第111話:大義の行方
暫くの間、俺はバリアシオン家と、自分の隊の駐屯地と、元老院。
この3か所を行き来する日々を送っていた。
本来なら俺は兵士なので、招集があるまで休暇だったのだが、兵士とはいえ隊長であり、しかもカルティアで政務に携わったせいで文官でもある。
仕事はいくらでも回ってきた。
こんなんなら俺も平兵士が良かった・・・。
ちゃんと給料が出るかは心配だが・・・まあ恩は精々高く売っておこう。
俺以上に忙しそうなのは、オスカーやラーゼンなどの、新しく新体制の元老院を構成する面々だろうか。
早くも改革を始めるのかとも思ったが、ラーゼンとしてはとりあえず急ごしらえの体制であるらしい。
細かな法の整備などせず、とにかく1度元老院を開いて、首都から逃げた門閥派たちを職務を放棄した逆賊と宣言し、大義名分を作るのが先であるようだ。
元老院を開くためにはとにかく議員を補充しなければならないのだが、これをラーゼンは《簡易選挙》という3日で終わらす選挙によって半ば勝手に補充した。
これは、災害や、敵軍の侵攻などによって元老院議員が著しく不足した場合、特例として首都のみの人民によって投票を行う選挙である。といっても、単なる追認投票だが。
あるにはあったが、こんな制度が利用されたのは初めてであるらしい。
元老院議員が著しく不足する事態など普通は起こらないのだ。
門閥派の議員の抜けた穴は大きく、それを補充するために、今まで窓際の仕事をしていた事務官や、まだ成人していないような民衆派貴族の息子まで、あらゆる人間が、元老院に招かれた。
もちろん全員がラーゼンの息のかかった人間である。
俺にも声がかかったが、辞退した。
これ以上仕事が増えてたまるか。
俺の隊の兵士は軒並み休暇だというのに、酷いものだ。
シルヴァディの軍団はそのころに首都に到着した。
確かに少し遅れ気味であったが、問題―――というか、少し時間を取られることがあったらしい。
なんと、北方山脈を通る途中―――王国へ向かう穏健派の面々と遭遇したのだ。
緊急協議の末、穏健派が中立である限り、こちらからはそちらに関知しないという約束をしたようだ。
「いやぁ、どうやらアズラフィールの奴が、『首都は離れた方がいい』とゾラに忠告されたらしいな」
シルヴァディも詳しくは聞いていないが、とにかく穏健派が王国に向かっているのは本当らしい。
『山脈の悪魔』の案内で、北方山脈を越えて王国に行くようだ。
「ゾラって・・・誰ですか?」
ゾラというのは初耳だ。
アズラフィールというのは、青龍剣という剣士だろう。
カインの師匠で、ローエングリン家の出身なので、クロイツ一門と行動を共にしてもおかしくはないが・・・。
「ゾラは神撃流三剣士の1人だ。少しの間だが・・・俺に神撃流を教えた男でもある」
シルヴァディの師匠―――そう聞くと、やけに強そうだ。
シルヴァディは少し難しそうな顔をしていた。
一応、俺の家族やエトナに会わなかったか聞いてみたが、クロイツ家の重鎮としか話さなかったらしい。
国から去った穏健派の人数は護衛と家族を含めて2千人近くおり、確認する余裕はなかったとか。
さて、ここのところ俺がやっているのはもっぱらオスカーの補助的な仕事である。
皆奮闘しているが、色々と手が追い付いていないようだ。
「聞いたよ、バリアシオン君・・・ご家族のことは、残念だったね」
家に行った2日後くらいにオスカーに呼び出された。
俺の家族がクロイツ一門に随行していることについてだろう。
官職の名簿にアピウスがいないことにでも気づいたか。
「まるで、死んだみたいにいうなよ・・・。大丈夫さ。全部終わったらこっちから出向くなり、帰ってきてもらうなり、会えないことはない」
「うん、そうだね」
オスカーもそれほど深刻そうはしていない。
いや、むしろ表情を見る限りは元気そうである。
「なんか機嫌がいいじゃないか」
「ん? いやぁそんなことはないよ?」
そんなことはある。
平常心に見えないことはないが、どこか浮ついた表情だ。
元老院議員に昇進したことが嬉しかったのだろうか。
「いや、やはりバリアシオン君にはバレてしまうか・・・流石だよ・・・」
問い詰めるまでもなく、オスカーはニヤニヤしながら語りだした。
「実はね・・・昨夜僕もついに童貞を脱することになったんだ・・・」
「!?」
そ、卒業式だと!?
まさかオスカーに先を越されるとは・・・いや、ぶっちゃけどうでもいいけど。
しかし、相手はいったい・・・もしやミランダか?
