第216話:王城決戦①
塔を中心として――まるで世界を包み込むような虹色の光が見えた。
「――兄さん、あれ…」
「ああ」
龍眼の湖からは少し離れた場所で肩を寄せ合っていた兄妹は、目を細めながらそんな光景を見つめていた。
光から感じるのは、巨大で…そして太陽のように暖かい感触。
まるでクロウやククルでは手の届かないような…そんな気がするものだ。
「あれは―――」
クロウの視線の先。
光が止んで程なく、何かが塔を去り―――猛スピードで西へ向かっていくのが分かった。
先ほど《尋常でない脅威》が、高速で飛んでいった方角と同じだ。
アレは確かに――クロウの身体を治す力もあるのではないか、と思わせるほどの人外の力だった。
挑む前に心が折れてしまうレベルの…超常の存在だ。
「――それを追う…か」
光の正体――アルトリウスの姿を思い浮かべながらクロウは呟いた。
「……兄さん、ごめんなさい。私…上手くできなくて」
そんな夜空を見上げながら、ククルがポツリと声を漏らした。
あの力を手に入れられなかったことに対して、やはりまだ思うところがあるのだろう。
「気にするな。アレは人には過ぎた力だ」
妹の肩を抱きながら、クロウは言う。
「俺も悪かった。ずっと――1人で無理させて済まなかったな」
「兄さん…」
「もう、いいんだ。俺は俺の人生に満足している。だからお前が背負う必要はないんだ」
失った時間はもう取り戻せない。
なくなった寿命が増えたりはしない。
自分で選んだ道だ。後悔はない。
妹を守れる強さと引き換えならば安い物だ。
「…ククル、遠い所へ行こう。誰も知らない遠い場所へ。残された少ない時間を――無駄にしないために」
「―――はい」
2人は肩を寄り添って去っていった。
きっとその先は闇ではないと――そう信じて。
● ● ● ●
王都―――。
灰色の王城のその広い内壁の傍で――《多対一》の戦いは激戦を極めていた。
「――イフリート!」
『おらぁぁあ!』
視界を覆うのは――赤。
この場を埋め尽くすように、真っ赤な炎は弾丸となって飛んでいく。
膨大かつ濃密な魔力を込めた、超常の存在…《精霊》。
ヒナが召喚した炎の化身、イフリートによって、炎の魔法は人の扱う攻撃の域を超え、自然を体現するほどの威力を内包している。
だが―――。
「―――ガッハッハ! 軽い軽い!」
その豪炎の中から、高笑いは響く。
ジャキッジャキッと音を立てながら炎を割って現れるのは――白い甲冑を着込んだ巨躯の騎士。
精霊の大魔法を物ともしない勢いで――その魔法の術者、ヒナに向かって一直線に突っ込んでくる。
「――シンシア!」
「分かってます!」
ヒナの鋭い声に答えながら、割ってくるのは金色の髪――シンシアと、2班の剣士たち。
「――タァァアアア――ッ‼」
「――小癪である!」
――ガッキン!
