第220話:アルトリウスVSセントライト①
数時間前―――
『――彼女は?』
「――眠ったよ。全く…空の上だっていうのに、安心しきったような顔だ」
『――信頼されているのね』
「…ありがたいことにな」
上空――龍眼の湖から王都への空の旅。
疲れていたのだろう、最初は俺の腕の中で楽しそうにはしゃいでいたエトナも、すぐに寝静まった。
『連れてきて良かったの?』
「…まぁ塔に残しておくのも不安だし、また離れ離れになるのは嫌だからさ」
『――そう』
会話をするのはこの虹色の剣から聞こえる思念――リンドニウム。
先ほど俺と契約をした…『精霊王』だ。
エトナが眠ったところで、見計らったように声をかけてきた。
「――それでリンドニウム、契約って言っても…よくわかっていないんだけど、君には何ができるんだ?」
『…何って?』
「いや、ほら、契約とか、剣とか言っていたけど――俺は君を使うのは初めてだし、君のことも良く知らない。まさか…ただ虹色に光を放つ剣ってわけじゃないだろう?」
『ああ…オルフェウスは言わなくても知っていたから…』
「…悪かったな」
少し怠そうに、リンドニウムは説明をしてくれた。
『――貴方は、私と魔力が繋がっている限り、私の魔力で、私と同じ魔力出力限度と私と同じ魔力伝達速度を得る事ができる』
「ほう…」
精霊の魔量を使用可能で、魔力出力限度と、魔力伝達速度も同じになる…。
要するに、今までの俺の最大出力の上限が上がって、速度も上がるって感じか。
現在この上空を――今までの『飛行』ではあり得ない速度で駆け抜けているのも、その恩恵だろう。
「――えーと、でも魔力が繋がっている限りっていうことは?」
『そうね。貴方の魔力が尽きたら、私はただの剣ということよ。切れ味は保証するけど』
「…なるほど」
この『飛行』等に使用する魔力はリンドニウムの魔力を使えるが、リンドニウムとパスをつなぐのは、俺の自前の魔力が必要だ。
時間制限付きの超強化、みたいな物と思えばいいだろう。
「――それで……他には?」
『――他って…それだけだけど』
「それだけって…何か特殊能力があったりしないのか?」
『特殊能力?』
「ほら、例えば…時を止めたり、瞬間転移したり――」
『そんなことできるわけないでしょ?』
「――え?」
《精霊王》というからには、もっと何かあると思ったのだが――どうやらパワーが上がる剣になってくれるだけらしい。
『あくまで精霊は、魔力を具現化する物に過ぎない。どういう魔法を使うのかは――結局術者次第』
なるほど、確かに一理はある。
うん、一理はあるんだけど――
「…それでいったいどうやって不老不死の存在を倒したんだ?」
かつて――オルフェウスは、永遠の命と絶望の力を手にした皇帝――ガルガンチュアを倒したと聞いた。
リンドニウムはオルフェウスの契約していた《精霊王》っていうから、きっと彼女に、神族を倒す何かしらの力があると思っていたのだ。
彼女に何もないなら――もう一度戦ってもボコボコにされる未来しか見えない。
『特殊能力はなくても…《ニルヴァーナの滴》を取り込んだ人間を無力化する手段なら、知ってる』
だが、どうやら倒す方法は知っているらしい。
『…《ニルヴァーナの滴》は、取り込んだ人間に神族の《不老不死の力》と《絶望の力》を与える災厄のオーブ。だけど、それさえ取り出してしまえば、神族の力は離れる』
「――オーブを…取り出す?」
『多分セントライトの肉体のどこかに…小指大ほどの黒いオーブがあるはず。かつてオルフェウスは、皇帝ガルガンチュアを細切れにして、オーブを取り出し、勝利した』
小指大ほどのって…要するにビー玉サイズじゃないか。
身体のどこかにあるそれを取り出さなければならないとは…
『――700年前はそれほど難しくはなかった。別にガルガンチュアは剣の達人ではないし…。むしろオルフェウスが苦労したのは、皇帝にたどり着くまでと、その《絶望》の力。初代八傑も、皆…オルフェウス以外は《絶望》に打ち勝てなかったから』
「……」
《絶望》の力。
あれは――確かに恐ろしかった。
暗い、暗黒の空間で――永遠に最も自分の嫌な部分を見せられて、存在を否定され続ける世界。
オルフェウスの記憶がなければ…エトナがいなければ…俺は未だに絶望の底に沈んでいただろう。
あの記憶で見た…全人類を《絶望》に晒すという《神族》とセントライトの契約を…現実に起こすわけにはいかない。
『でも、そうね。700年前と違い、貴方が相手にするのは、歴史上最も《武》を極めた男――セントライト。もしも完全体となったら――多分もう、誰にも止められない』
「…今は完全体じゃないのか?」
『――今の彼は無理矢理赤の他人の身体を媒介に現界している状態。神性は宿っているけど、魔力量も肉体再生限度も――本来の神族よりは数段劣っていた。きっとそれほど長く現界はできない』
