第190話:聖錬剣覇の弟子
ギルフォード視点です
「――話によると―――この先と聞いたが……」
「…ウス」
夕刻――――。
ユースティティア王国、王都ティアグラード。
敷地全土が都市壁に囲まれながらも、その広大な面積の中には、都会と田舎という概念は存在する。
その概念の中では、田舎……都市部からは少し離れた林の奥に向かう団体があった。
誰もが、腰に剣を。人によっては背中に盾を背負い―――王家の獅子の家紋のエンブレムをどこかしらに身に着けている。
彼らこそ、『女王親衛隊』。
王の剣とも、王の手足とも言われるこの親衛隊は、誰もが幼少期より王家の元で訓練を重ねた精鋭たちであり―――昨今の情勢下で、女王リーゼロッテが信頼できる数少ない駒でもある。
その親衛隊の先頭を歩くのは――くるくるの茶色い癖毛に、鋭い青眼。そして額に傷を持つ長身の剣士―――ギルフォードだ。
この親衛隊にて一番の実力者であり、かつ隊長を務めるギルフォードは、鋭い目つきを崩さぬまま、注意深く林の中を進んでいる。
ギルフォードのすぐ後ろには橙色の髪に、ピンと立ったアホ毛が目立つ大柄な青年――ギルフォードの弟弟子にあたるメラトスが続いている。
他の隊員も彼らに続き、慎重に足取りを進める。
彼らが向かっているのは―――先日、女王と協力関係を結んでいるバリアシオン一行よりもたらされた怪しき場所、『大聖堂』。
とある商人からもたらされた情報だというが、その『大聖堂』では、何百単位の人間が集まり、地下で怪しげな集会を開いていたという。
おそらく――いや、間違いなく『神聖教』の拠点の一つだ。
『プトレマイオス司教』という神聖教の教父のような人物と、そしてそれに追随する神徒達。
その会合の内容は、明らかに常軌を逸しており――そして、明確なる王国――王家への敵対心が見て取れる物であったらしい。
アルトリウスの首席秘書官リュデよりその報告を聞いたギルフォードは、すぐさま女王にその事を報告した。
女王派の行動決定権を持つのは、結局のところ女王リーゼロッテなのだ。
リーゼロッテは、しばしの間悩んでいたようだ。
その大聖堂という場所にガサ入れすること自体は簡単だが――今現在、協力者である『烈空』アルトリウス自身は、王都にいない。
そして、存在が確認されたという『白騎士』。
いったい何をしに来たのか―――その目的は見当もつかない。
そんな状態で決定的な行動を起こしていいのか―――女王としても不安だったのだろう。
だが、結果として数日後、リーゼロッテは決断した。
ギルフォード達親衛隊に、大聖堂の取り調べの指令が来たのだ。
ギルフォード達が、現在こんな辺鄙な場所に来ているのはそういう理由である。
―――それにしても……。
『大聖堂』への道を歩きながら、ギルフォードは思う。
どうも、王都に帰還してからというもの、刻々と状況が目まぐるしく変化しているような気がするのだ。
いや、正確に言うならば――ギルフォードが王都に帰還してから、というわけではなく、アルトリウスという少年が王国に来てから、といった方がいいか。
女王リーゼロッテとの協力関係に、烈空隊による広範囲かつ、迅速な調査。
今まで欠片も居所がわからなかった『闇狗』の居場所が判明したり、『白騎士』が現れたり。
そして、終いには、親衛隊では見つけることのできなかった『大聖堂』の情報―――。
まるで、王都は彼の登場を待っていたとばかりに動き出している。
―――確かに……不思議な少年だった。
『烈空』アルトリウス。
ギルフォードにとっては衝撃的であった―――凄まじき剣士の弟子。
「ふ、これも……なんの因果か…」
そう呟きながら――やけに古い記憶をギルフォードは思い出していた。
● ● ● ●
―――ギルフォードがその男と出会ったのは9歳の時だったか。
『聖錬剣覇』の弟子として見いだされたギルフォードは、『兄弟子』であるというその男と出会った。
黄金色の髪に鍛えられた肉体。
張り詰めた表情に、猛禽類のように鋭い眼光。
