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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
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第204話:『烈空』VS『鴉』


 何の予備動作もなく――ぬるりと闇の中に消えた『鴉』――。

 視認していたはずなのに――まるで自身を暗闇そのものに変えたようだ。


 ―――幻影系の魔法を使っているのか、それともそういた技術を体得しているのか。


 いずれにせよ『暗殺者』というのは伊達ではないらしい。


 この暗闇の中――奴の位置を正確に知る事は不可能だろう。


「―――」


 不気味なこの空間で――俺は神経を最大限に尖らせた。 

 

 目で、耳で。

 匂いで、感覚で。


 五感と反射神経に全てを集中させる。


 分かるはずだ――。


 あれほどの殺気、あれほどの殺意――。


 ―――静寂。


 だが、間違いなく――この空間に奴はいる。


 もっと尖らせろ。

 感覚を研ぎ澄ませろ。


 見切れ。

 その瞬間を―――。


 読み切れ。

 その動きを―――。


 静寂。そして―――


「―――ッ!」


 本当に―――本当に微細に…空気が揺れた。

 そんな気がしただけだ。


 だが俺は――直感的に剣を振った。


「――ハァァ‼」


「―――チッ! 勘の良い…!」


 黄金の剣閃は―――暗闇を切り裂く。


 現れたのは俺の剣撃を脇へ避ける黒衣の姿。


 俺の感覚は間違っていないらしい。


「まだまだ!」


 流れるように、剣を動かす。

 

 最速で、最短コース。

 それが神速流の真骨頂。  


「―――おおおおおッ!」


 ――キンッ


 小気味のいい音に、俺の剣閃は弾かれる。


 奴の剣は間に合っているのだ。


「…舐めるなよッ!」


 すぐさま飛んでくるのは、返しの一撃。


 間合いを詰めるかのように、鴉の小剣が俺に向かってくる。


「―――『流閃』」


 速さでは負けていない。

 俺の剣はぬるりと唸りを上げて奴の剣に触れた。


 水燕流奥義、最も基礎にして最も至高である――受け流しの技、『流閃』。

 

 かつて『軍神』には通用しなかった技だが…。


「―――クッ!」


 鴉の小剣は、支点を失ったかのように方向を変えた。

 完璧に流しが決まったのだ。


「―――」


 すぐさま俺は剣を振るう。

 右腕の黄金の剣はやけにしっくりと俺の動きに吸い付いて行く。 

 

 だが、


「――『蜃気楼』ッ」


 そんな声と共に、俺の剣は――空を斬った。

 まるで、剣に手ごたえはない。

 

 嫌な――感触だが―――。


「―――!」


 『鴉』の姿は――俺の剣閃によって掻き消えるように――霧散した。


 ――幻…。


 どう考えても、俺の剣が当たったわけではないだろう。


 奴が何かしたのだ。

 恐らくは魔法。


 幻影か、身代わりか。

 視覚に干渉してくるのは確かに厄介だ。


 霧のように霧散し、消えていった鴉の姿だが…。


「――そこッ!」


 俺の集中力は切れていない。


 背後のもや――殺気に瞬時に反応し、剣を振る。


 ―――キィィン!


 剣の鳴る甲高い音が、通路に響いた。


「―――チィッ! これもか!」


 そして、悪態を吐くかのように、『鴉』の姿は瞬時に消えていく。

 まともにこちらと打ち合いをする気はないようだ。


 暗闇に紛れ、気配を消し―――対面では幻影を交えて一撃離脱。


 おそらくそれが―――『鴉』の戦法だろう。


 ――面倒だな。


 俺は内心、汗を垂らす。


 奴の使うのは小剣――。

 リーチではこちらが勝るが、向こうの方が小回りが利くうえ、この通路という戦場では、俺の剣――イクリプスでは聊か射程を持て余し気味になる。


 おまけに、奴が闇の中からの一撃離脱という戦法である以上、小剣の射程外――つまり、俺に有利な射程で戦える場面は少ない。

 そもそも打ち合いを拒否してくるのだ。


 剣士と言うよりは、やはり『暗殺者』。

 剣を合わせた『鴉』の第一印象はそんな感じだろうか。


 厄介なのは、どうしても闇に紛れた奴を一瞬は見失ってしまうというところか。

 

 そして見えたとしてもそれが幻か本物かは――分からない。 


 これでは――奴の魔力が切れるまでの消耗戦になるし――もしも奴が俺を相手にするのをやめて逃亡した場合…止められはしないだろう。


 だが…。


 ――戦えている…!


