第200話:加速する鼓動
いつの間にか200話!
ここまでモチベを保ってこられたのも、読んで下さっている皆さんのおかげです!
今後ともよろしくお願いします!
王国でも少し人里からは離れた場所―――。
都市でもなんでもない片田舎のこの場所に、小さな家があった。
木造のこの家は、おそらく素人の手作りによるものだが、不思議と様になっている。
そんな家に―――とある訪問者があった。
「―――やあ、調子はどうだい、『クロウ』」
扉を跨いだのは、水色の髪の商人風の青年だ。
「…誰かと思えば―――ジモンか…久しいな。ゲホッゲホッ…見ての通りだよ」
商人――ジモンを出迎えた―――というよりは、ベッドの上から仰け反るように答えたのは、褐色の肌の青年だ。
「なるほど…天下の『八傑』―――『夜叉鴉』もこうなると形無しだね」
「――俺が現役だったのはもう数年前の話だよ。今じゃただの寝たきりの老人さ」
青年――『夜叉鴉』クロウは、嘲るようにそう言った。
彼はまだ30手前。
老人というには早すぎる年齢だが――確かに、その身体の具合の悪さは老人と比較してもいいくらいに弱っていると言ってもいい。
「ゲホッ…それよりも…こんなところまでわざわざどうしたんだ? 床に伏せる俺を笑いに来たわけでもあるまい」
咳を堪えながら、クロウは身を起こす。
ジモンは古い知人であるが――忙しい商人の身。ここを訪ねてくるというのは珍しい。
「――ちょっと気になる事があってね」
「気になる事?」
「ああ」
怪訝な顔をするクロウに、ジモンは尋ねた。
「――妹さんは…最近どうしてる?」
瞬間―――クロウの目は鋭い物へと変わった。
「…ククルが―――どうかしたのか?」
ククルとは、クロウの妹だ。
今は出稼ぎに出てるはずの妹。
ジモンとも顔見知りではあるが、それほど関わりがあるわけではないだろう。
ジモンの口から、妹の話題が出るとは思っていなかったのだ。
「――今王都中を騒がせている『人攫い』。その正体が『鴉』と呼ばれるアサシンであるっていう――噂を聞いてね」
「―――!」
「…やっぱり――帰っていないのか」
『鴉』。
それは最強の暗殺者のみが名乗る称号。
裏の世界でそれを騙るということは一種の禁忌であり―――本物以外がその称号を名乗った瞬間、すぐにこの世から消えていくという。
今代の鴉は『夜叉鴉』――クロウ。
クロウ以外がその名を使うということは――恐れ知らずの大馬鹿者か、それとも―――身内…自身と同じ鴉の系譜か…そのどちらかだ。
眉を顰めるクロウに、ジモンは続ける。
「…どうやらその『鴉』は――『神聖教』と繋がりがあるらしい」
「『神聖教』?」
「ああ、『聖地』とかいう場所で――怪しい事をやっている奴らだよ」
「……」
「―――まぁ『鴉』の正体が誰だったところで、僕からどうこう出来るわけじゃないけれど――一応君の耳には入れておこうと思ってさ」
ジモンはそれだけが要件だとでもいうように、踵を返す。
「『聖地』は――北東『龍眼の湖』だ。もしかしたら妹さんも――そこにいるかもね」
聖地とやらは知らないが『龍眼の湖』は、ここからそれほど遠いわけでもない。
暗に――行けとでも言っているのだろうか。
「――じゃあ、僕は行くよ。お大事に」
そう言って――ジモンはせわしなく扉を開けた。
「……」
商人去った扉を眺めながら―――青年、クロウは、静かに立ち上がった。
● ● ● ●
『龍眼の湖』。
この湖にそそり立つ巨大な塔に―――厳めしい一団が到着した。
誰もが、普通の「神徒」とは違い―――重厚な鎧に、磨き上げられた盾、そして十字架を模した剣を持つ――騎士。
彼らこそ『神聖騎士団』。
敬虔な神聖教徒の中でも、選りすぐりの信仰心と、抜きんでた実力を持つという騎士達。
元王国軍の軍団長や、流れ者の名の知れた剣客などもちらほら見える―――実質的な『神聖教』の主戦力である。
『神の意思』の実現のため、彼らは自身の命すら厭わず、信仰に殉じる覚悟がある。
全ての神徒の手本にして、神の歯車。
それが、『神聖騎士団』だ。
その先頭に立つのは、大柄な体躯の男だ。
彼こそ、王国内では《軍務卿》として軍属派を率いるたたき上げの将軍にして―――神聖教では最高位の階級である『教父の子供達』が1人―――司教ザンジバル。
