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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
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第196話:『聖錬剣覇』VS『四闘士』



 ―――なるほど、確かに尋常ではない。


 眼前の痩躯の剣士を前に―――『闘鬼』デストラーデは冷静に分析をしていた。


 『聖錬剣覇』フィエロ。

 見た目は薄紫色の髪の優男だが……その体に内包された力が、見た目からは考えられない物だということは、同等の領域――『八傑』にいるデストラーデにはわかる。


「あらよっ!」


「―――っ!」


 デストラーデの眼前―――既に戦闘は始まっている。


 大柄の巨躯―――『鉄槌』ゴトラタンの猛攻を、あの細身の銀剣一本でしのぎ切り――『破壊槍』グリムロックの高速の槍には一度も当たらない。

 『鎖縛』チェレンのいやらしい鎖鎌の攻撃は、後ろの女王の元まで届くことはない。


 ただ……未だデストラーデは軽く何度か剣を交えつつも『静観』している。

 様子見するほどの余裕があるということだ。

 

 3人の闘士の事はそれなりに信頼している。

 あの商人の怪しげな誘いに乗る決意をしてから―――剣闘都市『ペルセウス』の売り上げを落としてでも連れてくるほどの実力者たちだ。


 強靭な肉体と、2mは優に越える巨躯に―――巨大なハンマーを振り回す大男――『鉄槌』ゴトラタン。


 少し細身ながらも、長槍を軽々と扱い、敵を軒並み串刺しにする老人―――『破壊槍』グリムロック。


 四方八方から鎖と鎌による縦横無尽の攻撃をしかけ、辺り一面を血の海にする青年――『鎖縛』チェレン。


 誰もが、デストラーデと共に今代の『闘技場』を盛り上げてきた歴戦の闘士たちだ。

 何度かデストラーデと対戦したこともあるが―――それでも彼らが生き残っていること自体が、その強さの証だ。


 それを3人も同時に相手にしているのだから、フィエロのこの凌ぎは――確かに大したものと言った方がいいのかもしれないが……。


「――フン、警戒しすぎたか」


 まるで期待外れとでもいうように、デストラーデは呟いた。


 そう、確かにフィエロは、3対1という状況にしてはよくやっているようにも思えるが―――別にもしもデストラーデが逆の立場だったとしても、同等以上に立ち回れる自信はある。

 そうでなければ―――圧倒的でなければ最強の称号『八傑』などとは言われない。


 ――所詮は――メリクリウスの名声の残滓か……。


 『八傑』にも《格》の違いはある。

 『聖錬剣覇』と言えば、世界に名だたる最強の剣士。

 中でもフィエロの先代―――「メリクリウス」は史上最強の肩書を持ち、王国内で恐れられていた。


 それゆえ―――どうしても『聖錬剣覇』は自身より「上」だという錯覚がぬぐい切れず3人も連れてきてしまったが――どうやら杞憂だったようだ。


 ――まぁ、そんな物か。


 最強と言っても――それは「剣士」という枠組みの中の話。

 

 剣だけでなく、槍も、槌も、魔法も、鎌も――なんでもありの『闘技場』で、「剣」なんて矮小なジャンルにこだわっている奴はだいたいすぐに死んでいく。


 どんな速度で動こうと、槍のリーチの前では意味はない。

 どれほど流麗な奥義であろうと、槌を伝って発動する技はない。

 

「――さっさと終わらせるか」


「――お、ドン、もういいのかよ!」


「ああ、少し――期待しすぎていたようだ。こんなのを倒して歴史に『名』を残せるとは到底思えないが――まぁ仕方がないだろう」


 ゴトラタンの言葉に答えながら、デストラーデは背中の『棍棒』を抜いた。

 鋼鉄で作られた、太く、重い鈍器――どんな武器でも扱うデストラーデの最近のお気に入りだ。

 剣なんてものでこれがいなせるはずはない。 


「――はは! よく言うわい! こっちはそれなりに必死なんだがの!」


 少しのんきに見えたのだろう、グリムロックが呆れたように叫ぶ。


「……悪い。だが――問題ない。『聖錬剣覇』という―――その仰々しい称号は、どうやら飾りだったようだ」


 そして――眼前で息を吐く剣士を目視する。

 