 『鴉』。


 最強の暗殺者と言われた実力者。

 相対すると、確かに強い。


 でも―――充分に通用している。

 

 確かに気配を消されればこちらからは手出しがしにくい。

 幻影も面倒だ。


 しかしそれも、神経を張り巡らせれば、追い付けないということはない。


 攻撃を仕掛けるその瞬間、最速で動けば奥義を打ち込める。

 そして、単純な剣の打ち合いであるならば――こちらの方が上。

 今の攻防で、そう思った。

 

 厄介な気配を断つ魔法も幻影も、対策は思いついた。

  

 勝機は十分にある。


 ――ゆえに。


 この状況に、俺は微かな違和感を感じている。


 この対面する鴉は弱いわけはない。

 十分に強いだろう。


 シルヴァディに出会う前の俺なら――ギャンブランと戦う前の俺なら――数秒と立たずにやられていたに違いない。


 だがその強さが『八傑』と言われるほどかと言うと疑問が湧く。


 俺が出会ってきた『八傑』は圧倒的だった。


 シルヴァディは、他の二つ名なんて物ともしなかったし、2人目のギャンブランが現れたときは死を覚悟した。

 ユリシーズの魔法は地形に影響を与えたし、ジェミニはもはや語るまでもない。 


 誰もが、俺の全力をぶつけてもそれ以上で返してくる――そんな相手だ。


 しかし――。


 現在、俺はこの鴉を相手にしながら―――まだ若干の余裕を残せている。

 魔力の出力は、本気を出せばもう一段上がるのだ。

 無論、ヒナとの約束を守るならば出してはいけない本気だが――。


 それに、俺が内戦の頃よりも急激に強くなったわけでもないだろう。


 なのに、十分に相手になっているという事実。


 その事実に――どうしても違和感を拭えない。


 別に、トトスの言っていた事がおかしいわけではない。

 相対する黒衣は、間違いなく強い――第四段階の達人。

 まだその「域」に到達していな人間が、これに勝つことは難しいだろう。


 だが、それでも何か…。


 俺にとっては都合のいい事のはずであるのに――このままでは何か不味いことになる予感が…。


「……」


 ――まぁ考えていても仕方がない。


 勝てるというのなら―――それ以上のことはない。

 今はとにかく速く頂上へ向かわないと…。


 俺は、思いついた対策を実行に移すことにした。


 悟られぬよう――静かに魔力を溜める。


 使うのは魔法―――。


 鴉が使うのが、暗闇や幻影―――視覚に影響を及ぼす魔法だというのなら、こちらもそれと同じものを持って対抗するしかない。


 それは――その昔慣れ親しんだ、光属性の上級魔法。


「―――!」


 ――キンッ!


