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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十三章 青少年期・アウローラ編
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第127話:老練の男

 

 かつて、魔導士を目指した男がいた。


 時はユピテル共和国拡張時代。

 国力を武器に、ユピテル共和国は、その勢力を広げていった。

 もちろん、中にはただユピテルの傘下に収まることに不満を持つ都市もある。

 反乱を起こす都市などいくらでもあった。


 傭兵や軍人はどこへ行っても重宝され、武功を挙げれば、平民や、はたまた奴隷からでも出世ができる、そんな時代だった。

 男たちは日々剣に腕を磨き、魔法を極め――そんな出世を夢見た。

 かの英雄オルフェウスから始まった『魔法』による戦闘能力の上昇。

 それが個人による出世を可能としたのだ。


 そんな時代に生まれたゾラも、魔法による出世を夢見た少年の1人だった。


 彼の家は裕福でも貧困でもない、よくある中流階級の家庭だった。

 裕福な貴族のように家に縛られることもなく、生きるのに必死にならざるをえない貧困層とも違い、自由な人生を生きることのできる彼は、魔法に夢を見たのだ。


 ――いずれ大きくなったら俺も誰かの弟子になって…それで、武功を挙げて、世界最強の魔導士になるんだっ!


 そんな淡い願いが、彼の夢だった。


 彼は幼少期から、木剣を自作しては、街の外で素振りをした。

 走り回って体を鍛えた。

 中古の魔法書を買って、詠唱文を読み漁った。


 ――もう少ししたら、学校に行って、それで魔法を学ぶんだ!


 最強の魔導士になる。

 その目標のために今出来ることを欠かさなかった。


 そんなゾラの日課――素振りをしている最中だった。


「―――キャアアアァ」


「?」


 不意に―――少女の悲鳴のような物が聞こえた気がした。


 裏路地の方だった。


 ―――いったい……なんだ?


 何かに駆られるように、ゾラは走った。

 その声のした気がする裏路地へ。


「―――‼」


 そこで見かけたのは、桃色の髪の少女が、複数の男に口を押さえられ、今まさに連れ去られようとしているところだった。


 ―――人攫い…!


 瞬時にゾラはそう判断した。

 そして、そうと知った以上、それを黙って見過ごせるほどゾラは賢くも強かでもなかった。


「んん――!」


 ――なによりも、こちらに助けを求めるような瞳をする少女を前に、ゾラに逃げるという選択肢はなかった。


「うわああああああ!!」


 ゾラは木剣を手に男たちに躍り掛かった。

 少女を助けなければならない。

 その一心だった。


「うわ、なんだこのガキ!」


「そんな棒切れで何をしようってんだ!」


「やっちまえ!」


 だが――多勢に無勢。

 しかも敵は大の男数人。

 子供1人が木剣を持って殴りかかったところで何にもなりはしない。


 結局、少年ゾラは、少女と共に捕まっていた。


 気づくと、どこかもよくわからない暗い一室に少女と2人、放り込まれていた。

 鍵をかけられた部屋から出る手段など、彼にあるはずはない。


「…もう、弱いくせに無理して…」


 不意に声をあげたのは、一緒に捕まえられた桃色の髪の少女だった。

 同じくらいの年齢の―――やけに綺麗な少女だと思った。


「…だって、君が助けてくれって言ったんだろ?」


「別に、そんなこと言ってません」


「…そういう目をしていたよ」


 そう答えると、少女は目を見開いて、驚いたような顔をした。


「…じゃあ…そういう事にしといてあげます」

 

 そして、そう言って言葉を終えた。


 少女はやつれていたが――やけに凛としていた。

 おそらく同年代だろうが、ゾラの知っている街の少女たちとは違い、落ち着いた――品のある佇まいだった。


「君は、なんで攫われたの?」


「…多分、師匠を狙う人たちが私をダシに師匠を脅そうとしてるんだと思います」


「――!」


 「師匠」という言葉に、思わずゾラの動悸は高まる。


「師匠って…まさか、君は魔法使いの弟子なのかい?」


「まぁ、一応そうですね」


「すごいじゃないか!」


 ゾラは驚きの言葉を上げた。

 魔法使いとは、ゾラの憧れの対象である。

 

「す、すごいなんて…そんなことはありませんけど…」


 尊敬のまなざしを送ると、少女の澄ました顔は少し得意げになったような気がした。


「じゃあ、君も魔法を使えるのかい?」


 もしも少女が魔法を使えたら、この部屋からも脱出できるかもしれない。

 そう思い聞いたのだが、


「残念ながら私はまだ弟子になって日が浅いので…精々できるのは水球(ウォーターボール)くらいです」


 少女は申し訳なさそうにそう言った。

 確かに彼女がここを脱出できるような魔法を使えたら、そもそも攫われるようなことはないだろう。


「でも、大丈夫です。師匠は凄い魔法使いなので、すぐに助けに来てくれます」


 その師匠とやらのことをよほど信用しているようだ。

 少女がこんな状況でも絶望しないのはそのおかげだろう。


 そして――実際少女のいうとおり、すぐにそれは来た。


 ―――ドゴオオオオン!


