第205話:『鴉』の系譜
少し短いです
―――女?
仮面の砕けた『鴉』の素顔を見て――俺は一瞬固まってしまった。
先ほどまで銀色の仮面が光っていた黒いフードの奥には、浅黒い褐色の肌に、薄い黄土色の髪の――若い女の顔があった。
「―――」
別に――女だからどうとかいうつもりはない。
魔法の存在するこの世界、男女の筋力や運動神経の差は、魔力の使い方次第でいくらでも埋められる。
実際、シンシアやイリティア。
女性でも凄まじい戦闘力を持つ剣士などいくらでも知っている。
だが、少し油断していたというか、予想外であったというか…。
「――ハァァアッ!」
「――!?」
俺がそんな思考をしているうちに、女――『鴉』が動いた。
先ほどまでのくぐもった声とは違い――高めの掛け声。
スピードに乗った小剣による斬撃が迫る。
―――考えるな…。
関係ない。
敵としている以上、油断などできるはずはない。
――キン!
高い音が鳴る。
剣が交差する。
「――正面から打ち合う気なら…!」
辺りは俺の『閃光魔法』によって照らされ―――漆黒の闇も、幻影も、すぐに見破れる。
逃亡も不可能。
そして、正面からの剣の打ち合いであるならば、狭い通路ということを考慮しても、俺に軍配が上がる。
「―――クッ!」
冷や汗を掻くような女の声。
だが、手は休めない。
油断も隙も見せない。
なにせコイツが――エトナを攫った張本人―――。
同情する余地はない。
「――おおおおおっ!」
剣を振る。
攻勢に出続ける。
「―――こんなところで…私は…!」
女――『鴉』は歯噛みするような声を上げながらも俺の剣に対応している。
俺が押しているが、ギリギリ耐えていると感じか。
剣の膂力でもスピードでも俺が勝るが…流石に簡単に決めさせてくれるほど甘くはないらしい。
――ギアを上げるか?
ヒナに出すなと言われている全力――魔力の最大稼働。
スピードもパワーももう一段上がる。
使えばこの場は勝てそうだが…。
「―――調子に乗るなよ…烈空!」
「――!」
鴉の動きが変わる。
回転斬り――剣戟のわずかな隙間で―――鴉の左腕がブレた。
飛んでくるのは――
――投げナイフッ!
近距離でのナイフの投合。
「―――ッ!」
抉るように俺の顔面に迫るナイフを寸前で躱す。
「――そこッ!」
隙、と見たのか、鴉は後退することなく、突っ込んできた。
元より射程の短い小剣では、詰めない動きに圧が無いことを分かっているのだろう。
だが…
「―――『飛燕』ッ!」
カウンター。
かつて『八傑』ギャンブランを討ち取った水燕流の奥義だ。
半身で躱した俺の身体と鴉の身体は交差し、そこに容赦なく剣閃を打ち込む―――。
「―――浅いか!」
手ごたえは微妙。
ギリギリで身体を捻らせて致命傷を避けられた。
俺の黄金色の剣閃は肩口を少しかすった程度だろう。
おそらく、全力なら今のでやれていた。
――だが、追撃の隙は充分!
「―――フッ!」
肩口を抑え、苦悶の表情を浮かべながら倒れ込む鴉に、俺は剣を振り降ろした。
が、
「―――ッ!?」
俺の剣は――空中で止まった。
いや―――本能が―――止めることを選んだ。
―――これ以上腕を振り下ろしたら…不味い。
そう思った。
「……」
空中で止まる俺の腕には、つい先ほどまでなかった浅い切り傷のようなものがある。
薄く血が滴り落ちているのだから、見間違いと言うはずもない。
どうして、剣を食らっていないのに、血が流れるのか―――。
その答えは、目を凝らすとすぐに分かった。
「―――ワイヤー…いや、《糸》か?」
丁度――俺の腕が振り下ろされる場所。
そこに――細く、薄い糸が張られていた。
おそらくこのまま剣を振り降ろしていたら、俺の腕を綺麗に切断していたであろう―――鋭い糸だ。
罠。
トラップ。
間違いなく――人為的に張られた糸。
だが…
――いつの間に張った?
分からない。
剣で打ち合っているときにそんな隙があるとは思えなかった。
暗闇に潜んでいるときにここまで読んでいたというのか?
いや、それにしては…
「―――何故…」
そう、それにしては…目の前で肩を抑え、倒れ込む女も―――動きを止めた俺に対して驚きの顔をしているのだ。
つまりこの糸は、この女…『鴉』の物ではない。
では、いったい誰が―――。
その答えは、すぐに分かった。
―――コツ、コツ。
俺の背後―――。
そんな――不気味な足音を立てながら近づいてくる音。
――やはり…嫌な予感が当たったか…。
内心の俺の呟きは――もう遅かった。
「――ククル、こんなところで何をしている…」
声―――。
深淵に響き渡るような、恐怖の声が背後から聞こえた。
気づくと、『閃光』で照らされていたはずの辺りは―――再び『暗闇』に染まっている。
閃光魔法の時間が終わったというよりは――奴の『暗闇』が俺の『閃光』を上回ったと考えた方がいい。
今度こそ間違いない。
この圧倒的なプレッシャー。
俺は何度も経験したことのある圧。
ゆっくりと、俺は振り向いた。
「―――」
そこに立っていたのは――男だった。
細身の男。
褐色の肌に、黄土色の短髪。
寒気のするような鋭い目つき。
漆黒の装いだけは、倒れている『鴉』と変わらないが――その全身から出てくるオーラは、とても『暗殺者』と呼んでいい物なんかじゃない。
「―――兄…さん…」
後ろから――そんな女の声が飛んできた。
もはや、確定だ。
分かっていたさ。
『八傑』がそんな甘いものじゃないなんてこと、誰よりも分かっていた。
間違いない。
「――アンタが…真の―――八傑…『鴉』だな…」
ゴクリと唾を呑みながら、俺は低い声で言った。
「――『鴉』は俺達一族を差す言葉だ、俺自身を差す言葉ではない」
男は俺に一瞥をする。
「我が称号は『夜叉鴉』…。随分と…妹を可愛がってくれたようだな、若き剣士よ」
「―――ッ」
『夜叉鴉』を名乗る男のプレッシャーが一段階上がる。
妹―――。
先ほどまで俺が戦っていた『鴉』は、コイツの妹であるらしい。
「――兄さん、どうしてここに…それに―――身体は…」
「ククル、黙っていろ」
後ろから飛んでくる声に、正面の男はぴしゃりと答える。
「大丈夫だ。兄さんが全部――何とかしてやるから」
声と共に高まるのは殺気と、魔力、そしてプレッシャー。
あちらさんはどうやらやる気満々らしい。
そりゃあそうか、妹が傷つけられたんだ。
俺だってアイファやアランが斬られたら、犯人を地獄の底まで追いかけて八つ裂きにする自信がある。
「―――」
―――覚悟を決めろ。
俺が選択したことだ。
ヒナを置いてここに来たことも。
トトスを先に行かせたことも。
暗闇が―――動く。
空気がひりつく。
―――待ってろよ、エトナ…すぐに片づけて―――君の元へ行くから。
俺はゆっくりと、剣を構えた。
一応『八傑』は全員出揃いましたので纏めます。大まかな登場順です。
『天剣』シルヴァディ
『双刃乱舞』ギャンブラン
『摩天楼』ユリシーズ
『軍神』ジェミニ
『聖錬剣覇』フィエロ
『闘鬼』デストラーデ
『白騎士』モーリス
『夜叉鴉』クロウ




