第191話:上がる火の手
明日の更新はお休みになります
「―――なんだここは…?」
「もぬけの殻……」
白塗りの巨大な建物―――『大聖堂』。
意気込んで中に突入したギルフォード達だったが―――中には、まるでひとけを感じなかった。
慎重―――というよりは、迅速に、中を隈なく探索しているものの、未だ何も発見出来てはいない。
聞こえるのは、親衛隊の騎士達が歩く音のみ。
不気味なほど静かなその空間に、むしろ警戒心は高まっていく。
地下通路を進むと、暗く、広い空間にぶち当たった。
魔法で明かりをつけると―――
「―――ここが、その―――教会……怪しげな会合が行われていた場所か」
辺り一面に広がった、長イスの列と正面に見える高い壇上。
例の夫人や、プトレマイオス司教はあそこに立って演説をしていたのだろう。
その時は、この空間一面に『教徒』と思われる人間がいたというが、現在はその見る影もなく、がらんどうの空間が広がっているだけだ。
「―――壇上の奥に――道が続いています!」
「なに!」
捜索を命じるとそう報告を受けた。
慌ててギルフォードは、壇上へと上がる。
奥へは確かに道が続いていた。
剣の柄に手を当てながら慎重に進んでいく。
道の先には――いくつかの部屋があった。
変わらず中は暗かったので、すぐに明かりをつける。
普通の民家と変わらない、生活スペースとでも言うべき空間だ。
「――つい最近まで使われていた形跡はあるが……」
「綺麗に全部処理されているって感じですね」
おそらく――ほんの数日前までは、使われていたであろう部屋の数々。
しかし、人は誰もおらず、立ち並ぶ家具や棚に、あったであろう物も全て消えている。
その後も捜索を続けたが、何か情報を得られるような有益な物は、何一つ残っていなかった。
これでは神聖教とビブリット商会の繋がりどころか―――ここが何の建物かすらわかりはしない。
「いったいここは―――」
そう、ギルフォードが呟いた時だった。
―――ドゴォォォォォン‼
大きな―――音が響いた。
少し遠くで、まるで何かが弾けたような、そんな音。
「―――何の音だ!?」
「……外です!」
「―――総員、今すぐ外へ!」
嫌な予感を感じ、すぐさまそう指示をした。
この地下空間では、あまりにも外の状況がつかめないのだ。
親衛隊を引き連れて、急ぎ足で『大聖堂』の扉を出る。
そして、その外界でギルフォードを待ち受けていたのは……。
「爆炎の匂いと―――歓声……叫び声?」
聞こえてきたのは、林の先――都市部からのざわめく様な声と、爆炎―――炎と煙の臭いだ。
そして―――
「兄者……王城が―――‼」
「―――‼」
メラトスに言われて、上を見上げた。
巨大な王城は、この位置からでも遠目にその姿が見えるのだ
「―――まさか……」
その王城を見て―――ギルフォードは体を硬直させた。
遠目に見える王城。
この数百年間、一度も敵国の侵入を許さず、壮大に立ち続けた城。
その城から―――火の手が上がっていたのだ。
そして―――。
「―――いたぞ! 親衛隊どもだ!」
「女王に媚びへつらう、悪徒の権化! 絶対に逃がすな!」
「――神聖なる『大聖堂』に何の用だ!」
林の奥から―――そんな声と共に現れる、人、人、人、人――。
白いローブを着た―――人の群れだ。
しかも、誰もが手には何かしらの武器を持っている。
どこから調達したのか、剣に、盾に、斧に、槍。人によってはローブの下に鎧まで着込んでいた。
軍人も驚きの上等な武装だ。
彼らに共通しているのは―――感じ取れる「狂気」のような雰囲気と―――誰もが憎々し気にギルフォード達をを睨んでいるというところか。
気づくと――ギルフォード達は『大聖堂』を背に―――その軍団に囲まれていた。
「―――今日こそ、神が賜った神罰の日! 愚かな王国に、神の鉄槌を‼」
「―――信仰に目覚めぬ人々に、魂の救済を‼」
―――ああ、なるほど。
叫ぶこの群衆を前に、ギルフォードは思う。
―――きっと―――もう手遅れだったのだ。
革命――クーデター。
そんな言葉がギルフォードの頭を過る。
今までずっと不透明だった敵勢力。
何が目的だったのか、何をしたかったのか―――分からなかった。
いや、きっと今まで悟らせなかったのだ。
巧妙に勢力を分散させ、じわりじわりと、今日この日までシナリオを進めてきたのだろう。
陛下―――リーゼロッテ女王が言っていた通り―――女王派が手をこまねいている間に、きっと全ては水面下で完成されていた。
証拠だとか、繋がりだとか―――そんなことが分かったところで、もう自分達に抗う術などなかったのだ。
王城が燃えたということは―――もう女王も無事ではないだろう―――。
女王が倒れれば―――このユースティティア王国は終わりだ。
全ての諸侯は王と言う権威を無くした瞬間、統制は取れなくなり―――国体は崩壊する。
後継者争いとか、その比ではない。