「いやぁ、昨日久しぶりに知人に会ってね。食事をしていたら盛り上がってしまって、そのままこう――そういう店に行くことになってね。いやぁ本当にアレは―――アレだね、やはり2つの双丘の織り成す圧倒的なボリュームというか、年上のお姉さんの色気というか、もう―――いやぁ本当にすごかったよ」
「なんだよ娼館かよ」
ミランダじゃないようだ。
ていうかミランダじゃなくていいのか。
「いやぁ、本当―――アレはすごいね。やはり一人で慰めるのとは段違いだ。いやぁ、きっとあの暖かく包み込んでくれるようなぬくもりは、他では味わえないんだろうなぁ。インザダーク君には感謝しないと」
「・・・インザダークっ・・・」
オスカーはずっと思い出すようにいやぁいやぁ言っているが、インザダークとは・・・どこかで聞いたことがあるな。
「ああ、バリアシオン君も知っているだろう? エドモン・インザダーク君だ。彼は首都に残っていてるんだ。政治とは関係のない場所で生きていくとか言っていたよ。魔道具師に弟子入りして職人を目指しているらしい」
エドモンと言えばかつてエトナを攫い、俺に危害を加えようとした人物だが・・・たしかに、あの事件のあとは改心していた気がする。
インザダーク家といえば門閥派のトップオブトップ。
本来ならばオスカーとは政治的に対立している立場のはずだが・・・エドモンは当時の事件で一門から勘当されて久しい。
一門も関係なく、オスカーとエドモンはそれなりの友人関係を作っているようだ。
俺をオスカーに紹介したのもエドモンだしね。
ていうか、政治と関係ない場所で魔道具職人って・・・すごく羨ましいな。
オスカーは俺を気にせずにしゃべり続けている。
「いやぁそんなことよりもバリアシオン君。君ならわかると思うけど、やっぱりアレだね、童貞を卒業すると、見る景色が違うね。どうやら僕は今まで男として劣っていると無自覚に思っていたみたいだが・・・いやぁやっぱりそれはその通りだったよ。きっと童貞だったからだね。いやぁこれで僕もようやく日の出を浴びて道を歩けるというか・・・」
―――ん?
こいつ今なんて言った?
「――待て、俺ならわかるってどういうことだ?」
君ならわかるけど、って、そういったよな。
どうしてそんなことを言うんだ?
俺はこの世界ではまだ誰とも―――。
「だってバリアシオン君、天剣殿の娘さんと毎日のように励んでいるんだろう?」
「――はぁ?」
―――天剣殿の娘さんと毎日のように励んでいる?
天剣殿の娘さんって誰だ。
天剣は・・・シルヴァディだ。
ということは、シルヴァディの娘・・・シンシアだ。
つまり、天剣の娘さんというのはシンシアだ。
・・・シンシアと俺が――やっている?
「もう軍では有名だよ。訓練が終わると、いつも2人でどこかへ消えて、汗だくで帰ってくるってね」
「いや、剣を振ってんだよ!」
確かに事実ではあるが、言い方がおかしい。こっちは真剣に剣の稽古をしていたのだ。
しかも大抵2人きりじゃなくてゼノンがいたからね?
「ははは、剣なんて・・・別にそんな隠語を使わなくたっていいよ。それに振るんじゃなくて突いているの間違いだろう?」
なにいってんだこいつ!?
「いやぁ、確かに彼女は顔はかなり美形だけど、噂じゃ性格が真面目過ぎるらしいじゃないか。それに見た感じ、体つきも僕のタイプとは違うね。鎧の上からだとよくわからないけど・・・どうなんだい? 実際は着やせしているだけで、あの鎧の中には手からこぼれるようなお椀があったりするのかい?」
「いや、それは見たまんま控え目だけど―――」
何答えてんだ俺も!