「あれで数段劣ってたのか…」
正直、まだ上があるとは考えたくなかった。
『ええ、なにせ本当なら、親和性の高い体を媒介にして蘇るはずだったから』
「親和性の高い体?」
『彼の血族――今代なら、女王リーゼロッテのこと』
ああ、なんか《王族の血》がどうたらって、奴らが言っていた気もする。
「…じゃあまさか――ユースティティアの王家がずっと続いてきたのって…」
『そう、おそらくこのため。私も《神族》は見えないから――断定はできないけど、《神族の力》でも、何の条件もなしに700年前の人間を蘇らせるなんてことはできない。彼らが一目散に王都へ向かったのも――王族の身体を回収するためだと思う』
《過去》をみえるという精霊王リンドニウムからしても、神族のやっていることは把握できないらしい。
なのでこれらは予想であるようだが…でも、確かに、少し疑問に思っていたことは解消された気はする。
『多分、リーゼロッテの身体を手に入れたら、セントライトは完全に蘇る。無限の魔力と超速再生、完成された剣技と魔法を持つ――不老不死の男ね。これを相手に――勝つ自信があるなら、別に止めやしないけど』
「…止めるさ」
彼女の言葉に、俺は静かに言い放った。
「別に…セントライトが完成してしまうのが嫌とか、勝つ自信がないからじゃない。女王リーゼロッテという…今後――未来のこの国に必要な人間を、失わせるわけにはいかないからさ」
『――そう』
「ああ。だから――俺たちの勝利条件は、女王リーゼロッテがセントライトに取り込まれることを阻止し、その上で、セントライトを倒してオーブを取り出し……リードを倒す。でいいのか?」
『まぁ、概ねそうだけど…リード――神族を倒すことはできない。神族は求める者にしか干渉できない代わりに、こちらからも干渉できないから。できるなら…700年前の段階で全てオルフェウスが倒している』
「干渉できないって…』
『でも、700年前は…皇帝ガルガンチュアが消滅したとき――何人かの神族もまた消え去っていった。多分、世界の混乱と彼らの存在力はリンクしている』
「そうか、じゃあ…セントライトさえ止めれば、それもどうにかなりそうだな」
『…やけに余裕そうじゃない』
「はは、別に…そんなことはないさ」
そう、余裕なんかじゃない。
おぼろげに勝ち方が分かったところで、確実なわけじゃないし、達成の難易度がどれくらいの物かは痛いほどよくわかっている。
確かに――リンドニウムの強化は凄まじい。
でも別に俺の技や経験が急激に上がったわけじゃない。
例え不完全体であったとしても――あのセントライトに勝てるかどうか、自信はない。
戦士として――俺はセントライトにそれほどまでの差を付けられている。
それに、そのリンドニウムを持っていたオルフェウスも――セントライトとは引き分けていたのだ。
彼で倒せなかった物を俺がどうにかできるかと言われれば…不安しかないだろう。
「――でも、思い出したんだ」
絶望に触れて。
そこから這い上がってきて、思い出した。
「あの時―――カルティアの森で、少女を守れなかったときに目指した物。キャスタークの戦場で、強敵を前に誓った物」
『……』
「全てを救える最強の存在になる…。アウローラで《軍神》に負けて、折れてしまった俺の願い」
ジェミニに負けて、セントライトに負けて。
どん底まで落ちた俺の願い。
「でも、俺を信じてくれる人がいるから。俺に託してくれた人がいるから」
俺の腕の中の少女も。
意志を託してくれた英雄の記憶も。
そして、今力を貸してくれている精霊も。
「《アルトリウス》だからじゃなくて。役割とかじゃなくて。俺は、俺として…決めたんだ」
アルトリウスの役割とか、そんなのどうでもいい。
俺を俺として見てくれた。
俺を俺として信じてくれた。
そんな人がいる。
だから。
「…俺はなるよ。過去も未来も、神も英雄も越えて――全てを救う、最強の存在に」
『…そう』
精霊は一言そう呟いた。
● ● ● ●
「――この死にぞこないがッ!」
『獅子王』セントライトが――動いた。
彼の右手には、白銀の剣。
俺が右手に持つイクリプスと似た剣だ。
おそらく――フィエロが持っていた剣を奪ったのだろう。
「――――!」
《剣の始祖》と呼ばれたこの男の剣を目の当たりにするのは初めてだ。
きっと―――昨日までの俺には見えなかったし、反応もできなかった。
『明鏡止水の極み』と本人が豪語したその領域は、それほどの高みにある。
でも――。
「―――ッ!」
左腕――。
虹色の剣――《精霊剣リンドニウム》。
彼女から流れ込んでくる魔力が、俺の目を、耳を、感覚を強化する。
その出力は、俺の最大出力を優に凌ぐ――精霊と同等。
―――見える。
「――ハァアアッ!!」
――キンッ!!
