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第113話:間話・強すぎた男

 

 50余年前―――。


 それは・・・星々の煌めく夜だった。


 森の中――野営をしていたのだろうか、毛布にくるまって眠っていた黒髪の少女が目を見開いた。


「――!?」


 ―――今、なにか・・・。


 少女が感じたのはあり得ないほどの力だった。

 脳天をつんざくようなとてつもない力・・・。


 ――南西・・・ユピテルか? 何かが生まれた?


 その大きさに、思わず少女は身を起こす。


 それは今までに感じたことのない――暴力的なまでに純粋な力の爆発だった。

 まるで星が降ってきたような――そんな力をありありと感じたのだ。


「――ん・・・むにゃむにゃ・・・師匠、どうしたんですか?」


 少女の隣で、若い女の声が聞こえた。

 ここしばらくの間、魔法を教えている桃色の髪の娘だ。

 少女が急に身を起こしたせいで、起きてしまったようだ。


「ユリシーズ、起こしてごめん。なんでもないから」


「そうですかぁ? でも珍しいですね・・・師匠の寝付きは良すぎて毎日起こすのが大変なのに・・・」


 桃色の髪の女性――ユリシーズが寝ぼけながらそう言った。


「・・・もうすぐ、貴女にもわかるようになる」


 少女――『闇狗』ウルにとってはここ100年、稀に経験した感覚である。


 ――強者の出現。


 おそらく歴史に名を残すような――いつしか『八傑』と呼ばれるような、そんな存在の出現。


 一部の人間には、なんとなくそれを感じる事があるのだ。


 ウルの予想では、ユリシーズもあと少しでこの域に至るだろう。


「よくわかりませんけどぉ・・・明日も早いんですから、早く寝てくださいねぇ・・・・」


 そう言いながら、ユリシーズは再び夢の中に入っていった。

 彼女達は旅の途中だ。

 明日には次の街につかないと、食料が底をつく。


「そうね」


 ウルもそう思い、目を閉じた。


 ―――それにしても・・・やけに大きな力。しかも覚醒したというよりは・・・まるで今生まれたような、そんな・・・。


 その後、ウルがその力を目にするのは、はるか遠い日のことである。




 ――この夜、史上最強と呼ばれる男が生まれた。


 まるで、その誕生を夜空も恐れたかのように―――星が揺れた夜だった。




 ● ● ● ●




 史上最強の軍神。

 1人で世界と戦える男。


 後にそう呼ばれる男は孤児として育った。

 何も珍しいことはない、当時のユピテル共和国は『キュベレー』という商業大国と戦争をしており、その戦火に巻き込まれて壊滅した都市や街などもはや数え切れないものであるからだ。


 とはいえ、彼が孤児になったのは、戦火に巻き込まれたからというわけではない。

 原因は彼自身にあった。


 まず――彼の母は、彼の生誕によって死んだ。

 彼の身に宿る溢れ出んばかりの魔力に、その体が耐えきれなかったのだ。

 子を産んだばかりの弱った母体は、彼の魔力に当てられ―――死滅した。


 彼の父は妻を愛していた。

 急に失った愛すべき人の死を、生まれたばかりの息子のせいにするしかなかった。

 父は息子を殺そうとした。

 まだ乳飲子である息子の喉に手をかけ、首を締めようとした。


 そして父は死んだ。

 身の危険を感じた彼から放たれた反射的な魔力の放流によって、跡形もなく消え去っていった。


 そうして彼は両親の顔も知らぬまま、そして自分がそれを殺したと知らぬまま、孤児院で育った。


 孤児院で彼は浮いていた。


 今考えればそれは当然のことなのだが、彼の身に宿るその魔力の大きさと、身体能力の高さは――同年代のそれ、あるいは大人と比べても群を抜いていたのだ。


 同年代と遊べば怪我をさせてしまうし、大人ですらそんな彼の力を恐れた。

 子供も大人も、彼を避け、彼を気味悪がった。


 そんな中、彼は思った。


 ――こいつらは――弱い。


 彼らは弱く、自分は強い。

 だから彼らが自分を恐れるのも、自分を避けるのも仕方のない事だ。


 ――俺は強い。だから俺と関われるのも強い者だけだ・・・。

 

