第225話:彼の守ったもの
「―――ん……」
目を――開けた。
視界いっぱいに入ってくる明るい光と――若干の重さを感じた。
両肩と、腹あたりに感じる重量感だ。
何だろうと視線を回すと……
「―――あぁなるほど」
それは、俺に寄り添う、3人の少女だった。
右には黒髪の少女、エトナが俺の肩に寄りかかり、幸せそうに眠っていた。
左では赤毛の少女、ヒナが少し控えめに俺に身を寄せて寝息を立てていた。
腹の方では――途中まではベッドの傍の椅子に座っていたのだろう。
椅子の上でベッドに眠る俺の腹にもたれかかり、すやすやと眠る金髪の少女――シンシアだ。
皆、安心しきったように眠っている。
起きたら美少女3人と同衾していた、なんて――よく考えるとまだ夢の中かと錯覚してもいい出来事だが……まぁ俺も驚かないあたり、内心はまんざらでもないのだろう。
むしろ1人足りないな、とすら思ったのだから。
「――ここは……」
少女たちの寝顔を微笑ましく眺めながら、俺は周囲を確認する。
――ここは、見覚えがある。
俺達が王都の調査をしている間に使っていた拠点の屋敷で、俺が使っていた部屋だ。
俺が眠った後――誰かが運んでくれたのだろう。
この様子を見るに――どうやら、ルシウスの言っていた通り、本当に全て終わっているようだ。
どれくらい眠っていたかわからないが……それほど経っていないような気がする。
「―――よっと」
なるべく彼女たちを起こさないように、俺は立ち上がった。
気持ちよさそうに眠っているので、起こしてしまうのは、しのばれる。
王国に来てからは、彼女たちもきっと大変だっただろう。
ベッドから降り、軽く身体を捻る。
うん、調子も――それほど悪くない。
とりあえず外の様子を確認しようと扉に手をかけたところで―――向こうの方から、扉が開いた。
「ひゃっ」
扉から現れたのは、びっくりしたような声を出す―――亜麻色のポニーテールの少女だ。
何故か寝間着姿だが……言わずもがな、足りないと思っていた最後の1人、リュデだ。
「リュデ」
「――あ! アル様――良かった…。お目覚めになられていたんですね!」
「ああ、おはよう」
「はい、おはようございます」
リュデは、にっこりと挨拶を返してくれた。
可愛い。
「王都は……大丈夫だったみたいだな」
「あ、はい。あれから――ギルフォード様達率いる王国の親衛隊が中心となって、1日かけて《神聖教》の残党を掃討したんです。今は、それからさらに一夜明けた朝ですね」
「なるほど」
まぁ丸一日眠っている間に、どうにかなった、ということか。
「私たちユピテル側は、鎮圧の終了次第、ひとまず待機、ということになりました。アル様も眠っていましたし……王国の方も、こちらに構っている余裕はなさそうでしたので」
「そうか…」
俺たちは、所詮はよそ者の――言ってしまえば傭兵みたいなものだ。
暴徒の制圧が終わってしまったなら、後はそれほどできる事はない。
こちらとしては、待機は構わないが――リーゼロッテやギルフォードはまだまだ忙しそうだ。
「――リュデが皆に指示してくれたんだろ? 助かるよ」
俺の留守中は、リュデに使節の指揮を任せていた。
俺が来るまで女王が無事だったのも、俺が眠っている間、王国側との段取りがスムーズに行われたのも、彼女のおかげだ。
王国に来てからは、彼女に頼りっぱなしだな。
「あ……いえ。私は、その―――やっぱりアル様みたいにはできませんでしたので」
すると、そう言ってリュデは少し表情を曇らせた。
実際に彼女がどのように指揮をしていたのか俺は知らないが――まぁこんな事態だ。彼女としても、何かしら思うところはあって当然か。
「別に――俺だっていつも正しいわけじゃないし、失敗だってする。他の人みたいにやろうとする必要はないよ」
少女の亜麻色の髪を撫でる。
「実際にどういう指揮をしたのか、俺は詳しくは知らないけれど……リュデはリュデなりに頑張ってくれたんだろ? 俺としてはそれがすごくありがたいんだ」
「アル様……」
少し、リュデの瞳はうるうると光って見えた。
「皆のために、決断してくれて、ありがとう。よく……頑張ったな」