「―――いや」
諦めるわけには行かない。
確かにギルフォード達親衛隊は――女王の傍にいない。
まさか今日親衛隊が、この大聖堂まで調査をしに来るというところまで考えた上での反乱であるのなら、敵の計画には脱帽であるが……。
しかし―――女王の傍にはこういう時のために師匠―――世界最強の剣士『聖錬剣覇』フィエロが付いているのだ。
例え万の群れ相手であろうと、フィエロがいる限り、女王が倒れたりはしない。
―――ならば我々にできることは……。
「―――総員、剣を構えろ。同志の元まで―――何としても辿り着くぞ」
震える声で―――ギルフォードは言った。
● ● ● ●
「―――いったい何が起こっているんですか!?」
数時間前―――日が落ちようという頃、突如として轟音が、シンシアの耳に入ってきた。
慌てて屋敷の外に出ると、聞こえてくるのは轟音と爆炎の匂い。
シンシアは嗅ぎなれた―――戦場の匂いだ。
そして―――すぐさま隊員から、情報が入ってきた。
「―――報告します! 現在、王都の都市部全域にて―――大規模な蜂起が行われているようです!」
「―――!」
王都全域の――大規模な武装蜂起。
まさしくそれは、クーデターと言える行為だ。
「白いローブを着た大量の集団が―――『神罰』と口にしながら、各地で暴動を起こしているとか」
「――となると、やはり『神聖教』でしょうか……」
「おそらく……」
『神聖教』による大規模な武装蜂起―――。
ついに、女王の『敵』が、明確な形を持って現れたということになる。
しかも、考え得る限り最悪の出方で。
何となく―――予感はあった。
例の『大聖堂』にて、プトレマイオス司教の話を聞いた時からだろうか。
近いうちに何かが起こるのではないだろうか。
そんな感慨はずっと、シンシアの中にあったのだ。
「厄介なのは、その集団、完全武装をしているという点です。個々の技量はそこまでですが、一般大衆では成すすべはないでしょう」
「……一般大衆も襲っているんですか?」
「はい。ほぼ無差別に―――暴れまわっています」
「―――クーデターと言うには……お粗末すぎますね…」
怒りの声をあらわにしたのは、隣で報告を聞いていたリュデだ。
「その集団の目的は?」
「―――わかりません。ただ―――最初に火の手が上がったのは王城です。暴動を起こしている集団も――被害を拡大させながら、王城へ向かっているような気はします」
「―――王城に…」
王城にも火の手が上がっているというところで、リュデの眉がピクリと上がる。
言わずもがな、王城と聞くと―――やはり同胞、ユピテル穏健派の事が気がかりなのだろう。
「……リュデ、どうしますか?」
間の悪いことに―――これまで女王との連絡役をしていたギルフォードは現在、ここにも王城にもいない。
親衛隊は今日、『大聖堂』の方へ調査に出向いているのだ。
アルトリウスもヒナもいない今―――この場での一行の行動決定権はリュデにある。
「……『穴』の方の進行状況はどうなっていますか?」
リュデは静かに口を開いた。
「―――7割程度かと」
「……王都に散っている人員も集めて、急ピッチで進めてください」
「リュデ……まさか……」
「―――王城も襲われている以上、もう時間はありません。暴動は放置。救出作戦を優先し―――私たちは王都を脱出します」
淡々とリュデは言った。
暴動は放置して、王都を脱出する。
それは、ほかならぬ―――協力関係を結んだ女王と、この王都の人々を…見捨てるということだ。
「―――リュデ……」
かと言って実際問題、シンシア達のやっていることは、ユピテルの使節団としてやっていい事の範疇を既に越えている。
自分達の使命――最優先事項が、穏健派を引き連れて帰還すること、と考えれば、下手にこの暴徒を相手にするよりも、穏健派の救出の方が優先するのは道理だろう。
救出作戦自体も……成功するかわからない――最終手段なのだ。
非戦闘員を含む2000人という集団を引き連れてこの暴動の起こっている王都を脱出するなど―――歴戦のアルトリウス隊と言えども、完遂は難しい。
リュデとて、好きで女王を裏切るわけではないのだ。
―――仕方がありません、か。
「……では――フランツにそのように指示を……」
―――シンシアがそう言おうとしたときだった。
「―――待ってくれ‼」
遠目から、そんな声が聞こえた。
それは―――。
「ギルフォード、さん」
癖のある茶髪に、額に傷のある青年――ギルフォードが、息を切らせながら、現れたのだ。
「『大聖堂』の調査に行っていたのでは……」
「―――肩透かしにあったさ。おまけに――『神徒』共に追い掛け回されてね。ここまで来るのにも苦労したよ」
苦笑しながらギルフォードは答える。
確かに――よく見ると彼の身体には今さっき負ったであろう生々しい傷跡や、血の跡があり―――戦場の後を感じさせる。