 そんなことを思いながら、彼は成長していった。

 特に学ぶ事もなく、特に誰と仲良くなる事もなく、ただ成長した。


 そんな彼に転機が訪れたのは、彼が成人を迎える頃だろうか。

 孤児院は成人までしか子供の面倒は見ない。

 彼もあと少しで孤児院の卒業であり、院の大人たちも少し肩の荷が下りたと安心していた頃――それは起こった。


 戦争。


 キュベレー軍の侵攻が、孤児院のある街にまで訪れたのだ。


 急な攻撃に、街の軍は反応できず、街はありとあらゆる暴虐を尽くされた。

 火を放たれ、建物は倒壊し、至る所に死体の山が転がる――まさに地獄絵図だろう。



 当時の軍神――バイグルが急遽街に到着した頃には、すでに街に形あるものは存在していなかった。

 無論、孤児院もキュベレー軍の魔法により爆散していた。


 だが、そんな中、1人だけそこに立っている者がいた。

 まだほんの成人前の1人の白髪の少年だ。

 あらゆる属性の魔法が飛び交う中、生き残った少年。

 長く共に暮らした孤児院の仲間や、院長の亡骸を見ても表情1つ変えない少年。


 バイグルは少年を一目見て思った。


 ――コイツは、危険だ。


 明らかに他とは隔絶した魔力量。

 人の死体になんの感慨も示さない精神性。


 誰かが鎖を繋いでおかないと、いずれコイツは災厄となりかねない。


 だが、上手く育てれば・・・。


 軍神バイグルはこの少年を引き取ることにした。


「君、名前は?」


 名を尋ねたバイグルに、少年は無表情でこう答えた。


「……ジェミニ」


 少年――ジェミニが世界に連れ出された瞬間である。


 意外にも、ジェミニはバイグルの言うことに従順だった。

 何故なら、バイグルは――少なくとも当時のジェミニ相手に、臆することのない程度の力を持っていたのだ。


 ――ああ、この人は強い。


 物事を強さでしか測れない少年にとって、初めて対等に人間と接することができた瞬間である。


 ジェミニは特段、バイグルから何かを学ぶことはなかったが、それでも、実際のところ――もしかすると彼らは良き師弟であったのかもしれない。


 そんな関係が壊れたのは、それからほんの2年後だった。


 軍神バイグルは死んだ。


 キュベレー軍の最大戦力『暁月の連隊』によって殺されたのだ。


 ジェミニに残されたのは、1本の剣と、


『この剣と共に、軍神の名を譲る』


 という簡素な遺書だけだった。


 ――あの強かったバイグルが負けた・・・。


 その事実は――ジェミニの心を揺さぶった。


 ジェミニは暁月の連隊に挑んだ。


 手にはバイグルの残した純白の剣。


 あるのは身一つ。


 だが、それで充分だ。


 結果として、『暁月の連隊』どころか、キュベレー軍――いや、キュベレーという国は、ジェミニ1人によって滅ぼされた。


 彼が17歳のときだった。


 ――なんだ、結局バイグルも――こいつらもこの程度だったのか・・・。


 失望。

 無念。

 期待外れというにはあまりにも憚られることを思いながら、ジェミニは帰還した。


 戦いという会話しかできないジェミニにとって――本気で戦えない人間がいないということは何にも増して退屈で、苦痛である事だった。


 ジェミニはユピテル軍名誉元帥の称号を送られながら――国を後にした。


 国の存亡など正直に言ってどうでもいい。


 ――もっと強い奴と、もっと興奮する戦いを――。




 彼は世界中を回った。


 剣豪、剣客。

 魔法士、魔導士。


 種類を問わず、強いと思う人間に挑み、そしてその全てで勝利した。

 時には人間でなく、軍隊や国も相手にした。

 

