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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
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第216話:王城決戦①


 塔を中心として――まるで世界を包み込むような虹色の光が見えた。


「――兄さん、あれ…」


「ああ」


 龍眼の湖からは少し離れた場所で肩を寄せ合っていた兄妹は、目を細めながらそんな光景を見つめていた。


 光から感じるのは、巨大で…そして太陽のように暖かい感触。


 まるでクロウやククルでは手の届かないような…そんな気がするものだ。


「あれは―――」


 クロウの視線の先。

 光が止んで程なく、何かが塔を去り―――猛スピードで西へ向かっていくのが分かった。


 先ほど《尋常でない脅威》が、高速で飛んでいった方角と同じだ。


 アレは確かに――クロウの身体を治す力もあるのではないか、と思わせるほどの人外の力だった。

 挑む前に心が折れてしまうレベルの…超常の存在だ。


「――それを追う…か」


 光の正体――アルトリウスの姿を思い浮かべながらクロウは呟いた。


「……兄さん、ごめんなさい。私…上手くできなくて」


 そんな夜空を見上げながら、ククルがポツリと声を漏らした。

 あの力を手に入れられなかったことに対して、やはりまだ思うところがあるのだろう。


「気にするな。アレは人には過ぎた力だ」


 妹の肩を抱きながら、クロウは言う。


「俺も悪かった。ずっと――1人で無理させて済まなかったな」


「兄さん…」


「もう、いいんだ。俺は俺の人生に満足している。だからお前が背負う必要はないんだ」


 失った時間はもう取り戻せない。

 なくなった寿命が増えたりはしない。


 自分で選んだ道だ。後悔はない。

 妹を守れる強さと引き換えならば安い物だ。


「…ククル、遠い所へ行こう。誰も知らない遠い場所へ。残された少ない時間を――無駄にしないために」


「―――はい」


 2人は肩を寄り添って去っていった。


 きっとその先は闇ではないと――そう信じて。




● ● ● ●




 王都―――。


 灰色の王城のその広い内壁の傍で――《多対一》の戦いは激戦を極めていた。


「――イフリート!」


『おらぁぁあ!』


 視界を覆うのは――赤。


 この場を埋め尽くすように、真っ赤な炎は弾丸となって飛んでいく。


 膨大かつ濃密な魔力を込めた、超常の存在…《精霊》。

 

 ヒナが召喚した炎の化身、イフリートによって、炎の魔法は人の扱う攻撃の域を超え、自然を体現するほどの威力を内包している。


 だが―――。


「―――ガッハッハ! 軽い軽い!」


 その豪炎の中から、高笑いは響く。


 ジャキッジャキッと音を立てながら炎を割って現れるのは――白い甲冑を着込んだ巨躯の騎士。


 精霊の大魔法を物ともしない勢いで――その魔法の術者、ヒナに向かって一直線に突っ込んでくる。


「――シンシア!」


「分かってます!」


 ヒナの鋭い声に答えながら、割ってくるのは金色の髪――シンシアと、2班の剣士たち。


「――タァァアアア――ッ‼」


「――小癪である!」


 ――ガッキン!


 剣と剣が、剣と盾が、鎧と剣が交差する。


 8人が間に入ってもなお、騎士には勢いがある。


「――オンドリャァアア!」


「…これでも食らえ!」


「――む!」


 そこに、青髪の少年カインと――額に傷のある青年ギルフォードが追撃をすることで、ようやく白い巨体の進撃が止まる。


「―――なかなか堅いのであるな…!」


 まるで白い鎧など嘘であるかのように、ひらりと身をかわし、白騎士は後退した。

 こちらから追撃できるカードはない。


 ――こっちの台詞よ…。


 『白騎士』モーリスの言葉に、思わずヒナは内心舌打ちをした。


 八傑の1人にして、最硬の騎士、モーリス。

 

 相対すると、そのヤバさがうかがい知れる。


 この世の存在を超越した《精霊》の魔法を受け止める耐久力と、10人もの剣士を相手にできる速さと技術。

 

 既に先ほどから、イフリートの大出力の魔法を放っているにも関わらず、白騎士は正面からそれを突破し――距離を詰めてくる。


 そのたびにシンシアやカイン、ギルフォードが間に入り仕切り直しに入っているのだが――もうヒナもかなり魔力を使っているというのに、モーリスは少しも疲れた様子を見せない。


