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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十五章 青少年期・王国旅程編
164/250

第164話:ユースティティア王国へ行こう①

ユースティティア王国編始まります。




 ―――ヒグマ。


 クマ科に属する哺乳類であり、ホッキョクグマと並ぶ、最大級の体長を持つクマである。


 体長はおよそ3メートル。

 体重は最大で500キロにも及ぶ。

 

 食性は雑食だが、クマ科の中では肉食性が強い部類で、サケやマスなどの魚類から、シカやイノシシ…そして稀に人すらも食べるという、大型の獣だ。


 そして、少しでも人を食したことのあるヒグマは、自ら人間を襲う傾向もあるという。


 ネコ科の猛獣が生息していない日本においては、おそらくヒグマが、地上最強の生物だろう。 


 そして――――そんな日本最強の生物は今、俺の目の前にいる。


「――――グルルルルルゥッ!」


 威嚇とも警戒音とも取れる唸り声を上げながら、凶悪な目つきでこちらをにらみつける、茶色の巨体。


 確かに――体長は3メートルはあるかもしれない。

 体重は知らないが、まあ、確実に俺よりは重い。


 たくましい肩に、大きな頭部と、凶悪な顎から見える牙からは、よだれが滴り落ちている。

 丸太のように太い腕の先には、がりがりと地面を削る鋭い爪がある。

 あんなものを突き立てられたら、人の肌など簡単に裂かれてしまうだろう。


 基本的に野生の肉食獣と出会うことのない現代日本だが、クマは人里に降りてくるのも珍しくない。

 前世ではそんなクマを駆除をするかしないかで揉めるニュースも見たことがあるが…実際にクマを目の前にすると、そんな論争は実にくだらないものであることがわかる。


 ――そりゃあ…こんなの人里に降りてきたら、駆除しないとまずいでしょ。


 普通にそう思った。



 実際に種目がヒグマなのかはわからない。

 ツキノワグマとかよりは明らかに大きいだろうが、ヒグマかどうか断定できるほどのクマ知識はない。

 ハイイログマとかヒマラヤグマとか、ヒグマには亜種もいるのだ。

 

 まあ、どちらにせよ、間違いなく―――前世の俺が出会っていたら、数秒も持たず失神していただろう。 



 しかし…ここは異世界。


 前世の世界で、人が科学を持って種の頂点に立ったように、この世界で人は魔法を持って種の頂点に君臨する。


 前世と違うのは、それが、誰でも使えるわけではないということ。


 でも、この熊にとっては不幸なことに、俺は使える側の人間だった。


 明らかに俺の背丈を越えるような、この巨大な猛獣を前にしても、恐怖心が起こることはない。

 強さの頂点…この世界における最大の恐怖は、既に見た。


「―――グルルゥ…」


 対面のクマも、俺を見据えても、まるで警戒心を解かない。


 俺を食料と思っているのか、それとも、俺が、コイツよりも生物として「格上」であることを、本能でわかっているのか…。


「――――ガウァッ!!!!」


 そして、クマが飛び上がった。

 後ろ脚を蹴って、飛びつく様な突進。


 目標は俺。

 おそらく、彼からすれば、全身全霊を懸けた一撃なのだろう。


 ―――だが…。


 俺は魔力を体に走らせる。

 

 動かすのは右腕。

 解き放つのは俺の牙であり、爪である黄金の剣。


 真っ向勝負―――。


「グギャアアァウッ!」


「―――はっ!」


 ――――ビュッ!!


 黄金色の剣閃が走った瞬間―――――クマの首は宙を舞った。

 クマはまるで信じられない物を見るような、そんな目をしていた。


 慣性の乗ったクマの胴体は、コントロールを失ったようにドスンと鈍い音を立てて倒れこみ…そしてその横に―――コテン、とクマ頭が落ちてきた。


「――――ふう…」


 正直、属性魔法を使えばもっと一瞬だったが、体のリハビリも兼ねているので、剣を使った。

 まあ、分かってはいたことだが、今の俺は、ヒグマくらいならどうということもない。

 前世の俺からは想像できないことだ。


 クマとの戦闘を終えて一息ついていると、そこで不意に人の気配があった。 


「―――隊長! いったいどこまで行って……」


 木々を掻き分け出てきたのは、明るめの茶髪の青年、フランツだ。


 彼は俺を見つけるなり、地面に横たわるクマに目を丸くする。

 

