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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十六章 青少年期・王国動乱編
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第178話:拭えぬ焦燥



「―――よって、5班は指示通り王城付近に配置しましたが、6班から10班は、西地区に移動。残りは東地区で居を構えました」


「そうか、ご苦労だったな」


 ユースティティア王国、王都『ティアグラード』。


 少し郊外に外れた大きめの空き家の一室で、俺はフランツの報告を聞いていた。


 女王リーゼロッテが斡旋してくれたこの空き家は、都市部からも程よい距離にあり、尚且つ人もそれほど寄り付かないという屋敷だ。


 元々は、女王の家臣の1人の別荘だったのだが、その人物は何年も前に不正を犯して追放されているらしい。

 損傷は少しあったが、俺とヒナの魔法、そして家事万能のリュデとチータのおかげで、半日も経たずに使える場所になった。


 そして、とりあえずこの空き家を、王国での今後の活動の拠点にすることに決定した。


 勿論、俺の隊―――100人全員が入るわけでもない。

 彼らはいくつかの班に分かれて、この王都中に散っている。


 観光に来たのならば、彼らもこの空き家の近くに居を構えればいいのだが、如何せん、それほど悠長なことを言っていられる場合ではない。

 俺の王国での今後の()()は、とてもではないが、仲良しこよしでやっていけるものではないのだ。



 数日前―――王城にて出会った女王リーゼロッテ。

 彼女がもたらした情報は、俺達の今後を大きく変えた。

 

 女王が言うには、現在王国―――特に王都、王宮は、非常に緊迫した状態にある。


 軍属派の台頭で女王の権威は弱まり、人攫いに新興宗教と、小さいことが積み重なり、今では大きな社会問題だ。


 無論、それだけならば、俺にはそれほど関係はなかった。

 俺はユピテル人で、王国からしたら他国の人間だ。

 この王国の問題に関与するのは立場を考えればむしろあまりよくはない。


 だが、事態は俺を―――ユピテルを巻き込むところまで進展していた。

 

 トトスという剣士が失踪したことを皮切りに―――軍属派は反ユピテルをかかげ出し、ユピテルからの亡命団―――穏健派を、王城の地下に軟禁してしまったのだ。

 幸い、女王が済んでのところで血が流れるところを止めているらしいが……なんの拍子に犠牲者が出るかなどわからない。時間の問題だろう。


 そして、さらに俺達を驚愕させたのが―――トトスの失踪に、エトナが関係しているということ。

 王都の外へ出ていくトトスと共に、エトナの姿が目撃されているのだ。

 それ以来、エトナも消えたという。


 正直―――まだ上手く話は呑み込めていない。

 いや、信じたくないといった方がいいか。


 観光気分で来ていた俺の頭は、あの夜以来、一気に覚めた。

 

 女王の協力関係の提案を受けたのは、少なくとも直接面と向かって話をした感じ、信用できると思ったからだ。

 まあ、根拠を上げろと言われれば、まず彼女が嘘を吐くメリットもないといったところか。

 

 もしも俺を陥れるつもりならば、あの時対話などせず、『聖錬剣覇フィエロ』を刺客として送り込めばそれで済むだろう。

 そもそも何も知らない俺達を相手にするのだ。謁見の最中とか、それ以外にもいくらでもやりようはあった。


 そうしなかったのは、本当に彼女が困っていて、異国人である俺の手ですら必要としていたと考えて、大丈夫なはずだ。

 女王もフィエロも、シルヴァディとは浅からぬ関係であるようだし―――気休めではあるが、少し安心はできる。


 勿論、完全にリーゼロッテを信用したわけではない。

 俺たちは彼女からしか王国の内情を聞いていないし、穏健派の面々にも会えていない。


 ただ、どちらにせよ、俺達は自分たちの手で情報を集める必要はあった。

  彼女からの協力要請、「王宮外での諜報活動」は、そういう意味でも悪くない提案だった。


 俺の隊は、正面戦闘だけでなく、潜入、内偵、調査、情報収集等、隠密行動の訓練も一通りこなしている。

 彼らを王都中に散らせ、とにかく情報を集めるのだ。

 真の意味で彼女と協力できるのはそれからだろう。


 まあ、「私人」として女王との協力をしておきながら、隊の連中を「私兵」として使うのも、よく考えたらどうかと思うが…。


「――はっはっは、隊長も変なところで心配をしなさる。貴方が「私人」として行動するのならば、我々も貴方の「私兵」として行動するに決まっているではないですか。隊長の行く道は、我らの行く道です」