「―――あぁ、『聖錬剣覇』フィエロよ。安心していい。貴様が弱いわけではない。ただ―――そこが剣士の限界だ。あの広いようで閉鎖された『闘技場』で、剣士なんてのはいくらでも見てきた。だが――最終的に立っているのは何でも使えて何でもする奴だったよ―――」


 そして―――野獣のような眼光が、鋭く光る。


 形としては4対1――。

 別段これが卑怯だとも思わない。

 重要なのは結果と――どれだけ観客(オーディエンス)を喜ばせるか。

 そして――ここにいる観客は、精々、女王ただ1人。

 手段を気にする場所ではない。


「――そして残念なことに…貴様は剣士で―――俺様は闘士。恨むなら―――その手に持つ剣を恨むんだな!」


 そんな雄たけびと共に――デストラーデの身体が大地を蹴った。




● ● ● ●




 ―――ふ、好き勝手言ってくれる物だ。


 4人の実力者を前に、フィエロは冷や汗を拭いながら思考した。


 この3人――まるで様子見とばかりにぶつけてきたこの3人だが――対処には難航した。


 まず、カウンターも恐れずに毎度突っ込んでくる大男―――『鉄槌』。

 速さ自体は大したことはないが、片手間で処理できるような威力ではない。


 そして、『鉄槌』のカバーをするかのように、剣の射程外から突きを飛ばしてくる槍使い――『破壊槍』。

 こちらは一撃の威力は低いが―――かといってこの状況、例え1人を処理できても、一撃でも貰ってしまえば残りの奴らを倒せなくなる。


 さらに、厄介なのが――槍よりもさらに射程外から、鉄の鎖を飛ばしてくる――『鎖縛』。

 魔力障壁で防ぐこともできず、避けるか、防ぐ動作を強要されるのはどうしても隙になってしまう。


 いずれもが普段やりなれた「剣士」ではなく、異質な武器種。

 しかも、戦いに慣れた――間違いなく強者の域に達している使い手。

 対処が難しいのも当然だ。

 

 そして、絶望的なことに―――これに、『闘鬼』デストラーデも加わった。

 得物は棍棒だが―――武器の相性とかそれ以前に―――『八傑』であるこの男は、動き――膂力がフィエロと同等。

 この4人を相手に―――しかも女王リーゼロッテを守りながら戦うなど――無理難題にもほどがある。


 そう。

 別に劣勢の振りをしていたわけでもなんでもなく――4人の闘士たちを相手に、フィエロは全力を出したうえで――苦戦していた。


 ―――そうさ。確かにこれが―――世界最強の剣士の実態だ。


 必死に剣を振りながら―――フィエロは自虐する。


 万夫不当にして一騎当千。

 天下無双にして天衣無縫。

 それが、『聖錬剣覇』という世界最強の剣士の称号だ。


 きっと――少なくとも先代まではそうだったのだろう。


 今ここにいるのがフィエロではなく、メリクリウスであるなら、例え相手が『八傑』でも、4対1でも――一瞬で勝負を決めていた。

 そうフィエロは確信できた。


 自分自身が『聖錬剣覇』の器でないことは、フィエロ自身が一番わかっている。

 

 ―――私は()()に至れなかった…。


 フィエロは思う。


 武の終着点には――至高の果てにあると言われる『領域』がある。


 強者の扉を開けし選ばれた達人が―――さらに極めることで至れるという最終地点。

 師は至っていたという「武の境地」とでもその言える場所に、フィエロは至っていない。


 どれだけ剣を振っても、どれだけ努力を重ねても――今の実力がフィエロの限界だ。

 おそらく今後も、フィエロがこれ以上強くなることはないだろう。

 才能―――器がないのだ。


 ――元々、私は『聖錬剣覇』を継ぐべき人間ではなかった。

 