 飛んできた一撃を受ける。

 既に数合。

 何となく――タイミングも読めてきた。


「――チッ! また出鱈目な反射をッ!」


 俺の追撃に――鴉は付き合わない。

 まるで元からそう決めていたかのように、黒衣の姿は霧散し―――気配は消える。


 そう、その瞬間――。


「―――今っ!」


 俺は――『閃光魔法(フラッシュ)』を放った。



● ● ● ●



 ――どうして…コイツがここに…。


 『鴉』は内心焦っていた。


 今日は、『神聖教』の奴らによる儀式―――奴らが言うには、『神の力』を解放させるという日。


 今日でようやく全てが終わりだと―――ようやく望みが叶うと――そう思っていた。


 それなのに――鴉の前には、1人の少年が立ちはだかった。


 『天剣』の弟子―――『烈空』アルトリウス―――。


 噂には聞いた事がある。

 戦争を終わらせたという――伝説の部隊の隊長だ。


 『烈空』の二つ名を持つ、歴戦の魔導士。 


 『天剣』の持っていたはずの黄金剣―――『イクリプス』を見間違えるはずもない。

 アレの兄弟剣、『セレーネ』は、トトスとして王城にいる際、いくらでも見てきたのだ。


 天剣シルヴァディが死んだ以上―――そのイクリプスを持つ少年など、アルトリウス以外に想像はできない。


 そんなアルトリウスが…どうしてここへ1人―――部下も連れずに現れたのか、鴉にはわからない。


 それに―――そんな事に考えをめぐらしている余裕など、全くない。


 ――ふん、これが《弟子》だと? 笑わせてくれる。


 少年の振るう黄金の剣に初撃を止められてから―――嫌な予感はしていた。

 

 いや、そもそも、その前…一目見たときから…その年齢に似つかわしくない《圧》の重厚感には気づいていた。


 予感は的中――《弟子》なんて範囲を超えた達人――それが『烈空』アルトリウスだった。


 こちらの攻撃は全て読まれたように防がれ、少しでも隙を見せればすぐさまカウンターが飛んでくる。

 『鴉』が代々受け継ぐ暗技――『暗中月歩』も『蜃気楼』も、大して効果があるようには思えない。


 まるで見えているかのように、この少年は反応する。


 その速度はかつて目にしたどの剣士よりも速く、その剣技は相対したどんな騎士よりも滑らかだった。


 剣で打ち合えば敗北は必至。

 かと言って、『暗中』からの一撃も――全て通じない。


 以前軽くあしらったトトスなどとは大違いだ。

 

 ―――化け物め…。


 鴉は内心歯噛みした。


 この少年に相対するのと近い感覚を―――鴉は少し前にも味わっている。


 かつて、王城で――トトスとして過ごしている間、一見どんな要人の暗殺でも簡単に殺れるような絶好のポジションを手にしたわけだが…それでも、『聖錬剣覇』フィエロには、付け入る隙が無かった


 睡眠時だろうと、食事中だろうと、背後から襲おうと、愛弟子の姿であっても――アレには通じない。

 あの剣士はそういう域にいた。


 故に、鴉は王城の滞在中、要人どころか――子猫一匹すら殺していない。

 むしろ――フィエロに正体がバレないよう必死であった。


 幻影魔法『蜃気楼』と、肌や骨格への物理的な肉付け、さらには、トトス本人を重々に観察して得た偽装――これらを組み合わせる『変化(へんげ)』は、先代直伝の技術だ。

 抜け目はないと思っていたが…実際の鴉の王城生活は戦々恐々であった。


 そして、この少年――アルトリウスとの戦いも、鴉にとっては大きな試練である。  


 いつ剣を当てられるか、いつ見破られるか、魔力が持つか。

 そんなことを思いながら闇に紛れている。


 …いずれにせよジリ貧。


 おそらく、このまま戦闘を続けても、勝利は遠い。

 元の膂力が違うのだ。

 扉を開けた強者の中にも差は存在する。


 速さは負けているし、そもそもこういった正面からの戦闘で圧倒的な個を相手にするのは『暗殺者』の仕事ではない。


 一旦ここは撤退を――!


 鴉はそう判断した。


 『暗中月歩』で気配を消し―――闇の中に紛れ、全力で後退すれば、まだ逃げ切れはするだろう。

 