「なんだ!?」


「師匠です!」


 ものすごい爆音と共に、大きな揺れが部屋を襲う。

 ゾラからしたら、まるで夢の中でもいるような気分だ。


 爆音はすぐに止んだ。


 その音が終わると同時に、部屋に向けてコツコツと足音が聞こえてくる。


 バガァン!


 そして、扉が何かによって爆散した。


 現れたのは、黒いローブを見にまとった、ゾラより少し年上程度の少女だったが…


「師匠!」


 隣の桃色の髪の少女が喜びの声をあげながら飛びついていった。


「すみません、師匠、私のせいで…」


「構わない。元は私が巻いた種だから」


 黒ローブの少女は、どうやら桃色の髪の言っていた師匠のようだ。


 つまり、この黒ローブの少女が…


「魔法使い――」


「ん、その子は?」


 声をあげたゾラに、黒ローブの魔法使いが振り向く。


「あ、この人は――私に巻き込まれて捕まっちゃっただけです」


 桃色の髪の少女がそう補足する。


「…そう、あなたにも迷惑をかけたみたい。マニアの街の子?」


「あ、はい。そうです」


「…それは良かった。ここはマニアからそう遠くない。送る」


「ど、どうも」


「…私はウル。魔法士をやっている」

 

 黒ローブの魔法使いはウルと名乗った。

 ゾラはウルの言うがままに、ついていった。



 ウルは不思議な人だった。

 年齢はゾラより少し上の13〜14歳くらいにしか見えないのに、とても落ち着いていて大人びている。あの桃色の髪の少女が落ち着いた雰囲気である事も納得だ。


「私は見た目は若いけど、多分あなたの想像するよりはずっと年上だから」


 ウルは見た目よりはずっと年齢が上であるらしい。これも魔法だろうか。


「だから、長い人生の中で、色々な恨みを買うこともある。強い力を持つってだけで…」


 どうして弟子を人質に取られるようなことになったのか聞いた時、ウルはそう答えた。

 基本的に無表情だったウルの顔が少しだけ寂しそうに見えたことはよく覚えている。


 そして――なによりもゾラの心を奪ったのは「魔法」だった。


 火を起こすのも、水を出すのも、ウルは全て魔法を使って行うのだ。

 ゾラにとっては何よりも憧れた魔法だ。


 そこからマニアまでの道中、それらの日常的な魔法に、ひたすらゾラは感心し続けた。


 ――いずれ自分もあんな風に…。


 そう思うのも無理のないことだっただろう。


 彼女たちと共に行動したのはたったの2日だったが、それでも、ゾラの今までの人生の中で最も新鮮な2日間だった。



「さて、マニアに着いた。家はわかる?」


「あ、はい。わざわざありがとうございました」


 ゾラの住む都市マニアまでの道のりはあっという間だった。

 元々、攫った奴らはそれほど遠くまで移動したわけではなかったのだろう。


「――いや、元は私の招いたことだから。じゃあ、気をつけて」


「あ……」


 マニアについた途端、ウルはもう役目を終えたとばかりに踵を返した。

 すぐに立ち去るつもりなのだろう。

 もう既にゾラの家のあるマニアの街の門の前である。

 何日も家を空けて両親は心配しているだろうし、捜索隊も出ているかもしれない。早く戻った方がいいに決まっている。


「あの、待ってください」


 それでも、ゾラはここで彼女たちを返したくなかった。

 

 ――魔法使い。


 そこにいるのは、今後会えるかわからない、魔法使いなのだ。


 ゾラの引き止める言葉に、黒ローブをはためかせながらウルが振り返る。


「なに?」


「…俺も…俺も一緒に連れて行って…弟子にしてくれませんか?」


 魔法使いの弟子。

 ゾラのなりたい物になるには、それが一番だった。


 これは運命だと思った。

 この魔法使いウルとの出会いがゾラという少年の英雄譚の始まりだと――当時の彼はそう信じて疑わなかったのだ。

 

