第168話:王都に行こう②
「…いやぁ、しかし驚いた。やはり上には上がいるというのは本当のようだ」
「はあ…」
俺たちは、ユースティティア王国の王都―――『ティアグラード』の街を歩いていた。
朗らかに俺の傍で話しかけてくるのは、茶髪の癖毛の青年―――ギルフォードと名乗った男だ。
先ほど、王都の外で突如俺に剣を振ってきた青年であったが、すぐさま俺の周りに囲まれ、降参の意思を示した。
「―――バリアシオン殿。大変申し訳ないことをした。どうか、無礼を許してほしい」
そして、剣を治め、そう頭を下げた。
「…どうしてこんなマネを?」
「…まず『本物』であるか見定めるにはこれが一番手っ取り早いと判断した、ということと…」
少し言いにくそうに、ギルフォードは言った。
「――あとは、恥ずかしながら――単なる好奇心になる。『天剣の弟子』というのが本物であったとしたら、いったいどれくらい強いのか―――気になってしまって…。申し訳ない」
どうやら、『聖錬剣覇の弟子』である彼は、同じく『八傑の弟子』である俺に、若干の対抗心も持っていたとか。
普通は、襲われたのだからもっと警戒して拘束かなにかをした方がいいのだろう。
事実、ヒナやフランツはそれを主張した。
しかし―――俺は彼を信じてみる事にした。
理由としては、
第一に、彼の剣に全く殺気がこもっていなかったこと。
本物か偽物か、強いか弱いかなんて関係なく、彼は腕試し以上の事をする気はなかったのだろう。
第二に、彼が名乗った『聖錬剣覇』の弟子という肩書が本当であったなら、なるべく敵対せずに穏便に済ませたかったこと、だろうか。
まあ、なんとなく、彼自身が、敵には見えなかった、というのもあるが。
ともかく、一応ここまで判断は間違っていないらしい。
「先ほどは失礼を。お詫びといってはなんだが、貴公らを王城まで案内させてくれないか?」
なんていうギルフォードのおかげで、王都『ティアグラード』への入都は随分楽をすることができた。
「―――これは、ギルフォード様、お戻りになっていたのですね!」
「ああ。彼らはユピテルの公式の使節団だ。通してもいいか?」
「ええ、もちろんです!」
こんな感じで、検問は素通り。
どうやらギルフォードはなかなかの地位と、街の人からの信頼を得ているようだ。
実際、彼の事は王都の住民が皆知っているようで、道端の子供たちも、ギルフォードを見かけたら、声をかけてきたり、手をふったりと、なんだか随分人気者だった。
聞くと、彼は『聖錬剣覇』の弟子という肩書だけではなく、王国親衛隊の隊長を務めているとか。
ぶっちゃけ何か知らなかったが、結構なお偉いさんであるらしい。
まあ、地位はともかく、実力者であることはなんとなくわかった。
道すがら、ギルフォードは意外と気さくに話しかけてきた。
先ほど襲った人物によくそんなに話しかけれるな、とも思うかもしれないが、彼に限らず、この世界の剣士はこういった思い切りのいい人間は多い。
シルヴァディとグズリーとかも、何度も殺し合っているくせに、仲自体はいい。
ひょっとしたら剣を一種の会話ツールか何かとでも思っているのかもしれない。
ともかく、ギルフォードは、そう言う意味では不快に感じなかった。
「―――いや…しかし、『縮地』が完全に見切られるとは…」
「『縮地』?」
「私の奥義だ。動きの緩急で、一気に距離を詰める技―――歩法のようなものだ」
「ああ…そういえば…そんなようなのもあったような」
あの時、ギルフォードの姿が煙のように消えたと思ったら、一瞬ですぐ近くまで迫っていた。
単に速度だけではないと思ったが、どうやら何かの奥義だったらしい。
見切ったというよりは、何となく来そうだと思っただけだけど。
「まあ、でも…剣を防いだのはシンシアですから」
「ああ…たしかに『閃空』も凄まじい剣士だったが…貴公が剣を抜かなかったのは、私の剣に殺気が乗っていないことに気づいていたからだろう? 正直―――内心ほっとしているよ。もしも殺気を載せていたら、今頃私はこの場で生きていないだろう」
なんてギルフォードは苦笑した。
別に大したことはしていないつもりだが、やけに評価されてしまったものだ。
「しかし―――私はこれでも若手では世界最強の剣士を自負していたのだが…今日からは名乗れそうにないな」
その件について、ギルフォードはそう締めくくった。
「……」
正直、たったあれだけのやり取りで剣の実力を測ることはできないと思うのだが、少なくともギルフォードは何か感じることがあったらしい。