そう言って――俺はリュデをを優しく抱きしめた。
一瞬びくっと震えた彼女の肩だったが、すぐに彼女からも身を寄せてきた。
昔は遠慮しがちだったのが、たくましくなったものだ。
「――それで、リュデは何をしにここへ?」
「―――へ?」
少し落ち着いたところでそう尋ねると、胸の中の少女の肩が再びびくりと震えた。
何かやましい事でも考えていたのかと思ったら、彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「あーえっと……仕事がひと段落して……その――皆さんばかりズルいと思ったので、私も混ざろうかと…」
「―――混ざる?―――って、あー……」
あっちのベッドで気持ちよさそうに眠っている3人の事か。
だからリュデは寝間着だったわけだ。
「い、いえ、何でもないですから! そ、そうです! アル様が目覚めたこと――皆さんにお知らせしてきますね!」
「え?」
別に問い詰めるつもりなどなかったのだが、リュデは誤魔化すように俺の胸から離れ、綺麗に一礼をしてトコトコと去って行った。
添い寝どころか、あんなことやこんなこともする仲なのに、いまさら何を遠慮するんだか。
「――さて」
そのままリュデを追いかけても良かったが、少し思うところもあったので、やめておいた。
「そうだな、とりあえず――アイツを探すか」
どこともなく呟いて、俺は歩き始めた。
● ● ● ●
「―――なんだ、こんなところにいたのか」
少し――彼女を見つけるには時間がかかった。
《契約》の影響か、なんとなくどの方向にいるのかは分かったのだが…建物の外だとは思わなかったのだ。
ここは、屋敷の外――。
いくつか生えた木々と池が目立つ、屋敷の庭だ。
その池のほとりで、灰色の髪の少女が、こちらを向いた。
「―――起きたのね」
「それくらいわかっていただろ?」
「……まあ」
特に表情を変えずに答えるのは少女――リンドニウム。
「――調子はどうだ?」
「精霊には―――調子も何もないから」
「そっか」
少女は不愛想に答えた。
自然を体現し、人を越えた超常の存在、精霊――。
前にヒナが呼び出した炎の精霊『イフリート』なんかと比べると、見かけ上は全然そんな風には見えないが…この少女こそが、精霊の中でも最上位と呼ばれる『精霊王』リンドニウムだ。
見た目は年端もいかぬこの少女が、尋常でない力を与える『精霊剣』となることを、俺はこの身を持って知っている。
俺は、相槌を打ちながら、少女の隣に腰かけた。
下は、いい感じの芝生だ。
「アルトリウス、先にこれ――渡しておく」
すると、リンドニウムはそう言ってこちらに手を向けた。
いったい何かと思ったのだが…
「それは―――」
少女の小さな手に握られていたのは、小指大の黒いオーブ―――。
「……《ニルヴァーナの滴》――」
そう言いながら、俺は彼女からオーブを受け取った。
《ニルヴァーナの滴》――確か、神族の1人を犠牲にして造ったんだったか。
こう見ると――こんな小さな玉の中に、《災厄の力》があるなんてわからないな。
「よかった、お前が持っていたんだな。折角これの壊し方が分かったのに――起きたときに手元になかったから不安だったんだよ」
「――壊し方?」
俺の言葉に、彼女の眉がピクリと反応した。
「ああ、確証があるわけじゃないけど―――やってみる価値はある。もう少し落ち着いたら、一緒に試しにいこう」
―――『闇狗』ウルの元へ持っていく。
それで、このオーブは何とかなると、ルシウスは言った。
ルシウスの為にも、ウルの為にも、世界の為にも―――これは実現したい。
リンドニウムも喜ぶと思ったのだが、彼女は少し複雑そうな顔をしている。
「どうしたんだ?」
「…本当に壊していいの?」
尋ねると、少女は質問で返してきた。
「壊したらマズいのか?」
「……だって貴方がそれを使えば――早逝の運命から逃れられる」
「……あぁ」
そういうことか。
早逝…つまり、早く死ぬ。
それから、逃れる必要があるってことは――。
少しだけ息を吸って、俺は尋ねた。
「――俺の寿命、あとどれくらいだ?」
少女は少しだけ憂いを帯びたような表情になっただろうか。
