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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
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第211話:誰がための戦いか


『鴉』兄妹を退け――俺は上の階を目指していた。

 上へ行けば行くほど、ひとけは少なくなり、道は単純になる。


 なるべく急いでいたつもりだったが―――


「―――!」


 何か―――上から()()()物を感じた。


 ―――なんだ? 以前どこかで…。


 かつてどこかで感じたような、異質で――邪悪な魔力。


 胸騒ぎを感じた。


 ようやく出た螺旋階段を『飛行』ですっ飛ばし―――おそらくトトスが倒したのであろう、神聖教の騎士達の死骸を尻目に、屋上へ出た。


「――――!」


 少し肌寒い空気に、夜空の星々の薄明かり。

 

 その屋上でまず目に入るのは、開いた棺と、その傍に佇む2人の異質な影。

 

 次に、入り口のすぐそばで尻餅をつく老人と、足を震わせるトトス。


 そして―――そのすぐそばに見えた…黒髪の少女。

 記憶にあるよりは大人っぽくて、でも変わらない――美しい少女。


「――アル君!」


 見間違えるわけもない。

 黒髪の少女――エトナは、俺の名前を呼びながらこちらへ飛びついてきた。


「エトナ…良かった…無事だったんだな」


 安堵。

 彼女を抱きしめて、ここ暫くの間感じなかった安堵を感じる。

 

 生きててくれて、良かった。


 けど―――。


 折角の再会も―――この状況では、喜ぶことはできない。

 なにせ――。


 俺の正面。


 目に入るのは、明らかに異質な2人。


 赤いローブの少年と赤銅色の長髪の大男。


 そして、先ほどからぞくりとするほど感じる、寒気のような魔力。


 間違いなくこの2人から発せられるそれを…俺は知っている。


 それは―――忘れるはずもない、かつて俺がまだ学生だった頃だ。


 エドモンの別邸へたどり着いたときに感じた、寒気のするような邪悪な魔力――。


 かつて、その相手と、俺は対面した。

 

 奇しくも――その時も攫われたエトナを追いかけたんだ。


 そう――俺に《調停者》と名乗った少年、「ラトニー」。


 それと同じ、異質の魔力を、()()()()からは感じる。


「……」


 ――ああ、そういうことか…。


 『神聖教』――。


 ずっとこいつらが何をしたいのか、何が目的なのか、わからなかった。

 どうしてたかが1宗教が、こんな大国を揺るがすほどの力を持つようになったのか、わからなかった。


 敵が人攫いなのか、神聖教なのか、それとも軍属派なのか、わからなかった。


 でも違う。


 きっとどれでもない。


 ―――奴らだ。


 全部奴等が裏で糸を引いていたんだ。


『奴らの目的は――世界を混乱と混沌に陥れる事だ』


 かつて夢の中でルシウスはそんなようなことを言っていた。


 王国を混乱させることも―――この塔に眠るという『絶望の力』を目覚めさせるというのも、そうだ、思い返せば――ルシウスの言っていた目的に全部合致する。


 もっと――よく考えるべきだった。


 そもそもエトナが攫われた時点で――色々と気づくべきことはあった。


 単に古文書が読めるだけで――攫われるのか?


 そもそも、古文書を、どうしてエトナが読むことができたんだ?


 考えてみろ。


 エトナはそれなりに優秀だったが――研究とか、歴史とか文学とかの得意不得意でいえば、俺やリュデのほうが優れていた。


 俺にもリュデにもできなかったことを、どうして彼女が急にできるようになった?


 そして、思い出せ。

 かつて…6年前、彼女が攫われた理由はなんだ?