 何人もいたメリクリウスの弟子の中では、フィエロが一番弱く、フィエロが一番下っ端だった。おそらく師も、フィエロが継ぐことだけはないと思っていたに違いない。


 だが――メリクリウスが『軍神』に敗れたあの日――――兄弟子たちは皆、仇討ちのために『軍神』に挑み――死んでいった。


 フィエロは挑まなかった。


 いや、挑めなかった。

 『軍神』のあまりの強さに――足がすくんで動けなかったのだ。


『―――ふん、つまらん。それでもメリクリウスの弟子か?』


 そんなことを言いながら、『軍神』は立ち去って行った。

 殺す価値もないと―――そう言われた気がした。


『ワシを聖錬剣覇に? ふぉっふぉっふぉ、確かにメリクリウスとは縁はあるが――残念ながらワシは弟子でもなんでもない。そなたが継ぐのが真っ当じゃろう』


 師が唯一ライバルだと認めた老練の剣士は、そう言った。


 ―――継ぎたくなかった。

 『聖錬剣覇』という称号を――誰かほかの人に押し付けたかった。

 

 でも代わりはいない。

 王国にとって『聖錬剣覇』は重要な戦力――肩書だ。

 誰かが継ぐ必要があった。


 仕方なく――フィエロは『聖錬剣覇』となった。


 その称号のプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、毎日のように剣を振った。

 世界最強の剣士の築いた偉大な名を、汚さないために――必死だった。


 だが―――せいぜいここが、フィエロの限界だ。

 懸命に痩せ我慢をして、強くあろうとしてきたが――ギルフォードに――アルトリウス。そう遠くないうちに才能豊かな若手に追い抜かれていくだろう。



 だが……。


『大丈夫ですよ。フィエロ、貴方は強いわ』


 思い出すのは、ある女性の声だ。


『貴方がどれほど剣を振ってきたのか、強くあろうとして来たのか――その努力は私が一番よく知っています』


『王妃殿下…』


 力を認めてくれる人がいた。

 こんな自分でも――劣等感にさいなまれている自分でも、そう言ってくれる人がいた。


 聖錬剣覇を継いで間もないころ――王城で飼い殺しのようにされ、庭で剣ばかり振っていたフィエロに……王妃殿下はよく目をかけてくれた。


『……私は強くなんてありませんよ。弱かったから――生き残ったんです』


『まぁまたそうやって天邪鬼な事ばっかり』


『……事実ですから』


『ふふ、でも――だったらそんな貴方に負けてしまう親衛隊の隊長は立つ瀬がありませんね』


『……それは……』


『大丈夫。堂々としてください。確かに上がいなくなっただけかもしれません。でも――貴方は今現在この王国で最強の剣士なのですから』


『殿下……』


『しっかりしてくれないと困りますよ? 私の子供や孫の代まで――貴方に守ってもらう予定なんですから――』


 古い記憶だ。

 リーゼロッテを生んで間もなく病に倒れてしまった、王妃との記憶。


 結局その時の言葉には何も返せないまま、彼女は死んでしまった。


 そして―――彼女の墓前で、フィエロは誓った。

 王国最強の剣士として―――貴女の子は、絶対に守ると。

 

「―――――‼」


 眼前――鎖鎌を斬り飛ばす。

 迫るハンマーをギリギリで躱す。


 ―――殿下、申し訳ありません。

 やっぱり私の力は足りず――貴方のお子さんを、危険な目に遭わせてしまいました。


 1度目は、あの金髪の男がいなければ終わっていた。

 でも、もう一度―――誓います。


「―――二度目は……ない」




● ● ● ●




「――コイツ――動きが……!?」


 フィエロのその動きの変化に――最初に気づいたのはデストラーデだ。

 

 それまで防戦一方――もう後退するしか道がないと思われたフィエロの動きが変わった。


 速さが変わったわけではない。

 どこか―――テンポが変わったというか…。


「――『闘鬼』よ……お前は先ほど―――《闘技場》では剣士などいくらでも見たことがあるといったな」


「―――!?」


 ―――なんだ?