「……それで―――王都から脱出するとの話が聞こえてきたが……」
「……!」
どうやら先ほどの話を聞いていたらしい。
女王側の人間であるギルフォードからしたら面白くない話だろう。
思わずシンシアは顔を背けた。
「―――その通りです」
だが、リュデは面と向かって―――正面から答えた。
彼女も、並みの覚悟でその決断をしたわけではないだろう。
「……そうか。まぁ……当然だな」
ギルフォードは、そのリュデの言葉を聞いても―――少し考え込むように唸るだけだった。
「元々―――貴公らには、それほど旨味のない協力関係だ。亡命団さえ無事に連れ出せれば――それでいいというのも当然だろう。私も同じ立場であれば――そうする」
そして、ギルフォードは視線をこちらに向ける。
「……我々は暴徒に対応しつつ――残った精鋭のみで、王城――陛下の救援に向かう。亡命団を救出するならばその期に乗じるといい」
「……ギルフォードさん……」
「案ずるな。師匠がいる限り―――陛下は無事だ。そして、陛下のいる限り、王国は不滅。このような暴挙で……国を終わらせてなるものか……」
「……」
「貴公らにも世話になった。短い間だったが―――大使殿にもよろしく伝えておいてくれ」
そしてギルフォードは、こちらに背中を向けた。
やけに悲壮感のある背中で、扉の方へ歩みを進める。
その数歩は――思わず声をかけたくなるほど、何かに救いを求めているような、そんな気がした。
● ● ● ●
「リュデ、良かったんですか?」
「―――仕方が……ありません」
ギルフォード様の去った部屋で、シンシア様の言葉に答えます。
そう、仕方がないんです。
違う国の――内情ですから。
関係がないわけではないですが、私たちにはもっと大事なことがあります。
「―――隊長なら……どうしたんでしょうか」
不意に―――ポツリとシンシア様が言いました。
「この場に隊長がいたら……いったいどういった選択をしたんでしょう」
「……」
盟友を裏切り、自分たちだけ助かる選択をするのか―――それとも、危険を冒して、盟友を助ける選択をするのか……。
この場に、アル様や、ヒナ様がいたら、どんな選択をするのか、ということでしょう。
「――アル様は……」
答えに言い淀みます。
アル様は……家族や、身近な人を大事にする方です。
そう考えると、私と同じ選択をするだろうと―――そう考えることもできます。
―――でも。
「そうですね。アル様なら―――全部救う選択を……するでしょうね」
「全部?」
「ええ。協力者も、身内も、無関係に襲われている人民も―――全部助けようと、そうするでしょう」
できないと思ったことでも―――やらない方が合理的な事でも、「後から後悔したくないんだ」と、そう言って諦めない。
そして、なんだかんだとやり切ってしまう。
アル様はそんな人です。
「だったら……」
シンシア様が目を見開きます。
アル様がする選択をするのが―――私たちもするべき道と、そう言いたいのでしょう。
私も――そう思います。
でも―――覚悟が足りないんです。
私はアル様じゃない。
ここにはアル様も、ヒナ様もいなくて。
それでなんでも全部やり遂げてしまうなんてこと、私にはできると思えません。
本当は、できることなら、困っている人は助けたい。
アル様の顔に泥を塗る事なんて、私もしたくありません。
「……リュデ?」
シンシア様が、不安そうにこちらを見ています。
そんな顔しないでください。
わかってます。
わかってますから―――。
覚悟を―――決めますから。
「――一度……作戦を練りなおしましょうか。ギルフォード様を呼んできてもらってもいいですか?」
私は――決断しました。
言ってから―――背中にとんでもない重圧がのってきたような、そんな気がします。
きっと、アル様が普段から背負っている、覚悟と―――責任なのでしょう。
「―――!」
「第一目標は、皆さんの救出。それは変えません。でも――何もしないで後悔するのはアル様に顔向けできません…」
出来ることを――やる。
全部救うなんてことは、選ばれた―――それこそ神様みたいな人の特権です。
でもそれを言い訳に――何もしないのは、サボっているのと同じかもしれません。
私だけが泥をかぶるんじゃない。
私も一緒にアル様の責任を――道を――覚悟を背負う。
そうでなくてはこの先――アル様の付き人は名乗れません。
「―――シンシア様にも――無理してもらうかもしれませんが……」
「――もちろん、受けて立ちましょう」
シンシア様は――どこか嬉しそうに答えました。
やはり剣士の方というのは、さっぱりしていて羨ましいです。
私は不安もプレッシャーもあります。
でも――ここで私が逃げてしまうのは、アル様の道に反するから――それならば。
この、異常事態―――なんとか……してみせましょう。
今回の後半はちょっと改稿するかもしれません