 むしろ、こちらの剣士たちの消耗の方が著しい。

 なにせ、ヒナが来る前から全力で戦っていた者たちだ。

 息を切らせ、魔力が枯渇寸前の者も多いだろう。


 ここから先、そう何度も白騎士を止めることはできない。


『チッ! やっぱりあの鎧――どっかで見た事あると思ったらモンジューの鎧じゃねぇか!』


 ヒナの傍らで、炎の化身――イフリートが悪態を吐いた。


「知ってるの?」


『ああ、あれは《アダマント・テンプル》…初代の軍神モンジューがスカーレットと協力して作った傑作の一つだ。ただの鎧に、精霊の炎が止められてたまるか!』


 イフリートも、何度も自分の炎が止められたことでイライラしているようだ。


「……」


 無論、ヒナも―――焦りはしていた。


 思わずここに来る前、深淵の谷で、ユリシーズの言っていたことを思い出す。


『――ヒナちゃん、1つだけ言っておきます』


 もうヒナが王都へ発つというときだ。

 餞別かのように、ユリシーズはヒナに声をかけた。


『もしも…白騎士を相手にするようなら、覚悟はしておいてください。アレは八傑の中でも間違いなく上位――私よりも上です。ヒナちゃんでは手に余る相手だと思います』


『師匠よりも…?』


『ええ、実際に相対したことはありませんが――あの騎士の鎧は、《白魔鋼》だと聞いています。秘伝や至伝の魔法でも…練り上げられた白魔鋼なら防いでしまう可能性が高いです。魔法士である私たちではどうにもなりません―――』


『―――白魔鋼…』


『なので……気を付けて下さいね―――』



「――――」


 ヒナの尊敬する師、ユリシーズに「自身より上」と言わしめる、強大な相手。

 

 それが《白騎士》モーリス。


 剣はもちろん、ヒナのこれまで学んできた魔法が、あの鎧の前には無力と化す。

 

 ――いったいどうすれば…。

 

「―――ヒナ、どうしますか!」


 一瞬固まっていたところに、シンシアの声が響いた。


「―――シンシア…」


 シンシアは――欠片も諦めた様子はない。


 もちろん彼女とて既に先ほどまでのスピードのキレはない。

 それなのにまだ闘志が欠片も衰えていないのは――ひとえに戦場を踏んだ場数の差と、戦場の彼を一番近くで見ていた故だろう。


 他のアルトリウス隊の面々も、ギルフォードも、どこかで見たことがある気がする青髪の少年も――まだまだ目は死んでいない。


 ――そうよ。それでも…まだ出来ることはあるはず!


 確かに、ユリシーズは、白騎士は「自分よりも上」と言った。

 当然ヒナよりも上であることは間違いはないだろう。


 だが、ヒナは1人で戦っているわけではない。


 同じ思いを背負った彼女が、彼と共に戦場を駆けた彼らがいる。


「…デカいのお見舞いしてやるわ。少しだけ、時間を稼いで」


「――了解!」 


 頼りになる剣士たちの掛け声と共に――王城の戦いは山場を迎える。




● ● ● ●




 ――全く、よく動く…。


 兜越しに見える若者達を相手に、『白騎士』モーリスにはまだ余裕があった。


 確かに一対多。

 しかも誰もが一流の実力者だ。

 息のあった連携に、粘り強い意志と結束力は、感嘆に値する。

 当然モーリスとて少しも消耗していないわけではない。


 だが、相対する彼らに比べれば、モーリスの損傷は軽微だろう。


 彼を白騎士たらしめる白い鎧、《アダマント・テンプル》。

 かつて軍神モンジューが制作したと言われる「地上最硬の鎧」は、魔法・剣を問わず、あらゆる攻撃を通さない。

 故に、モーリスは魔力障壁を張る必要がないのだ。

 

 無論、鎧を着た上で動作するのに強化魔法は必要だが、それも実際は加速したいとき等に使う最低限の物でいい。


 生まれつき―――モーリスは普通の人間と比べて強靭な肉体を持っていた。


 幼い頃はそれが原因で苦労したこともあったが、今となってはそれが何よりもモーリスを強者たらしめる物となっている。


 本人が「神の祝福」と豪語するそれは、長い間誰も使えないと言われていたモンジューの鎧を動かすのに、非常に適していたのだ。

 