 この異様な()は―――。


「だが、本当にお前は…真の剣士を見たことがあるのか?」


 嫌な戦慄の走るデストラーデに対し――フィエロはどこかゆらゆらと揺れるように動いている。


「――雷の速度を越えた剣を見たことがあるか? 足で斬撃を繰り出す剣士がいたか?」


 ――何だ……まるで先ほどとは別人――。


「―――本当に――剣士の全てを見たのか? その――奥義の全てを……」


「――おいてめぇら! 一旦―――」


「ちっ! 何を恐れることがある! さっきと大して変わりはしねぇ!」


 デストラーデの静止を聞かずに―――前へ出たのは血気盛んな『鉄槌』ゴトラタンだ。


「――おい、不用意に―――」


 デストラーデの静止を聞いた者と、聞かなかった者で――ここまでの連携が崩れた。


 きっと……それまで常に優勢で推し進めていたからこそ出てしまった余裕――油断。

 それが、ゴトラタンの思慮を欠いた行動を生んだ。


 その瞬間を――虎視眈々と狙っていたこの剣士が逃すはずはない。


「――死に体でなにをしようってんだ!!」


 そしてゴトラタンは鉄槌を振るう。


 だが……


 連携が遅れた―――つまりこの状況ならば、このほんの数秒の間だけは――実質的なゴトラタンとフィエロの一対一(タイマン)だ。


 そして一対一であるならば――


「――水燕流奥義……」


 ゆらりと――フィエロの剣が揺らめく。


「――しゃらくせぇ…ッ!」


「―――『雫落(しずくおとし)』」

 

 ――スッ。


 鉄槌と剣が衝突した音ではなかった。

 

 まるで柔らかい何かと何かが衝突したような、そんな状態で――一瞬場が静止する。


 だが、次の瞬間―――


「うおっ!?」


 まるで、急激に引っ張られるように、ゴトラタンが前のめりに体勢を崩した。


 ――そう、これが水燕流奥義『雫落』。

 

 剣が衝突した際の勢いを絶妙に操作し―――わざと力を緩めることで、相手はまるで足場を取られたようにバランスを崩す―――最難関の奥義の一つだ。


 そして、ほんの一瞬の隙が決定打となる達人の世界で、足場を崩すというのは――命取りだ。


「―――このッ……」


 『鉄槌』は慌てて足を踏ん張ろうとしたが、間に合わず、当然―――フィエロの剣がその首を両断する。


「――――」


 断末魔すら聞こえない―――流麗な動きだった。


 ついに―――四闘士のうち1人が崩れた。


「せいぃぃぃぃぃぃぃいい!」


「―――よくもっ!」


 だが――その数秒もない間に、既に残りの人間が動いている。


 迫る槍に、右から飛んでくる鎖―――。 


 ゴトラタンを相手にしたことでフィエロに『隙』が生まれた。

 その『隙』を逃すような面々ではない。


 槍を避ければ鎖、鎖を避ければ槍―――。

 後手では両方の対処は不可能だ。


 ――ズシャッ!


