第226話:騒動の後
ポケモン楽しそうですね(^^♪
「――てやぁぁああ!」
「――フッ!」
木剣の音と、剣士の掛け声が、王城の中庭にこだまする。
俺の眺める前で、剣を合わせているのは、青髪の少年、カインと、金髪痩躯の青年、トトスだ。
今日、この組み合わせは2本目になるが、彼らの実力は拮抗しているようで、中々試合は長引いている。
先ほど一本取ったトトスもかなりギリギリといったところだった。
「―――今回は――カインさんが押していますね」
「ああ、アイツ、剣に関する学習能力は高いからなぁ」
そんなことを言いながら、2人を眺めるのは、俺とシンシアの2人だ。
王都の騒動から――概ね1か月と少し。
「剣士」ばかりのメンツからお察しの通り、今日はトトスに誘われ、剣の合同稽古をしているのだ。
「―――どりゃぁぁぁああ!」
「――っ!」
俺達の前では、中々に白熱した戦いが繰り広げられている。
速さではトトスに軍配が上がる。
しかし、先ほどはその速度に翻弄されていたカインも、今回は上手くトトスの動きに合わせて対応している。
水燕流や甲剣流ではカインの方が上手。臨機応変に対応できているという感じか。
ここにいるメンツだと、彼らの実力が一番拮抗していて、見ている分にも、退屈しない。
カインの剣を見たのは久しぶりだが、最後に見たときより随分成長していた。
もっとも――先ほどそう言ったら、「お前にだけは言われたくねぇ!」と返された。
別に皮肉を言ったつもりはないのだが…《第四段階》に達している俺は、この中だとどうしても少し頭抜けて見えるので仕方がないか。
「――ギルフォードさんやメラトスさんも参加できれば良かったんですけどね」
彼ら2人の戦いを見ながら、俺の隣でシンシアがそう言った。
「…仕方ないよ。人手不足らしいし」
そう、本当はトトス以外の2人も――今日の稽古には参加する予定だったのだが、さすがに有能な騎士を2人も余らせておくほど、今の王国に余裕はないだろう。
騒動から、1か月といってところか。
確かに、王国は、形の上では、平穏が戻っている。
だが――まだまだ完全に復興したわけではない。
むしろ、ようやく復興が始まった、といったところか。
あれから間もなく、神聖教の暴徒たちはギルフォード達王国の親衛隊と、俺の隊の面々によって鎮圧された。
何でも、神徒達の指揮をしていた「司教」の1人を、フランツ達1班が、早期に片付けてくれたことにより、鎮圧が円滑に進んだようだ。
ただ――その「司教」のうち1人を逃がしてしまった、という話を聞いた。
ビブリット商会の会長をしていた男であるらしい。
ビブリット商会も軍属派も《神聖教》だった――というのは俺は後で聞いた話だが、彼の行方も、女王を悩ます種の一つだろう。
トトス達――「人攫い」に遭ってしまった人たちは、つい数日前に王都に到着した。
俺の言葉を実行してくれたようで、女王はすぐさま彼らの救助隊を出していたらしい。それなりに早く帰還することができたのだとか。
彼らの帰還に尽力したトトスは、明日から仕事に復帰するのだが、その前になまった身体を叩き直すため、俺達と剣の稽古を申し込んできた、というわけだ。
休暇なんだから、休めばいいのにとも思ったが―――まぁ折角誘ってくれたなら、断る理由はない。
彼としては、自分が倒せなかった『鴉』を倒した俺の剣を是非間近でみたいとのこと。
向上心の高さはヒナ顔負けだな。
ちなみに――『鴉』…あの兄妹の行方は分からない。
トトスが塔を後にするときには、もう彼らの気配はなかったようだが――まぁあれほどの実力を持つ2人だ。死んでいる事はないだろう。
『鴉』が実際にしたことは、仕事とはいえ許されることではない。
俺としては、同情する余地がない事もないが――まぁ今後は人に迷惑をかけずに残りの時間を過ごして欲しい物だ。
さて、では俺はというと――それなりに忙しかった。
といっても、別に王国の手伝いをしたわけでもない。
俺自身は、手伝っても良かったのだが――王国からは、頼むからそのまま休んでいてくれと言われた。これ以上俺達に迷惑をかけたくはないようだ。
まぁ部外者の俺たちが変に関与しても、むしろ向こうの仕事を増やすだけかもしれないので――俺達ユピテルの一行は、しばしの休暇を取ることになった。
リーゼロッテも、今はこちらに構っているほどの暇はないだろう。
地下で幽閉されていたユピテルの穏健派の面々は、地上の相応しい場所での滞在になり、まぁ特にやることもなく過ごしている。
女王との話がまとまるまでは、勝手にユピテルに帰るわけにもいかない。
というか、どうせ帰ろうにも、2000人もの旅路。それなりに準備期間は必要だ。
俺の隊にも休暇を出した。
観光の許可も出したのだが、まぁ、外を歩いても――燃えて朽ちた家や、活気のない商店街がどうしても目について、楽しめはしないかもしれない。
さて、俺も半ば休暇のような物だったわけだが、どうして忙しかったのかというと、それなりに個人的な事が立て込んだからだ。
