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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
213/250

第213話:絶望の淵で


 天空から地上へ。

 まるで翼をもがれたかのように力なく湖へと落ちていく少年を確認し、セントライトは塔の上に降り立った。


「――どうだった?」


 すぐさま寄ってくるのは、赤いローブの少年、リードだ。


「中々気骨のある奴だったよ」


 セントライトは、思い出すように答える。

 確かに少年――アルトリウスは、少なくとも警戒すべき敵ではあった。

 『獅子王』セントライトが相手取るに相応しかっただろう。


「…倒したのか?」


「ああ。瀕死の状態に『絶望』を当ててやったよ」


「…本当に…大丈夫だろうな?」


 疑り深く追及するリードにセントライトはめんどくさそうに答える。


「ふん、そうでなくとも――あの怪我と状態で、湖に落ちて助かるとは思えん」


「そうか…ついに…ついにやってくれたか」


 頷くと、リードは喜びを隠しきれないとばかりに興奮した面持ちになる。

 

 あの少年は――この時代の特異点だったか。

 リード達は余程彼に手こずったらしい。


 それほどの相手であるならば、きちんと死体まで確認したいところではあったが…


「それよりも…さっさと行くぞ。不完全な状態で少し力を使いすぎた」


 そう言って、セントライトは左腕を上げた。

 

 一度切断されてから――瞬時に再生した左腕。


 その左腕の先――指の何本かが、壊死したようにくすんだ灰色を帯びているのだ。


 瞬時に再生する回復力は、『不老不死』たる神族ならば当然の能力ではある。

 だが、セントライトは現在『神族』としては不安定。

 その状態で無理をしたために、肉体の崩壊してしまう部分が出てきてしまったのだろう。


 完全体となるためには、こんなどこの誰かも分からぬ人間の身体ではなく―――セントライトの血を色濃く受け継ぐ王族の血が必要である。

 

「そうだね。君には早く完全体になってもらわないと」


 リードも頷く。

 元々――アルトリウスを始末するために王族の血を後回しにしたのはリードの勝手である。

 セントライトに強くは言えない。


 2人の影は――宙に浮き――空を高速で駆け抜けて行った。


 方角は―――西。


 王都『ティアグラード』だ。




● ● ● ●



 ――――。


 黒い――真っ暗な空間だ。


 視界に映る物は何もなく、感触も何もない。


 夢遊…。

 宙に浮いているような感覚だ。


 なんだ…ここは…俺はどうして―――。


『よう』


 どこともなく響く様な声が聞こえた。


 いったい…俺は…どうなったんだ?


『お前は負けたんだよ。アイツ――『獅子王』セントライトにな』


 …負けたって?

 誰だよお前は…。


『――はは、俺が誰かなんて…お前が一番わかっているだろう?』


 …ああ、そうだな。


 お前は――俺だ。

 それは…俺の声だ。


『とにかく――負けて、お前はここにいる。その意味、わからないほどアホではないはずだ』


 そうか…俺は――負けて…死んだのか。


『ふん、なにをのんきな事言ってやがる。これでもう世界はお終いだってのによ』


 世界…だと?


『もう調停者も――セントライトも止まらない。神聖教を鎮圧することはできず、奴らによって王都は蹂躙される。終わりだよ、終わり』


 まだ…わからないじゃないか。

 王都にはヒナも向かわせた。

 俺の隊の奴らもいるし、フィエロだっている。


 もしかしたら何とかなるかもしれない


『いや、ならないね。お前が良く分かっているだろう? セントライトは――お前が止めなければならなかったんだ』


 ……。


『《調停者》は世界に混乱と混沌をもたらす――災厄だ。それを止めるのが、お前の――《特異点》たるアルトリウスの役目。薄々気づいていたはずだ』


 そんなこと…


『お前は分かっていたんだ。王国に来た時点で――女王に話を聞いた時点で、何かの運命の流れに乗っていたと――知っていたはずだ』


 そんな…俺は…そんなの…知らない。

 嫌な予感はしたけれど、まさかこんなことになってるなんて、こんなことになるなんて想像もしていなかった。


『ふん…だとしてもだ。いくらでもその後で巻き返せたことだ。それなのにお前はいくつも判断を間違えた』


 それは……


『女王を信用できるか迷いすぎた。白騎士の言うことを勝手に鵜呑みにした。ヒナを谷まで連れてきた。そして、1人でここに来た』


 ……。


『自覚しているだけでもこれだけだ。無自覚な判断ミスなんて他にもいくらでもある』


 なん…だと?