 生まれついての強靭な肉体。

 父の無念を晴らすため鍛え抜いた剣と魔法。

 更には無敵の鎧。


 この凶悪な組み合わせは―――『白騎士』モーリスを世界最強の一角まで押し上げるものとなった。

 

 そんなモーリスからすると、新たに現れた赤毛の少女も、決定的な脅威にはならない。

 確かに魔法士としてはモーリスよりも上位ではあり、モーリスの魔法攻撃はもう通用しないだろう。

 しかし――この鎧がある限り彼女の魔法の攻撃は全く問題がない。

 炎の化身…『精霊』には驚いたが、その圧倒的な魔力も、この無敵の鎧(アダマントテンプル)は耐え抜いた。


 相手の攻撃が何一つ通用しない以上、剣士としてこの場を圧倒できるモーリスの優位は変わらない。


「―――いい加減に!」


「ふむ! そなたもいい剣士である!」


「――クッ!」


 言いながら、迫る傷の青年の攻撃を盾で弾き飛ばす。


 最初は動きの悪かったこの傷の青年も―――青髪の少年が現れてからは、やけに力が増した。


 おそらく彼らの中で、「個」の剣士としてならば最も警戒すべきなのが彼だ。

 青髪の少年の動きによって、ようやくその本領を発揮しつつあるのだろう。


 金髪の少女も傷の青年も――若くして()()()()の領域に至りかけている…ダイヤの原石のような剣士だ。

 彼らをこの場で殺さなければならないというのは、剣士としてのモーリスにとっては、いささか気の乗らない事ではある。


 しかし…


「――神は絶対であるからな!」


 剣で、盾で、あるいはその身で…モーリスは縦横無尽に彼らを蹴散らしていく。


 暴れまわるモーリスを止められる者はいない。


「――そんなありもしない物を‼」


「ガッハッハ! 速さが落ちているぞ!」


 キンッと、剣が弾かれる音が響く。


「―――ッ!」


 怒りの形相の金髪の少女は、口惜しそうに距離を開ける。

 

 面倒な一撃離脱戦法だ。


 もっとも――既に取り得であったスピードは削がれ始めている。

 彼女の魔力が切れるのも時間の問題だろう。 


 彼女達の連携は未だに見事だが…そちらも慣れ始めた。

 もはや殆ど通用していないと言ってもいい。

 

 むしろ、ここまで粘れている事の方が驚きだろう。


 無論、彼らの粘りには、理由がある。


「――ほら、こっちだよ!」


「――む、またそなたか!」


 そう、視界に入る青髪の少年。

 この青髪の少年こそ、ここまでモーリスが勝負を決めきれない原因である。

 いつもいやらしいタイミングで、狙いすましたかのようにモーリスの行動を阻害してくるのだ。


 別段、速さもパワーも技も、この中で突出しているわけではない。

 「個」としてならば、傷の青年のほうが幾分か上だろう。

 

 だが、この少年は、いつもここぞというときに、最も嫌なところにいる。

 いざ攻勢に移ろうとしたときであったり、1人を仕留めきれそうなときだったり。  

 そういった時、決まってこの少年のフォローが入るのだ。


 まるで、モーリスの動きを…いや、この場にいる全員の動きを読んで行動しているようだ。


 しかも、攻撃するポイントも的確だ。

 

 剣が鎧に通じないということを分かっているのだろう。

 狙いすましたかのように、鎧の可動部分の隙間を突いてくる。

 どこの可動部分の隙間が開くのか…モーリスの動きを見たうえで。


 ―――本当に…よく見ている。


 言動や見た目は一見大雑把で勝ち気に見えるが…全くそんなことはない。


 視野の広さと、観察力。

 動きの合わせ方。

 相手の嫌なことを的確に行う判断力。


 モーリスに言わせれば、この場で最も曲者であるのが、この青髪の少年だ。


「ガッハッハ! 先にそなたを削ったほうがよさそうだ!」


 振り下ろすのは、大剣アロンダイト


 イクシアの打った剣の中でも、最上級に分類される名剣だ。

 