後に「八傑」となる男、シルヴァディだ。
ギルフォードがシルヴァディと過ごしたのはわずかな時間だ。
なにせ、間もなくシルヴァディはフィエロより免許皆伝を貰い――国に帰ってしまったのだ。
だがそれでも――その苛烈な剣士のことを、ギルフォードは忘れたことはない。
ハードという言葉が優しく感じるほど、黄金の髪の剣士は、体を苛め抜いていた。
朝から晩まで一心不乱に剣を振る。
フィエロが見ていなくとも何度も何度も同じ技を繰り返す。
食事中も、まるで頭の中で戦争でもしているかのように眼光を光らせている。
フィエロ曰く、王国に来た時点で、このシルヴァディという男は、神撃流に関しては一流の域にいる剣士だったらしい。
だが、それなのに――彼は強くなることを止めようとしなかった。
狂気すら感じるストイックさで、彼は剣を振り続けた。
何に駆られているのか、何の為にそこまで剣の道を究めようとしているのか――一度だけ聞いた事がある。
すると、彼はこう答えた。
『――復讐だよ。なんとしても……俺が殺さなければならない男がいるんだ。この、命に代えてもな』
――復讐。
正直――その答えに唖然とした記憶がある。
ギルフォードにとって、剣の道とは、真摯に向き合う物。
騎士道とは正道であり、そこに負の感情を入れるものではなかった。
復讐のための剣なんて…と、そう思った。
『…ふ、そう言うな。確かに奴が剣を振るのは復讐のためだが……そうでしか貫けない正義と言う物もある。それに―――奴が剣を学んでいたおかげで救われた人間もいる』
『救われた人間?』
『女王陛下だよ。以前――陛下は誘拐されたとき、偶然シルヴァディによって救われている。それがなければ……今頃王国はさらなる混乱の渦の中にいたかもしれない』
師フィエロはそう言った。
『動機は何でもいいとは言わないが、動機が不健全だからと言って、いい剣士であるかないかはまた違う。まぁ奴自身もそれに気づけば―――私など及びもつかない剣士になるだろう』
去っていったシルヴァディについて、師はそう締めくくった。
1年も経たずとして、天剣シルヴァディの名は王国まで流れてきた。
師と同じ――『八傑』と呼ばれる、世界最強の一角だ。
師も女王陛下も、シルヴァディの事を良く褒めた。
彼の話をするときはやけに嬉しそうだった。
陛下からの信頼も厚いようだし、誘拐から救ったという話が本当ならば―――国宝の1つであるイクリプスを授けたのもわかる。
『天剣』シルヴァディは確かに優れた剣士なのだろう。
そもそもたった2、3年で『聖錬剣覇』の免許皆伝を貰うということはすさまじい事だ。
―――でも、だからこそ―――ギルフォードにとって、シルヴァディという「兄弟子」は一種の―――コンプレックスでもあった。
『そう焦るなギルフォード。安心しろ、お前の才覚はシルヴァディ以上だ。このまま順当にいけば、次代の最強の剣士はお前で間違いはない』
師はそう言って嗜める。
確かに、他の弟子と比べても、ギルフォードの力は抜きんでていた。
でも―――やはり記憶の中の黄金の髪の剣士は、ギルフォードの中でもどかしく立ちはだかり続けた。
別に憎んでいたとか、そういうわけではない。
でも、同門の弟子として、どちらが本当の一番弟子であるのか、いずれ雌雄を決したいと――そう思っていた。
だが――意外にも早く、シルヴァディの死の報せは届いた。
おそらく、衝撃を受けたのはギルフォードだけではない。
リーゼロッテも、フィエロも―――いや、きっと世界中が震撼しただろう。
なにせ遠いシュペール公国にまで耳にするほどの話だ。
兄弟子との決着の機会は、終ぞ訪れることはなかった。
だが―――。
『こちらはユピテル共和国全権大使―――烈空アルトリウス様だ』
王都ティアグラードに帰還する最中、その一行に出会った。
100名ほどの実力者を連れた見慣れぬ集団だ。
王都を前に、声をかけると、そう返された。
―――『烈空』……『天剣』の弟子―――!