一瞬だけ考え、そして答えた。
「このまま無理をしなければ――短くて10年、長くて15年といったところかしら」
「……そっか。意外と――残っていたんだな」
俺はそう呟いた。
そう――自分の身体の事だ。
薄々分かっていた。
成長期に無理をした――力を望んだ者の宿命。
俺は、歴史に名を残すような英雄と張り合える力を手にした代わりに、この身体に無理をさせてきた。
力を得た代わりに、命を…魔力核を大きく削っていた。
『夜叉鴉』を見て、なんとなくそんな気がしていた。
ただでさえボロボロだったのに、今回も―――特に塔では無茶をした。
そう考えると、予想よりは残っていた物である。
「でも――このオーブを使ったら、寿命が元に戻るんじゃなくて――永遠になるんだろ?」
「そうだけど…」
「永遠の時は、人には過ぎた物だと……そう言ってセントライトを止めた俺が、その力を使うわけにはいかないさ」
そうだ。
永遠の時を生きるということがどういうことか――それほど悲しい事か。
きっとそんな未来は、今すぐ死ぬよりも、苦しく、果てのない道だろう。
そんな――誰も――俺自身ですら救われない未来は絶対にダメだ。
「―――そう」
そう言うと、灰色の精霊はどこか悲しそうな顔をしていた気がするが――
それをごまかすかのように、すぐに彼女は口を開いた。
「でも、どうしてその壊し方が分かったの? 貴方が思いついたわけではないようだけど」
「ああ、それは―――」
少しだけ何て答えるか迷い―――俺はこう言った。
「夢の中で……オルフェウスに会ったんだ、彼に教えて貰った」
「―――!」
あまり表情を変えない少女の顔が動いた。
「本当にそうなのかは…誤魔化されたけど、多分アイツは――オルフェウスだと思う。ルシウス・ザーレボルトって知らないか?」
「……莫大な魔力の痕跡と共に、いつの間にか消えていた闇属性の魔法士ってことは知っているけど」
「…そうか」
『オルフェウスと呼ばれた事もある』―――ルシウスはそう言っていた。
それで半分という意味は、少し測り兼ねる。
実際の『降霊魔法』の仕様なんて知らないしな。
でも、少なくともアイツは、オルフェウスではある。
これは、間違っていないだろう。
しかし――リンドニウムも――ルシウスとオルフェウスの関係は知らないのか。
ルシウスとして彼女に一声くらいかけているのでは、と思ったが…そういうわけでもないらしい。
「そのルシウス・ザーレボルドが……オルフェウスなの?」
考える俺に、精霊の少女が少し食い気味に言った。
「……ああ。ルシウスは『降霊魔法』を研究していたから、それでオルフェウスを降ろしたんじゃないかって」
「『降霊魔法』…」
「《ニルヴァーナの滴》の事や、お前の名前の事を知っていて―――《神族》と敵対している人物なんて、他には思いつかないだろ」
「……」
少女は俺の言葉を吟味し――色々と考え込んでいるようだ。
まぁ長い間オルフェウスを待っていた彼女からしたら――ショックな事だったのかもしれない。
そんな彼女に、俺は続ける。
どうせ彼女には、全部話すつもりだった。
「俺は、そのルシウスによって――異世界から転生させられた人間なんだ」
俺にとっては―――つい最近まで、誰にも言えなかった事。
口に出すと、やっぱり今でも少し怖い。
でも――
「……そう」
少女は、考え込んだままそう頷いただけだった。
「……驚かないんだな」
「――貴方が自分で言っていたじゃない。『魔法なんてなくても世界を制した人類の歴史を知っている』って」
「ああ、そういえば……」
そう言えば、確かにあの戦いで――俺はセントライトにそう言っていた。
人は弱くない。
人には無限の可能性がある。
人の愚かさを主張したアイツに、俺はそう主張したんだ。
一番近くにいたリンドニウムに聞こえていないわけがない。
「だから…貴方の魂がこの世界の人間の物ではないということは―――なんとなく分かっていた」
「そっか」
エトナにしろコイツにしろ、こうも簡単に受け入れられると――今までの俺の悩みは何だったんだという感じだが……まぁ精霊からしたら実は大したことではないのかもしれない。