『例えば――何故《闇狗》に相談しなかった? 助けを求めれば、あの魔女なら何か力を貸してくれたかもしれない。あの場にはユリシーズもいた。ヒナの師である彼女も、もしかしたら味方をしてくれたかもしれない』


 それは…その…


『ヒナやリュデにも、もっと色々と相談していれば……優秀な彼女達のことだ、何か気づくことがあったかもしれない』


 だって…それは―――。


『――でも、しなかった。全てを打ち上げず、お前は1人で判断した。―――そうだ。お前は恐れたんだ。自分のことを知られることを。自分の《秘密》を打ち明けることを…』


 違う…そんなの…関係ない。


『お前は内心、不安で不安で仕方がなかった。もしも自分の秘密がバレたら―――自分が《転生者》だと知られたら、可愛らしい恋人たちも、信頼してくれている部下達も――皆離れて行ってしまうんじゃないか、と…。だから、ルシウスの存在を知る《闇狗》とは距離を置いたし、灰色の少女の事も誰にも話さなかった』


 そんなこと…


『ないと言えるか? いや、言えまい。なにせ、お前が一番自覚しているはずだ。今のお前が皆から頼りにされ、尊敬されているのは、その優秀な《アルトリウスの身体》と――《転生前の記憶》があるおかげだと』


 …黙れよ…。


『お前のことを凄いと慕ってくれるあの子たちが――その正体を知ったらどう思うかな』


 黙れ…!


『前世の知識でズルしていると知ったら? 実は中身が40歳のおっさんだって知ったら?』


 黙れ…黙れ黙れ黙れ黙れ!


『魔法の才能も、剣の才能も――全てはお前の物じゃない。アルトリウスという優れた身体にあった借り物だ。それらのないお前――前世のお前を、彼女達は慕ってくれたか?』


 黙れ!

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!! 


 うるさいんだよ…

 関係ないだろ…俺の前世と―――負けた事は…。


『大アリだ。お前の迷いが――お前の不安が――この状況を招いた。この敗北を招いた。全てお前のせいだ』


 ――――っ!

 

 そんな…

 だって、俺は―――。


『これから、王都は焼ける。お前の家族も、お前の恋人も、お前の部下も、全員死ぬ。それだけじゃない。ユピテルにいる上司も友も――皆、死ぬ。お前のせいでな』


 違う…俺は――必死にやった…。

 命も削って戦った。

 不安で押しつぶされそうになりながらも頑張った。


 俺は―――


『だったら…皆に聞いてみようか?』


 なに…を…。


 いったい誰に…何を聞くっていうんだ…?



 だが、その暗闇の中の俺の声は、何の返事もしなかった。


 代わりに聞こえたのは…



『―――お前のせいだ』


 …聞き覚えのある声だ。


 俺は振り返り――でも、その光景を信じることができなかった。


 でも…なんで?

 だって、これは――


 ―――師匠――?


『お前のせいだ…アルトリウス…』


 それはシルヴァディだった。

 全身から血を流し、片腕を失くしたボロボロのシルヴァディ。


 彼が、俺を――憎たらしそうに睨みつけていた。


『――お前のせいで…俺は死んだ。全部――お前のせいだ』


 ――なん…で…師匠…が。


 言葉が――心に突き刺さった。

 

 シルヴァディが――俺の師匠は俺の代わりに死んだ。

 俺がジェミニを倒せなかったから、その代わりに…。

 まだ記憶に新しい――俺の立ち直れなかった過去の影。

 それが忍び寄ってくる音が聞こえた。


『――そうです。隊長のせいです』


 ―――!