「モォォォリス……ストラァァァァイク‼」  


 攻撃は隙になるが、鎧がある以上、隙は隙ではない。


 高速で放たれた剣閃は、間違いなく少年を目掛けて放たれた。


 怪力たるモーリスの剣撃。

 威力は折り紙付きだ。

 避けなければ、剣や盾ごと潰す自信があった。


 だが――少年は避けることを選ばなかった。


 覚悟を決めたかのように剣を構え、


「――――『流閃』!!」


「ほう!」


 放つのは、流しの奥義。

 水燕流剣士にとっての代名詞――『流閃』。


「―――流せるとでも思ったか!」


「――だりゃぁぁぁあああ!!」


 ――ガァァァァアン‼

 

 破裂音のような、剣の弾ける音が響く。


 とてもではないが剣が流された音とは思えない。


 それもそのはず、それは少年の剣が――モーリスの剣によって半ば砕け散った音だ。


 代わりにモーリスの剣は、辛うじて少年の横を通り過ぎた。

 流せはしなかったが、剣を犠牲に、軌道を逸らすことには成功したのだ。


「―――ぐッ!」


 しかし、少年は衝撃でその場に倒れ込んだ。

 距離は近く、武器もない。


「――惜しかったのである!」


 当然、この体勢でモーリスの二撃目を避け切ることはできないだろう。


 そして、この少年さえ落とせば、彼らは総崩れになる事はもはや自明。

 

 そう―――モーリスが勝利を確信した…その時だった。


「――隙は作ったぜ、ミロティック」


 倒れた少年が、ニヤリと笑った。


 周りを良く見える少年が、ニヤリと。


「――――‼」


 瞬間―――。


「―――ナイスファイトよ、ローエングリン…!」 


 そんな声と共に―――強大な魔力が―――モーリスを襲った。




● ● ● ●




「―――ッ!」


 かつてないほどの集中力で、ヒナは魔法を構築した。


 炎の精霊イフリートの持つ、膨大な魔力…炎の魔法。

 強大な威力だが、これをただ考えなしに当てただけでは、あの鎧は突破できない。


 だから、それを……一点に集める。


 膨大な炎を、極大の魔力を―――たった一点に。


 イフリートの魔力を、集中させる。

 制御し、昇華する。


 イメージするのは最強の槍。


 鋭さ。

 速さ。

 威力。

 密度。

 さらには回転力。 


 どれかじゃない。

 全部を最大に。


『――おいおい、魔力を全て使っちまうつもりかよ!』


「そうよ!」


 それは―――全てを貫く炎。怒りの槍。


「―――一極集中…」


 皆が頑張ってくれた。

 時間を稼いで、命を懸けて、ヒナの魔法が通じると信じてくれた。


 遠目では、青髪の少年…学生時代に見た顔が、決死の打ち合いをしているのが見えた。


「――ナイスファイトよ、ローエングリン…!」


 だから、これで決める。


 今ここで――限界を越えるために生み出したオリジナル。


「―――『滅炎崩撃槍(グランディーヴァ)』‼」


 それが魔法の速度だと誰が思っただろう。


 小柄な少女の右腕から放たれたのは、剣士の世界の速度すら凌駕する―――紅蓮の槍。


 一直線に放たれたその魔法は、音を置き去りにして白騎士に迫る。


「―――ぬ!?」


 カインに剣を振り上げていたモーリスは瞬時に盾を構える。

 

 この魔法はヤバいと――強者の勘がそう言ったのだ。


 だが―――。


「―――何!? アルカディアスが…!?」


 《アルカディアス》―――名工ナバスによる、大盾の傑作。

 今までどんな魔法だろうとどんな剣だろうと弾き飛ばしてきたモーリスの頼れる盾。


 だが――そんな物で止まるわけがない。


「――ハァァアァァアア‼」


 左手で額の紅の髪留めを撫でながら。

 そして、共にいる仲間を思い浮かべながら、ヒナは右手の魔力を上げる。


 繋いでくれたバトン。

 託された最後の決め手。

 

