第195話:VS『白騎士』
彼らが『穴』と呼んでいた地下の通路は―――人がギリギリすれ違える程度の物だった。
それほど距離もなく―――程なく地上へと出ることができる、抜け穴だ。
王城の地下で音がしていたのは、この通路を掘っていたからであるらしい。
短期間でこんな通路を掘り進めるのは、優秀な土属性の魔法士が何人もいなければ不可能だ。
属性魔法を未だに使えないカインからしたら驚愕するべきことである。
師アズラフィールですら脱帽ものであったらしいので、きっと彼らのレベルは相当なものなのだろう。
『穴』が開通してからは、父カルロスの号令のもと、迅速に脱出作業が進みつつあり、多くの人間が既に王城の外へと脱出している。
久方ぶりに感じる外の空気だったが、それほど美味くないのは――鼻を劈く様な煙と炎――そして血の匂いが充満していたからだろう。
「―――では、私はこれにて失礼します、残りの護衛は6班の面々に任せますので……」
地下の穏健派が半分ほどその通路を通過し―――王城の外へ脱出したことを確認し、ここまで指揮をしていたナオミという女性士官がカインの元へやってきた。
一応、カインも四大貴族クロイツ一門の御曹司である。
父カルロスはまだ地下で残りの穏健派を担当しているので、地上のクロイツ一門ではカインが最高位だった。
「――失礼って……どこへ行くんだ?」
「……王城へ」
思わずカインが尋ねると――ナオミは短くそう答えた。
「王城?」
「……現在、我々のうち――選び抜いた精鋭が王城へ……女王陛下の保護へと向かっています。私も本来はそちらの担当なので……」
「――女王の……保護」
現在の王都の状況は、簡単に聞いている。
勿論、元来小難しい事を考えるのが苦手なカインにとっては、宗教がどうだとか、商会がどうだとか―――それほど容易に飲み込めるような内容ではなかったが……
「―――敵が、いるんだな?」
「はい。王城の中では、何人もの白服が確認できましたから……少しでも手練れの支援が欲しいでしょう」
「……そうか」
ナオミの言葉に、カインは短く頷き―――
「―――俺も行く」
「……は?」
「…俺も同行させてくれ。大丈夫―――剣にはそれなりに覚えはあるし……今のうちに少しでも借りを返さないと―――俺は一生アイツに顔向けできねぇ」
決意に満ちた表情で―――青髪の少年は言った。
● ● ● ●
――強い…!
眼前―――真っ白い甲冑の騎士を必死に視界に入れながら、ギルフォードは思った。
白い甲冑の騎士―――白騎士モーリス。
師『聖錬剣覇』と同じ―――『八傑』に名を連ねる甲剣流の使い手。
名前自体は、ギルフォードも知っている。
元々、いわゆる強者――自身より格上と戦闘する経験がそれほどないギルフォードだったが、やはり実際に相手にすると、その強さは名ばかりでないということを改めて実感させられる。
簡単に言えば――1対18の状況。
しかもその18も――ただの凡夫ではなく、アルトリウス隊の2班という歴戦の部隊に、女王親衛隊から選び抜いた精鋭たちだ。
だがそれなのに―――この白騎士は、この場を圧倒していた。
白い甲冑は、見るからに重厚であり――剣が通るとは思えないほどの強靭さを持っているように見える。
だが―――その白い甲冑にすら、ギルフォード達の剣は届いていない。
これほどの数で囲んでいるのに、誰の剣もかすりもしないのだ。
なにせこの騎士は――巨体からは信じられないほど、機敏に動く。
それどころか――おそらくこの場で一番速いのが、モーリスだ。
そもそもの動きが違う、そんな感じだ。
例の金髪の少女――アルトリウス隊No2の実力者であるというシンシアは、ほぼ同等の速さで食らいついているが―――如何せん、剣を向けても、その鎧ではなく―――左腕に持つ巨大な盾によって弾かれる。
決定打には繋がらない。
「―――ガッハッハッハ! 軽い軽い‼」
「―――!」
如何にも余裕そうな笑い声を上げながら、騎士は盾を振り回す。
まだ背中の大剣すら抜いていないのに、そのシールドバッシュで既に何人かは戦闘不能に追い込まれていた。
重さと速さが違い過ぎて――ただのタックルでも、致死レベルの威力があるのだ。
師以上の化け物などそうそう存在しないと思っていたが――こう見るとやはり世界は広い物だと痛感するものだ。
……だが―――それと同時に驚くこともある。
それはアルトリウス隊の動きの練度の高さだ。
明らかに格上の相手であるのに――少しも恐れず、果敢に挑み――尚且つ的確に騎士の攻撃に対処しているのだ。
単純な剣や魔法の技量であれば、ギルフォードや他の親衛隊員も負けていないはずだ。
それなのに、何故かアルトリウス隊の方が、有効に動けている。
