第198話: VS『白騎士』②
今日のアルトリウス隊2班の動きは、過去最高だった。
青髪の少年――カインと共にナオミが合流してから、2班の動きは劇的に変わる。
強大な個人―――白騎士を相手に、各自が連携することで、自身の力以上の能力を引き出した。
足りないスピードをカバーして。
足りない火力を数で押し込んで…。
かつてないほどの連携―――まるで、阿吽の呼吸とばかりに、各々が各々のいて欲しい位置に行き、やって欲しい事をする。
これならば、この『白騎士』にも一矢報いることができるかもしれない―――。
目まぐるしい動きの中、そう誰もが思った時だった。
「―――軽い…貴様らの信仰は軽すぎる…」
圧倒的―――。
『白騎士』モーリスの力は圧倒的だった。
卓越した歴戦の剣士の剣が。
何年も詠唱し、ようやく物にした魔法が。
その努力の全てが、かの『鎧』の堅さの前には何の意味もなさない。
折角つないだ連携も、折角ついた隙も―――全て通じない。
これが『八傑』。
もはや彼らにとっては見慣れた――だが届かないその強さ。
尊敬してやまない自分達の隊長が、何度も命を懸け、努力を重ね、死に物狂いでようやく到達した領域。
―――どうやっても……勝てない…。
一瞬――アルトリウス隊2班の中にそんな空気が流れた。
だが……
「―――ッ! 動きなさい!」
彼らを率いる金髪の少女――シンシアだけは諦めなかった。
圧倒的な膂力を前に立ち竦む隊員達に、鋭い激を飛ばす。
「―――!」
その言葉に弾かれたように、2班の面々は白騎士を前にハッと飛び退く。
「フォーメーションをBに切り替え! 遅滞戦闘!」
動きを止めない。
諦めない。
その意思を表明するかのように、シンシアは叫ぶ。
――例え剣が通らなくても……魔法が意味をなさずとも―――彼とて人間……!
「――魔力と体力の限界――。その鎧が付けていられなくなるまで、削り切ります!」
「―――」
攻撃が通らない相手を、魔力の限界まで削り切る。
それがどれほど困難なことなのか、分からぬ者はいない。
だが……、
「――へへっ! アンタ見どころあるぜ! そう来なくちゃなぁ!!」
誰もが息を呑む空気を割るように―――青色の髪の少年が先陣を切った。
「―――!」
青髪の少年――カイン。
ナオミと共に現れたクロイツ一門の御曹司が――誰よりも速く白騎士へ向かって行った。
「―――ッ!」
攻撃が通じない――そんなことは言い訳だとでもいうように向かって行くその少年の姿は、隊員達の戦意を盛り返すのに十分だった。
「―――彼に続け!」
「―――了解!」
もはや彼らに迷いなどない。
削り切る―――。
たとえ薄くても勝ち筋があるならば、それを押し通す。
――彼には感謝しないといけませんね。
地を駆け抜けながら、シンシアは思う。
青髪の少年――クロイツ一門の御曹司。
当初は、どこの誰かもわからぬ目立ちたがり屋の馬の骨か――と、そう思っていたシンシアであったが、瞬く間にその評価は改められることになった。
青髪の少年は、この中で突出した力量を持っているわけではない。
だが、それでもこの場では知れずと重要な役を担っているのだ。
それは、「潤滑油」のような役割。
現在白騎士と相対している10人の中で、彼が来るまではどうしてもギルフォードが浮いていた。
実力はあっても、1人だけ王国側の人間であるギルフォードでは、アルトリウス隊の連携に中々ついて行けなかったのだ。
しかし――この少年の登場により、不思議とこの10人は纏まった動きができるようになった。
孤立気味であったギルフォードと隊の動きの間を取り持つ―――ギルフォードのカバーと、隊の連携の「繋ぎ」として、彼の存在は重要だった。
ギルフォードがようやくその実力を出せるようになっているのも、2班が今日素晴らしい動きを出せているのも、この少年のおかげだろう。
――きっと……よく人を見ているのでしょう。
たった短期間で、自身の役割の最適解を導き出すのは、この場の雰囲気と人の動きをよく理解していないと不可能だ。
実力以上に、適応力と観察力の優れた人物なのだろうと感じた。
もっとも――その潤滑油としての役割より大きな意味を持つのは、彼のメンタル―――バイタリティだ。
どんな時でも諦めない意思―――。
こういう物は、時に実際の能力以上に、戦局を変える。
分の悪い勝負を勝利に帰るために、彼のような存在は欠かせないものだ。
アルトリウス隊にとって絶対的な柱たる「隊長」がいない今、シンシアだけでは欠けていた求心力。
彼のおかげでその面の心配をしなくていいというのが―――シンシアからするとありがたい事だ。
―――この10人なら……。
やれる。
例え最強が相手であろうと。
例え隊長がいなかろうと。
やらなければならない。
―――元々……私が言い出したような事です。
決断をしたのはリュデだが――この「王都を救う」選択は、シンシアがリュデにさせてしまったようなものだ。
ユピテルの立場とか、自分たちとは関係のない話とか。
そういう建前を抜きに―――ただ許せなかった。
訳の分からない物を信じ―――それを人に押し付ける。
人の気持ちを、努力を――全てを踏みにじり、それこそ神を気取ったそのやり口。