4人の司教の中でも長兄である彼は、実質的な神聖教の指導者である。
彼なくして、亡き『教父』の意思をここまで実現することは不可能であっただろう。
彼が塔の中に入るなり、塔の中で作業をしていた白服たちは、敬服するように跪き、奴隷たちへの指示も忘れて彼を称える。
始まりの4人―――《司教》とは、神徒達にとっては最も敬虔な神の使徒。
自身の上位存在なのだ。
「――司教猊下、よく来てくださいました」
そんな司教ザンジバルに話しかけることができるのは、この塔の管理責任を任されている「司祭」だけだ。
普段はこの塔で権力を振るっている彼も、今日ばかりはザンジバルの存在を崇め称える一神徒に成り下がる。
「塔の発掘はほぼ終わっております。異教徒共が思ったよりも働いてくれまして―――」
「――それで、《読み手》は?」
『神聖騎士団』を引き連れ歩きながら、ザンジバルは司祭に尋ねる。
「無事に『鴉』が攫ってきました。とりあえず――牢に入れてあります」
「よし、上へ連れてこい。すぐさま―――神意の儀式を行う」
「はっ! 全ては神の御心のままに」
そして、司祭は駆け出していった。
「―――よし、我々も上に向かう―――今こそ『棺』を開けるときだ」
噛み締めるかのようにそう宣言し――ザンジバルは歩き始めた。
● ● ● ●
「――――」
「――おい、兄ちゃん、起きろ! 嬢ちゃんが連れてかれちまったぞい!」
「―――ん」
暗い地下牢で、トトスは目を開けた。
すぐに視界に飛び込んできたのは、老人の姿だ。
「――ピュートン老…」
ピュートンは牢の同室の老人だ。
ここ暫くの間この陰気な塔に囚われて以来――自然と顔見知り程度には仲を深めた相手でもあるが…。
「おい、寝ぼけとる場合じゃないぞ。見ろ、嬢ちゃんが連れていかれとる」
焦る声を出すピュートンに従い目線を廊下に向けると―――。
「―――ちょっと、自分で歩けるってばっ!」
「――ならば最初からそうしろ」
漆黒のローブに銀の仮面―――『鴉』と、『鴉』に襟首を掴まれ、無理やり連れていかれる黒髪の少女の姿だ。
「どうやら、『司教』が到着したらしい。奴ら―――嬢ちゃんに《棺》を開かせる気じゃ…」
深刻そうな顔でピュートンが言う。
考古学者だという彼が言うには、この「塔」の頂上には―――開けると世界を終わらせるという――絶望の力の眠った『棺』が置かれているらしい。
そして、その『棺』を開ける鍵が―――少女の読むことの出来る『神聖文字』だとか。
トトスからしたら信じられない話ではあるが――現にその『棺』のために、これほど大規模な集団が動いていることを考えると、あながち迷信だと断ずることもできない。
「―――しかし、それで私を起こしたところで――この牢の中からでは何もできないぞ」
トトスは目を伏せながらそう言った。
剣があれば――あるいは属性魔法が使えれば、もう少し何か選択肢があったのかもしれないが、残念ながらそのどちらも今はない。
「――ぐぬぬ。何とかならんのか? あの『聖錬剣覇』の弟子なのじゃろう?」
「それができたらとっくにこんな場所抜け出して―――」
そのとき――不意に―――連れていかれる少女の顔が目に入った。
少女は、多少青ざめながらも――それほど不安そうな顔をしているわけではなかった。
そして―――何かをトトス達に伝えようと口を動かしている。
「――だい…じょうぶ……?」
「――なんじゃ?」
「―――あるくん、が…きてくれる?」
そして――少女の姿は見えなくなった。
「――おい、何を言っておるんじゃ」
「いや、あの子がそう言ったように見えて…」
「…こんな場所に助けが来るとでも?」
「さぁ…にわかには信じられないが…」
元から――おかしいとは思っていた。
普通、15かそこらにしか見えないただの少女がこんな場所に攫われて、あれほど冷静でいられるだろうか。
神聖教の話や、人攫いの話を聞いて、ここまで気丈にふるまえるだろうか。
彼女自身が実力者という風にも見えない。
どこからどう見ても一般人だろう。
そう、彼女は最初から…何か―――助けが来るということを確信しているような…。
「まさかな」
トトスは短く呟いた。