 鈍い音が響いた。


「―――フィエロ!?」


 舞う鮮血に女王の悲鳴。


 だが―――誰一人として動きを止めている人間はいない。


「―――どちらも避けられないらなら、どちらかを受けてしまえばいい」


「―――‼」


 驚愕の顔を浮かべるのは『破壊槍』グリムロックだ。


 なにせ―――その言葉の通り、フィエロはその槍を―――左肩口に受けたのだ。


 確実に―――フィエロの左肩を、グリムロックの槍が貫通している。

 骨ごと砕いたか、上手く骨を避けたか――ともかく、もはや左肩は上がらず、使い物にならないはずだ。

 当然、出血も激痛も相当な物だろう。


 だが、それなのに、止まらない。


 肩を刃が貫通しているのに―――フィエロは前進する。


 ズズブッと、肉が抉れる音が響くのにも構わず――いや、むしろその槍を伝えば丁度いいとでもばかりにフィエロは槍の大本――グリムロックの元へと達した。


 その間、わずか刹那の如し。


 当然、肩に走る痛みは尋常ではないだろう。

 だが――この剣士の精神力のほうが尋常ではなかった。


「――こやつ……!」


「『秋雨』―――‼」


 それは―――水燕流奥義唯一の刺突技だ。


 剣士同士の戦いでも――リーチの差と言う物はある。

 「突き」は、そんなリーチの差を埋める突進技としては、薙ぎよりも有効だ。

 槍使いに対しても――それは同じであったらしい。


「――ぐはっ」


 鈍い音と、わずかな悲鳴を残して――フィエロの突きは、グリムロックの心臓を貫いた。 


 倒れる槍使いに―――肩に槍をめり込ませながらも未だ倒れない剣士。


 これで2人目だが……。

 

「ちっ! よく動いたけど―――そんな状態なら―――もう避けられないよね!」


 そんなフィエロに飛んでくるのは、鎖ではなく――『鎖縛』チェレン本人だ。

 

 チェレンが使うのは鎖鎌。


 鎖と鉄を飛ばすだけではない―――鎌で刈り取る近接戦こそ、チェレンの真骨頂だ。


 傷を負い、未だに巨大な槍が刺さったままでは、確かにフィエロは高速では動けない。

 前衛の2人がやられ、サポート重視の動きが弱い今――確実に仕留めたいチェレンにとっては最前手だろう。


 だが……。


「――避ける必要などない」


 神速流だけならば――機動力を失くした時点で勝ち目はなかっただろう。

 だがフィエロは全ての流派を収めた男。


 シルヴァディをして、全てにおいて自身を上回ると言わしめた――最も完成された剣士だ。


 もはや人数差がなくなりつつあるこの状況で―――自ら距離を詰めてくる相手など格好の餌だ。


「―――『雲水』」


 『雲水』はスナップを使って手首を刈り取る、カウンター技。

 同じ技でも、他の使い手のそれとは―――速さも制度も次元が違う。


「―――!?」


 絡め取られるとか、そういう次元でないレベルで―――刈り取るはずだったチェレンの鎌は―――両腕ごと宙を舞った。


「そんなッ!? 僕の……」


「――フッ!」


 そして―――一刀。


 右腕のみでも――やけに流麗に思える銀色の剣閃が――チェレンの首を刎ねた。


 これで―――3人。


 残るは1人。


 しかも、最も警戒しなければならない『闘鬼』だが…


「―――!?」


 ―――気配が…。


 一瞬―――。

 ほんの刹那の時間……フィエロはデストラーデの位置を見失った。



 3人を相手にしたほんの数十秒もない時間―――『闘鬼』は手を出さなかった。

 それは―――別に3人を見殺しにしたわけではない。

 ただ、この『聖錬剣覇』フィエロの異様な雰囲気を感じ取り――確実に仕留めるための算段を付けていただけ――――。


 ―――「虚」をつく。


 巨体に――目立つ威風。

 そして圧倒的なオーラ。

 八傑の中でも異彩を放つデストラーデだからこそ、いざ気配を消されると、どうしても人と言う物は虚を突かれる。


 ゆえに―――フィエロが気づいたころには、すでにデストラーデは―――眼前にいた。


「――――――!?」


「―――チッ、これでも気づくかッ!!」


 ―――ガアアァアァァァアアァン‼


 棍棒と銀剣が音を立てて衝突した。


 間一髪―――フィエロの剣はデストラーデの攻撃を防いだのだ。


 長年の経験と、反射速度のおかげだが…やはりゴトラタンと違い―――その膂力は流せるようなものではない。


 かと言って、単にパワーで勝負しては、フィエロに勝ち目はない。

 

 魔力強化が同等だとしても、元々の体躯の違いもある

 さらにフィエロは負傷しており、出血も酷い。

 肩にも槍が刺さったままで、機動力も失くしている。

 

