第152話:再会
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一夜が明けた。
少し早く目が覚めた気がする。
時刻は明け方。
そろそろチータやリュデが起きる頃だろうか。
「……」
身体を起こし、目に入るのは、枕の傍に立てかけてあった黄金の柄の剣―――イクリプス。
シンシアが俺に譲ってくれた―――シルヴァディの剣だ。
――えっと、たしか…。
昨日はシンシアを家まで送り、帰宅してきた瞬間、夕食も食べずに泥のように眠った。
そして…
「…悪夢じゃなかったな」
イクリプスを見ながら、俺は思わずそう呟いた。
ずっと―――ここ何日も目を閉じるたびに俺を襲ったジェミニの悪夢は、全く影を見せなかった。
代わりに見たのは、黄金色に光り輝く、何かの啓示のような夢だ。
シルヴァディと一緒に、どこかの練兵場で稽古をする夢。
まるで最後の稽古だとでもいうように、想いを乗せて、そして、言葉を交わして。
そして、託された。
その想いを。
「……」
この黄金剣が見せてくれたのだろうか。
剣に残った、シルヴァディの意志の残滓を。
それとも、ただの俺の妄想だったのかもしれない。
シルヴァディにそう言って欲しいという、俺の心の奥底の願望が、夢になって出てきたのかもしれない。
「まあ…何でもいいか」
たとえ夢の中だったとしても、俺はシルヴァディと向き合えた。
彼の死を、俺の中でちゃんと受け入れたのだ。
ふさぎ込んで、立ち止まって。
それでは本当に何もできない。
罪の意識を持つのも、後悔するのも、悲しむのも、別にいい。
でも、歩みは止めてはいけない。
ゆっくりでも、1歩ずつ、前を向いて生きていこう。
「……ふう」
俺は黄金の剣から目をはなし、ゴロンとベッドに横になった。
いつ振りかわからないほどすっきりした頭で、思考をめぐらせる。
これからどうするか、これから何をすればいいのか。
少し考えただけでも、色々と確認しなければならないこととかがたくさんある。
なにせ、俺が眠っていた2か月で、戦争は終わったのだ。
まず、このまま軍に居続けるのかどうか。
内戦が終わった後のこの国の軍がどうなっているのか、俺はよく知らない。
ここ暫くの間休養していた俺の扱いがどうなっているのかも、わからない。
ヒナたちが説明していた気もするが…昨日までの俺には寝耳に水だったからな。
そして、たとえ軍を退役したとしても、そのあとどうするのか。
確かカルティア遠征が終わった段階でも、それなりの退職金は貰えた気がする。
だが、退役後の職に、大したあてはない。
それに、俺が辞めたとして…そのとき、隊の奴らはどうするのだろう。
シンシアも、まだ軍に居続けるつもりなのだろうか。
あとは、ヒナの身柄がどうなっているか、とか。
自由に行動しているようだし、ラーゼンは俺との約束は守ってくれたようだが…。
何にせよ、彼女ともきちんと話さないといけない。
助けてくれたお礼すら言えていないのだ。
他にも、ユースティティア王国に亡命したという穏健派についても詳しく知りたい。
アピウスたちが家にいないということは、まだ帰っていないということか。
…しかし、俺に関連する公的な案件だけでもざっとこんなところだ。
これに私的な案件も加えると…少し先が思いやられるな。
私的なことというのは、例えば――これもヒナが言っていたような気がするが、俺の身体について、とか。
魔力核がどうのこうのって言っていたが、これもちゃんと知っておかないとまずいだろう。
2か月も物も食べずに眠りこけるなんて…自分でも信じられない。
そして、なにより一番悩ましいのは、シンシアのことを、ヒナたちにどう伝えるか、もとい、どう謝るか…まあ俺がなんとかしないといけないことだ。
それに、シンシア以外にも、もう一つはっきりさせなきゃならないことも…。
「―――!」
そこで不意に、コンコン、とドアを叩く音がした。
「―――アル様、起きていらっしゃいますか?」