「でも―――そう。そのルシウスが彼なら……きっと最初から、そのつもりだったのね」
「なに?」
「700年前、あの塔で別れたときから――いえ、ひょっとするともっと昔から―――オルフェウスは貴方に全てを託すつもりだったのよ。セントライトも…《神族》も」
合点が行ったとばかりに、リンドニウムはそう言った。
ルシウスが《神族》を倒すために俺を転生させたという話はまだしていないが――まぁここまで話せばわかる事か。
どこか遠い目をする彼女は、寂しそうにも、吹っ切れたようにも見えた。
「他には? 何か言っていた?」
「へ?」
「話したんでしょう? そのルシウスと。何か――他に言っていなかった?」
「あ、ああ」
俺の転生の話は、やはりそれほど重要ではないらしい。
いや、まぁ別にいいんだけどね。
俺としても――正直彼女に話したかったのは、転生の話ではない。
「――そうだな……。《神族》がどういう存在かっていうのと―――次が最後の戦いだ、みたいなことを聞いた」
「―――そう、最後……ね」
俺の言葉に、灰髪の少女は少し俯く。
「それってさ、《神族》との――最後の戦いってことだよな?」
「……オルフェウスが言ったなら、多分そう」
「……そうか」
ため息を吐くかのように言う俺に―――リンドニウムは目を向けた。
「―――迷ってるのね」
「―――」
「―――リードの消えるところをみて、《神族》の生い立ちを聞いて――本当に彼らを倒して良かったのか、倒すべきなのか、迷ってる」
「……いや、そんなことは…」
――ない、とは言い切れない。
夢の中で言われたことについて、彼女に打ち明けたのも――きっとその不安のようなものがあったからだ。
人々の願いによって生まれ、その存在を人の意志に左右される《神族》という生き物。
彼らは人間の望みに応え、叡智を授け―――人間はそれを享受し続けた。
それなのに――もう必要ないからと言って、人に忘れ去られ、消えなければならないというのは、あまりにも酷な運命だ。
それに、俺は知っている。
俺の前世―――神や魔法などない世界で、人類はこの世界と同じように繁栄し、世界を制した。
俺からすれば、神族なんて物は別になくても良かった存在だ。
いてもいなくてもいいのに生み出され、そしてまた、人の都合で――消えてゆく。
これほど、悲しい生き物がいただろうか。
彼らが消滅に抗おうとするのも当然の事であると思わずにはいられない。
『―――僕たちは―――消えたくなかっただけなのに―――』
そう言った橙色の髪の少年の断末魔が、やけに思い出される。
彼を消して――いや、セントライトを止めてよかったのか。
そして、この先その「最後」の戦いで再び神族をまみえたとき、彼らを倒すことが本当に正しいのか。
そこに100%迷いがないかと言われれば嘘になる。
そんな俺に、リンドニウムは言った。
「別に――迷うのはいい」
「―――!」
「オルフェウスも――ずっと迷っていた。自分のやった事が、これからやる事が正しいのか―――ずっと…」
「オルフェウスが……」
「でも、彼は迷いながらも、《神族》と戦った。それが、彼らを生み出してしまった――人の責任だと、そう言って」
「……」
それが、人の責任。
生み出してしまったが故の、責任。
「迷うのはいい。本当に駄目なのは、いざというときに、決心ができないこと」
いざというとき。
きっとその――「最後」か何かで、また俺が、奴らと対面するとき、か。
「それまでは、まだ迷えばいい。迷うのが、人間という生き物だから」
そういって、リンドニウムはこちらに背を向けた。
ここから、立ち去るかのように。
「――でも、一つだけ覚えておいて」
「――?」
「――この戦いで、間違いなく貴方は、貴方の大事な物を守り抜いた」
言いながら――徐々に彼女の身体は薄くなっていく。
「大事な…物…?」
「――恋人に友人、盟友。そして、今を生きる―――人々の笑顔。それが、貴方の決意が守ったもの」
そして――リンドニウムは、消えていった。
別に、存在がなくなったわけじゃない。
ただ、姿を消しただけ。
まだ彼女の存在を感じる。
契約が繋がっている証拠だ。
なら、どうして姿を?