 今も身体に力を入れるたびに、傷口から血がドクドクと滴り落ちている。


「―――フィエロッ!」


 少し離れた位置で聞こえるリーゼロッテの声が、やけに小さく聞こえる。

 それほど身体にリミットもないらしい。


「――ぬらぁぁぁあああ‼」


 対照的に、雄たけびと共に高まるデストラーデの圧力―――そして――。


 ―――左。


 駄目押しとばかりにデストラーデの左腕が動きを見せた。

 手にしようとしていたのは、背にジョイントされた巨大な斧。


 生物を両断するためだけに作られたと言ってもいい、大斧だ。


 もしもそれが振られた場合――既に銀剣を棍棒を防ぐために使ってしまっているフィエロに――それを防ぐ手段はない。


 フィエロの左腕には盾も剣も握られていない。

 おまけに、肩口には槍が刺さって―――。


 ―――槍?


 フィエロは思考を加速させる。

 なけなしの魔力を集中させ左腕に無理やり流し込む。


「―――おおおおおおお‼」


 躊躇なくフィエロは槍を肩から引き抜いた。

 

 逆手で無理やり左手で握りしめる。


 これで得物の数は五分。


 だがパワーで負けている現状、鍔迫り合いならばこちらが不利。

 いずれ押し切られるのは目に見えている。


 ―――ここで……負けるわけには……。


「―――いかないッ!!」


 動くことを――決断した。


 傷口などもうどうにでもなればいい。


 左腕は血飛沫を上げながらうなりを上げて体と連動する。


 槍が身体から抜かた分―――速さが多少戻っている。

 勝つとしたらそこ。


「アアァァァアア‼」


「―――くっ‼」


 結果的に、フィエロの左腕の方が、デストラーデよりも速く到達した。


 逆手に短く持たれた槍は―――デストラーデの右腕―――棍棒を持っている腕を勢いよく突きさす。


「―――っ! 小癪な―――」


「―――ッ奥義…」


 これによって―――棍棒の「圧」が緩む。


 槍などもう放り投げる。

 集中するのは右腕……銀剣に持てる限りの力を込めた。


「―――『飛燕』!」


 魔力で全身の速度を底上げし―――半身―――体を仰け反らせる。


 もはや奥義というには、形になっていない―――如何にも無理な動作だったが、しかし、結果だけは完成された奥義そのものだった。


 半歩、デストラーデの斧を交わしたフィエロは、デストラーデの横っ腹に銀色の剣閃を走らせた。


 しかし、


「―――浅いか!」


 八傑とはやはり伊達ではなれない。

 闘鬼はギリギリのところで一歩だけ後方に仰け反り――フィエロの剣は腹をかすめただけだ。


「ならば―――」


 剣を構える。

 速度でこちらが上である以上――常に先手を取り続けられる。

 逆にそれで決められなければ負けだ。


「――『秋雨』…」


 刺突の奥義『秋雨』。それを……。


「―――11連ッ!」


 刺突、刺突、刺突。

 右腕を唸らせ、剣の雨を降らせ続ける。


 だが―――、


「―――その程度の痛みで……俺様が止まると思うなぁぁぁあ‼」


 闘鬼は下がらない。

 剣の雨の中でも―――肉が切れようと骨が断とうと前進を止めない。


 最期の斬撃が―――デストラーデの腹に突き刺さった。

 深く――抉るような…確実に急所だ。

 それなのに―――。


「―――ようやく……捕まえたぜ……」

 

 デストラーデは、全身から血を流しながら―――ニヤリを笑った。


 そして…


「……剣が……動かない…ッ!?」


 思わず声が出た。

 フィエロの銀剣が、デストラーデの腹からピクリとも動かないのだ。

 

 ――筋肉を魔力で凝固させて―――銀剣を腹で捕まえただと!?