聞こえてきたのは、リュデの声だ。
「―――ああ」
そう答えると、ガチャリと扉が開いて、亜麻色のポニーテールの少女が顔を出す。
「…おはようございます。その…調子は、どうですか?」
リュデは何とも言えない顔でそう言った。
「――多分、もう大丈夫だよ。心配かけたな」
「そうですか! よかった…」
答えると、ホッと胸をなでおろしたかのように、リュデが顔を綻ばせる。
「朝食はどうされますか?」
「貰うよ。少ししたら下に降りる」
「かしこまりました!」
そして、リュデは一礼して、嬉しそうに部屋を後にした。
「……」
彼女がさった後を見ながら俺は思う。
俺がふさぎ込んでいる間も、リュデはずっと俺の傍で、根気よく俺の世話をしてくれた。
自暴自棄になった俺が酷いことを言っても、変わらずに接してくれた。
そして、今も――まるで自分のことのように俺の回復を喜んでくれた。
俺は、彼女を拒否してしまったのに。
「…そうだな、1つずつ…ちゃんとさせていこう」
やらなければならないことは案外多い。
言い聞かせるように、俺は呟いた。
● ● ● ●
下に降りると、現在ここにいる家族3人で使うには大きすぎるテーブルと、3人分の食事が並べられていた。
黒パンに、シチューとサラダ。
よく見る一般的な朝食だったが、やけに美味しそうに見えた。
並べられた食事を見た瞬間、腹の虫がぐーぐーと音を立てた。
今まであまり意識していなかったが、相当にお腹が空いているらしい。
「ふふ、多めに作っていますから――いっぱい食べてくださいな」
チータが微笑みながらそう言ってくれた。
俺は頷いて、席に座る。
久しぶりに使う俺の席だ。
「…いただきます」
俺は無言で食事を口にかきこんだ。
俺が食べている間、2人とも何も言わず、微笑みながら食事を共にしていた。
言葉はなくとも、不思議と温かみのある食卓だった。
朝食後、リュデが用意してくれた風呂に入り、身体も頭もさっぱりとさせたところで…訪問者があった。
「――――アルトリウス…どうやら…元気になったみたいね」
赤毛のミディアムショートに、見覚えのある紅い髪留め。
自信に満ち溢れ、ルビーのように輝く瞳に、小柄な体躯とは思えない存在感のある少女だ。
「―――ヒナ」
俺が彼女の名前を呼ぶと、ヒナは少し息を吐きながら、俺のすぐ目の前まで寄る。
「ようやく…再会が喜べる、と言ったところかしら」
「――ああ、お陰様で。心配をかけたな」
「まったくよ。身体も心もボロボロで…どうしようかと思ったわ」
大人っぽくなり、色々と成長したであろうヒナだったが、仁王立ちでため息を吐く姿は、あまり昔とは変わっていない気もする。
そもそもよく考えれば彼女が大人っぽいのも昔からか。
「……」
どうしよう。色々と話そうと思っていたのに、いざ目の前に対面すると、何を話せばいいかわからないな。
どうも――改めて正面から見ると、少し気恥ずかしいというか。
多分話すことならいくらでもある。
だって、俺とヒナは5年近く会っていなかったのだ。その間、別々に過ごして、俺は色々な経験をした。
きっとヒナもそうだろう。
そんな中、先に口を開いたのはヒナだ。
「少し、歩かない?」
「……そうだな」
俺たちは外へ出た。
● ● ● ●
外――首都の街並みは、それほど変わっていない。
いくら軍団が戦争をしようと、結局首都は戦場にならなかった。
門閥派は一目散に東へと逃げ、穏健派も勝手に亡命していったので、戦う必要が全くなかったからだ。
市民はラーゼンの味方だ。
むしろ、2か月前―――アウローラに発つ前よりも活気に満ちている気がする。
「あ、あそこの雑貨屋さん、つぶれちゃっているわね」
そんな首都の道を2人で歩きながら、ヒナは少し珍しそうに周りを見渡している。
彼女からしたら首都は5年ぶり。
新鮮に感じるところは多いのだろう。
先ほどの雑貨屋というのも、確かヒナと一緒に入った覚えのある店だが、彼女が転校してから間もなく潰れたものだ。
