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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十三章 青少年期・アウローラ編
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第128話:消えた豚

 

「――なに! ラーゼンがいないだと!」


 要塞イルムガンツ。

 ネグレド本軍にて、司令官―――ネグレドは驚きの声をあげた。


「はい。師が言うには、これまでこのイルムガンツ方面において西軍を指揮していたのは、ラーゼンの息子であるとのことです」


 ネグレドにそう報告するのは、緑色の髪に、背中に携える3本の剣が目立つ男――ダルマイヤーだ。

 アルトリウスが乱入した右翼の戦闘から兵を率いて本軍に戻り、ラーゼンの不在をネグレドに伝えに来たのだ。


「なんと…聡い息子がいるとは聞いていたが…戦場に出し、しかも司令官を任せれるほどに成長したと言うのか…」


 ネグレドにとって、ここまで軍を合わせた感触はラーゼン――つまりは歴戦の名将達と相対しているのとなんら遜色のないものだった。


「なるほど…ラーゼンはいない、か…となるとアウローラかヌレーラだが…」


 アウローラにしろヌレーラにしろ、残りのラーゼン軍が現れているならば援軍要請の使者が届くはずだ。


 それが未だに何の便りも来ていない。


 ――ぬかったか…。


 充分に考えた戦略に、5万の兵と、優秀な軍団長を1人つけているのだから、アウローラは持ちこたえて欲しいものだが…元老院の愚図供には過ぎた兵力だったか…。


 もしも、敵軍がイルムガンツと同じく3万で攻めてきていた場合、「援軍は不要である」と、バシャックらが勝手に判断する可能性もある。


 ……一枚岩であるあちらとの差がここに来て響いていたか。


「…結局はあの方頼みになりそうだのう」


「はい?」


「いや、なんでもない…。それよりもゾラ殿とユリシーズ殿は?」


「右翼の隊の殿(しんがり)のため、『烈空』アルトリウスと交戦中です」


「『烈空』――第三特記戦力か…」


 第三特記戦力として定めた『烈空』アルトリウス。

 最近頭角を現してきたという、若き魔導士だ。

 確かに脅威の1つではあったが、あの2人が残らねばならぬ程の強者なのだろうか。


「…やむを得ん。このまま全軍、要塞内に撤退する」


 ラーゼンがいない以上、攻勢は無意味である。

 元よりそのつもりの戦略だ。

 むしろここまで無駄なリスクを負ってしまっていたことになる。


「ほらクザンも、撤退の指揮を…」


 そう言いながら、傍の禿げ頭の男を見ると、彼はやけに、正面―――一点を凝視していた。

 心なしか緊張しているように見える。


「…ダルマイヤーだったか? 悪いが撤退戦の指揮は任せる」


「え、ああ、構いませんが…」


 クザンはネグレドの言葉を聞かずに、冷や汗をぬぐいながらそう言った。


「おい、クザン、どういうことだ?」


「…総督殿、早く撤退した方がいい。奴がくるぜ…」


「奴?」


 クザンの見る方向。

 敵軍が真正面に見える方向だったが――。


 ある一点だけ、自軍の中でやけに目立つ場所があった。

 もはや、それほどネグレドからは距離のないところだ。


 ネグレドの軍の兵を軽く薙ぐように一直線にこちらへ向かってくる土煙。


「…いったい何が…」


 ネグレドがそう言った時、それは来た。


 無数の兵を掻き分け、薙ぎ払い、ネグレド達の前に躍り出たモノ。


 一瞬ネグレドは、それは人には見えなかった。


 ――例えるならば猛獣。


 虎か獅子か…。

 見紛うほどの迫力と眼光が彼にはあった。

 金色の逆立つ髪に、獰猛な瞳。

 返り血でべっとりと赤く染まる逞しい四肢。

 太陽の光を目一杯に反射する黄金の剣。


 ―――第一特記戦力『天剣』シルヴァディ。


 それが…ネグレドの直ぐ目の前に躍り出ていたのだ。


「―――ッ!?」


 ――まさかたった1人で最前線からここまで駆け抜けてきたというのか…数多の兵の中を、真正面から!!


 信じられない光景に、思わずネグレドは目を見開く。


「――ふぅ! いやぁ思ったよりも厚い壁だったな。流石に少し疲れたが…どうやら間に合ったようだな」


 黄金の剣を肩に乗せ、シルヴァディは飄々と言った。

 まるでそんな無数の兵など気がつかなかったかのようだ。

 ピクニックにでも来てる気分なのだろうか。


「―――さぁてミロティック卿、これで王手だ」


「…っ!」


 空気の弾けるような振動音と共に、ネグレドにもわかる―――身をよじるほどの殺気が迫る。


 シルヴァディがネグレドに向けて跳躍したのだ。

 シルヴァディの狙いは当然ネグレドの首ただ一つ。

 まさに脱兎のごとくネグレドに迫る様は、おそらく相当な強者でなければ視認も不可能な速度であろう。


 だが―――。


 ――キィィィン!!