 そうだ。俺のせいだ。


 あの時もそうだった。

 特異点――転生者である俺をおびき出すために、彼女は攫われた。


 そしてそれは多分、今回も―――。

 

「―――っ」


 思わず唇を噛んだ。


 そうだ。それなのに、俺はまた彼女を一人にしてしまった。

 奴らに付け入る隙を与えてしまった。


 そしてこの様だ…。


 俺はまんまと1人ここにおびき出された。


 俺は―――。


「――エトナ…悪いけど―――すぐにトトスとピュートン博士と一緒に逃げてくれ」


 正面――異質な2人――ラトニーと同じ雰囲気を感じる奴らを見据え、俺は言った。


「…烈空殿――」


 横からは、金髪の細身の青年の声が聞こえた。

 おそらく出入口の前に転がっていた騎士たちを倒してきたであろう、剣士だ。


「トトス、頼んでいいか? 俺の――命よりも大切な人だ」


「しかし…アレは…」


 トトスの目線は正面の棺の2人。

 アレとは――間違いなく奴らの事だろう。 


「――わかってる。だから…何も言わずに、頼まれてくれ」


 そう言うと、トトスは迷う表情を見せながらも、


「――承知した」

 

 そう頷いてくれた。

 まったく、彼の存在は本当に助かる。


「…ありがとう」


 そう、わかっている。


 奴らの出す異質な雰囲気。

 それに加えて…あの大柄な長髪の男の圧倒的な存在感―――。


 ここまで様々な強者を目にしてきて、わからない筈がない。


 アレは…ヤバい。


 俺が来るまでに、エトナやトトスが生きていた事すら奇跡であるような、そんなヤバい奴だっては重々に承知している。


 だから―――俺がやらなきゃいけない。


「アル君?」


 俺の腕の中でエトナが声を上げた。

 きょとんとした顔がやけに可愛らしく思えた。

 こんな厳しい状況で、よく耐えてくれたものだ。


「すまないエトナ。多分――君がこんな目に遭ったのは俺のせいだ」


 そう――6年前と何も変わらない。

 エトナが攫われ、待っていたのは《調停者》。

 あの時も、奴らの狙いは俺だった。


「だから…君は逃げてくれ。俺が――全部何とかするから」


 そう言うと、エトナは翡翠色の瞳をまじまじと開けて、俺のことを見つめる。


「アル君も…大丈夫…なんだよね?」


「…」


 大丈夫かどうか、そんな事――俺にはわからない。

 でも今ここで俺が逃げたら、君の事は絶対に守れない。


 だから――。


「…もちろんだ。さっさと片付けて…すぐに俺も合流するよ」


「そっか…」


 エトナは少し考えるように俯いて、


「わかった。じゃあ、先に行ってる…待ってるからね?」


「――ああ」


 そう言うと、エトナはゆっくりと頷いた。


 ほら、彼女の顔を見ろ。

 俺のことを信頼してくれる。

 俺を信じてくれる人がいる。

 

「――――」


 足音が去っていくなか、俺は覚悟を決めた。


 これが、俺のやらなければならない事。


 俺がアルトリウスとして――逃れられない運命の奔流。


 この戦いは、神聖教と王国の戦いなんかじゃない。

 いや、きっと今までも――アウローラもカルティアも、そうだったのかもしれない。


 ようやく俺も、理解した。


 これは―――《調停者》と――アルトリウスの戦いだ。




● ● ● ●




 3人が去り――残ったのは俺と、奴ら2人だけ。

 空気が恐れるようなプレッシャーが、俺を刺激している。


「――やぁアルトリウス。僕と君が会うのは初めてかな?」


 すると、正面――赤いローブの少年が飄々と声を上げた。


 声はどこかラトニーと似ているが…細かい部分が少しずつ違う。


「君には苦労させられたよ。君の登場以来、僕らのシナリオはめちゃくちゃだ。カルティアで死ぬはずだったオスカーとシルヴァディは生き残るし、アウローラでは民衆派が勝利した」


「……」


 何だコイツ…。

 オスカーやシルヴァディが死ぬはずだっただと?