「懐かしいな」
「ええ」
ヒナと共に歩いた商店街。
カインやエトナと走り回った道。
そんなヤヌスの街を、どこか神妙な面持ちで進んでいく。
「……」
すると、少しひとけのない空き地に出た。
かつてイリティアとの最後の修業の際に使った空き地だ。
今も変わらず空き地だった。
おもむろに、俺達はその空き地に足を踏み入れた。
「よっと」
そして、何もない空き地に、土属性の魔法で椅子を作る。
怪我が治ってから属性魔法は初めて使うが、これくらいならば問題はないようだ。
「―――器用なものね」
ヒナはその石の椅子を見て、感心するような顔をしている。
石小屋を建てる技術の応用だ。
「…師匠に教えて貰ったんだ」
「…そう」
そして、2人で背中合わせに椅子に座る。
実際に身体が触れると、ヒナの身体は小柄に感じる。
どうしても大人っぽくみえるから、もっと大きいと錯覚してしまうんだが…それだけ彼女の器が大きいということかもしれない。
「…ヒナ」
おもむろに、俺はヒナに呼び掛けた。
「なに?」
ぐっ、と俺にもたれかかってくる背中が声で震える。
「――ありがとう」
「…何よ急に」
「お礼だよ。ずっと言えてなかったからさ。あの時―――君が来てくれなければ俺は死んでいたし―――怪我も君がいなければ危なかったらしいじゃないか」
要塞イルムガンツの戦い。
魔断剣と摩天楼相手に絶体絶命の俺を救ったのはヒナとイリティアだった。
おまけに、その後は彼女の治療のおかげで一命をとりとめたらしい。
彼女が俺の命を救ったのは、もうこれで何度目だろうか。
「別に…困ったときはお互い様でしょ」
ヒナは少し仏頂面でそう答える。
まったく、昔から変わらないな。
「お互い様とか言って…俺が君の助けになったような記憶はないんだが」
「私は困らないもの」
「はは、納得の理由だ」
やっぱり――ヒナには敵わないな。
こう、なんというか―――俺なんかよりよっぽど大人だ。
「――あのさ。今更こんなことを聞くのも野暮かもしれないけど」
「なによ?」
「まだ…あの時の想いに…変わりはないか?」
「―――!」
あの時…かつて、まだ学生だったとき、彼女と交わした約束。
15になった時の再会の約束と、想いが変わらぬ限り添い遂げるという誓い。
きっと大丈夫と思っていても、もしかしたら俺の独りよがりかもしれないという不安はある。
人の気持ちは変わるものなのだ。
でも―――。
「―――バカ」
気づくと、するりと俺の顎に手が伸びていた。
やけに慣れたようでぎこちなくて、どこか懐かしい、そんな手つき。
「――――――!」
そして、唇に感じる柔らかい感触―――。
懐かしい、あの時と変わらぬ、薄くてやわらかい唇だ。
「―――んっ…」
長いようで短い時間のキスが終わる。
目を開けると、髪の色と同じくらい顔を真っ赤に染めたヒナの姿が映る。
そして一言、ヒナは言い放つ。
「…これが私の気持ちよ」
「―――うん」
感じるのは、安堵と、安心感。そして、愛おしさだろうか。
彼女に伝えたい言葉が、とめどなく溢れてくるような気がした。
「…君に話したいことや、聞きたいことが、いっぱいあるんだ」
彼女と離れてから再会するまで、色んなことがあった。
色んなものを見て、色んなことを聞いた。
「…それは、私もよ」
そこから先は、会話が途切れることはなかった。
先ほどまでのが嘘と思えるくらいに、お互いの言葉が回る。
ヒナのことを色々と教えて貰った。
アウローラの学院で、テストやあらゆる賞を総ナメしたという話。
イリティアと出会ったという話。
『摩天楼』ユリシーズの弟子になった話。
免許皆伝を貰った話や、王国まで行ったという話。
カルティア遠征が終わったと聞いて、急いで戻ってきた話。
俺は少し驚いた。
彼女がユリシーズの弟子だということは知らなかったのだ。
「――師匠や祖父と戦うことになって…よかったのか?」