 この厄介な剣士よりも先に老人―――ピュートンとトトスを消した方がいい。


 『聖錬剣覇』に対していざというときの切り札になると思っていたが…特にトトスはさっさと始末しておいた方が良かったかもしれない。

 鴉には及ばないとはいえ、トトスも剣士としては一流。

 ここの塔の神聖騎士団では相手にならないだろう。


「―――」


 そう考え――鴉は技を放つ。


 ―――『暗中月歩』。


 代々『鴉』に伝わる――究極の暗殺術。


 自身の作り出した『闇』――その中でならば、完全に自身の気配を消すことができる。

 日の光が薄くなればなるほど闇は広がり―――『鴉』の領域も広くなっていく。


 そしてこの場所―――塔の明かりもない狭い通路には、日の光も星の輝きも届かない。


 普通の相手ならば――この暗技を使い、仕留めきれないことなどないが…。


 だが――残念ながらこの相手は、ほんの一瞬の殺意と空気の揺れを敏感に感じ取る上、驚異的な反射神経を持っている。

 死角から攻撃しても、対応してくる域の人間だ。


 故に、ここは―――後退。


 きっとこの選択は間違ってはいなかっただろう。


 だが―――判断が遅かった。


 『暗中月歩』を発動した瞬間―――鴉を覆ったのは漆黒の闇ではない。


「――光ッ!?」


 ――それは、眩い光。


 この狭い通路など、所かまわず照らし尽くす『閃光』の魔法。


 言わずもがな―――先の少年、アルトリウスから放たれた魔法だ。


 圧倒的な光量を前に―――闇は全てが霧散するように掻き消えた。


 ――しまった…!


 その思考をしている時点で―――この領域の戦いでは何歩も後れを取ることになる。


「――おおおッ!」


 迫るのは――目にもとまらぬ速度で動く少年の姿。


「―――チッ!」


「甘い!」


 瞬時に小剣を構えるものの――速さも剣技も、少年の方が一枚上手。

 

 カン、と空しい音を立てて――鴉の剣は弾き飛ばされる。


 予備の小剣もあるが、腰にマウントされたまま、左腕は空を握っている。

 

 防御手段はなく――『蜃気楼』も間に合わない。

 そもそもこの凄まじい光の中、『蜃気楼』は発動しないだろう。


「――――」


 ――これで、終わり…?


 黄金の剣閃が振りかぶられる中―――鴉の頭を過るのはそんな言葉だ。


 これまでやってきたことが…無に帰す。

 やりたくもない仕事を、歯を食いしばりながらやり続けて。

 怪しい集団に媚びへつらってでも耐えてきたこの数年間の努力の意味が、消える。


「―――――ッ!」


 そんなこと――――させてなるわけがない。


 別に、努力が無に帰すのが嫌なわけではない。


 本当に嫌なのは、本当に怖いのは――それで大切な人を救う、最後の希望が潰えてしまうこと。


「――っあぁあぁぁあああ!」


 叫びながら――鴉は前に出た。


 烈空の剣閃を躱すことなど、不可能。


 ならば、受けるしかない。

 完全に剣に速度が乗る前に、振り切られる前に―――自ら当たりに行く。

 

 ―――ガッキィィィィィイン‼


「――――ッ!」


 鋼鉄の砕けるような音と共に―――鴉は大きく拭き取んだ。


 一瞬遅れて――額に痛みが走る。


 振り切られる前に黄金の剣に無理矢理自身の顔面―――鉄の仮面を押し当てたのだ。


 当然、盾として作られたわけでもない仮面で、完全に防ぐことはできない。


 仮面は砕け散り、額には衝撃が走る。

 

 砕けた鉄片が首筋に刺さり、じんじんと痛みが走る。

 

 だが―――

  

「―――!」


 ―――耐えきった。


 まだ意識があることを確認し――鴉は急いで受け身を取る。


 長い廊下――吹き飛んだことで烈空との距離は空いたが、この程度の距離は一瞬で詰めてくる相手であることは分かっている。


 すぐさま構え――腰から予備の小剣を引き抜く。


 が、


「――――」


 烈空アルトリウスは――やけに驚いた顔でこちらを見ている。


 ―――いったい何だ?


 一瞬、そう思う鴉だったが、


「――――」


 ―――ああ、そうか…。


 仮面。


 ずっと――顔を覆っていた鋼鉄の殻がはじけ飛んだ。

 もう、顔を隠す物は何もないく――『鴉』の素顔はあらわになっているのだ。


 そして…確かに、アルトリウスが驚くのも無理はない。


「…女、か」


 少年は、そう――小さく呟いた。




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