―――ありがとう、か」


 彼女に言われた感謝の言葉。

 彼女が見せた微笑み。

 きっと俺は一生忘れないだろう。


 これもまた、俺が守った物の1つだから。


「―――終わったの?」


 そこで、隣から声が聞こえた。


「ああ、リン、いたのか」


「知っていたくせに」


 現れたのは、灰色の少女――精霊王リンドニウムだ。

 まぁ近くにいる気はしていた。

 コイツは人前だと中々姿を現さない。

 そのせいで皆にきちんと紹介できてないんだが…まぁ焦る必要もないか。


「……さぁ、戻ろうか」


「ええ」


 王城の外壁から夕焼けが顔を出す中、俺たちは歩き出した。


 とりあえす、女王に必要な事は伝え、ユピテルへ帰るめども付いた。


 もちろん、まだまだ――不安なことはある。


 ルシウスのいった、『次が最後』という言葉とか。

 

 リーゼロッテにはああ言ったが、『神族』と相対したとき、俺は決断できるのか、とか。


 それこそ、今後の家族計画の話とか。


 後は―――俺に残された時間の話、とか。


 まぁでも、今は…今を見よう。


 この―――俺が守った―――1つ1つの大切な『今』を。




● ● ● ●




「はぁ…はぁ…―――クソ!」


 暗い夜道を、1人の痩躯の男が走っていた。

 まるで大通りを避けるかのように、必死に裏の通りを走る男だ。

 何かに追われている、もしくは何かから逃げている。

 そんな必死さのある男だった。


「はぁ…はぁ…クソ…王国め……これで――最後の教会だったのに―――」


 そう、この痩躯の男は――『神聖教』司教の最後の生き残り、ネルソン・ビブリットだ。

 

 彼は、ここのところ、必死に王都の追手から逃げていた。


 あの王城の戦い。

 『闘鬼』デストラーデが敗北した時点で――ネルソンは状況は劣勢だと判断。

 部下も連れずに逃走をはかった。


 その判断自体は、間違っていなかった。

 実際、王城にとどまっていたら、彼もここまで逃げることはできなかっただろう。

 

 だが、結局逃亡しても、意味はなかった。

 王都のビブリット商会の支部に駆け込むものの、すぐにモーリス敗北の知らせと、プトレマイオス死亡の知らせが来たのだ。


 ―――これはもう無理ですね…。


 ネルソンはこれはもう計画の遂行は不可能だと判断。

 支部から支部へと一目散に逃亡し、王都の外へと逃げ出したのだ。


 女王側も、しばらくの間は王都の復興に追われていたものの、ここのところは、動きが目覚ましい。


 ネルソンの潜伏している都市まで騎士の姿を見かけるようになった。


 既にビブリット商会も瓦解。

 どの都市の支部も女王側に抑えられ、使えない。


 かろうじて残っていた『神聖教』の拠点を転々としていたが、それも次々と拿捕されている。


 再起を図るには、もっと遠くでゆっくりとやり直すしかない。


 ――そうだ…父上も命からがらでも逃げ出し―――次代に託したのですから。


 かつて――ネルソンの養父、ティエレンは、王国からの弾圧から1人逃げ延び、ずっと長く隠れ偲ぶことで、神の教えをネルソン達まで引き継いだ。


 ならば、ネルソンもその意志を絶やさぬ使命がある。


「そうだ…私には神がついている。できるはずです!」


 そう、これも神の試練だ。

 きっとこの試練を乗り越えた先に、ネルソンの望むものがある。


 そう信じて、ネルソンは必死に走っていた。


 だが―――


「―――いや、もう君達はいらないよ」


「―――!?」


 正面…ネルソンの前に―――2つの人影が現れた。


 フードを被り、顔が見えない男と―――その傍に立つ、やけに不気味な水色の髪の少年だ。


 暗闇の中ではやけに目立つ水色の髪の少年が、ネルソンを睨みつけながら言った。


「まったく、期待外れだ。ここまでお膳立てをしてやったのに……君達は何の役にも立たなかった」


 それは―――ひどく冷淡な声だった。

 怒りのような、落胆のような、悲壮のような――様々な物が入り混じりつつも、冷え切った声。


「君達が無能なせいで、リードは消えた。長年連れ添った―――僕らの家族が」


「なん…ですか? お前は…お前らはいったい」


 コイツ等は…不味い。

 

 そんな嫌な予感が頭をよぎるも、体は硬直して動かない。


「――もういい。どうせもう神聖教は使えない。リードの運命視が無い今―――長期間の計画は不可能になった」


「いったい…何をわけのわからないことを……」


「―――やれ」


 戸惑うネルソンに、少年は、ただ一言、そう言った。


「――!?」


 ――なんです? やれって…何を?


 そう―――ネルソンが思考した時にはもう遅かった。


「――――」


 瞬間的に感じる痛み。

 そして―――視界に走る真っ赤な血潮。


 それらを理解した時には、全てが終わっていた。


 フードを被った男が腰の剣を引き抜き、ネルソンの首を瞬時に両断したのだ。


 瞬くほどの速さ。

 断末魔を上げる事すらも許されなかった。



「―――」


 水色の髪の少年は、そんなネルソンには一瞥もせず―――ただ夜空へ顔を上げていた。


 その瞳に映る星々は、彼の感情に触れたかのように憎しみの光を禍々しく放っていた。


「―――もう…もう許さないぞ人間共…調子に乗りやがって……よくもリードを……。また僕から…僕たちから同胞を奪ったな……」


 そして、わなわなと震える声で、決意のような叫びが漏れ出る。


「そっちがその気なら―――やってやる。残り全てのカードを使って―――思い知らせてやる」


 この700年。

 いや―――もっと昔から、枯れることのない怒りと憎しみ、その憤り。

 すでに消えてしまった同胞達の叫びが―――彼を突き動かす。


「待っていろ《特異点》――いや、アルトリウス。次が―――お前の最後だ」


 そんな声と共に2人の姿は闇夜の中へと消えていった。


 世界の雌雄を決する序曲の――流れる音が聞こえた。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 長い長い王国編をようやく終えることができました。

 王国編はプロットの見通しが甘かった事に加え、物語の伏線回収を盛り込んだせいで、随分苦労し、お見苦しい点も多々見られたと思います。

 この休載の間にここまでをもう一度読み直し、気になる点や細かな矛盾点などは直す予定です。大幅な修正はない(と思いたい)ですが、どうしても出てしまった場合はお知らせ致します。


 今日まで執筆のモチベが保てたのは、読者の皆様のおかげです。

 ptが欲しくて投稿を始めたわけではないですが、やはりブクマが増えたり感想が貰えたりすると、とても嬉しいです。本当にありがとうございます。

 まだまだ未熟者ですが、精進してまいりますので、どうか最後までお付き合い下さい!

 長文失礼いたしました。

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[良い点] 3日間かけて読みました。ファンタジー作品で成長系の王道ですが、テンポがよく、苦もなく読み進められました。剣と魔法の異世界戦闘ものですが、主人公の成長を軸に書いてあるのが良かったです。 [気…
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