 少年は上機嫌に続ける。


「影響力に関しては同じ《特異点》でも――『軍神』なんかとは規格違い――まるで《オルフェウス》を見ているようだったよ」


「――《特異点》…か」


 何度か聞いた言葉だ。


「そう――この歴史上に稀に現れる…僕らの()()の及ばない力を持つ者――それを僕らは《特異点》と呼んでいる」


「―――」


 歴史上稀にいるということは、俺が転生者だからというよりも…アルトリウスの身体が《特異》という説が有力か…。

 まぁコイツの言うことを丸ごと信じるのは論外だが。


「《特異点》にはいつも辛酸を舐めさせられた。君然りオルフェウス然り――まるで、歴史を知っているかのように僕らのシナリオの邪魔をするんだ」


 そして、少年は邪悪な笑みを浮かべながら、言い放つ。


「でも、今―――場は整った。君の命運もここまでだ」


 やはり――狙いは俺。

 奴らにとって邪魔な俺を殺すためにこの場を用意したらしい。

 

 王国のこの混乱全てがそうだとは思わないが…。


「―――お前ら《調停者》は――直接手出しできないんじゃなかったのか?」


 確かルシウスがそんなことを言ってた。


 尋ねると、相変わらず上機嫌に笑顔の少年が、高い声で答えた。


「ああ、確かに――僕らはできない。求められなければ動けないのが、僕ら――《神族》だ」


「……神族…?」


 俺の呟きに、少年は答えない。


「でも――彼は違う。長らく封印されていた『ニルヴァーナの滴』を取り込んだ彼は、生身の人間にして《神族》の特性を備えた唯一無二の存在にして―――確実に君より上の強者だ…なにせ――」


「――御託はいい」


 その「彼」―――赤銅色の髪の男が一言発した。

 重厚感のある声は、この空間の空気を震撼させるような、威厳と圧力のあるものだった。


 言葉一つで――俺なんて消し飛んでしまうかと思えるほどの――。


「とにかく、コレを余が始末すればいいのだろう?」


「…まぁ、そう言うことだね」


「だったら――話は早い。さっさと終わらせて…《王族の血》の回収に行くぞ」


「…異論はないよ」


 どうやら――話がまとまったらしい。


 男――赤銅色の髪の男の視線が、俺に集中する。


「―――」


 …ヤバい。

 心臓が高鳴っている。


 今までにいくらでも出してきた危険信号。

 今日は一段とトップレベルで、生命の危機を訴えてくる。

 さっき出会った『夜叉鴉』が可愛く見えてくるレベルだ。


「…見たところ剣士のようだが―――別に魔法でも何でも構わん。小さき英雄よ、かかってくるがいい」


 かかってこい――。

 その言葉は、俺の記憶にある限り、強い奴しか使わない言葉だ。

 

 随分と――なめられた物だ。


 ―――いや。


 分かってるよ。

 この男は――強い。

 俺より上の域にいる。

 一目でわかったさ。


「――最大出力…」

 

 本能が――敵わないと言っている。 


 生物としての格が違うと。


 まるで――かつて初めて『軍神』と対峙したときと似ている。


 いや、ジェミニとは違う。


 ジェミニは――圧はあったが…隙だらけだった。

 武の全てを「無用」と言い放ったアイツは確かにそれで最強だったが―――。


 この男は違う。

 

 無手――。

 それなのに、まるで全身から凶器が見えるように、何処にも隙が無い。


「―――スゥ…」


 目いっぱいに酸素を吸い込んだ。


 本当は、逃げ出したい。

 いつもそうだ。


 どうしてこんな怖い目に遭わなければいけないのか。

 どうしてこんな奴と戦わなければならないのか。


 折角大切な人が無事だってわかったのに、どうして俺は彼女と共に生きることができないのか。


『――残された時間は、有意義に使うんだな。大切な人との、かけがえのない時間を、な…』


 つい先ほど出会った男の言葉が、頭の中で反響する。


 俺もそう思うよ、『夜叉鴉』。

 

 でも、仕方がないじゃないか。


 その大切な人を守るために…俺は戦っているんだ。

 彼女を逃がすため、俺が逃げ出すわけには行かない。

 

 きっと、お前も同じだったんだろう?


 やるしかない。

 やるしか――ない。


「―――ッ!」


 ――抜刀。


 最大限まで身体能力を強化した。

 無属性とは思えないほどの量の魔力を加速に使った。


 俺のこの速さは、並み居る強豪に通用してきた、唯一の武器。


 俺は俺より速い人間を3人しか知らない。


 もう手になじんだ黄金の剣閃を走らせる。


 だが――、


「――――」


「―――ふむ、神速流か」


 俺の剣は止められていた。


 剣でも盾でもない。


 それは――()だ。


 片手で。

 人差し指と中指の間で―――俺の剣は止まっていた。


「―――!」


 ――動け!