 あまりの常識外れの行動に、脳内に戦慄が走る。


「――ふぅ……流石に八傑の剣は重てぇな…そう何発も受けれねぇが―――闘技場ではこの程度の致命傷、日常茶飯事よ」


 痛みを感じないのか、それともこの程度の痛みなど何度でも経験しているとでもいうのか、彼の気力はまるで衰えたようには思えない。


「言っておくが―――剣を離した瞬間、てめぇの負けだ。丸腰で勝てると思わない方がいい」


「なにを……」


「勝負だ……。てめぇが俺の腹を掻っ切るのが先か――俺がてめぇを殴り殺すのが先かのな!」


 狂気的な笑みを浮かべながら、デストラーデが叫ぶ。

 右手に握られた棍棒が勢いよく振り下ろされる。


 ――動け……動け……ッ!


 しかし、どれほど力を入れても、魔力を込めても、銀色の剣はピクリとも動かない。

 伝説の名工の一品、『白銀剣セレーネ』。切れ味は相当なはずだが、それを腹の筋肉と抑えるとは、恐るべき筋力と――発想。

 正気とは思えない。


 これが――剣士とは違う――《観客》を楽しませるために戦う―――剣闘士だとでもいうのか。


「ほーらまずは、一発目――――!?」


 そして――棍棒がフィエロの頭上に振り下ろされるその瞬間だった。

 

 ―――なぜか…剣の周りの圧力が緩んだ。


「―――!」


 ――ここしかない!


「――ハァァアアア‼」


 右手も――もはや感覚もない左腕も、全ての魔力を総動員して剣を振った。


 ―――ズシャッ


 先ほどまでのように、綺麗な音とは行かなかった。

 斬るというよりはちぎるように―――銀色の剣は、デストラーデの腹を、半ばから両断した。


 そして―――


「―――ぐ……!?」


 口元から血を吹き出しながら―――デストラーデは倒れた。


「……!」


 どうしてデストラーデの力が急に弱まったのか、その答えはすぐにわかった。

 倒れたデストラーデの後ろに、彼女の姿があったのだ。


「―――陛下……」


 そこにいたのは……震える手で、先ほどフィエロが捨てた槍を持った―――リーゼロッテだった。

 デストラーデが棍棒を振る瞬間――彼女が槍で―――背後からデストラーデを刺したのだ。


「……ごめんなさい。でも、私……」


「―――いえ……助かりましたよ」


 そういいながら、フィエロは銀剣を杖替わりに―――その場に座り込んだ。


「―――フィエロ! 大丈夫ですの!?」


「ええ…まぁなんとか…」


 すぐさまリーゼロッテが槍を捨てて駆け寄ってきた。

 流石に血を流しすぎた上―――3人をやったところで既に体力も限界だったのだ。


 とはいえ、ここで眠るわけにも行かない。

 リーゼロッテの安全を確保するまでは、立ち上がらねば……

 

「……ぐ…なるほ…どなぁ……」


 そこで、下から声が聞こえた。


「……まさか観客(オーディエンス)が――手を出してくるとは……そいつぁ反則だ…」


 視界の目の前―――血を吹き出しながら、闘鬼デストラーデがうめき声のような声を出したのだ。

 あれで即死でないとは……驚きの耐久力だ。


「……ちっ……『聖錬剣覇』もやれねぇし……奴らも死んだし……これじゃぁ……とんだ間抜けだぜ…」


 だが…もう――止めを刺す必要もないだろう。

 見るからに死に体。

 これ以上動けるとは思えない。


「……はんっ……歴史の動く大一番……乗せられて『名』を上げようなんて……やっぱ考えるもんじゃあねぇなぁ…」


 そして―――コクリと―――闘鬼は息を引き取った。


「……『名』などは所詮ただの飾りだよ。結局重要なのは本人がどうあるか、だ」


 その死体に手向けるように、フィエロは言った。


 これにて――『闘鬼』デストラーデとの死闘は終わりを迎えた。



昔、何かのテレビでやっていた「最弱武器決定戦」、第一回で優勝したのが鎖鎌でしたね

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