「ええ。私が魔法を学んだのは、貴方に追いつき、貴方と共に生きるためだもの。目的と手段をはき違えることはないわ」
どうやら俺がラーゼンに頼むまでもなく、ヒナはカレン・ミロティックの名を捨てたらしい。
もう一門の名簿に彼女の名前はないようだ。
あとは、俺の身体の話もした。
「魔力核がオーバーヒートして、暴走していたの。無理やり繋ぎ止めたけど―――もう限界よ。死にたくなければ、今後、魔力枯渇は絶対に起こさないようにしなさい」
ときつく言われた。
2か月間も眠っていたのは、魔力核を自己修復するために、他の生体機能を極限まで落としていたからだとか。
「でも正直―――奇跡みたいな話よ。魔力核を自力で修復しきるなんて…まるで何か目に見えない力が働いたかのようね」
結果的には奇跡でまとめられた。
俺自身は、特に記憶がないから、何の意見も述べることができなかった。
俺も色々なことを話した。
オスカーの護衛をした話や、戦争に行くことになった話。
川に落ちて、修羅兄弟に囚われた話に、シルヴァディとの出会いと弟子入り。
山脈での大立ち回りに、カルティアでの激闘。
隊長として隊を率いていた話に、その活躍。
そして、内乱に至るまで。
「…それで、その副隊長のシンシアさんていうのが、昨日の人ね」
大方を聞いて、ヒナはそんな感想を言った。
「うん」
「ふーん…3人目…いや、4人目かしら」
「!?」
その言葉に思わず俺は目を見開く。
「何よ、驚いた顔をして。流石にわかるわよ、リュデがアルトリウスのことをどう思っているかくらい…。話を聞く限りはドミトリウスさんもそのつもりらしいし」
元々リュデとヒナは仲が良かった。
俺が寝ている間に、再会した彼女たちの間にどのような会話があったのか、俺はよく知らないが…もしかしたら俺の知らないところで、女性同士にも色々とあるのかもしれない。
「…リュデのこと、ちゃんとしなさいよ?」
少し強めの口調でそう言われた。
自暴自棄の果てに、彼女の勇気を拒否してしまったことを、知っているのかもしれない。
「ああ」
それも俺が何とかしなければいけないことだ。
男の甲斐性が問われるわけだが…まぁ俺も―――勇気を出すつもりではある。
…とりあえずそれはいいが、しかし、
「…シンシアは…どうして知っているんだ」
思えば、シンシアはヒナに連れられてやってきた気がする。
元からの知り合いとは思えないが…。
「あの人は、昨日大声で告白していたじゃないの」
「…そうか、そうだったな」
確かに、昨日の立ち合いの一部始終は、リュデとヒナに見られている。
恥ずかしいような、耳が痛いような、どうにも変な会話だ。
「別に…私は何人でもいいけど…」
「ヒナ…」
「ドミトリウスさんはどうなのかしらね…今は王国だっけ?」
「…そうだな」
「もしも反対されるようなら、少しくらいは説得を手伝ってあげてもいいわよ」
「いいのか?」
「ええ。だって…そのシンシアさんは、アルトリウスを失意のどん底から救ってくれた人だもの。多分他の誰にも―――私にもリュデにもドミトリウスさんでも無理だったわ」
「……」
確かにそうだ。
昨日までの俺はどん底だった。
俺と同じ哀しみを背負えるシンシアが来てくれなければ、今頃悪夢にうなされていたかもしれない。
彼女の剣と言葉と愛情のおかげで、俺はシルヴァディの死と向き合うことができたんだ。
「……」
少し、会話が途切れた。
概ね昨日までのことを全て話し終えたからだろうか。
「…これから、どうするつもり?」
沈黙を破るかのように、ヒナが言った。
これからどうするか。
まさに、俺が直面している問題だ。
しなければならないこと。
聞かなければならないこと。
言わなければならないこと。
落ち着いて考えれば、多分そんなのはいくらでもある。
「…そうだな、とりあえず―――」
俺は少しの思案の末、答えた。
「―――元気になりましたって、報告に行かないとな」
俺は立ち上がった。
今章のタイトルがしっくりこなかったのでシンプルなものに変更しました。