 全て無意味な殺戮に終わった。


 圧倒的だった。

 かつて倒した『暁月の連隊』に匹敵する強さの持ち主などすら稀であった。


 ジェミニは強さの頂点を探し求めた。


 たどり着いたのは、一人の剣士の元だった。


 天下無双。

 常勝無敗。

 世界最強の剣士。


 『聖錬剣覇メリクリウス』。


 人間の技の限界を極めた人間だった。


 だが、そんなメリクリウスでも―――ジェミニには勝てなかった。


「・・・お前は――強すぎた。勝てる者など、この世界にいやしないさ」


 世界最強の剣士は、最後にそんな言葉を残した。


「――勝てる者など、この世にいない、か」


 メリクリウスは間違いなくジェミニからしても中々に強敵であった。

 剣を抜いたのも数年ぶりだ。


 それでも、勝った。

 苦戦したとは言い難い、一方的な勝利だった。


 そんな明け透けな勝利を手にして、ようやく彼は気づいた。


 ――俺に勝てる奴は、いない。


 『軍神ジェミニ』は強すぎた。


 彼の渇きを癒せるような者は――この世界に存在しないのだ――。




 ● ● ● ●




「探したぞ、『闇狗』ウルよ」


 ある時――ジェミニはある人物の元を訪れた。

 噂によれば永き時を生きる謎の魔女が、この世の道理を捻じ曲げるような魔法――『予言』を使うと聞いたのだ。


 『闇狗』と名乗る彼女は、常に世界中を動き回っており、ジェミニも補足するのに手間取ったが――ようやく御目通りが叶いそうだ。


「――そう、貴方が噂の軍神ジェミニね」


「師匠、この人・・・やばいですよ!」


 穏やかな顔でこちらを見る黒髪の少女が、『闇狗』だろう。

 悠久の時を生きるというのが本当かどうかは知らないが、得体の知れない何かは感じる。


 もう1人、隣で警戒した表情をしている桃色の髪の女も中々の使い手に見えるが――もはやそのレベルに興味はない。


「世界中を回って強い人を倒していたと聞いたけど・・・次の相手は私ということ?」


 ウルの問いに、ジェミニは一瞬思考する。

 確かに、彼女の薄気味悪い雰囲気は、何かを極めた人間のものだろうが、ジェミニの求める『強さ』とは質が違う。

 そして――どうせ戦っても結果は見えている。


「・・・いや、それはもうやめた。それよりも頼みたいことがある」


「頼み?」


「お前は予言――占いが得意だと聞いた。絶対に当たるとも。1つ占って欲しくてな」


 ジェミニの発言に、隣で桃色の髪の女性が少しホッとした顔をしている。


「・・・何を占えばいいのかしら」


 ウルがそう言うと、ジェミニは金色の目を鈍く光らせて、言った。


「――俺より強い奴がいるのかどうかだ―――」


 闇狗ウルは、ジェミニを占った。


 その結果に、ジェミニは多少の笑みを浮かべ、去っていった。


「――戦いしか知らない――悲しい人」


 その後ろ姿を見ながら、ウルはそう呟いた。




 ● ● ● ●




「閣下、失礼いたします」


 龍ヶ池のほとりに立つ屋敷に、1人の老人の姿があった。

 僅かな護衛を引き連れ、その護衛すら屋敷の外に待たせて、単身その屋敷の中に足を踏み入れる姿は、とてもではないが彼が大貴族の頭領であることなど忘れさせる。


「――ネグレドか、どうした?」


 そんな老人を出迎えるのは、白髪に金目の長身の男。

 高貴な佇まいと強者のオーラを内包させた彼の雰囲気に、思わず対面する老人――ネグレドも息を飲む。


「いえ、その・・・ついにラーゼンが首都に入りました」


「ほう、では・・・」


「はい。門閥派の阿呆共は逃げてまいりました。予定通りですな」


「ようやく、始まるか」


「―――はい。国を二つに分ける内戦が・・・始まります」


 そのネグレドの言葉に、ジェミニはニヤリと口角を上げる。


「わかった。俺も近々アウローラに行く。下らんところで使うなよ?」


「はっ! ありがとうございます!」


 ジェミニの言葉に、ネグレドは安心したかのように胸を撫で下ろし、屋敷を後にした。


 そんなネグレドの報告に――ジェミニは自身の血が滾っていることを自覚していた。


 ――ようやく・・・ようやくだっ!


 高ぶる気持ちを抑え、ジェミニは思い出していた。

 かつて、『闇狗』より受けた予言の内容だ。


 自身よりも強い奴がいるか?

 その言葉に、少女はこう答えた。


『――軍神ジェミニよ、貴方より強い者は、過去にも未来にも存在しない』


 それは、ジェミニを落胆させる内容だったが・・・ウルの言葉は続いた。


『しかし―――貴方を倒す者は現れる』


『それは・・・いつだ?』


『――ユピテルが2つに割れるとき』


 そんな昔のやり取りを、ジェミニは噛み締めるかのように思い出したのだ。


「さぁ、予言のときだ」


 全てはこれまでの退屈を払拭するために。

 全てはこれまでの喉の渇きを癒すことために。

 全ては――強者と相見えるために・・・。


 軍神ジェミニはゆっくりと動き出した。




 読んで下さりありがとうございました。

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