その証拠に―――彼らは全員生き残っているのに、既に女王親衛隊は、ギルフォード以外ほとんど全滅だ。
これが潜り抜けてきた修羅場――戦場の差であり――強者との本気の戦闘経験の有無の差だというのならば、いささか王国は情けないところだ。
だが、弁明するならば―――むしろアルトリウス隊の方が異常だというべきだろう。
曲がりなりにも世界の頂点『八傑』を相手にしているのだ。
多少剣の才があったとか、ベテランの兵士だとか――『一流』では歯が立たないのがこの領域。
アルトリウス隊は、確かに誰もが優れた剣士か、あるいは魔法士であるが、しかし、精々のところが『一流』止まり。
それなのに、彼らは『超一流』との間にある壁を、連携と練度で補っている。
7人の連携が完璧なのだ。
敵わないと知りながらも、剣を持って前に出て、誰かが危ないと思ったら即座にカバーに入り、少しでも負傷した人員が出れば即座に回復魔法が飛んでくる。
白騎士も――この連携だけはどうにも煩わしそうだ。
金髪の少女だけは、『一流』の枠から出てはいるが――それにしてもひたすら敬服する。
―――なるほど、これが――戦争を終わらせた部隊の力。そう考えると頷けるものだ。
「―――ガッハッハ! なるほど『暁月の連隊』か! 中々崩しにくいのである! しかし、それならば!」
そこで、白騎士の動きが変わった。
「――崩しやすいところを突くのみ!」
「―――ギルフォードさん!」
金髪の少女の高い声が響く。
そう、どちらかと言えば来た者に対応して動いていたモーリスが、急に攻めに転じるように動いたのだ。
目標は―――ギルフォード。
親衛隊が減り、殆どのメンツがアルトリウス隊になった現状で―――どうやらギルフォードのみ動きが浮いていたらしい。
当然と言えば当然だが……。
「――っその図体で……どれほどの速さを!」
「ガッハッハ! 若いのである!」
自身より速く、そして自身よりデカい。
白い巨体が眼前に迫る。
いなす?
流す?
避ける?
反射的に構えた剣では――既に回避は間に合わない。
そして白騎士が―――背中の大剣を抜いた。
「―――モォォォォリスゥ……ジャベリンンンッ‼」
ダサい掛け声と共に―――大剣が視界を覆う。
――避けられない。
―――死ぬ。
そんな思考がギルフォードの脳裏を過った。
だが―――。
「―――うおおおおおおお!」
―――ガッキィィィィィインッ!
ギルフォードと白騎士の間に―――青い物体が滑り込んできた。
「―――ぐっ!?」
そして衝撃と共に―――青い物体……いや、青い髪の少年と共に、ギルフォードは吹き飛ばされる。
「――ってぇ……なんつー威力だよ……」
腰を摩りながらも――少年は土を払いながら立ち上がった。
「だけど……止めたぜ、そのダセェ技……」
少年はそんなことを言いながら―――剣をサッと構える。
「……君は―――?」
「お、大丈夫か? 傷の兄さんよ」
少年―――青色の髪の少年は、やけに小生意気に言った。
「あ、ああ、助かったが……」
そして、視界の端では、彼に続くように―――女性の剣士が駆け足気味にやってきた。
「―――ごめんシンシア、遅れたわ!」
「―――ナオミ……そっちの彼は……?」
どうやら彼女はアルトリウス隊の隊員のようで、シンシアと女性がやり取りをしている。
「――クロイツ一門の御曹司だって……隊長の親友らしいんだけど、どうしてもついてきたいって聞かなくて」
女性は視界に『白騎士』を入れつつ―――若干呆れた声で答えた。
「……足手まといにはならないでしょうね」
「―――ならないさ」
答えたのは、青髪の少年だ。
「……なるほど、さっきの一撃といい……見たところ師匠以上――『八傑』の―――しかも『白騎士』モーリスだな。借りを返すのにこれ以上の相手もいねぇ」
そして沸々と――何かに怒るように少年は剣を構える。
「――足手まといになんかなるわけねぇ。なにせ俺は―――」
そして少年は地面を蹴った。
臆することもなく―――真正面からあの白い騎士に向かって行った。
「―――烈空アルトリウスのライバルだからな!」
「―――ガッハッハ! これまた活きがいいのが来たのである‼」
王城の戦いは―――新たな局面を迎える。
ギルフォードの剣の実力自体はシンシアよりも上ですが、格上との戦闘経験の少なさとメンタルの弱さが足を引っ張っています。
ポテンシャルは世代トップクラスなのでフィエロも嘘を言ったわけじゃないです。
一応カインはギルフォードと真逆のメンタル強い剣士として活躍させてあげたくて出しましたが、あまり白騎士戦が長引きすぎてもアレなので、カイン視点まで書こうかどうかは迷っています。