 振り返ると、シンシアがいた。

 鷹のような目で――まるで仇を見るかのように俺を睨みつけていた。


 やめてくれ…そんな目で…見ないでくれ…。


『――父さんが死んだのは、隊長のせいです』


 ――俺の…せい。


 夢だ。

 幻影だ。

 シルヴァディが、シンシアがそんなことを言うはずがない。

 そう頭で理解していても、どうしても彼女の怒りの形相は、俺の目を離さない。



『―――前世の記憶があったなんて…騙してたのね』

 

 横から少女の声が聞こえた。

 

 赤毛の小柄な少女だ。


 ―――ヒナ。

 

 いつも向けてくれている可愛らしい猫目は…やけに冷ややかに映った。


『最低――。全部…まやかしだったのね…学校での成績も、魔法の凄さも…全部…』


 ――違う。違うんだヒナ…俺は―――


『…さようならアルトリウス。愛していたわ』


 ―――なんで…どうして…?


 少女の姿は消える。

 失望したとでもいうような彼女の瞳は――罵られるよりも辛かった。


『――中身がおじさんだなんて…気持ち悪いなぁ。幻滅した。もう近づかないでくれる?』


『アル様…ずっと嘘をついていたんですね…』

 

 目の前で、2人の少女の姿が映った。


 いつも笑顔でついてきてくれて黒髪の少女は、俺に近づこうとすらしなかった。

 誰よりも尊敬してくれた少女の亜麻色のポニーテールは、すぐに消えていった。


 ――待って―――待ってくれエトナ、リュデも…違う…俺は…!


 伸ばした手は届かない。

 真っ暗な空間で俺の手も、俺の声も、何も掴めない。



『なんだ…全部―――隊長のせいだったのか』


『隊長が、ちゃんとしてくれないから…私たちは…』


 暗闇の中に、血だらけのフランツが浮いていた。

 1班も――他の部下達も、皆が皆俺を恨めしそうに見ている。


 ――違う…俺は…俺は…


 駄目だ。

 もう、言葉が出てこない。

 どこに行けばいいのか、どこへ歩けばいいのか。


 暗闇の中で進むべき場所が見つからない。


 もう…もう無理だ…こんなの―――こんなの見せるのはやめてくれ……


 誰にでもなく、叫んだ。

 

 でも嫌でも声は聞こえた。

 嫌でも姿が見えた。



『――君には期待していたんだがね』


 いつも俺に期待していると言っていた上司――ラーゼンは、失望した目で俺を見ていた。 


『――アルトリウス…お前がやったのか…』


 俺に最速の剣を見せてくれたゼノンは、やけに悲しそうな顔をしていた。


『バリアシオン君、友達だと思っていたけど…今日までだよ』


 一緒に旅をした――何度も死線を助けた親友は、俺と目線を合わせなかった。


 耳を塞いでも、その声は聞こえる。


 目を閉じても、その姿が見える。


 そして、誰もが俺から離れていく。


 それなのに、この暗闇に逃げ場はなかった。


 そして――


『――ずっと気持ち悪い子だと思っていたのよね』


『――いつも生意気な質問しやがって…大人を小馬鹿にして何が楽しいんだ?』


 その声に、振り返る勇気がなかった。


 だってそれは…


 ――父上…母上…


 俺の父と母が、俺を睨んでいた。

 まるで子供を見るような目ではない。

 汚物でも見るかのように――俺を…。


『ちっとも笑わないし、ずっと無表情だし…変な子を産んでしまったものだわ』


『お前なんかに、金をかけて家庭教師を雇ったのは失敗だったよ』


 あ……ぁ……


 今まで俺が築き上げてきた物が…。

 この15年間、アルトリウスとして生きてきた全てが――俺から零れ落ちていく。


『――お前なんて生まれてこなければよかったのに』


 ―――。


 立ち上がる気力も、否定する思いも挫かれた。


 そうだ…全部俺のせいだ。


 俺がちゃんとやらなかったから。


 俺が嘘をついて生きていたから。


 だから…駄目だったんだ。


 俺のせいで世界も――全てが…。


『――そうだよ、お兄さんのせいだ』


 呪うような冷ややかな声が、俺を襲う。


 幼い少女の声だ。

 それは…


『お兄さんが、迷ったから…私は死んだ。全部―――お兄さんのせい』


 ――ユニ…。


 忘れたことなど一度もない。

 かつて、あのエメルド川で――俺のせいで…俺が迷ったせいで死んでしまった、少女の姿。


 胸から血を垂らし――俺を無表情に見つめる少女の姿。


 ―――あぁ……。


 暗闇の中で――、声が俺を打ちのめす。

 立ち上がれないほどに、生きる気力を削いでいく。


 ――絶望…。


 俺の心が――壊れていく音が聞こえた。







『――本当に…それでいいのか?』


 ―――え?