剣と剣が、剣と盾が、鎧と剣が交差する。
8人が間に入ってもなお、騎士には勢いがある。
「――オンドリャァアア!」
「…これでも食らえ!」
「――む!」
そこに、青髪の少年カインと――額に傷のある青年ギルフォードが追撃をすることで、ようやく白い巨体の進撃が止まる。
「―――なかなか堅いのであるな…!」
まるで白い鎧など嘘であるかのように、ひらりと身をかわし、白騎士は後退した。
こちらから追撃できるカードはない。
――こっちの台詞よ…。
『白騎士』モーリスの言葉に、思わずヒナは内心舌打ちをした。
八傑の1人にして、最硬の騎士、モーリス。
相対すると、そのヤバさがうかがい知れる。
この世の存在を超越した《精霊》の魔法を受け止める耐久力と、10人もの剣士を相手にできる速さと技術。
既に先ほどから、イフリートの大出力の魔法を放っているにも関わらず、白騎士は正面からそれを突破し――距離を詰めてくる。
そのたびにシンシアやカイン、ギルフォードが間に入り仕切り直しに入っているのだが――もうヒナもかなり魔力を使っているというのに、モーリスは少しも疲れた様子を見せない。
むしろ、こちらの剣士たちの消耗の方が著しい。
なにせ、ヒナが来る前から全力で戦っていた者たちだ。
息を切らせ、魔力が枯渇寸前の者も多いだろう。
ここから先、そう何度も白騎士を止めることはできない。
『チッ! やっぱりあの鎧――どっかで見た事あると思ったらモンジューの鎧じゃねぇか!』
ヒナの傍らで、炎の化身――イフリートが悪態を吐いた。
「知ってるの?」
『ああ、あれは《アダマント・テンプル》…初代の軍神モンジューがスカーレットと協力して作った傑作の一つだ。ただの鎧に、精霊の炎が止められてたまるか!』
イフリートも、何度も自分の炎が止められたことでイライラしているようだ。
「……」
無論、ヒナも―――焦りはしていた。
思わずここに来る前、深淵の谷で、ユリシーズの言っていたことを思い出す。
『――ヒナちゃん、1つだけ言っておきます』
もうヒナが王都へ発つというときだ。
餞別かのように、ユリシーズはヒナに声をかけた。
『もしも…白騎士を相手にするようなら、覚悟はしておいてください。アレは八傑の中でも間違いなく上位――私よりも上です。ヒナちゃんでは手に余る相手だと思います』
『師匠よりも…?』
『ええ、実際に相対したことはありませんが――あの騎士の鎧は、《白魔鋼》だと聞いています。秘伝や至伝の魔法でも…練り上げられた白魔鋼なら防いでしまう可能性が高いです。魔法士である私たちではどうにもなりません―――』
『―――白魔鋼…』
『なので……気を付けて下さいね―――』
「――――」
ヒナの尊敬する師、ユリシーズに「自身より上」と言わしめる、強大な相手。
それが《白騎士》モーリス。
剣はもちろん、ヒナのこれまで学んできた魔法が、あの鎧の前には無力と化す。
――いったいどうすれば…。
「―――ヒナ、どうしますか!」
一瞬固まっていたところに、シンシアの声が響いた。
「―――シンシア…」
シンシアは――欠片も諦めた様子はない。
もちろん彼女とて既に先ほどまでのスピードのキレはない。
それなのにまだ闘志が欠片も衰えていないのは――ひとえに戦場を踏んだ場数の差と、戦場の彼を一番近くで見ていた故だろう。
他のアルトリウス隊の面々も、ギルフォードも、どこかで見たことがある気がする青髪の少年も――まだまだ目は死んでいない。
――そうよ。それでも…まだ出来ることはあるはず!
確かに、ユリシーズは、白騎士は「自分よりも上」と言った。
当然ヒナよりも上であることは間違いはないだろう。
だが、ヒナは1人で戦っているわけではない。
同じ思いを背負った彼女が、彼と共に戦場を駆けた彼らがいる。
「…デカいのお見舞いしてやるわ。少しだけ、時間を稼いで」
「――了解!」
頼りになる剣士たちの掛け声と共に――王城の戦いは山場を迎える。
● ● ● ●
――全く、よく動く…。