「―――おや、流石は隊長。中々に大物ですね」


「だろ? 今日は熊肉だ」


 そう―――ここはユピテルから遥か北。

 いくつもの都市を越え、『山脈の悪魔』の根城から、1日進んだ山脈の下腹だ。


 一応、殆ど山は越えたところであり、既にユピテルの国外。

 もう少しで険しい山岳地帯は終わる。


 とはいえまだまだ木々も多く、少し道を逸れれば、今日のように思いがけない野生動物と遭遇することもある。頼むから野生の軍神だけは出て欲しくないものだ。


 どうして俺がわざわざ道を逸れたのかというと、もっぱら今日の夕食を確保するためだ。

 別に保存食が足りないというわけではないが、やはり、新鮮な肉の方がいくらか美味しい。

 それに、もしも遭難などの不足の事態が起きたときの為に、保存できる食べ物は残しておいた方がいいだろう。


 もちろん、本来ならこの使節団の中で最も地位の高い俺が自ら狩りを行う必要はないのだが、体の鈍りを取り戻すのにちょうどいいと思い参加したのだ。


「さて、ではさっさと運びますか。隊長の奥方達もお腹を空かせている頃でしょう」


「…フランツ、俺はもう隊長じゃなくて、大使なんだけど」


「あ、す、すみません! その―――我々にとっては貴方は、文官ではなく…皆を正面切って引っ張っていく隊長なので…」


 一応、100人隊の隊長とユピテル全権大使では身分が違い過ぎたのでそう指摘したのだが、フランツが少し寂しそうな顔をしてしまった。

 おおよそ、俺が彼らに先んじて狩りをしに行く様に、戦場でのことを思い出したのだろう。

 まったくしょうがないな。


「…まあ、別に隊長でもいいけど…公式な場では気を付けろよ?」


「―――はっ! ありがとうございます!」


 すると、フランツは満面の笑みで敬礼をした。

 これで、俺の隊員は全員、俺を大使と呼ぶことはないだろう。

 まあ、よく考えたら俺としても、変に高い身分で敬われるよりも、今まで通り隊員と隊長との気楽な関係のほうが嬉しい。


「…あとフランツ。まだ結婚はしていない」


「…おっと、これは失礼いたしました」


 フランツはにやりと笑った。

 そちらの方は間違えないでほしいものである。



● ● ● ●




 さて、こんな感じで、首都ヤヌスを発ってから、おおよそ1か月半といったところか。

 旅路のほうはやけに順調に進んでいる。


 ユースティティア王国への使節団のメンバーは、正直、身内も身内。


 ヒナに、リュデに、シンシアに、チータ。

 一応リュデは秘書官という言い訳が立つが、他の面々は俺の私的な連れとして半ば強引に連れてきた。

 まぁ、別にラーゼンが二つ返事で許可してくれたから、それほど強引と言うわけでもないけど、とにかく、彼女たちの旅費も国が持ってくれる。


 それに加えて、ここ2年半俺と一緒に戦ってきた第1独立特務部隊が、丸ごと俺の護衛になった。

 もちろん、全員の顔名前はわかるし、話したことのない奴は1人もいない。

 うちの部隊は元々別動隊任務ばかりで、独立色が強く、その分、隊の中での絆は強いと思う。

 変に人員を入れ替えていないというのも要因の一つか。


 ともかく、メンツは本当にここ数年とそれほど変わり映えがしない。

 あえて違うことを上げるなら、今回は俺より上位の役職がいないといったところか。

 今まで中間管理職で甘えてきた俺としては、そう考えると若干不安なところもあるが…まあ、なんとかなると信じたい。


 幸い、今の俺には頼りになる秘書官がいるし、出発前から何かと頼っている。

 ていうか、多分もうリュデなしでこの任務は続行不可能だ。


 割と重大な任務を気楽に望んでいるように思えるかもしれないが、事実、割と楽観視している。


 これは、今までとは少し違うところかもしれない。

 なんというか…まぁ最悪失敗してもいいか、といった感じだ。

 

 なにより優先すべきは、穏健派…もとい家族とユピテルに帰ること。

 これに関しては絶対に失敗するつもりはない。

 だが、もう1つの任務――金の融資については、努力はするが、まあ無理なら無理で、体のいいところで諦めるつもりである。

 もしかしたら、ラーゼンが困ることになるかもしれないが、まあそれは大いに困ってもらおう。

 もう俺はそんな…国の未来とか、世界の危機なんてものは背負わない。

 できる範囲のことはするが、それだけだ。

 俺には、もっと他に、大事なものがあるのだ。


 そんなこんなで少し気楽にスタートした旅路は、北方山脈を目指して、ユピテル内の領土を進むところから始まった。


 案の定、都市を経由しながら、北を目指していく。

 