 少し不思議な、知らない声だ。俺の声でもない。


『この《絶望》に負けて――本当にそれで終わりでいいんだな?』


 ――そんなことを、言われてもさ。


 …無理だよもう――。

 立ち上がれない。

 立ち上がりたくない。


 俺が――ダメだった。

 俺が迷って、やるべきことをできなかった。

 俺が嘘を吐いていた。


 だから俺は負けた。

 だから皆俺から離れていく。

 俺の中身に価値なんてないから、だから。


 もうやめてくれ。


 これ以上は無理だ。


 もうこのまま安らかに眠った方が――きっと幸せなんだ。


『……お前の気持ちはよくわかる』


 わからないさ。

 俺の――他の世界から転生して…ずっと嘘を吐き続けて生きてきた俺の気持ちが他人に理解できるはずがない。

 他の身体を借りて、それ以外で生きられない俺の気持ちを…簡単にわかるなんて―――


『―――わかるさ』


 ―――?


 なんで、そんなことが言えるんだ…。

 アンタが誰だか知らないが、俺は――


『――少し…昔話をしようか』


 ――昔話、だと?


『今からお前に見せるのは――この塔に残ったほんの一部の記憶、その残滓だ』


 いったい何を―――


『その後にどうするかは……お前の自由だ―――』


 声は消えていった。


 そして―――景色は、変わった。




● ● ● ●




 そこは――見た事のない場所だった。


 いや――これによく似た景色を見た事がある。


 そう、ユピテルの首都――ヤヌスのメインストリートはこんな感じの広さだった。


 でも俺の眼前の道は――記憶と違って舗装されていないし、人通りも少ない。

 

 歩く人も――ユピテル人ではあるのだが、どこか雰囲気が違う。

 服装も違うし、表情も何というか…全体的に暗いと言うか。


 俺はというと、そんな何とも言えない雰囲気のメインストリートの空中を浮いていた。

 

 それなのに、見えていないのか、誰も俺に気づいていない。

 かといって俺から声を出そうとしても、声は出ない。


 不思議な感覚だ。


『―――ここは、歴史を変える2人の少年が初めて出会った場所』


 頭の中に声が響いた。

 先ほどと同じような声だ。


『すぐそこの酒場で――最初の歴史は綴られた』


 最初の歴史――?


 俺は目線を、すぐ脇にあった酒場に向けた。


 小さい…少し古ぼけたようにも見える酒場だ。


 すると――すぐにそこで何やら騒ぎが起こっていることが分かった。



「――おい、ちゃんと金を払えって言ってんだよ!」


「ふん、ユピテル人に払う金はねぇよ!」


「そうだ! どうして偉大なる()()()()()()()たる俺達が、こんなユピテルの汚ねぇ酒場に金を払わなきゃならねぇ!?」


「――何を!?」


 なにやら言い争いをしているようだ。


 3名の鎧を着た騎士のような男達と――彼らに対して叫んでいる1人の少年だ。

 どこかで見た事のあるような――赤銅色の髪をした少年。


「――坊や、もういいから…帝国の人に逆らうのはやめときな?」


「――安心しな店主の姉さん。俺がコイツ等からきっちり取り立ててやるからよ」


 少年の後ろには酒場の店主であろう女性がオロオロと状況を見守っている。

 

「――おいガキ…まさかとは思うが――植民市民の分際で、偉大なる帝国民たる俺達に逆らおうってんじゃないだろうな?」


「へん、いちいち《偉大なる》なんて付けなきゃ恐れられない国なんて、大したことないね」


「てめぇ…」


「剣士なら抜けよ、無銭飲食野郎。3対1でも構わねぇぜ?」


 どうやら―――酒代を払わない男達に対して、少年が文句を言っている現場のようだ。


「おい、聞いたか?」


「――やっちまえ!」


 怒りに限界が来たのだろう。

 男たちは剣を抜いた。


 3対1でもいいという言葉を待っていたかのように――男たちは一斉に迫る。


 しかし――少年がそれより速く動いた。

 いや、動いていた。


「――『飛燕』…3連―――」


 それは美しい――奥義だった。

 間違いなく、俺の知っている、水燕流の奥義。


 でも、今まで見たどんな奥義よりも――洗練されていたような、そんな気がした。


「――――な!? コイツ―――」


「――ぐあぁぁあ!」


「おいお前ら、こんな―――」


 3人の男たちの隙間を縫うように――少年のカウンターは見事に男達の胴を切り裂いた。

 悲鳴すらも、許さない、そんな剣技だった。


「――っと、こんなもんか」


 剣の血をピッと払い、少年は剣を収める。

 そして、


「―――んっしょっと…ちっ。全然持ってねぇな…」


 人を3人も斬ったというのに、特に物怖じもせずに死体をあさり始めた。

 とんだ胆力である。

 