兜越しに見える若者達を相手に、『白騎士』モーリスにはまだ余裕があった。
確かに一対多。
しかも誰もが一流の実力者だ。
息のあった連携に、粘り強い意志と結束力は、感嘆に値する。
当然モーリスとて少しも消耗していないわけではない。
だが、相対する彼らに比べれば、モーリスの損傷は軽微だろう。
彼を白騎士たらしめる白い鎧、《アダマント・テンプル》。
かつて軍神モンジューが制作したと言われる「地上最硬の鎧」は、魔法・剣を問わず、あらゆる攻撃を通さない。
故に、モーリスは魔力障壁を張る必要がないのだ。
無論、鎧を着た上で動作するのに強化魔法は必要だが、それも実際は加速したいとき等に使う最低限の物でいい。
生まれつき―――モーリスは普通の人間と比べて強靭な肉体を持っていた。
幼い頃はそれが原因で苦労したこともあったが、今となってはそれが何よりもモーリスを強者たらしめる物となっている。
本人が「神の祝福」と豪語するそれは、長い間誰も使えないと言われていたモンジューの鎧を動かすのに、非常に適していたのだ。
生まれついての強靭な肉体。
父の無念を晴らすため鍛え抜いた剣と魔法。
更には無敵の鎧。
この凶悪な組み合わせは―――『白騎士』モーリスを世界最強の一角まで押し上げるものとなった。
そんなモーリスからすると、新たに現れた赤毛の少女も、決定的な脅威にはならない。
確かに魔法士としてはモーリスよりも上位ではあり、モーリスの魔法攻撃はもう通用しないだろう。
しかし――この鎧がある限り彼女の魔法の攻撃は全く問題がない。
炎の化身…『精霊』には驚いたが、その圧倒的な魔力も、この無敵の鎧は耐え抜いた。
相手の攻撃が何一つ通用しない以上、剣士としてこの場を圧倒できるモーリスの優位は変わらない。
「―――いい加減に!」
「ふむ! そなたもいい剣士である!」
「――クッ!」
言いながら、迫る傷の青年の攻撃を盾で弾き飛ばす。
最初は動きの悪かったこの傷の青年も―――青髪の少年が現れてからは、やけに力が増した。
おそらく彼らの中で、「個」の剣士としてならば最も警戒すべきなのが彼だ。
青髪の少年の動きによって、ようやくその本領を発揮しつつあるのだろう。
金髪の少女も傷の青年も――若くしてこちら側の領域に至りかけている…ダイヤの原石のような剣士だ。
彼らをこの場で殺さなければならないというのは、剣士としてのモーリスにとっては、いささか気の乗らない事ではある。
しかし…
「――神は絶対であるからな!」
剣で、盾で、あるいはその身で…モーリスは縦横無尽に彼らを蹴散らしていく。
暴れまわるモーリスを止められる者はいない。
「――そんなありもしない物を‼」
「ガッハッハ! 速さが落ちているぞ!」
キンッと、剣が弾かれる音が響く。
「―――ッ!」
怒りの形相の金髪の少女は、口惜しそうに距離を開ける。
面倒な一撃離脱戦法だ。
もっとも――既に取り得であったスピードは削がれ始めている。
彼女の魔力が切れるのも時間の問題だろう。
彼女達の連携は未だに見事だが…そちらも慣れ始めた。
もはや殆ど通用していないと言ってもいい。
むしろ、ここまで粘れている事の方が驚きだろう。
無論、彼らの粘りには、理由がある。
「――ほら、こっちだよ!」
「――む、またそなたか!」
そう、視界に入る青髪の少年。
この青髪の少年こそ、ここまでモーリスが勝負を決めきれない原因である。
いつもいやらしいタイミングで、狙いすましたかのようにモーリスの行動を阻害してくるのだ。
別段、速さもパワーも技も、この中で突出しているわけではない。
「個」としてならば、傷の青年のほうが幾分か上だろう。
だが、この少年は、いつもここぞというときに、最も嫌なところにいる。
いざ攻勢に移ろうとしたときであったり、1人を仕留めきれそうなときだったり。
そういった時、決まってこの少年のフォローが入るのだ。
まるで、モーリスの動きを…いや、この場にいる全員の動きを読んで行動しているようだ。