 止まるな。

 酸素を巡らせろ。


 右手が動かないなら左腕を、腕が動かないのならば足を――。


「――そして神撃流、と」


 そんな呟きと共に俺の足は宙を蹴る。

 

 分かっていたかのように、この男の身体が動いていた。


「―――ッ! 読まれて…!?」


 思わず口に出た。


 まだ俺が拳を放つ前に。

 まだ俺が蹴りを放つ前に。

 コイツは既にそれを避けていた。


 まるで未来でもみているように俺の技を、俺の行動を読む。


「――ほれ」


「――ぐあっ!」


 そして――指に捕まれた剣ごと――俺は吹き飛ばされた。


 ズザザザザ、と地面と頬を擦りながらも、何とか受け身を取り、向き直るも――。


 ――不動。


 奴は追撃などいつでもできるとばかりにその場から動いていなかった。


 完全に――舐められている。


「――なるほど」


 そして、呟くように一言。


「誇るがいい。15の頃の余よりは――幾分か強い」


 男の身体はブレる。


「――だがな」


「―――!?」


 声が聞こえたのは―――背後。


 いつ移動したのか、まるで――見えなかった。

 

 慌てて防御を――


「――オルフェウスは、さらに強かった」


「―――グブゥッッ!!」


 防御なんてそんなもの、間に合わなかった。


 最大出力の強化でも視認できないほどの「蹴り」が――俺の脇腹を思い切り抉る。


 鋭い痛みと共に、自分の身体が宙に舞っている事が分かった。


「―――ぐッ…ブフゥ」


 地面に激突する衝撃と共に――込み上げてくる血の味。

 内臓が確実に損傷している。


 いや――それよりも、コイツ…なんて言った?


 オルフェウスがどうだとか…。


「――終わりか?」


 声が響く。

 近い。


 治癒は後回しだ。


 気配を頼りに無理やり体を動かす。


「――っうおおおおおおお!」


 案の定、こちらを見下ろすその巨身体に――俺は刃を突き立てた。


 ―――奥義『秋雨』。

 

 全身のバネを使い剣と一体となる刺突技。

 しかも、神速流である俺の突きは、単なる水燕流の奥義に収まらない。


 が、


「―――『秋雨』か、懐かしいな」


 まるで――「すべてが見えている」とでもいうように――そしてそれを見せつけるかのように俺の剣はギリギリ、皮すらも掠らずに通り過ぎる。


 男の銀色の瞳が、不気味に俺を見つめている。


「だが、その『技』のことは良く知っている」


「――何を…」


「なにせ――余の作った『技』だ」


「―――!」


 答える前に――俺の眼前には巨大な手の平が現れる。

 そしてそれは―――


「―――ブッ――!」

 

 俺の鼻面に衝撃を走らせた。


 いつの間にか繰り出されていた「掌底」。

 

 見た事のある…知っている技だ。


 そう、これは俺も使える――『神撃流』。


 確かに無手だが、この男は…格闘家なんかじゃない。

 俺の知っている動き。

 どう考えても技を学んだ剣士だ。

 

 そして…


「―――『秋雨』を作った…だと?」


 夜空を見上げながら、俺は掠れる声で呟いた。


 そんなの――そんなの思い当たる人物は1人しかいない。

 

 もう10年以上前だ。


 俺は彼の伝記を読んだことがある。


 『八傑英雄譚』。

 その中でも、初代八傑と呼ばれる彼らの伝記は…どれもがベストセラー。

 バリアシオン廷にも、彼の物語は置かれていた。

 

 オルフェウスが「魔道の祖」と呼ばれるように―――彼は「剣の祖」と言われた。


 数多の戦場を英雄と共に駆け抜け、そして彼自身もまた英雄となった男。

 圧倒的な武力とカリスマで、今代まで続く巨大な王国を作り上げた男。


 その男の名は…


「―――『獅子王』セントライト…」


 その名と口の中に広がる血の味は…俺に「敗北」という文字を予感させた。



  

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