『天剣』に変わって、ユピテルの有望の若手魔導士として名を上げた―――シルヴァディ唯一の弟子だ。
「……貴公が……『烈空』?」
「―――そうだが……」
答えたのは、1人の少年だった。
ダークブラウンの瞳に、ダークブラウンの髪の―――少し気の抜けた顔つきをする少年だ。
自分よりはいくつか年下に見える。
――――強いのか? 一見それほどには思えないが……。
一目みて―――そんな感想を抱いた。
普通―――相対する相手の強さというのはなんとなくわかる物だ。
事実、彼の周りにいる護衛達は、それなりの実力者揃いだということがわかる。
烈空を名乗る少年の傍にいるどこかで見た事のあるような金髪の少女も、メラトスか、あるいはトトス以上の実力者だろう。
だが、彼―――アルトリウスという少年に関しては―――よくわからなかった。
―――試すか。
既に聖錬剣覇の弟子となって10年余。
師には同年代では敵はいないと言われている。
自信はあった。
――殺すわけじゃない。試すだけ―――。
『烈空』アルトリウス。
たしかに、亡命団の事を考えると、ユピテルから大使として誰かが王都を訪れることはおかしくはない。
だが、この烈空が、本物なのか―――女王親衛隊隊長として、それは確かめたい。
そして、それは建前として、
―――成長した自分の力を―――天剣の弟子と呼ばれる『烈空』に試したい……。
一種の…驕り。
明け透けな気持ちもあったのだ。
天剣シルヴァディが死んでしまったという、その一種の憂さ晴らしでもあっただろう。
使う技は『縮地』。
単なる加速移動ではない。
歩幅と動きを利用して、認識をずらし、まるで瞬間移動したかのように接近する、歩法の秘奥義。
剣は寸止め。もしも間違っていても問題はない―――。
そんな思考と共に放った技だった。
だが――。
「―――――‼」
眼前、まさに獲ったと思ったそのとき―――アルトリウスの瞳は、確実にギルフォードを捕らえていた。
思考が伸び、内心ぎょっとする中―――さらに驚くべきことに、アルトリウスが剣を抜く気配は全くなかった。
―――まさか、動きも――殺気がない事も全て見透かされて―――!?
キン!!
驚きに思考が止まる中、ギルフォードの剣は、隣の金髪の少女に止められていた。
アルトリウスは―――殆ど微動だにしていない。
その姿を見て―――ギルフォードは悟った。
―――なるほど、強さが分からないわけだ。
自分より遥かに格上の人間の強さなぞ、推察できるわけがない。
強さが見えないのは、この少年がこの年齢にして―――ギルフォードよりも数段上にいたからだろう。
確かに、彼の纏う雰囲気は、『弟子』というよりも、『達人』のそれ。
聖錬剣覇―――師匠の纏うようなそれと似ている気もする。
それに気づかなかったのは、ギルフォードが今まで師以外の格上と遭遇してこなかったということと―――彼の思いこみのせいだ。
『天剣の弟子』であるのだから、彼もまだ『弟子』の範疇にいるだろうという思い込み。
そして、その範疇であるならば、自分よりも上であるはずがないという思い上がりだ。
―――全く師匠もとんだデタラメを言うものだ。
『お前が次代の最強の剣士』だなんて、真っ赤な嘘だ。
アルトリウスという少年は不思議な少年だった。
先ほど剣を向けたというのに、少しも気にせずに部下達の反対を押し切って気さくに接してくれた。
近くで見るとよくわかる。
服の隙間から見える古傷や、鍛え上げられた肉体。
達人のように無駄のない動作に、腰に下げられた見覚えのある黄金の剣。
間違いなく『天剣』シルヴァディの弟子であることを物語っていた。
話すと、なんとなく―――きっと彼がこれまで壮絶な戦いを生き抜いてきたということが分かった。
言葉の節々に、その重みを感じた。
この年齢でここまでの高みに昇るのに、いったい何を思い、何をしたのか―――きっとギルフォードには想像もできない事なのだろう。
● ● ● ●
「―――見えてきたっス!」
「―――!」
メラトスの鋭い声で、ギルフォードは我に返った。
顔を上げると、林の先―――正面に、確かに巨大な、白塗りの建物が見えた。
あれが―――『大聖堂』だろう。
――いかんな。集中しなければ。
一度目を閉じて――ギルフォードは深呼吸をした。
このガサ入れで――何か重要な事が分かるかもしれない―――大事な職務だ。
アルトリウス一行が折角掴んだ情報、ここでヘマをしたらあの少年にも―――女王にも―――そして国民にも、合わす顔はない。
「―――よし、小手調べは無用だ。総員―――突入!」
静かな指示のもと―――親衛隊は白い建物―――『大聖堂』へと足を踏み入れた。
本当はもう少し進めたかったのですが、書き始めたら回想が中々終わってくれませんでした。
次回は一気に動く…はず。