しかも、攻撃するポイントも的確だ。
剣が鎧に通じないということを分かっているのだろう。
狙いすましたかのように、鎧の可動部分の隙間を突いてくる。
どこの可動部分の隙間が開くのか…モーリスの動きを見たうえで。
―――本当に…よく見ている。
言動や見た目は一見大雑把で勝ち気に見えるが…全くそんなことはない。
視野の広さと、観察力。
動きの合わせ方。
相手の嫌なことを的確に行う判断力。
モーリスに言わせれば、この場で最も曲者であるのが、この青髪の少年だ。
「ガッハッハ! 先にそなたを削ったほうがよさそうだ!」
振り下ろすのは、大剣。
イクシアの打った剣の中でも、最上級に分類される名剣だ。
「モォォォリス……ストラァァァァイク‼」
攻撃は隙になるが、鎧がある以上、隙は隙ではない。
高速で放たれた剣閃は、間違いなく少年を目掛けて放たれた。
怪力たるモーリスの剣撃。
威力は折り紙付きだ。
避けなければ、剣や盾ごと潰す自信があった。
だが――少年は避けることを選ばなかった。
覚悟を決めたかのように剣を構え、
「――――『流閃』!!」
「ほう!」
放つのは、流しの奥義。
水燕流剣士にとっての代名詞――『流閃』。
「―――流せるとでも思ったか!」
「――だりゃぁぁぁあああ!!」
――ガァァァァアン‼
破裂音のような、剣の弾ける音が響く。
とてもではないが剣が流された音とは思えない。
それもそのはず、それは少年の剣が――モーリスの剣によって半ば砕け散った音だ。
代わりにモーリスの剣は、辛うじて少年の横を通り過ぎた。
流せはしなかったが、剣を犠牲に、軌道を逸らすことには成功したのだ。
「―――ぐッ!」
しかし、少年は衝撃でその場に倒れ込んだ。
距離は近く、武器もない。
「――惜しかったのである!」
当然、この体勢でモーリスの二撃目を避け切ることはできないだろう。
そして、この少年さえ落とせば、彼らは総崩れになる事はもはや自明。
そう―――モーリスが勝利を確信した…その時だった。
「――隙は作ったぜ、ミロティック」
倒れた少年が、ニヤリと笑った。
周りを良く見える少年が、ニヤリと。
「――――‼」
瞬間―――。
「―――ナイスファイトよ、ローエングリン…!」
そんな声と共に―――強大な魔力が―――モーリスを襲った。
● ● ● ●
「―――ッ!」
かつてないほどの集中力で、ヒナは魔法を構築した。
炎の精霊イフリートの持つ、膨大な魔力…炎の魔法。
強大な威力だが、これをただ考えなしに当てただけでは、あの鎧は突破できない。
だから、それを……一点に集める。
膨大な炎を、極大の魔力を―――たった一点に。
イフリートの魔力を、集中させる。
制御し、昇華する。
イメージするのは最強の槍。
鋭さ。
速さ。
威力。
密度。
さらには回転力。
どれかじゃない。
全部を最大に。
『――おいおい、魔力を全て使っちまうつもりかよ!』
「そうよ!」
それは―――全てを貫く炎。怒りの槍。
「―――一極集中…」
皆が頑張ってくれた。
時間を稼いで、命を懸けて、ヒナの魔法が通じると信じてくれた。
遠目では、青髪の少年…学生時代に見た顔が、決死の打ち合いをしているのが見えた。
「――ナイスファイトよ、ローエングリン…!」
だから、これで決める。
今ここで――限界を越えるために生み出したオリジナル。
「―――『滅炎崩撃槍』‼」
それが魔法の速度だと誰が思っただろう。
小柄な少女の右腕から放たれたのは、剣士の世界の速度すら凌駕する―――紅蓮の槍。
一直線に放たれたその魔法は、音を置き去りにして白騎士に迫る。
「―――ぬ!?」
カインに剣を振り上げていたモーリスは瞬時に盾を構える。
この魔法はヤバいと――強者の勘がそう言ったのだ。
だが―――。
「―――何!? アルカディアスが…!?」
《アルカディアス》―――名工ナバスによる、大盾の傑作。
今までどんな魔法だろうとどんな剣だろうと弾き飛ばしてきたモーリスの頼れる盾。
だが――そんな物で止まるわけがない。