 カルティアへの道のりで通った都市もあったが、途中からはほとんど知らない街だった。

 

 時には野営を挟み、街に入り、物資の調達や細かい日程を調節して、次の街へ。


 旅の行程としては、それこそカルティアへの使節のときと似ている。

 今回は俺がトップということで色々と決断しなければならないこともあったが、そこは概ねリュデが活躍してくれた。

 

 それこそ、何が必要な物資だとか、ここから次の街へは何日だとか、挙句の果てには通りすがりの観光スポットがどこだ、なんてことまで、彼女の頭の中に網羅されている。

 

 もしもリュデにわからないことがあったとしても、俺の隊は、ユピテル軍のエリート若手の集まりだ。

 誰かしらがいい案を出してきたり、元々このあたりの出身の者がいたりで、旅路はずっと快適だった。

 そのうち旅行会社とかでも立ち上げたら儲かりそうだ。


 野営の際は、食事の準備はチータとリュデがしてしまうし、魔法で火を起こすことすらヒナがやってしまうので、俺にやることはなかった。

 手伝おうとしても断られるし、仕方がないので、同じく暇そうなシンシアと剣の稽古をしたりした。


 そんなこんなで、『山脈の悪魔』と合流するまでに俺がやったことと言えば、馬車の御者と…あとは、魔法によって簡易型の個室風呂をヒナと共同で作成し、女性陣に喜ばれたことくらいだ。  


 道中の馬車の中は結構和気あいあいとしていた。

  

 この世界では成人とはいえ、十代といえば、俺の前世ではまだまだ学生。

 初めて見る街や、新しい文化、珍しい動物。旅路の中で出くわすあれこれに、彼女たちも興奮は隠せないようだ。


 中でも一番テンションが高いのは、俺達の世代だと一番年上のシンシアだった。


「ほらほら、ヒナ! 見てください! あそこ、見たことない色の牛がいますよ!」


 なんて、馬車の窓からワクワクした顔で外を指さすのだ。


「本当ね…一体どういう仕組みなのかしら。群れの中でも1頭だけだし…」


「それ昔本で読みました! 確かアルビノっていう変異個体で…」


 ヒナもリュデもそんな感じで…まあ女子会と言うには、話題はアレだが、和やかで賑やかな雰囲気だ。

 チータが傍で見守っていてくれるのも、なんだか安心感がある。


 3人の仲は、いつの間にやら打ち解けていた。

 どうやら、以前の食事会の後、俺が寝静まった後に、女性だけで飲み明かしたらしい。

 何を話したかは知らないが…次の日の朝から、不思議とシンシアの緊張もほぐれていた。

 それからは俺の知らない間に、3人で出かけたりとかもしたとか。

 多分ヒナあたりが主導で歩み寄ってくれたのだろうが…俺も少し安心した。



 隊の奴らは、大して依然と変わりはない。

 今回俺は護衛対象である大使であり、隊長ではないのだが、皆口をそろえて俺を隊長と呼ぶ。

 一応名目上は、フランツが護衛隊長なんだけどね。

 まぁそれについては先ほど諦めた。 


 他だと、アニー、エイドリアナ、ナオミの三人娘が、やけに俺に絡んでくることが増えた。


 俺が1人で暇を持て余しているときに、気づくと寄ってくるのだ。


「隊長~、シンシアちゃんとはどうなってるんですかぁ?」


「それ、私も気になる。あと、他の2人の可愛い子たちも」


「ちょっと2人とも、失礼よ」


 ジト目の紺色三つ編みアニーに、真顔で聞いてくる赤毛眼鏡のエイドリアナ。

 そして、2人を宥めつつも内心はとても知りたそうにしている黒髪長身のナオミ、といった感じか。


 まあ要するに、体のいい恋バナの話のネタとして絡まれているのだろう。

 それとも純粋に、シンシアの友人である彼女たちからしたら気になる事だったのか。


「ええと…」


 まあ、悪い気はしないが、答えにくい事ではある。

 

 しかし赤の他人ならまだしも、隊員は部下であり戦友だ。

 場合によっては命を預けるような相手に、嘘はつきたくない。


 ヒナのことやリュデのこと、シンシアのこと。

 聞かれれば正直に話した。

 

 反応は三者三葉だったが、


「…なんですか~、モテモテじゃないですか~。知ってましたけど~」


「流石…貴族」


「―――やっぱり隊長はスケールが違いますね」


 なんて感じで、責められたりはしなかった。

 

「でも…シンシアちゃんが幸せそうで、よかったです」


 最後にアニーがぽつりとそう呟いた。

 