右手の黄金の剣が、白銀の剣を捌く。
剣を伝って、セントライトの膂力が感じられる。
昨日までの俺が、一回受けただけで吹き飛ばされていたような、そんな一撃。
でも―――止めた。
「―――小僧、答えろ…‼ その虹色の剣を…いったいどこで…‼」
剣を挟んで間近に見えるのは、血走るような眼をする――『獅子王』セントライト。
俺の挑発が上手かったわけじゃない。
単に――俺が、かつてのライバルの剣を持っていることに思うところがあったのだろう。
そうだ。
これはオルフェウスの使っていた剣。
700年のも間…彼の言葉を信じて世界を彷徨っていた、精霊王。
『――アルトリウス』
「――わかってる!」
剣から流れてくるのは思念。
この剣に宿る彼女の言葉。
託されたという俺の声を信じてくれた…俺に力を貸してくれた精霊の意志。
「―――ハァァ…‼」
雄たけびを上げながら剣を返す。
彼女と契約をした俺は、現在、彼女の魔力を、彼女と同じ出力で使うことができる。
精霊の魔力と、出力。
それは、人間のそれを大きく凌駕する。
俺の最大出力など、目じゃない膂力。
確かにこれなら、過去の英雄とでも――例えジェミニ相手でもやり合えると――そう思うような超越感。
だが――
「――他人の力で…いい気になるなよ!!」
俺の剣、俺の速度――それに、この獅子王は、物ともしない。
怒りの咆哮は、白い剣閃になって俺の剣閃を全て越えていく。
速度は俺の方が速い。
だが――崩せない。
いや、むしろ崩される。
その、「読み」―――。
未来を見通すかのような読みによって、俺の剣は最初から避けられている。
そして、俺の避ける先には、最初から剣が置かれている。
これが――『明鏡止水』。
武の最終地点にある領域。
「―――ッ」
置かれていた剣を、黄金の剣で弾く。
虹色の剣で攻勢に移る。
追いつかない読みを速さで補え。
置かれた攻撃を、手数で補え。
「貴様程度の技量で…奴の…奴の…!」
「――おおおっ!!」
振られるのは、美しい剣閃だ。
まるでゼノンの剣のような美しさに、それを凌ぐ膂力が込められている。
敵じゃなければ思わず弟子入りしたくなるような、そんな剣閃。
――キンッ!
両の剣で、ようやく白銀の剣閃を受けきる。
返しの奥義は、通用しない。
いや、水燕流だけじゃない。
おそらく全ての流派が、この男には通じない。
キリキリと、力と力が鍔迫り合う。
「――二刀流も付け焼刃…そんな程度で―――」
憎々し気なセントライトの顔が見える。
「――ああ、そうだよ」
二刀流は使えないことはないが…確かにセントライトから言わせれば付け焼刃だろう。
いや、きっといつもの1本の剣でも、この『獅子王』セントライトの剣と比較したら、使えるなんて軽々しくは言えない。
剣にかけた時間も、剣にかけた思いも――才能も、おそらく全てが俺より上。
塔での戦いも、セントライトが剣を持っていたら、1秒と立たずに勝負は終わっていただろう。
今も――リンドニウムのおかげで、スペックで上回るが故に、ギリギリ勝負になっている。
それくらいの差が、この男と俺の間にはある。
でも…
「――俺は勝つよ、セントライト」
「――何を…」
そう、勝つ。
ギリギリ――勝つための最低条件には間に合った。
皆が耐えていてくれた。
ボロボロになっても、耐えてくれていた。
ヒナは魔力を枯渇させていた。
シンシアも…なぜか居たカインも、限界の顔をしていた。
女王も酷い顔だったし、ギルフォードも隊員も満身創痍。
フィエロなんて死にかけていた。
でも――それでも耐えていてくれた。
俺に救う機会を与えてくれた。
これは、バトンだ。
俺までつないでくれた、希望のバトン。
最強の英雄?
関係ない。
不老不死?
関係ない。
リミットがある?
関係ない。
俺は勝つ。
遡れば700年。
この希望のバトンは脈々と受け継がれてきたんだ。
ここでこのバトンを落としはしない。
俺で終わらせず、俺よりも先――さらに未来へ――。
「―――『獅子王』、アンタは3つ、ミスを犯した」
「何…?」
「1つ目は、塔で確実に俺を殺さなかったこと」
龍眼の湖の塔で、『絶望』の力などに頼らず、俺を殺していれば、こんな事にはならなかった。
「2つ目は、俺が来るまでに、王族の血を回収できなかったこと」
俺が来るまでに…いや、来てからでも、最速でリーゼロッテを確保していれば、セントライトは完全体になれた。
「貴様…」
「そして…3つ目は…世界の救い方を…間違えたことだ!」