思わず、いつかの風呂場でみた光景が頭に浮かんでしまった。
俺を気にせず、オスカーは話し続ける。
「ああ、すまない。君の趣味をとやかくいうつもりはないんだ。バリアシオン君は形と感度を重要視する邪道派だったね。いやぁ、でも、たしかにバリアシオン君の言うことにも一理はあるよ。僕も昨日、ようやく気づいたんだ。もちろん、サイズは譲れないけど、大きくてもその身の丈に合っていないのは駄目だね。大きければ、それに見合うような土台が、やっぱり必要になるんだ。すなわちそれはメリハリだ。大きなお椀に、それを支える土台は、少し筋肉質なくらいがちょうどいい。そうあることで、大きさを不安に感じさせない安心感が生まれ―――」
ここまで聞いて、俺は後ろに気配を感じた。
いつの間にかドアが開いて、人が入ってきていたのだ。
しかもそれは見慣れた人物であり―――俺はもうこの先の未来が余裕でわかった。
オスカーは思い出すかのように目を閉じ、自分の話に夢中であり、気づいている様子はない。
・・・もはや口は出すまい。
「いやぁその点、昨日のお姉さんは最高だったね。やはりそう――僕は筋肉を舐めていたんだ。筋肉という土台があることで、女性のお椀はようやく完成するんだ。これぞ、バランスだよ。どれだけ乱暴に揉んでも、安心感のある感触と、弾力。いやぁこれほど素晴らしいことはない。もちろん、上半身だけではないよ。下半身にも、この筋肉の原理は生きてくる。何故って? これも土台としての役目だ。やはり筋肉があってこその太ももの締まりと・・・て、バリアシオン君聞いて――」
そう言ってオスカーが目を開けた瞬間、その顔はみるみる青ざめる。
「―――ミランダ!? いつの間に!」
そう、彼の目の前には、オスカーの副官にしてお目付け役―――ミランダがいたのだ。
「・・・・」
オスカーはいつものミランダのチョップを警戒し、体を仰け反らせるが・・・ミランダは黙ったまま、オスカーを睨みつけている。
いつもなら「オスカー、きもい」とか言って、数発チョップをお見舞いするところだが・・・。
「・・・・・・・」
ミランダはなにやら難しい顔をして―――黙ったまま、踵を返し、部屋を出て行ってしまった。
「・・・あれ? あんまり怒っていないのかな?」
オスカーがきょとんとした顔でつぶやく。
「・・・さあ?」
俺に女心を聞かないでくれ。
わからなさすぎて少年時代は苦労したんだ。
いや、現在進行形でも苦労しているが・・・。
未だに、水燕流の奥義の習得よりも難しい命題だな。
でも、今回はなんとなくわかる。
――多分ミランダは・・・・。
いや、俺からは言うまい。
これは、彼らの問題なのだから。
● ● ● ●
そんなこんなで、概ね1か月ほどだろうか。
ラーゼンはやるべきことはやり終えたようだ。
この1か月でラーゼンがやったことは、元老院の人数の補充、および、元老院の招集だ。
彼が元老院を開いて行ったのは、統治システムの改革ではない。
確かに、最低限の官職の選定・任命こそしたものの、元老院で語ったことの本命はそれではない。
まず、ラーゼンは、その場で、自分が『元老院最終勧告』に従わなかった理由を説明した。
自分に国を裏切るつもりはないが、門閥派からの『元老院最終勧告』の内容が、一地方を征服することに成功した軍団司令官に対する者としては甚だ不当であること。
カルティア遠征中にも、何度か門閥派から『妨害行為』を受けていたこと。
何の罪もない、民衆派議員の身内が、門閥派の手勢によって襲われたこと。
これらを理由として、首都の元老院及び門閥派に対する信頼と信用はなくなり、自分は軍を率いて帰還せざる負えなかったことを明言した。
そして、それをすべて真実だと証言したのが、カルティアからそのまま連行してきたギレオン・セルブ・ガルマーク。
かつて、ラーゼンの軍から『鷲』を奪い、山脈の悪魔との交渉の末、ラーゼンの虜となることになった男だ。
俺は直接元老院に参加したわけではないから詳しくはわからないが、どうやらギレオンは、その場で全てのこれまでの門閥派の悪事を暴露したようだ。
それは、不正な奴隷の取引であったり、賄賂であったり、それこそ『鷲』を盗んだ話であったり、民衆派議員を襲った話であったり―――。
門閥派の議員で暴露の対象となった者はいないというほどの大量の人間の名前が、ギレオンからは出てきたようだ。
悪事の首謀者として、最も多く名前が挙がったのは、『ガストン・セルブ・ガルマーク』という、門閥派の実質的指導者である。
これらのことを汲み、元老院は、首都を捨てて東へ逃亡した門閥派を『国賊』と認定。
門閥派の彼らに協力する者も、もれなく国賊とする旨も採択される。
そして元老院はラーゼンを、『国賊討伐』のための最高司令官に任命した。
これらの元老院でのやりとりは、全て民衆に公開された。
民衆派誰もが、ラーゼンを支持し―――ラーゼンに期待した。
大義名分は整ったと、そういうことだ。
もちろんこれらのことは、全てラーゼンのシナリオ通りなのだろう。
そして・・・ラーゼンの命令により―――休暇となっていた軍団が招集された。
東方―――アウローラに逃げ込んだという門閥派、および彼らに味方する軍勢を倒すためだ。
確かに―――大義名分は整った。
しかし―――勝たなければそんな大義などは何の意味もなくなる。
ようやく、国を2つに割る戦いが―――始まる。
これで一応、開幕編は終わりですかね・・・。
明日の投稿はお休みです。
その後何話か間話を挟みます。
読んで下さりありがとうございました。