「…そうだな」


 俺が言うべきことではないのかもしれない。

 でも、心の底からよかったと、そう思う。



 そして、一行は躓きも見せずに北方山脈に到着した。

 俺にとっては久しぶりの世界最高峰の山岳地帯。


 隊の多くは、カルティア遠征の往路で、少なくとも見てはいるだろう。

 初山脈なのは、ヒナとリュデとチータか。


 山脈を少し昇り、あらかじめ教えられた通りの目印に行くと、『山脈の悪魔』からの迎えが来た。


 数十人の、山賊とも盗賊とも見える男たち。


 先頭を歩くのは見知った顔だ。


 バンダナを頭に巻いた、痩躯の青年。

 かつて1度、剣を交えたことがある相手だ。

 当時は彼の技に、俺は時間稼ぎが精いっぱいだった。


「―――『浮雲』センリ……」


 そう呟いた俺の声が聞こえたのか、近くにいた隊員は少し警戒するかのような表情になる。

 『浮雲』の名は、伊達ではない。

 以前俺と剣を交えたという話は、隊員は皆知っている。

 

「…久しぶりだな、アルトリウス・ウイン・バリアシオン」


 センリは特に気にもせずに俺に歩み寄る。


「いや、今は『烈空』の二つ名があるんだったな」


「まあ……確かにそう呼ばれたりもしてますね」


 当時の俺は、まだ『烈空』なんて呼ばれてはいなかった。

 やけに懐かしい記憶だ。


「ふ…そう警戒するな。今回は仕事だ。わかっているだろう?」


 センリは苦笑する。

 多分俺ではなく、俺の周りで険しい顔をしている隊員たちに向けて言ったのだろう。


 もちろん俺も少しは緊張していたが、彼らが「仕事」に誇りを持っていることは知っている。

 既に国が金を払い、依頼は完了している以上、彼らが受けた仕事を投げ出すようなことはしないだろう。

 変に警戒はしていない。


「…そもそもお前以外にも…そっちは、蜻蛉をやった『閃空』シンシアに、摩天楼の免許皆伝『炎姫』ヒナ。そしてユピテル最強と名高い精鋭揃いの烈空アルトリウス隊…正直、こっちがビクビクしているくらいさ」


 いつの間にシンシアに二つ名がついていたのかは知らないが、ヒナの二つ名まで知っているとは、流石に『山脈の悪魔』の情報網はすさまじいといったところか。

 

「…まさか。今回は頼りにしています」


「そうだな」


 そして、俺とセンリは握手を交わした。

 前に会った時を考えると、変な気分である。


 ここまで運んでくれた馬車とは別れ、センリの案内の元、俺達北方山脈の中に張り巡らされた地下網に足を踏み入れた。

 案の定隠蔽魔法で隠された入り口だ。


「それほど急いでいないなら、頭領が会いたいそうだが」 


 地下を進んでいると、センリからそんな提案をされた。


 『山脈の悪魔』頭領のグズリー。

 俺自身は話したことはないが、シルヴァディは剣士としてそれなりに面識はあったらしい男だ。


 今回は一応、それなりに大きな仕事をお願いするわけだし…まあ、軽く挨拶くらいならしてもいいかもしれない。


 まさか待ち伏せて戦闘になることはないだろうが、一応フランツを連れて面談に望むことにした。



「…ほう」


 地下の奥まった場所の部屋にいたのは、大柄の身体に、紺色の髪と髭。

 そして、背中に1本の剣を持つ、剣士だった。

 