 この槍に乗せたものは、単なる魔力ではない。

 この想いで貫けぬ物などない。


「――ぬ……おおぉぉおおおおぉおおお―――ッ!?」


 紅の槍は、盾を貫き―――純白の鎧に達する。


 炎の焼ける煙と、チリチリという音。


 紅蓮の槍と、純白の鎧が、衝撃を生む。


「――イフリート、もっと出力を…!!」


『これ以上出したら、召喚を維持できないぞ?』


「いいから!」


 威力が上がる。


 最強の防御を貫かんと―――うねりを上げて槍が突き進む。


「――ぬぐぁああぁぁああ!」


 白騎士の足が地面を擦る。


 槍の威力に、彼の巨体が動かされている。


 空気が震える。

 地面が揺れる。


「―――まさか…我が鎧が…」


 紅の光と共に――白騎士の身体が浮いた。


 炎槍が…伝説の鎧を焼きながら―――巨躯がブレた。


「―――神の意思が…こんな―――」


 ―――ドゴォォォォォオオオン‼


 声など刹那の中に消えていく。


 代わりに聞こえるのは轟音と爆炎。

 白い巨体は――槍の熱量と共に、城壁に激突したのだ。


 ―――上がるのは瓦礫の煙と、炎の煙だ。


 シュー、という音と共に、紅蓮の槍の道の後と、白騎士が吹き飛んだ場所から、視界を覆う煙が立ち上った。



「―――ハァ…ハァ……」


 魔法を放った右手を震わせながら、ヒナはその場にへたりと座り込んだ。

 

 隣にいた炎の化身イフリートは既に消えている。

 彼の言った通り…精霊を維持する魔力も使ってしまった。

 まさに全身全霊を懸けた最後の一撃と言ってもいいだろう。


「……白騎士は…?」


「―――動きは…ありませんが…」


 ヒナの言葉に、依然険しい目をしたままのシンシアが答える。


 視線の先は焼け焦げたような道の先にある――遠い壁。


 誰もが白騎士が吹き飛んだ方向…煙の上がる壁を見つめている。


 確かに凄まじい威力の魔法だったが、白い鎧を貫けたかどうかまでは視認できなかった。


 手ごたえはあったが…。


 ――お願い…これで――終わらせて…。


 正直、もうじり貧だ。

 もしこれでダメだった時、白騎士の大魔法を防ぐほどの力は、ヒナには残っていない。

 皆の魔力と体力も限界だろう。

 

 もう、これで…。 



 誰もが、そう思った…その時だった。



「――ゲホッゲホッ……ガッハッハッハッハッハ‼ なるほど確かに…凄まじい魔法だが…」


 声。

 煙の中から――希望を打ち砕く様な笑い声が響いた。


「…そんな―――」


 もくもくと煙が晴れていく中…聞こえてきたのは笑い声と、薄っすらと見える――巨大な影。


「不倒にして不屈、不動にして不退―――そして不滅にして不敗…! 信仰が折れぬ限り…吾輩は決して折れぬ」


 ジャキ、ジャキ、という鎧の擦れる音。

 そして―――自信気な口上。


「―――ヒヤリとしたが…耐えてやったぞ小娘よ!」


 大剣を手に、高笑う騎士。

 白騎士モーリスは…五体満足で現れた。


 それだけではない。

 ヒナを驚愕させたのは―――。


「――まさか……無傷…!?」


 そう、その騎士の鎧。

 純白の鎧は――先ほどと変わらず、無傷で輝いていたのだ。


 ―――そんな…あの魔法でも…。


 あまりにも信じられない…信じたくない事実だった。


「ガッハッハッハ! 無傷ではない。ここをよく見るがいい」


 そう言いながらモーリスが指したのは、自身の腹部だ。


 指の先――確かにそこには…黒ずんだ点のような物があった。


「傷が付き…焦げているのがわかるだろう? ガッハッハ、こんな事は初めてであるぞ!」


「―――ッ!」


 モーリスからすれば――むしろ褒めたつもりだったのだろう。

 自慢の無敵の鎧に、傷を付けたのだから、と。


 だが、ヒナたちからすれば、真逆だ。


 命を懸けて作った時間も隙も。

 全力を乗せた魔法も。

 

 全部を使って――ようやく傷が一つ…。

 

 ―――そんなの…いったい――どうすれば…。


 誰もの脳裏にそんな言葉が過った。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公が挫けすぎる。 [一言] どんなに辛い状況でも、追い込まれても、主人公の気持ちさえ強くあれば物語は暗くなりません。読み手にもストレスを与えません。その点が残念です。
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