 フランツにはそう笑い飛ばされた。

 今回に限っては非常にありがたく感じた。


 俺もそれほど冷静ではない。

 冷静であるように努めてはいるが、とてもそういう気分ではない。

 

 家族に、エトナ。

 彼らの安否がわからないという状況で、使える手を余らせておくなんてこと、できなかった。

 

 まあ私人だとか、私兵だとか、結局は建前でしかないが―――建前も重要だろう。



 俺達がここ数日で行ったのは、隊員それぞれの配置と拠点の確保。

 大人数で固まって動くのは目立ちすぎる。


 なにせ―――2日ほど前、俺達一行は女王の名のもとに指名手配をされた。


 知った時は「騙されたか!?」と思ったものだが、すぐに女王から伝令が来た。

 女王としても、俺達との協力体制が露呈するのはまだ避けたい。

 そう考えると、不必要に庇い立てすることは難しかったのだ、と。


 まあ、確かに―――大使に来ておいて次の日には王宮から逃げ出していた一行なんて、怪しすぎるし―――反ユピテルの風潮が本当であるなら、仕方のないことか。


 まぁ、指名手配と言っても、俺の写真が出回っているわけでもあるまい。

 わざわざ街中で名乗ることもないだろうし―――少し情報収集を慎重に行う必要が出てきたくらいだ。

 俺の部下達なら大丈夫だと信じたい。




 ともかく、そうしてようやく落ち着いたわけだが―――既にここまでで、多少は情報は集まっている。

 

 悪い意味で――女王の言葉の多くは、真実でありそうだ。


 王宮近くに留めておいた隊員からの報告によると、地下に穏健派が軟禁されていたということは殆ど間違いないとの事。

 これは、軍属派と思しき貴族達の会話から聞いたらしい。

 残念ながら、地下へのルートは限られており、潜入や救出は難しそうだということも分かった。


 そして、女王が王宮内でそれほど良くない立場だということもおそらく事実だった。


「―――その女王の話にあった―――『ザンジバル軍務卿』…でしたか。彼を中心として、軍属派は女王の権威を疑問視する声が多く上がっているようですね」


「―――軍務卿、ね」


 ―――ザンジバル軍務卿。


 あの夜の短い打合せで、出てきた名前―――女王にとっての「仮想敵」の1人である。


 軍務卿というくらいだから、軍属派の中心人物であるのはおかしくはない。

 そして、異様な動きをみせる軍属派の中心人物である彼のことを、怪しいと感じるのも、当然だ。


「他は―――『ビブリット商会』については、まだ調査は始めていません。『神聖教』、『人攫い』についても、同様です」


「――ああ、いいよ。まずは女王が信用できるかどうかが重要だった」


 フランツの報告にそう答える。


 『ビブリット商会』、『神聖教』、『人攫い』。いずれも女王が王宮外での調査の指針として示したキーワードだ。

 