 男―――グズリーは、俺を見るなり興味深そうな顔をする。


「よく来たな、共和国の大使よ」


「ご無沙汰してます」 


 仏頂面のグズリーは、よく見ると小さなつぶらな瞳をしていた。

 昔あった時はもっと恐ろしかったものだが…今は殺気が抑えられているのか、それとも俺が成長したのか…まあ両方か。


 すぐにグズリーは話し出す。


「…特に仕事の話をするつもりはない。今回はセンリに一任したからな」


「はあ」


「ただ…あの時のガキがどうなったのか、少し気になってな」


 そして、グズリーは少し遠い目をする。


「シルヴァディの奴は…逝ったか」


 それくらい知っているだろうに、確かめるように、大男は言う。


「…はい」


「そうか…」


 すると、グズリーはつらつらと語り出した。


「…奴には何度も煮え湯を飲まされた。比類なき魔法と――その黄金の剣には、思い返せば苦い思い出しかないが…不思議と憎めない男だった」


 彼の視線の先は、俺の腰。

 新しくシンシアに選んでもらった剣帯に差された黄金剣(イクリプス)だ。


「アイツも…いい弟子を持ったな。あの時センリにあしらわれていたガキが、まさかこの短期間でここまで登ってくるとは…。もう俺も勝てなさそうだ」


 そして、ふぅ、とため息を吐く。


「――いや、別に…当初から片鱗はあったか。あの時は…シルヴァディというよりも、お前の力を見誤って負けたような物だ」


 当時の話は、もう…俺にとっても懐かしい記憶だ。

 無我夢中で氷の魔法を使い、一心不乱に剣を振った。

 まだまだ当時は神速流が駆け出しだったな。


「ふ、なんにせよ…今回は殴り込みではないようで安心した」


「…それはお互い様ですよ」


 そんな感じで、グズリーとの面談は終わった。

 仕事の話などはなく、本当に―――ただ会っただけだった。



 

 その後はセンリの案内の元、地下を進んだり、ときおり地上に出たりしながら、山脈を越えていった。


 センリとはそれなりに会話をする機会が多かった。

 意外と話しかけてくるのだ。


「―――お前も、部下を持ったようだな」


「ああ、まあ…そうですね」


 かつて、彼と初めて会話をしたとき、俺達は敵同士だった。

 俺は、彼の部下を殺した。

 もちろん、そのことに後悔はない。

 殺さなければ殺されていたのだ。


 でも、センリからすれば、俺は部下の仇である。

 俺は彼に、恨んでいないのか? と尋ねたが、彼はその質問に意味はないと一蹴した。

 

 今でも彼が俺をどう思っているのかは知らない。

 心の中では恨みつつも、仕事相手だからと割り切って、普通に接しているのかもしれないし、元から恨みなんてなかったのかもしれない。

 

 でも今はなんとなく、彼が俺に、部下達の死に様を尋ねた理由はわかる。

 きっとそれは、彼らを率いた責任。

 残された者は、きちんと死んだ人と向き合い、乗り越えていく責任があるということだろう。


「…人を率いる立場というのは、難しいですね」


「…そうだな」


 話すといっても、俺もセンリもお喋りというほどではない。 

 二言三言交わす程度の会話だが、それでも、なんとなく…もう少し時間をかければ彼とも友人になれるような気もした。


 そんなセンリたち山脈の悪魔の案内も、特に障害もなく終わった。

 俺は彼らが根城としている地下空間に入るのは初めてではないし、前世の世界では地下街というのも珍しくはなったので、慣れたものだったが、他の面々は割と地下を進むことに緊張したのだろう、少し進むスピードが落ちたが、それくらいだ。


 地下を抜けると、まだ山の中腹辺りではあったが、すぐに舗装された道に出た。


 約束通り、馬車と馬が用意されていたので、あとはこれに乗って道を進むだけで良いらしい。


 馬車も馬もなかなか上等なものだった。


「…では、案内はここまでだ」


「はい、どうもありがとうございました」


「気にするな、金は貰っている。仕事だ」


 特に湿っぽい別れにもならなかったが、別れ際に、


「――一応言っておくが…今の王国は少し不穏だ。気を付けた方がいい」


 と、忠告のような事を言われた。


「それって…」


「実際に行って調べた方が早い」


「…そうですか」


 そして、センリ達は去っていった。

 一応、帰りの目途が付いたら、また彼らにもお世話になる事になっている。

 また会うこともあるだろう。





 さて、そんなわけで、俺達は『北方山脈』というユピテルの国境をすでに超えている。

 まだ山の中ではあるが、王国の領土までは目と鼻の先だ。


 今回はカルティアと違い、蛮族地域ではなく、れっきとした文化と統治がなされた大国への旅。

 前世も含めて俺にとっては初めてのきちんとした外国行きだと思う。

 いざ近づいてみると、緊張というか、期待というか…そんなような物が湧き上がってくるな。


 …ユースティティア王国。


 ユピテル同様に700年続いた大国。

 そして、ユピテルとは違い、1人の人間が絶対君主として統治する、専制君主制の国。

 いったいどんなところやら…・。


「あ、はいアル様、お肉焼けましたよ」


「ありがとう」


 リュデが渡してきた熊肉をほおばりながら、俺はまだ見ぬ地への思いを馳せた。


 彼女の焼いた熊肉は想像を凌駕して美味かった。



 

特に時事ネタというわけではないですが、現代にもいる猛獣を瞬殺して、世界間ギャップを感じるアルトリウス……というシチュエーションは前から書きたいと思っていたので入れました。

クマ好きの方がいたらごめんなさい!

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