 しかしそこで、


「――帝国騎士団が来たぞ!」


 そんな声がメインストリートの先より聞こえてきた。


 たしかに、ドタドタという足音と――鎧の擦れる音が近づいてきているのがわかる。


「――やっべ! ほれ姉さん、アンタの取り分と――迷惑代だ。全部俺のせいにしてもらって構わねぇ。上手くやるんだな!」


 すると少年は、金の入っているであろう麻袋を酒場の店主へと放り投げ――一目散に走り出した。


「―――追え――!! 追え―――‼ 今日こそあのドブネズミを捉えろ!」


 少年の去った現場には、大量の兵士が押し寄せた。


「――今日は第8小隊がやられたか…。まだ近いぞ、絶対に逃がすな!」


 殺された兵士の同組織なのだろう。

 鎧を着た兵たちは、倒れた兵の顔を見てそんなことを叫びながら走り出した。




● ● ● ●




 そこから――景色が変わった。


「――ハァ―――ハァ―――」


 空中の俺の眼前で路地を走っている――先ほどの少年の光景だ。

 案の定、俺の姿は気づかれていないらしい。


「――チッ! 今日はやたらしつこいな…このままだと不味い…」


 そんな少年の呟きが聞こえた。


 おそらく――先ほどの続きだ。

 あの大量の兵に追われている最中なのだろう。


 口ぶり的には、追われているのは日常茶飯事のようだが…今日は少し厳しいらしい。


 息も切れ、追手の声も迫っている気がする。

 このままだとそう時間をかけずに捕まってしまうだろう。


 しかし――


「――おい、こっちだ」


「―――!? アンタは?」


「いいから、逃げ切りたきゃついてこい!」


 少年に声をかけた者がいた。

 ローブに顔は隠れて良く見えないが、少年と大して年齢の変わらない背丈に見える。


「ちょ…おい!」


「いいから!」


 ローブは少年の手を引き、無理やり横道に入る。


「おい、駄目だって、そっちに逃げるのはわかりやすいし、すぐに――」


 そして――少年が文句を言おうとした時だった。


 ローブの腕から―――魔法が放たれた。

 

 『無詠唱』の―――土魔法だ。


 魔法によって現れたのは…。


「―――土の壁!? アンタ…これ…まさか《魔法》かよ!?」


 そう、それは―――横道への入り口をふさぐかのように造られた「壁」だ。


 土属性の魔法だが―――これによって確かに、メインストリートからこの横道に入るルートは無くなった。

 これが今造られた壁だと気づかない限り、あの大量の兵士相手に相当な時間を稼げるだろう。


「―――すげぇ…《魔法》でこんな芸当するやつ、初めて見たぜ。アンタ何者だ?」


 少年は、興奮を隠せないかのようにローブに詰め寄る。


「……ふぅ―――本当は今のうちにもう少し距離を稼ぎたいんだが…まぁ仕方がないか」


 驚く少年に―――魔法の使い手は呆れる声を出しながら、頭にかぶっていたローブを脱いだ。


 現れたのは――少し癖のある金髪に、これまた金色の瞳を持った少年――。


「――俺はオルフェウス。魔法士――いや、魔導士だよ、セントライト君」


 オルフェウス…そして――セントライト。


 俺の耳に聞こえてきたのはそんな名だった。

 これって―――。


 驚く俺に構わず、場面は動く。


「―――アンタ、どうして俺の名前を…」


「―――仲間を探していたんだ」


「仲間…だと?」


「ああ。この腐った世界を変えるための――揺るぎない意思と力を持った同志を、ね」


 金髪の少年――オルフェウスの言葉と共に、再び景色は変わった―――。



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