 ビブリット商会は、軍務卿ザンジバルの後ろ盾にあると言われている大商会。

 手を出すのはなかなかに至難の業であるらしい。


 そして、神聖教。

 ここ暫くの間で勢力を拡大してきたと呼ばれている宗教団体だ。

 旅の最中で、俺もその末端は何度も目にした。

 確かに―――王都に行けば行くほどその目にする回数は増えていったが、王都の教徒の数はそれまでとはくらべものにならないらしい。


 この宗教を調べて一体どうするのか――つまり弾圧するのか、共存するのか。

 リーゼロッテの思うところは知らないが、ともかく、混乱の元凶の一つであるとはとらえているようだ。



 そして、言わずもがな、最も危険視している謎の「人攫い」。

 正直、リーゼロッテが一番苦労しているのは、軍属派や宗教よりも、この人攫いだ。


 親衛隊を総動員して探しているのに、犯人の痕跡が掴めない――霞のような犯人。

 要人から一般人まで、奴隷から貴族まで―――ところかまわず王都から人が消えていく。

 犯人を追っていたトトスは一度返り討ちにされ、そして今度は彼が消えていった。

 反ユピテル思想の直接的な原因も、この人攫いのせいだと言ってもいい。


 そして―――。


『―――消えたトトスの話だ。どこまで本当かはわからないが、幻影系の技に、相当なレベルの剣術……もしかしたら《八傑》かもしれないな……』


『八傑……』


『――――私の師―――メリクリウスの時代に、そういう伝説の暗殺者がいたと聞いたことがある。確か師が倒したはずだが―――――まだ生きていたのか後継がいたのか……いずれにしろ、調査は慎重に成した方がいい』


 その人攫いについて、フィエロはそう言った。


 《八傑》と言えば―――とんでもない化け物ばかりの印象だ。


 シルヴァディにギャンブラン、ユリシーズにジェミニ。そしてこのフィエロ。

 俺の記憶にある限り、誰もが常人の域を超えた武の塊だった。

 もしもそれが本当だとしたら、正直その人攫いとも、会いたくはない。

 



 さて、ともかく、王宮の現状が事実だとわかった今、リーゼロッテは信用してよさそうだ。

 

 俺達の役目は、王宮外で上記のことについて調査することだが…。


『―――別に……これらがそれぞれ別の事案ならまだマシなのですわ……』


 ザンジバル、ビブリット商会、神聖教、人攫い。

 それらの事を伝えた後で、リーゼロッテはそう言った。


(わたくし)にはどうしても、これらのことが、何か一つの大きなことに向かって起こっている―――どこかで繋がっているような、そんな気がしますの』


 その女王の顔は、どこか確信めいたものだった。

 

 だからこそ、リーゼロッテは―――その繋がりを探るために俺達を使いたいのだという。


『もしかしたら―――もう手遅れなのかもしれませんけれど』


 その夜、女王は最後にそう言った。



「――――ふう、ダメだな」


「はい?」


「いや―――こう一気に色々なことが起こると、ね」


「はあ……」


 ため息を吐きながら、呆けた顔をするフランツにそう洩らす。


 ―――どうすればいいか、何をすべきなのか。


 また俺は分からなくなっている。


 大使としての立場や、女王との協力関係。 

 考えることややらなければいけないことはいっぱいあるはずなのに、明確に何をすればいいか、よくわからない。

 渦の中に身を投げて、そのまま流れに任せて流れてしまっているような、そんな感覚だ。


 別に女王との協力自体は、ベターな選択だと思う。

 きっとリーゼロッテは、信用していい。

 おそらく、彼女の言うように、軍属派―――いや、彼女曰く「その勢力」は、俺にとっても敵だろう。

 反ユピテルを掲げて、俺の家族や友、穏健派の人々を軟禁し、俺達使節も、異分子として扱い、そして、エトナも―――。

 そんな奴ら、敵以外の何物でもない。


 だが、悠長にいくつもの事を調べて、その繋がりをあぶりだすことに意味があるのか。

 そうしている間にも―――もしかしたらそれこそ「手遅れ」になってしまうかもしれない。


 でも、だからと言って、エトナがどこにいるかもわからないし、穏健派をどう助ければいいかもわからない。

 八方ふさがりだ。


「………」


 ――――焦り。


 おそらく、俺は焦っている。


 見知らぬ土地で、予想外の事態に、しかもこの場の最高責任者は俺自身。

 

 ラーゼン、シルヴァディやゼノン。

 頼れる上司はここにはいない。


 この胸のざわめきは、不安と、焦燥感だ。

 

 ―――何とか、落ち着かないと。


「…少し、風にあたってくるよ」


「お供しますが」


「いや、すぐそこに出るだけだから大丈夫さ」


 フランツを置いて、俺は屋敷の外へ出た。

 

 

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