 このウルと、桃色の髪の少女と一緒に旅に出て―――『八傑英雄譚』みたいな、物語の英雄達と同じように、歴史に名を遺す。

 そんな想像を頭の中に思い描いていた。


「君は、魔法使いになりたいの?」


「はい!」


「…別に、弟子にならなくとも学校で習うと思うけど」


「…学校の魔法学なんて…それで成功した人なんて聞きません。俺は――凄い大魔導士になりたいんです!」


「…そう…」


 決意を口にしたゾラに、黒いローブの魔法使いの少女は苦い顔をする。

 無理なお願いということはわかっているが、やはりダメなのだろうか。


「悪いことは言わないから…諦めた方がいい」


「え?」


 飛んできたのは少し考えていた答えとは違う物だった。


「どうして魔法使いになりたいのかは知らないけど…残念ながらあなたに魔法の才能はない。魔力核に魔力を全く感じない」


「ちょ、ちょっと師匠!」


 不安な表情で見守っていた桃色の少女が焦った声を出す。


「…どうせ学校で魔法をやり始めたらわかる。魔法の能力っていうのはその殆どを生まれ持った才能に依存する。あなたにはその才能はない。だから弟子にするつもりはないし――魔法使いという夢も諦めた方がいい」


 冷徹な声は、ゾラを剥き出しの牙で抉るかのように打ち据えた。


 ――魔法の才能が…ない…。


「そ、そんな……」


 信じられなかった。

 信じたくなかった。


 だが、ウルが嘘を言っているようにも見えなかった。


「辛いことかもしれないけど、これが現実。早く他の目標を見つけた方がいい」


 才能。

 現実。

 ゾラでは魔法使いになれない。


 そんなことが…。


 思わず、ゾラはその場にヘタリと座り込んだ。


「…じゃあ、今回は巻き込んでごめん。夢が見つかることを祈ってる」


 そう言って、ウルは踵を返した。

 これ以上言うことは無いとでも言うように。


「あ、ちょっと師匠…」


 桃色の髪の少女は、去っていく黒ローブの背中と、ゾラの方を心配そうに交互に見てオロオロとしている。


 そして、意を決したようにゾラのそばに寄ると、


「…無神経な師匠でごめんなさい。その…あの時、助けようとしてくれてありがとう。本当は、すごく嬉しかった」


「……」


「魔法の才能がなくても――あの時飛び出してきてくれたように、あなたには何にも変えられない勇気があります。だから、どうか前を向いて生きてください」


「え…」


「私、ユリシーズって言います。またどこかで…会いましょう」


 そう言って、ニコリと笑うと、桃色の髪の少女――ユリシーズは黒ローブを追うように去っていった。


 ゾラはただ呆然と2人の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。




 結局、ウルの言っていたことは本当だった。

 ゾラには欠片も魔法の才能はなかった。


 初級の魔法どころか、魔力の知覚すらできないのだ。


 無論、実際はそう言った者が大半だ。

 学校の魔法学の授業で魔法を使えるようになる者などほんの少数なのだ。


 入学前、魔法使いという夢に満ちていた多くの若者も、そこで魔法を諦め、出世という道を諦める。

 それが世界の現実だった。


 だが、ゾラは違った。


 何が彼をそうさせたのかはわからない。


 だが、間違いなく、あの時2人に出会ったからであることは確かだ。


 あるいは、現実を見ろと教えた黒いローブの魔法使いウルへの対抗心か、はたまた、前を向けといった桃色の髪の少女の言葉に感化されたのか――とにかくゾラは折れなかった。


 ―――魔法がなくとも――魔力がなくとも…。


 魔法がなくとも、強くなりたいという思いは、グツグツとゾラの中で煮えたぎっていた。


 ――今度は、堂々と少女を助けられる力を…。


 ゾラは唯一残された剣を振り続けた。


 魔剣士や魔法士に、ただの剣士では勝てない。

 そんな現実を、ゾラだけは認めなかったのだ。


 体を鍛え、いじめにいじめ抜いて、魔剣士と同じようなメニューをこなし続けた。


 模擬戦では何度もうちすえられ、何度も魔法に吹き飛ばされながらも、彼は諦めなかった。


 当時は「器用貧乏」と呼ばれ、人口は多いものの、イマイチ極めようとする者が少なかった神撃流は、不思議とゾラにマッチした。

 どんな状況にも対応し、最後まで勝利を諦めないという点が、ゾラの信念に合ったのかもしれない。


 技を、経験を、肉体を――。

 あらゆることを昇華させ、どんな苦痛にも、どんな辛い修行にも耐えた。

 