 高い音と共に、シルヴァディの剣は止められた。


「―――クザン…てめえ…」


「久しぶりだなシルヴァディ。まぁゆっくりしていけよ」


 シルヴァディの黄金の剣を止めたのは、スキンヘッドの男――クザンの剣だ。

 ネグレドに迫るシルヴァディの間に滑り込むかのように、クザンが剣を抜き放っていたのだ。


「―――総督、さっさと撤退しろ!」


 鍔迫り合いをしながら、クザンが鋭い声で言い放つ。

 いつもどこか気だるげな彼とは大違いだ。


 その様子に、ネグレドも思わず我に返る。

 シルヴァディが単身特攻してきたのは、間違い無くネグレドの首が目的だ。

 もしもここでネグレドが討たれれば、他の戦場の結果に関わらず東軍の負けに繋がる。

 それは避けねばならない。


「ああ、だが、貴様は…」


殿(しんがり)は引き受けてやるよ。なぁに、問題ない。直ぐに追いつく」


「そうか…頼んだ」


 ネグレドは即決した。

 今は、ネグレドが退避することが最優先だ。

 悪友が命を貼ると言うのだから、任せないわけにはいかない。


「…ふう」


 馬を返すネグレドを気配で追いながら―――クザンは目の前の男に神経を集中する。


 八傑にして、ユピテル軍最強の魔導士。

 それが天剣シルヴァディ。

 おそらく西軍でも、文句なしに最強の戦力。


 そして、クザンと同じく、水燕流六奥義を極めた男。


 クザンもその強さはよく知っている。


「…クザン、悪いが時間をかけるわけには行かねぇ。通してくれると助かるんだがなぁ」


「ふん、断る」


 残念ながら、クザンは既にこちら側についた。

 シルヴァディが敵に回ると知った上でだ。

 とっくの昔にこうなることはわかっていた。

 

 それでも―――糞みたいな門閥派のお荷物を抱えながら、たった1人共和主義を信じ、人柱になろうとも戦おうとしたネグレドを、ただで死なせることは、クザンにはできない。

 

「…そうか、だったら――」


 おぞましいほどの殺気と圧力が、シルヴァディから溢れ出す。


「…押し通る!!」


「やってみろぉ!」


 技と技の頂点を決める戦いが、今始まった。




 ● ● ● ●




 一方、アウローラでは、大勝を果たしたラーゼンが、都市の中に入っていた。


 バシャックは気絶したため、彼によって次席幕僚に任命されていたダンス一門の貴族により、正式に降伏宣言を発表させ、それを受理。


 東軍の残存隊は一時解散され、率いていた司令官たち―――つまり門閥派の元老院貴族達は軒並み拘留されていた。


 都市内部の統制権の確保はもはや慣れたものであり、苦労することなくアウローラの掌握は終わりそうであったのだが…。


「…ガストンがいませんね」


「ああ、そして国庫の金もだ」


 ゼノンとラーゼンが少し難しい顔をして話していた。


 都市アウローラの主要な施設のどこにも、ガストン・セルブ・ガルマークの姿と…門閥派が持ちだした国庫の金がないのだ。


 ガストンはバシャックに次ぐ門閥派の筆頭格であり、むしろバシャックの能力を考えれば、ガストンこそ門閥派の指導者であると、ラーゼンですら思っていたのだが、


「し、知らない! 国庫の金はアウローラ総督府にあるはずだったんだ。ガルマーク卿も知らない! 会議の後以降姿を見ていない!」


 誰を問いただしてもこの調子である。


 もちろん、彼らのいう総督府の金庫は調べたが、中身は空っぽであった。


「彼らの話から推察するに――ガストンは東軍が敗色濃厚と判断し、国庫の金を持ち出して1人逃げた、と考えるのが自然ですな」


「ああ、おそらくそうだろう。ガストンめ…とことん面倒な奴だな」


 ゼノンの言葉にラーゼンも頷く。


 流石のラーゼンも、この事態は予定外であった。

 国庫の金は多少は使われているだろうが、しかしそれを踏まえても、大金である。

 あるとないとでは、今後の動き方も変わるが…。


「私が捜索しましょうか?」


「いや…マティアスにやらせよう。お前は――すぐに1万ほど連れてイルムガンツに行ってくれ」


「…間に合いますかね?」


「間に合わなくともだ。こちらが楽だった分向こうは苦戦しているだろう。勝っているならそれでよし。負けているならできるだけ多くの者を連れて帰ってくれ」


「…わかりました。ではすぐにでも」


 ラーゼンの命に従い、ゼノンは消えていった。


 ――そうだ。あちらにネグレドがいるならば、寧ろあちらが正念場だ。


 ラーゼンがアウローラで倒したのは、首都を逃げ出した元老院の門閥派貴族である。

 言ってしまえば、ネグレドを傘に集まった金魚の糞だ。


 真に倒すべきはネグレドだ。

 共和主義の旗印たるネグレドを倒さねば、いつまでたっても彼の元に人は集まり、軍は出来上がる。

 そして内乱は終わらない。


 国内で同胞達と争う内乱が続けば、次第に兵たちは何のために戦っているかも忘れ、憎しみに支配されて戦うようになるだろう。


 だから、そうなる前に決着をつけなければならない。

 ユピテル人がユピテル人を憎むような――そんな未来は望まない。


 この戦いが大義のある戦いであるうちに。

 兵たちが誇りを持ち続けられるうちに。


「…しかし」


 5万。

 全兵力の半分を元老院の馬鹿貴族に預けるとは…一体どういうことだろうか。

 残り5万でイルムガンツとヌレーラを守ることができるのか?

 それとも、ネグレドが隠していた何かしらの兵力があったのか…。


 ――何か思いもよらない不確定要素があるのかもしれない。


「…まぁ今更どうにもならんか」


 どうにもならないことはどうにもならない。

 イルムガンツはオスカーとシルヴァディに任せたのだ。

 ゼノンも送り込む以上、ラーゼンにはもう打つ手はない。


 ―――あとは、ただ祈るのみ、か。


 何故か一室だけ火災の後のように黒焦げになっている総督府の部屋を眺めながら、ラーゼンは1人、目を閉じた。




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