そう思った時――
「―――お兄ちゃーーん‼」
屋敷の方から、そんな声が聞こえた。
振り返ると―――
「―――アイファ…!?」
満面の笑みで――ブロンドの少女がこちらに駆けていた。
いつかの記憶より、随分大きくなっている少女。
……妹のアイファだ。
そうか、さっきリュデが、「皆に知らせてくる」とか言っていたけど、そう言うことか…。
「わぁーー! お兄ちゃんだぁ!」
「――おっと」
飛びついてきたアイファを、キャッチする。
「えへへ、久しぶりのお兄ちゃんの匂いだ」
「―――アイファ…」
スリスリと俺の胸に頬を寄せてそんなことを言う我が愛しの妹は、しばらく見ない間にブラコンになっていたようだ。
いや、元からか。
「あー! アイファばっかりズルい!」
そして、そのアイファの後ろから、せっせと走ってきた、茶髪の少年―――アラン。
俺の弟だ。
昔はいつもアイファの後ろにくっついて泣いてばかりだった彼も、いつのまにか大きくなった。
「えっと…アル兄、その…久しぶり」
ズルいと言いながらも、さすがに飛びつくのは恥ずかしそうなのが年頃の男の子らしいというか、彼らしいというか。
「ほら、アランも」
「わっ!」
俺の前で立ち止まるアランを、左手でがばっと持ちあげる。
彼らももう10歳か。
随分大きくなったが―――今の俺の筋力なら、彼らどころか、これにエトナを加えても余裕だ。
「すごーい、こんなのお父さんじゃできないよ!」
「アイファ、聞こえるって」
姉弟のやり取りを聞くのも、何年ぶりだろうか。
とても―――懐かしく感じる。
そして、視線を上げると――屋敷の方から歩いてくる人影があった。
なるほど、リンドニウムは――わざわざ気を使って席を外してくれたらしい。
久しぶりの――家族の対面を邪魔しないように。
「アル―――」
「アルトリウス――」
記憶よりは、少し歳をとっただろうか。
地下暮らしで疲れが残っているだけかもしれない。
でも――見間違えるはずはない。
俺がこの世界に転生して、最初に触れあった人達。
俺に、人の温かさと、愛の深さを教えてくれた―――そんな人達。
「父上、母上――」
俺は、アイファとアランを降ろし―――2人…俺の両親に向き直った。
「アル…!」
「―――母上」
感極まったように――俺を抱きしめたのは、母のアティアだ。
昔と変わらず、綺麗なブロンドの髪を持つ美人さんだったが――少しやせただろうか。
俺の方が背が高くなっているのが、少し不思議な感じだ。
「――本当に…アルなのね」
「…はい、そうですよ。貴方の息子の――アルトリウスです」
「もう…本当に―――大きくなって…!」
アティアは耳元で半分泣きながら俺をギューっと抱きしめる。
喜んでいるような、感動しているような、そんな感じだ。
「―――アルトリウス」
横を見ると、父――アピウスが嬉しそうに、でも少し情けなさそうな…そんな顔でこちらを見ていた。
俺はとりあえず泣きまくっている母親をなだめて、アピウスに向き直った。
「―――父上…」
「アルトリウス、お前を置いて行ってしまって――本当にすまなかった」
すると、アピウスは、そう言って頭を下げた。
彼としては―――カルティアへ戦争をしに行った俺を1人残して、王国へ亡命する選択肢をとったことを、不甲斐なく思っているのだろう。
「いえ、そんな―――カルティアへ行ったのは、自分で決めた事ですから。父上は――きっと家族の為に、最善の行動をしたと思います」
「アルトリウス…」
顔を上げた父親の目じりは、少し光って見えた。
「僕も――来るのが遅れて、ごめんなさい」
「アルトリウス……お前は本当に……いや―――」
そう言いながら――アピウスは俺を抱き寄せた。
「父上……」
「―――アルトリウス…ずっと1人で―――大変だったな」
「―――!」
まだ少し俺より高い位置から、そんな声が聞こえた。
少し震えた―――心より出るような、そんな言葉。
「よく…よくここまで頑張った。頑張って生きていてくれた」
「―――」
―――ああ。
父のその言葉を聞いた時――どこかふわふわしていた感情が――懐かしい気持ちに襲われた。
何だろう。
こんな感覚は久しぶりだ。
自然と――涙が溢れてくる。
暖かくて、心が癒される、そんな感覚。
――頑張った。
―――よくやった。
誰にでもない―――俺を知っている人から、俺を愛してくれる人から――言われたかった言葉。
ずっと頑張ってきた。
カルティアで、見知らぬ土地で、戦場で、必死に戦った。
慣れない指揮官。不安を隠して、最前線に立ち続けた。
血反吐を吐きながらも戦った内戦。
大切な人との別れは辛かった。
王国で、避けられない運命と戦った。
過去も未来も全部を背負って、戦った。
その全てが、報われたような――そんな――。
「―――アルトリウス、生きててくれて、ありがとう。よく…頑張った」
「―――はい……はい―――」
もう――何を言っていたかは、わからない。
涙が溢れて、止まらなかった。
――家族。
その暖かさ。
懐かしさ。
それが、本当にどういえばいいのかわからないほど、愛おしくて心に響いた。
生きていて良かったと。
頑張ってきて良かったと、そう思った。
きっと、これも、俺の守った物…守りたかった物の一つだ。
結構急ピッチでまとめたので、少し雑かも知れないです