 そして気の遠くなるような反復練習と、不屈の闘志を抱き続けたその先に―――たどり着いた境地がそこにはあった。


 ゾラは、魔法を斬った。


 彼の扉が開いたのだ。


 万能の剣士。

 魔法を斬った男。

 神撃流中興の祖。


 『魔断剣』ゾラ。

 いつしか、彼は武の高みに登っていたのだ。




 ● ● ● ●




 ――持つ者、持たざる者。それは生まれた時に決まっておる。


 ゾラは目の前の少年…まるで自分とは正反対、生まれた時から豊かな才能を持つ少年を見据えながら思う。


 ―――別にこやつだけでは無い。


 世の中には技も経験もなしに、「膨大な魔力を持っている」という事実だけで最強の座に君臨している者もいる。

 それが世界であり、それが現実だ。


 ゾラがアルトリウスの年齢の時には、その辺の魔剣士隊の下っ端にも負けるような雑兵だった。

 それに比べれば、目の前で、ゾラでも視認が精一杯の速度で動く少年は、よほど才能に恵まれたのだろう。


「――だがのぅ」


 譲れない矜持がゾラにもある。

 剣に人生を捧げて70年余。

 魔法なしに、世界の猛者供と渡り合ってきたのだ。


「―――『飛燕』っ」


「ほいさ!」


 少年の奥義を、紙一重で交わす。


 ――なるほど、まさに鬼の子。極まっておる。


 神撃流が4割、神速流が3割、残りを水燕流と甲剣流を少々といった感じか。


 ゾラからすると神速流が厄介極まりない。


 技に頼る水燕流は、ゾラの長い経験の中で既に対処の答えがある。

 それが背中と腰に持つ大小8本の剣であり、他にも体の至る所に隠してある小刀などだ。


 鈍重な甲剣流は、盾がある場合は面倒だが、彼は盾を持っていない。どこかで見たことのあるような手甲はあるが、あくまで補助的なものだろう、対処は容易だ。


 神撃流は良く知る流派で、しかも彼は直弟子の弟子、己の系譜である以上、次の手は読みやすい。


 だが…神速流。

 純然たるゾラより上位の速さにどう対処するか、明確な答えはない。


 ―――全く嫌になるのう。


 剣を合わせながら、ゾラは思う。


 才能がある癖に、胡座を掻かずに努力を続けた人間は、すぐにゾラを追い抜いていく。


 迅王、天剣、聖錬剣覇。


 誰もがゾラより後に生まれ、瞬く間にゾラを追い抜いて行った。

 そして、この少年もそうなのだろう。


 この短時間で、既にゾラの70年の研鑽を吸収し、今にも追い抜かんというばかりだ。


 ―――だがそう簡単に…経験を覆せると思わんことじゃな!


 ギャンブランなどとは振ってきた剣の厚みが違うのだ。


「クソ!」


 少年が歯噛みするかのように声を上げる。


 ―――おうおう、焦るじゃろう。


 自分の方が速いのに、崩せない。

 明らかに、時間を稼がされているという焦燥感。

 若さゆえか、漏れ出る感情がありありとわかる。


 ――たしかにお前は速い。ワシと違って魔力を使っておる上、神速流じゃ。その点では敵いやせん。


 あるいはこれが一対一(タイマン)の勝負だったら、あるいはもっと時間があれば、きっとこの勝負の勝者は少年だっただろう。


「お爺っ!」


 ユリシーズの声が聞こえた。

 どうやら準備ができたようだ。


 そう――別にこの場でゾラはアルトリウスに勝つ必要はない。

 任されたのは時間稼ぎ。

 いくらアルトリウスの成長速度が速かろうと、遅延戦闘に徹したゾラをそう易々と越えられるはずがない。


 ――全くユリシーズも年寄りの扱いがわかっとらん。いや、あれも年寄りだったか。


 そんなことを思いながら、ゾラは懐から、1つの玉を取り出す。


「――ほれっ」


「―――!?」


 ゾラはその玉を、アルトリウスめがけて投げつけた。


 予想外の物の出現に、アルトリウスは一瞬思考を停止するが――すぐに彼の姿は見えなくなった。


 真っ白な煙が、辺りを覆ったのだ。


 ゾラが投げつけたのは()()だ。


 弾けた瞬間、とんでもない勢いで目くらましの煙が立ち上る――魔法でもなんでもないお手製の煙幕だ。

 古典的戦法ではあるが、今では使う者も少なくなったために、対策も取られにくいゾラの持つ戦術の1つである。


 無論、魔導士であるアルトリウスならば、すぐに風の魔法で払うだろうが、一瞬だけでもアルトリウスの動きを止めれば問題はない。


 ゾラは力の限り足を使って後退する。


 ()()に巻き込まれては堪らない。


「…これで詰みじゃよ、孫弟子よ」


「―――行きます…ッ!」


 そんなユリシーズの掛け声のもと、アルトリウスの頭上―――降ってきたのは、


 ―――隕石だった。


読んで下さりありがとうございました。

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