「――ハァァアァァアア‼」
左手で額の紅の髪留めを撫でながら。
そして、共にいる仲間を思い浮かべながら、ヒナは右手の魔力を上げる。
繋いでくれたバトン。
託された最後の決め手。
この槍に乗せたものは、単なる魔力ではない。
この想いで貫けぬ物などない。
「――ぬ……おおぉぉおおおおぉおおお―――ッ!?」
紅の槍は、盾を貫き―――純白の鎧に達する。
炎の焼ける煙と、チリチリという音。
紅蓮の槍と、純白の鎧が、衝撃を生む。
「――イフリート、もっと出力を…!!」
『これ以上出したら、召喚を維持できないぞ?』
「いいから!」
威力が上がる。
最強の防御を貫かんと―――うねりを上げて槍が突き進む。
「――ぬぐぁああぁぁああ!」
白騎士の足が地面を擦る。
槍の威力に、彼の巨体が動かされている。
空気が震える。
地面が揺れる。
「―――まさか…我が鎧が…」
紅の光と共に――白騎士の身体が浮いた。
炎槍が…伝説の鎧を焼きながら―――巨躯がブレた。
「―――神の意思が…こんな―――」
―――ドゴォォォォォオオオン‼
声など刹那の中に消えていく。
代わりに聞こえるのは轟音と爆炎。
白い巨体は――槍の熱量と共に、城壁に激突したのだ。
―――上がるのは瓦礫の煙と、炎の煙だ。
シュー、という音と共に、紅蓮の槍の道の後と、白騎士が吹き飛んだ場所から、視界を覆う煙が立ち上った。
「―――ハァ…ハァ……」
魔法を放った右手を震わせながら、ヒナはその場にへたりと座り込んだ。
隣にいた炎の化身イフリートは既に消えている。
彼の言った通り…精霊を維持する魔力も使ってしまった。
まさに全身全霊を懸けた最後の一撃と言ってもいいだろう。
「……白騎士は…?」
「―――動きは…ありませんが…」
ヒナの言葉に、依然険しい目をしたままのシンシアが答える。
視線の先は焼け焦げたような道の先にある――遠い壁。
誰もが白騎士が吹き飛んだ方向…煙の上がる壁を見つめている。
確かに凄まじい威力の魔法だったが、白い鎧を貫けたかどうかまでは視認できなかった。
手ごたえはあったが…。
――お願い…これで――終わらせて…。
正直、もうじり貧だ。
もしこれでダメだった時、白騎士の大魔法を防ぐほどの力は、ヒナには残っていない。
皆の魔力と体力も限界だろう。
もう、これで…。
誰もが、そう思った…その時だった。
「――ゲホッゲホッ……ガッハッハッハッハッハ‼ なるほど確かに…凄まじい魔法だが…」
声。
煙の中から――希望を打ち砕く様な笑い声が響いた。
「…そんな―――」
もくもくと煙が晴れていく中…聞こえてきたのは笑い声と、薄っすらと見える――巨大な影。
「不倒にして不屈、不動にして不退―――そして不滅にして不敗…! 信仰が折れぬ限り…吾輩は決して折れぬ」
ジャキ、ジャキ、という鎧の擦れる音。
そして―――自信気な口上。
「―――ヒヤリとしたが…耐えてやったぞ小娘よ!」
大剣を手に、高笑う騎士。
白騎士モーリスは…五体満足で現れた。
それだけではない。
ヒナを驚愕させたのは―――。
「――まさか……無傷…!?」
そう、その騎士の鎧。
純白の鎧は――先ほどと変わらず、無傷で輝いていたのだ。
―――そんな…あの魔法でも…。
あまりにも信じられない…信じたくない事実だった。
「ガッハッハッハ! 無傷ではない。ここをよく見るがいい」
そう言いながらモーリスが指したのは、自身の腹部だ。
指の先――確かにそこには…黒ずんだ点のような物があった。
「傷が付き…焦げているのがわかるだろう? ガッハッハ、こんな事は初めてであるぞ!」
「―――ッ!」
モーリスからすれば――むしろ褒めたつもりだったのだろう。
自慢の無敵の鎧に、傷を付けたのだから、と。
だが、ヒナたちからすれば、真逆だ。
命を懸けて作った時間も隙も。
全力を乗せた魔法も。
全部を使って――ようやく傷が一つ…。
―――そんなの…いったい――どうすれば…。
誰もの脳裏にそんな言葉が過った。