それどころか、革命とは名ばかりの虐殺を繰り広げるような、そんな連中。
そして、それと戦うと決めたからには、シンシアがやらなければならない。
今まで隊長が背負っていた物。
―――相手は八傑『白騎士』。勝てばアルトリウス隊は、天下にその名を轟かせ―――そして負ければ彼の言う通り、結局歴史の再現となる。
「―――ッ!」
剣を―――剣を振る。
弾かれると分かっていても。
1ミリでも相手の体力を奪うために。
大地を駆け抜ける。
この場で『白騎士』の速さに対抗できるのはシンシアだけだ。
自分が『囮』になって、この騎士に足を使わせなければならない。
「―――ガッハッハ! まるでハエのようだ!」
『白騎士』モーリスは――憎たらしい事に、あの巨体でシンシアのスピードについてくる。
あの『蜻蛉』ですら敵わなかったシンシアの最高速に、重厚な鎧姿で突進してくるのだ。
鎧の擦れるガシャリと言う音が遅れて聞こえる。
この騎士の真に恐ろしいところは――その鎧の防御力ではない。
この重厚な鎧を着ながら、機敏に動けるというところだ。
一体鎧の中にどれほどの肉体があるのか。そこに至るまでどれほど鍛え上げたのか――。
想像するだけで、努力と研鑽の差を思い知らされる。
「信仰心」だけでその域に至れるほど、強者への道のりは甘くないはずだ。
「―――ッ!」
「ぬ!」
間一髪で、シンシアの速さが上回り、モーリスの大剣は空振りになる。
「そりゃぁぁあああ!」
「タァァア!」
そこに撃ち込まれる剣と魔法の嵐。
常人ならば、この時点でこま切れだ。
だが、
「―――流石に……少々面倒であるな」
煙が空けると―――そこにはまるで無傷で佇む白い甲冑の姿がある。
――分かってはいましたが……中々に遠い道のりですね。
この騎士の体力の上限がいったいどこかなど、正直想像もつかない。
既にシンシアの魔力も半分を切っている。
10人がかりで相手にしているのに、白騎士はそれほど消耗しているようにも見えない。
「―――次です!」
それでも止まらない。
誰かが止まった瞬間―――この男はそれを逃したりしないだろう。
逆に言えば、誰も止まらず、ミスをしないがゆえに―――この長時間、10人で耐えているのだ。
終わりのないこの追いかけっこのその先に―――勝利があると信じて。
しかし……。
「ふむ……この削り合いは好かんな―――こちらからカードを切るか……」
動きを止めたのは―――白騎士だった。
体力の温存か――確かに有効なことかもしれない。
「――必殺………」
「―――!?」
だが、白騎士―――『八傑』が、この停滞なんていう状況を許すはずがなかった。
高まるのはモーリスの魔力。
かかってこいとばかりに、わなわなと辺りを揺るがすほどの魔力がモーリスの中で溜まっていく。
「―――いったい何を…!?」
その変化に――思わずシンシアも、他の面々も、後ろに距離を取った。
それは……攻撃が来るならば「大剣」である―――。だとしたら後退が安定―――。
ここまでのやりとりで、無意識化でそう錯覚してしまったが故の行動だっただろう。
しかし―――。
「――モォォォォリス……ビッグバァァァァァァン‼」
それは剣などではない。
強大な魔力によって放たれた―――強力な全方位炎撃魔法。
モーリスを中心に――膨大な魔力によって作られた白い炎が、高速で360度に広がっていく。
―――まさか……魔法!?
魔力を溜めた時点で、気づくべきだった。
白騎士モーリスが『魔剣士』であるなんて、誰も言っていないのだ。
最強の甲剣流剣士にして、卓越した属性魔法の使い手―――モーリスは『魔導士』だ。
―――まずいッ!
基本的に《魔力障壁》を展開している歴戦の隊員たちも――この戦闘では《加速》や《身体強化》に集中していた。
それくらいしないとモーリスの力に対応できなかったのだ。
突如の《属性魔法》に対応は遅れる。
しかも――たとえ障壁を展開できたとしても、この魔法の威力と速度――充分に「溜める」時間を与えてしまったこの魔法を防ぎきれるかは甚だ怪しい。
そして―――1人でも欠けてしまえば、ここまでギリギリ耐え忍んできた連携が崩れてしまう……。
「――そんな……ここで、終わりだなんて……」
勝負はもう半ばも決まった。
剣も魔法も―――たった1人で全てを上回った白騎士の勝利だ。
―――と。
そう思った時だった。
「―――イフリート!」
『おうよ!』
少女の―――声が聞こえた。
瞬間――。
「――ぬ!?」
白騎士の白炎は、紅蓮の炎によって―――まるで喰らわれるように掻き消えていく。
あの強力な魔法を撃ち破るほどの――炎の魔法。
そんな使い手―――シンシアは1人しか知らない。
「―――全く…考え得る限り最悪の状況じゃないの……」
『まぁそう言うな…間に合ったんだからよ』
悪態を吐くかのように現れたのは、わなわなと燃え盛る炎の化身と―――それを連れた紅のローブの少女。
小柄な体躯に似つかわしくないほど凛々しい顔つきに、少し癖のある赤毛のミディアムショート。
その前髪には、依然として紅く光る、髪留め。
紅蓮の瞳は見るものを魅了するほど、美しく輝いている。
「―――ヒナ」
シンシアは、ようやく身近に感じるようになった少女―――ヒナの名を呼んだ。