俺からすると彼の風格はこれまで出会った強い剣士―――センリやグズリーとかにも引けを取らないものだった。
若手最強の座くらいならいくらでも渡すので、急に襲うなんてことはやめてほしいものである。
他にもギルフォードとはそれなりに話をした。
驚いたのは、実は彼自身も、王都は久しぶりであるらしいということだ。
「いや、私はつい先日までシュペール公国で起こった公王の跡目争いの後処理をしていて…」
どうやら彼は王国よりは西――シュペール公国に行っていたらしい。
シュペール公国は、ユースティティア王国と隣接する友好国―――まあ実質は属国であり、指導層の不祥事は、王国が介入して解決せねばならぬこともあるらしい。
今回は、公王の地位を巡るクーデターの後始末ということで、ギルフォードが駆り出されていたとか。
伝令が出ていたにも関わらず、俺達使節の事を知らなかったのもそのせいだ。
「そちらを片付けたのはいいが…思っていたよりも、王国は不穏な様子に包まれているな。貴公に手荒な歓迎をしてしまったのも、それで神経質になっていた部分もある」
「不穏?」
「ここに来るまで何度も耳にした。『人攫い』と、『神聖教』。そして…まさかトトスが消えるとは…」
久しぶりに王国に来たという彼も、どうやらそう言った不安定な部分に危機感は抱いているようだ。
トトスというのも、名前だけは何度か耳にした。
確か、聖錬剣覇の弟子の1人だとか。
ギルフォードからすると身近な人物の1人なのだろう。
彼は苦々し気な表情をしていた。
「…王都も、以前よりは活気がない。バリアシオン殿も、こんな時期に大使とは…運の悪いことだ」
「いえ…」
少なくとも話した感じ―――このギルフォードという人間は、悪い人間でないということは分かった。
ただ一途に王国の未来を思う、若い青年…といったところか。
王都の街並は、他の都市よりも栄えているように見えた。
人も多く、建物も大きい。
だが、言われてみれば、「活気」はそれほどないようにも見える。
規模は小さくとも辺境のサウスグラードの方が、住民の表情が朗らかなような、そんな気がした。
そんなギルフォードの案内のもと、王城へは程なくついた。
驚いたのは、都市壁に囲まれた街の中だというのに、王城の周りには城壁があったことだ。
つまりは、都市の外壁と、王城の城壁との二重構造で守られている城ということになる。
そして、圧倒的なその大きさ。
近くからではその全貌を拝むことはできないであろう、灰白い巨城である。
「700年前、初代国王セントライトが晩年に建てたこの城は、未だに建て直しを必要としていない。簡単な修繕こそされているが、よほど頑強に作られたのだろうな」
なんてギルフォードが解説してくれた。
俺の目を引いたのは、その頑強そうな骨組みだけではなく、細部までの装飾の精巧さだろうか。
ギルフォードのおかげで手間取らずに壁の中に入った俺を待っていたのは、ライオンをかたどったであろう彫刻や、どこか神秘的な雰囲気を思わせる門構え。
どれもが、その重厚な歴史と、職人たちの技術の粋を感じさせるものだった。
「ほえぇ…」
「――大きいです…」
「…流石に、すごいわね」
シンシアはもちろん、リュデもヒナも、隊員たちも、ユピテルでは見られないその大きさと豪華さに目を奪われている。
かくいう俺も、欧州の世界遺産でも巡っている気分だ。
無論、これほどの大きさの城は、前世の世界でもなかったと思うが。
「さあ、とにかく――中へ行きましょう」
そのスケールに圧倒されながらも、ギルフォードに引き連れられ、俺達はその巨大な扉の中に通された。
―――この時の俺は、まだなんとなくこの仕事を楽観視していた。
旅路は順調であるし、トラブルもない。
大使としても、それなりに認知されているし、王国の貴族達は基本的に好意的だった。
余裕もあるし、王国の文化は新鮮で、少し観光気分も混じっていただろう。
人攫いだろうと宗教だろうと、いくら王国が不況だろうと、所詮は他国の話であり、あくまで自分とは直接関係のないこと。
最悪、金の融資が無理でも、穏健派だけ連れて帰れば仕事は終わり。
そう思っていた。
だから、この王城で、そのことを知った時―――再び俺は実感した。
そう、俺はこのとき既に運命の渦に、再度足を踏み入れていたのだ。
それはもう終わったと思っていた運命の奔流だ。
国を救うために戦うこと。
ラーゼンを勝たせるために、戦うこと。
それがアルトリウスの役割だと思っていた。
だけど、それは勝手な自己解釈だったのだろう。
アルトリウスという人間に課せられた使命は、まだ終わっていなかったのだ。