家族との再会だったり。
目覚めたヒナに「また無茶して!」と怒られたり。
リュデや隊員から、王都の方で起こったことのあらましを聞いたり。
救出した穏健派のトップ――カルロスと協議をしたり。
リンドニウムと共に、深淵の谷へと行ったり。
他にも、シンシアをエトナや家族に紹介したり。
彼女たちの夜のお誘いに応えたり―――。
と、まぁとにかく…色々とあった1か月だった。
ある意味充実していた、ともいえるが――その間に苦労しているリーゼロッテたちの事を思うと、若干複雑な気持ちではある。
「……上手いです!」
そこで、シンシアの感嘆の声が聞こえた。
一瞬何の上手さかと思ったが、どうやら、カインの剣の話のようだ。
ここ最近の出来事を考えているうちに、2人の決着がついたのだ。
「―――ふぅ、お見事です」
「はぁ…はぁ…いや、ギリギリだったよ」
見えたのは、カインがトトスの首元に剣を突き付けている姿だった。
予想通り――今回はカインが勝ったらしい。
まぁ見ていた感じ、どっちが勝ってもおかしくない勝負だったけど。
この3人の中だとシンシアが少し抜けている感じか。
彼女のスピードには、トトスもカインも敵わない。
「――いやぁ、シンシア殿といい、カイン殿といい……世界は広いですなぁ」
トトスは負けたというのに清々しい顔をしている。
いつも険しい顔をしているギルフォードと違って、やけにさっぱりした性格なのがトトスだ。
「さぁでは、烈空殿、もう一本お願いしてもよろしいでしょうか?」
「――ああ、勿論だ」
今さっきカインにのされたばかりというのに、まだまだやる気充分のようだ。
ちなみに、彼は先ほど、俺にもシンシアにもボコされている。
カイン相手なら、五分だろうが、俺とシンシアとは何度やっても同じ結果だろう。
その実力の差は、一朝一夕の差ではないのだ。
それでもめげないのは――流石は聖錬剣覇の弟子といったところか。
彼を見ていると、昔――シルヴァディに何度でも挑んだ自分を思い出すな。
彼が俺達と剣を交えることで、何か得る物があればいいのだが。
そんな若干懐かしい気分になりながら、トトスとの試合のため、木剣を手に取ったとところで…。
「―――アルトリウス、ちょっといいか?」
――少し離れたところから、そんな声が聞こえた。
王国で俺が呼びすてにされるのは珍しい。
家族や友人はともかく、一応俺はユピテル全権大使という結構な地位を持っているのだ。
ギルフォードもトトスも、俺には何らかの敬称をつける。
つまり、現れたのは、それに匹敵するような地位と実力を持つ人物――。
「――師匠!」
といったのは俺ではなく、手前のトトスだ。
そう、現れたのは――薄紫色の髪に、獅子王から取り戻した銀色の剣を携える剣士――『聖錬剣覇』フィエロだった。
王城の戦いから数日ほどで回復した彼も、ここのところは王都の復興で忙しかったはずだが…。
「アルトリウス、陛下がお呼びだ」
「――陛下が?」
「ああ、ようやく時間が取れそうだから―――是非会いたいと」
どうやら、女王リーゼロッテの使いのようだ。
彼女とは、伝令越しには何度かやり取りをしたが――実際に会うのは、騒動の日以来だ。
「えっと、今ですか?」
「そうだな」
今は剣の稽古中だったが…
まぁ誘ってくれたトトスには悪いが、彼の上司が呼んでいるのだから、そちらを優先させた方がいいだろう。
「わかりました。では――すぐに正装に着替えて…秘書と共に参ります」
そう言って、踵を返そうとしたのだが、
「いや、別に謁見というわけではない。そのまま1人で来るといい」
「――えっと…この格好で大丈夫ですか?」
俺の着ているのは、シャツに皮のズボンという動きやすい普段着だ。
貴族との対談で着るようなものではないが…。
「ふ、構わん。どうせもう――礼儀を気にするような家臣もいないのだしな」
「――そうですか…」
なんとなく――今の王国のヤバさが知れる一言だった。
家臣のほとんどが軍属派…それどころか神聖教だった、とかいう話は聞いた。
今謁見をしようとしても、あの時のように参列する大臣などいないのだろう。
リーゼロッテが、今日までずっと忙しかったのもうなずける。
それを考えると、俺との面会なんてもっと後回しにしてもらってもいいのだが――まぁ大使としての立場もあるか。
さっさと王国側と話をつけるのも、必要なことだ。
「わかりました。じゃあトトス、悪いけど――剣の相手はシンシアにでもして貰ってくれ」
「――あ、はい。ご指導、ありがとうございました!」
トトスはそう言ってびしっと礼をした。
うん、最後まで気持ちのいい青年だ。
思わず自分が彼より年下の見た目であることを忘れてしまうよ。
そんなことを思いながら、俺はフィエロと共に、中庭を後にした。
シンシアを家族に紹介する件や、深淵の谷へ行った件は、王国編の後の間章で詳しく取り上げるつもりです。




